守り刀の声-口入屋用心棒(25)

かつて幕政を揺るがした腐米騒動で、湯瀬直之進と探索をともにした盟友和四郎が斬殺された。騒動の黒幕だった老中首座堀田正朝の遺臣による凶行だと知った直之進は、取り潰しとなった堀田家の残党を討つが、またしても新たな刺客が放たれる。さらにその矛先が米田屋にも向けられ…。一連の襲撃の首謀者は一体誰なのか!?命を賭けた直之進の戦いが始まる。人気書き下ろし長編時代小説第二十五弾。(AMAZON内容紹介)

本巻では、物語自体は前巻から続く騒動が、今は米田屋にいる琢ノ介のもとへも更なる刺客が現れたりもしますが、彼らとの闘争を経て、一応の決着を見ます。

相変わらず、小気味よく話が進みます。ただ、この物語も、シリーズの当初からすると全く別の話と言っても良いほどに変わってしまっています。

しかしそれもまた面白いとも感じているのです。何しろ、当初は命のやり取りをしていた敵役であった左之助は、今は頼もしい味方となり長年の親友のようですし、文字通りの親友であった琢ノ介は商人となっているのですから。

相変わらずに独白でのリズムの取り方もテンポよく、軽く、楽しく読むことができました。

このシリーズを読み始めて幾年になるものなのか、全く覚えてはいませんが、本書を読んだのは2013年5月だとメモに残っていました。

本当はシリーズ各巻についてのレビューもこのサイトに載せていてしかるべきだったと思うのですが、このサイトを始めたのが2013年の4月ですから、多分これまでの読書歴が残っていないので、シリーズとしての記載だけにしようと思ったのでしょう。

しかしながら、少しではありますが、読書メモが残っている分だけでも各巻の感想も書いた方が良いだろうと思いなおしました。というわけで、各巻のレビューは途中からになっています。悪しからずご了承ください。

アゲハ 女性秘匿捜査官・原麻希

警視庁鑑識課に勤める原麻希は、ある日、子供を預かったという誘拐犯からの電話を受ける。犯人の指示のもと、箱根の芦ノ湖畔へと向かった麻希だが、そこには同じく息子を誘拐されたかつての上司、戸倉加奈子の姿があった。殺人現場に届く「アゲハ」からのメッセージの意味は?誘拐は、麻希と加奈子の運命を変えた八年前の事件が関係しているのか―!?女性秘匿捜査官・原麻希が社会の闇に挑む、長編警察ミステリー。(「BOOK」データベースより)

ノンストップの痛快警察ミステリー小説として、楽しく読むことができる長編の警察小説です。

誘拐犯からの子供を預かったとの電話を受けた原麻紀が指示の場所に行くと、そこには原麻紀同様に自分の息子を誘拐された麻希かつての上司の戸倉加奈子がいました。早速捜査を始めようとする二人でしたが、何故か麻希の行動は犯人に筒抜けであり、犯人の指示以外の行動をしようとするとすぐに犯人に伝わるのです。

麻希の身近に内通者がいるとしか考えられない状況ではあるものの、その存在は全く分かりません。そこで二人は、誘拐犯の指示に従うようにと指示されながらも、事件の背景を調べていくのですが、そこにはかつて彼女らがかつて追い、そして敗北したとある事件と、壊滅したはずのテロ集団「背望会」の影が見えるのでした。

本書は痛快警察小説として、実に小気味いいタッチで進んでいきます。主人公の原麻紀というキャラクターが、「フルネームで呼ぶな」などとときにはコミカルに、そして時には警察官としてシリアスに犯人を追いつめます。

本書は単純に物語の流れを楽しむ小説でしょう。単純に作者の敷いたレールに乗っていけば楽しいひと時を過ごせる、そんな物語だと思います。

ですから、少々の設定の強引さ物語構成の甘さなどは無視して読むべきでしょう。例えば、自ら罪を認めている強姦犯人が嫌疑不十分で釈放されるとか、鑑識課員が捜査し尽くした筈の現場であるのに新たな証拠品が見つかるなどの疑問点は、一応そんなものとして話を読み進めるべきです。

