『しろがねの葉』とは
本書『しろがねの葉』は2022年9月に本文が314頁のハードカバーとして刊行された、長編の歴史小説です。
「銀山の女性は3人の夫を持つ」というガイドの言葉をもとに、ひとりの女の生涯を描き出した、第168回直木三十五賞を受賞した作品です。
『しろがねの葉』の簡単なあらすじ
戦国末期、シルバーラッシュに沸く石見銀山。天才山師・喜兵衛に拾われた少女ウメは、銀山の知識と秘められた鉱脈のありかを授けられ、女だてらに坑道で働き出す。しかし徳川の支配強化により喜兵衛は意気阻喪し、庇護者を失ったウメは、欲望と死の影渦巻く世界にひとり投げ出されたー。繰り返し訪れる愛する者との別れ、それでも彼女は運命に抗い続ける。第168回直木賞受賞作。(「BOOK」データベースより)
『しろがねの葉』の感想
本書『しろがねの葉』は、逃散百姓の親や弟ともはぐれ一人になった少女ウメが石見銀山へたどり着いて生き抜くさまを描いた直木賞を受賞した作品です。
作者の千早茜氏は、石見銀山で銀堀りをしていた男たちが過酷な作業や鉱山病のために短命であることから「石見の女性は夫を3人持った」と言われていることを聞いて本書の執筆を思い立ったそうです。
本書では背景となる自然の描写と合わせて過酷な銀堀の仕事の様子が、千早茜氏の短めの文章で畳み掛けられ胸に迫ってきます。
ただ、ウメの生き方については最初は少しの違和感を感じたものでしたが、そのうちに銀山に生きる人々の過酷な生き方を如実に示していると感じられてきました。
人々の諦念を示しながらもその中に力強さをも示しているようです。
本書『しろがねの葉』の主人公であるウメは、石見銀山の中心的な存在である山師の喜兵衛に拾われ育て上げられます。
本来であれば銀の産出抗である間歩に入ることは許されない「女」であるウメですが、喜兵衛が可愛がっている女児であること、また皆から一目置かれている岩爺が何も言わないこともあって、手子として間歩に入り、石見銀山で生きてゆくのです。
ここで手子とは、間歩で働く、雑用をこなす子らのことを言います。
また、銀気(かなけ)を含む石である鏈(くさり)を袋に詰める役割を持つ入手(いれて)、鏈を運ぶ荷負(におい)、ズリと呼ばれる不要な石を運び出す柄山負(がらやまおい)などの銀山独特の用語の説明があります。
ついでに言えば、銀堀が銀を追って掘った穴が間歩であり、銀気(かなけ)を含む石を鏈(くさり)、その鏈が集まっているところを鉉(つる)と言うそうで、間歩の中のことを敷と呼ぶとありました。
本書では上記の岩爺を始めとして、喜兵衛のそばにいつもいるヨキという男や、幼い頃のウメにちょっかいを出し逆に腕をかじられる隼人や、後に喜兵衛のもとに貰われウメにかわいがられる龍という少年などが重要な人物として登場します。
この男たちがみんな魅力的に生きているのですが、特にヨキが妙な存在感を持っています。その生い立ちや性格などあまり詳しくは書いてないのですが、何故か喜兵衛のために生き、ウメの人生にもかかわってくるのです。
本書『しろがねの葉』の特徴を一言でいえば、全編を貫くウメの生き方の力強さでしょう。
全体としては濃密な空気感の中で決して明るくはない話なのですが、ウメの成長を語る物語自体は妙な迫力があります。
時代背景としては、登場人物の一人が関ケ原の戦いの情報を持って帰ってくるなどの話もあり、石見銀山も後には徳川幕府の体制に組み込まれていく様子が記されています。
こうしたウメの力強い生き方や成長の様子が記されているのですが、そのことは同時にウメの女としての成長をも意味し、そこで「濃密な生と官能」と描写されるような側面も持ってきます。
そんな中、ウメは一人石見銀山の女として喜兵衛の庇護のもと、隼人や龍、そしてそのほかの銀山の男社会の中で力強く生きていきます。
けっして私の個人的な好みの作品ではないのですが、物語の持つエネルギーは否定のしようもなく、ウメの力強い生き方に惹きつけられずにはおられません。
この作者の他の作品も併せて読もうとまでは思いませんが、本書『しろがねの葉』の持つ力強さはやはり直木賞を受賞するだけのものはあるとしか言いようがありません。
読むだけの価値のある一冊でした。