そうすれば、シリアスな場面が展開するなかに、ときにコミカルな進行があったりする工夫も気楽に楽しめ、面白く読み進めることができます。そして、「背望会」についての謎の解明についてもそれなりに興味を持つことができ、ミステリアスな展開も楽しめると思います。

言ってみれば、ノンストップの痛快警察ミステリー小説であり、文句なしに楽しめる小説です。

柳に風 新・酔いどれ小籐次(五)

新兵衛長屋界隈で、赤目小籐次を尋ねまわる怪しい輩がいるという。小籐次ネタを他所の読売屋にかすめ取られていた空蔵は、これは大ネタに化けるかもしれないと探索を引き受けた。そして小籐次と因縁のある秩父の雷右衛門が絡んでいると調べ上げたが、そこで空蔵は行方を絶った。空蔵の身に一体なにが?好調のシリーズ第5弾! (「BOOK」データベースより)

新兵衛長屋界隈で、赤目小籐次について尋ねまわる怪しい男の話を聞き、読売屋の空蔵に妖しい男について調べるように頼むと、ネタに困っていた空蔵は一も二もなく引き受けます。

一方、小藤次と駿太郎は、やっと望外川荘近くの寺の本堂という稽古場を見つけ住職の了解も得ることができたのです。そこに、ヤクザが押し掛けてきますが、住職の思惑通りに、そのヤクザを追い払う小藤次と駿太郎、そして二人の弟子たちでした。

他方、江戸の町の四か所で同時に押し込み強盗が発生します。その押し込みは、何故か小藤次を恨み、敵と狙うのでした。探索を続けていた空蔵は、この押し込みらの情報に行きあたり捕まってしまいます。

小藤次は、豊後森藩からの帰藩要請などもありましたが、火の粉を払う必要もあって空蔵の救出へと向かうのでした。

新しくなったこのシリーズは、結局旧来のシリーズとそれほど異ならないままに落ち着いたようです。ただ、望外川荘でのおりょうとの生活があり、更に駿太郎の成長、それに新しい弟子二人が増えたことがこれまでと異なる点ですね。

そうなると、居眠り磐根シリーズの磐根と空也、それに密命シリーズの金杉惣三郎と清之助親子といったこれまでのシリーズとの区別化をきちんとしてもらいたいものです。

勿論、磐根シリーズの松平辰平、重富利次郎といった弟子たちと本シリーズの創玄一郎太や田淵代五郎という弟子たちとの区別化も同様です。

そしてまた、今ひとつ物語の芯がはっきりとしていない気がします。もちろん、痛快小説としての面白さを持っていることは否定しませんが、シリーズ全体の大きな謎なり、敵なりが見えないのです。

もしかしたら、シリーズを通した大きな謎などは設定しないままに、巻ごとの小藤次の活躍が描かれるのかもしれませんが、創作のハードルは高くなる気がします。

姉と弟 新・酔いどれ小籐次(四)

小籐次一家との身延山久遠寺への代参旅から戻ったお夕は、父のもとで錺職修業を始めた。だが父を師匠とする関係に、お夕は思い悩む。一方、駿太郎は実父・須藤平八郎の埋葬場所が判明し、小籐次から墓を建てるよう提案される。姉と弟のような二人を小籐次は見守るが、当の本人もまた騒ぎに巻き込まれ…。シリーズ第4弾!(「BOOK」データベースより)

新・酔いどれ小籐次シリーズの第四巻となる長編の痛快時代小説です。

前巻では、小藤次が長年住んでいた長屋の元差配である新兵衛さんの代参として身延山久遠寺へ参ったお夕でしたが、今回は、父のもとで錺職修業を始めます。

駿太郎が小藤次が実の父親ではないと知らされた時には、駿太郎の心の内の苦悩を、駿太郎の姉ともなって聞いていたお夕ですが、今回は自身の葛藤を駿太郎に助けられるのです。

その駿太郎には実の両親の埋葬場所が見つかるのでした。そして、駿太郎の実母のお英と、実父である須藤平八郎の墓を建てることになります。

一方、小藤次のもとにはかつての奉公先である豊後森藩から指南役としての復帰の話が起こり、二人の若者と駿太郎とが立ち合うことになります。

今回は話の進み方としては沢山の事柄が盛り込まれていました。小藤次自身の親の話も少しずつ語られてはいたのですが、今回は駿太郎の実の両親の話、そして、駿太郎と姉弟のようにして育ってきたお夕との話を中心に、小藤次自身の身の回りにも少しの変化があるのです。

今の小藤次の生活の状況をきちんと整理しつつ、駿太郎やお夕説いた登場人物たちの環境も整備されていくようです。

桜吹雪 新・酔いどれ小籐次(三)

近ごろ呆けの進んだ新兵衛が妙な間合いで「南無妙法蓮華経」のお題目を唱えるため、みんなは困り果てていた。身延山久遠寺に詣でたことがあり、それを思い出しているらしい。どうにかしようと、孫のお夕の付き添いで小籐次はおりょう、駿太郎とともに代参の旅に出るが、一行を何者かが待ち受けていた。好調シリーズ第3弾! (「BOOK」データベースより)

新・酔いどれ小籐次シリーズの第三巻となる長編の痛快時代小説です。

前巻での駿太郎の身に降りかかった理不尽な出来事も何とか乗り越え、無事親子の絆を確認できた小藤次と駿太郎でした。

ところが、小藤次のかつての住みかだった長屋の元差配の新兵衛さんのボケが進行し、南無妙法蓮華経とのお題目を唱え続けるばかりです。どうも幼い頃に身延山に参った記憶がよみがえっているらしく、孫娘の夕が新兵衛さんの代わりに身延山久遠寺にに代参することになります。

その旅に小藤次とおりょう、それに駿太郎も同行することになるのですが、そこに小藤次をつけ狙う雑賀の一族が襲いかかってくるのです。

今のところ、従来の小藤次の物語が、面白さもそのままに展開されている新しいシリーズです。駿太郎の成長が新しい魅力として加わっているとも言えるかもしれません。

とにかく、小気味いい痛快時代小説の御王道を行っているこのシリーズです。次の巻を待つばかりです。

願かけ 新・酔いどれ小籐次(二)

近ごろ、小籐次が研ぎ仕事をしていると、その姿に手を合わせ念仏を唱え柏手を打つ者、さらには賽銭を投げる者が続出する。周囲は面白がるが、小籐次は店仕舞いを余儀なくされた。一方おりょうの芽柳派では、門弟の間で諍いが起き、おりょうを悩ませる。ふたつの騒動は、誰が、何の目的で企てたものなのか。シリーズ第2弾!

新・酔いどれ小籐次シリーズ第二巻となる長編の痛快時代小説です。

何故か理由も分からないままに、小籐次をひたすらに拝むとご利益があるとの噂が立ち、小籐次の仕事場所には、小藤次を拝もうとする参拝客が列をなすのでした。そして、そのさい銭の額も相当な額に上るようになったのです。

こうした事態はお城でも関心を呼び、小藤次本人にも累が及びかねない状況になっていたのですが、その裏で動き回る影があり、それは余波は駿太郎にも及んだのでした。

一方、おりょうの歌会では門弟の間でいさかいが起き、門弟数が減る事態になっていました。

本シリーズが新しくなり、前巻では「江戸の知られざる異界をテーマ」にするなどという、よく分からないことを言われていたのですが、両シリーズの間に数年が経過していただけであって、従来とほとんどその内容は変わっていませんでした。

第二巻である本書でも同様で、単に出版社が変わったというだけで何の影響も無い、筋の運びようです。

ただ、時間が経過している分だけ駿太郎が成長し、物語の中での重要な位置を占めるようになってきているのです。

小藤次とおりょうの仲も変化はなく、ただ、駿太郎の本当の父親は小藤次により返り討ちにあっているという事実だけが気にかかります。

佐伯泰英作品の中では私が一番好きな本シリーズですが、新らしくなってもそれほど内容に変化はありません。それがいいことなのか、悪いことなのか分かりませんが、今は単純に喜びながら、続刊を待ちたいと思います。

神隠し 新・酔いどれ小籐次(一)

わけあって豊後森藩を脱藩し、研ぎ仕事で稼ぎながら長屋に暮らす赤目小籐次。ある夕、長屋の元差配・新兵衛の姿が忽然と消えた。さらに数日後、小籐次の養子・駿太郎らが拐しにあった。一連の事件は小籐次に恨みがある者の仕業なのか。小籐次は拐しに係わった阿波津家の謎に迫る。痛快シリーズ、文春文庫でついにスタート!文春文庫40周年記念書き下ろし。(「BOOK」データベースより)

本書からこのシリーズも新しくなりました。

作者によると、本書は「江戸の知られざる異界をテーマにした」のだそうです。その言葉通りに、新兵衛さんが神隠しにあったのか行方不明になります。また、駿太郎もさらわれてしまいます。

本書自体は、新シリーズになってもこれまで通りの面白さを維持しているようには感じました。しかしながら、新兵衛さんが神隠しに遭うという設定にはどんな意味があるのか、私にはよく分かりませんでした。神隠しそのことが、本書に何らかの意味を附加しているようには思えなかったのです。

また、それとは別に、駿太郎がさらわれてしまうのですが、本書のような手の込んだ手順を踏まなければならなかった理由がよく分かりません。この作者のこれまでの書き方では、何らかの事件はそれなりの必然性を設けてあったと思うのですが、本書の場合、その手順をとる必然性が全く感じされなかったのです。

これらの点を除くと、単に数年が経過しているというだけで、旧シリーズと特別変わったところもなく、大人の事情での出版社の変更というだけのことなのでしょう。

せっかく新シリーズになったのに不満点ばかりを挙げてしまったのですが、結局は新しくなったといっても何らの変化はない、と言ってもよさそうです。ただ、新しいシリーズにかなりの期待を抱いた分、こちらの見方も厳しくなった感は否めません。

「異界」などという変な言葉を持ちこんだだけ深読みしてしまった気もします。

ともあれ、新シリーズとなって、多分ですが新しい敵も登場していると思います。この点はまだはっきりとはしません。できれば、磐根シリーズのように内容の劣化と感じられる変化は無しにしてもらいたいと願うばかりです。

ちなみに、本書のあとがきには、まずは読者へのお詫びが書いてあります。その全文はネット上にもあるので興味のある方はそちらをご覧いただきたいと思います。( 文春:本の話WEB : 参照 )

待つ春や 風の市兵衛

武州忍田は幕府の台所を支える最重要拠点である。年の瀬、公儀御鳥見役とその手下が斬殺された。領主の阿部家は追剥ぎ強盗の仕業とするが、公儀目付役は疑念を隠さなかった。同じ頃、唐木市兵衛は俳諧の宗匠を訪ねていた。彼は阿部家の元家士で、忍田までの旅の供を依頼される。破格の給金を訝しんだ市兵衛が真意を問うや、捕らえられた友の救出に向かうと…。(「BOOK」データベースより)

風の市兵衛シリーズ第十六弾です。

元阿部家家臣である俳諧師の芦穂里景が武州忍田領阿部家の上屋敷を訪れ頼まれたのは、武州忍田領内で殺された公儀御鳥見役の殺害犯人として捕らえられた笠木胡風を助け出して欲しいということでした。

そこで、かねてからの知り合いであった矢籐太を通じて唐木市兵衛を雇い、芦穂里景とその身辺の世話をする正助という八歳の少年との護衛を頼み、武州忍田へと向かうのです。

公儀御鳥見役が殺された理由は、例によって武州忍田領阿部家の内紛にありました。こうした時代小説の典型として、お家の重役らの専横があり、その専横に対し立ち上がる弱小な正義の一派がいて、ヒーローの助けにより物語は大団円を迎える、という一つの図式があります。

本書はその典型的な物語であり、笠木胡風や芦穂里景らといった、お家の良心的存在を市兵衛が助け、勧善懲悪を果たします。

個人的には、弥陀之助の登場場面が無いことや、市兵衛の動きが遅いことなど、全く不満点が無いわけではありません。

しかしながら、そうしたことは個々人の勝手な要求ですから、作者の構築する物語の世界に十分に浸れる以上はそれでよしとすべきでしょう。

そして本書は、本シリーズの第二作目の『雷神』で登場した小僧の丸平(がんぺい)を彷彿とさせる正助の存在もあって、読者の要求を最大限満足させてくれる作品になっていると思うのです。

うつけ者の値打ち

算盤侍唐木市兵衛を、北町同心の渋井鬼三次が手下とともに訪ねてきた。岡場所を巡る諍いを仲裁してくれという。見世に出向いた市兵衛の交渉はこじれ、用心棒の藪下三十郎と刃を交えるが、互いの剣に魅かれたふたりは親交を深めていく。三十郎は愚直に家族を守る男だった。だが、愚直ゆえに過去の罪を一人で背負い込んでいる姿を、市兵衛は心配し…。(「BOOK」データベースより)

風の市兵衛シリーズ第十五弾で、前作同様に本書もまた講談話の香りを濃密に持っている作品です。ただ、前作よりも市兵衛色が強いのもまた事実であり、人情ものとして胸に迫る物語でもあります。

藪下三十郎こと戸倉主馬は、公金使い込みの負い目から、かえって更なる悪事へと引き込まれてしまいます。それどころか、他の仲間から騙されて年老いた両親やかわいい妹の行く末を保証するとの言葉を信じ、仲間の罪をも一身に背負って出奔したのでした。

それから数年後、江戸の藪下で岡場所の用心棒となっていた主馬は、いさかいの末に市兵衛と戦うことになるのですが、そのことは逆に二人の距離を近づける事になるのです。

前巻同様にストーリー自体は目新しいものではなく、どちらかと言えばよくある話です。そうでありながら、辻堂魁という作者の手にかかると、人情味豊かな痛快時代小説として成立するのですから、作者の力量のうまさを感心するしかないと思われます。

痛快時代小説の王道を行く本書です。ただ物語のもたらす心地よさに浸り、既に出ている続刊を読みたいと思うばかりです。

去就: 隠蔽捜査6

本書『去就: 隠蔽捜査6』は『隠蔽捜査シリーズ』第六弾の、文庫本で428頁の長編の警察小説です。

今野敏作品の中でも一、二を争う人気シリーズといっても過言ではないシリーズで、本書もその面白さの例外で張りません。

 

去就: 隠蔽捜査6』の簡単なあらすじ

 

大森署管内で女性が姿を消した。その後、交際相手とみられる男が殺害される。容疑者はストーカーで猟銃所持の可能性が高く、対象女性を連れて逃走しているという。指揮を執る署長・竜崎伸也は的確な指示を出し、謎を解明してゆく。だが、ノンキャリアの弓削方面本部長が何かと横槍を入れてくる。やがて竜崎のある命令が警視庁内で問われる事態に。捜査と組織を描き切る、警察小説の最高峰。(「BOOK」データベースより)

 

竜崎が署長を務める大森署管内で、ストーカーによる犯行の可能性のある誘拐事案が発生した。

そこで、戸高刑事もメンバーとなって立ち上げられていたストーカー対策チームも捜査に参加させることにした。

ところが、その誘拐事案で被害者と共にストーカーのところに赴いた男が殺され、殺人事件へと発展してしまう。そしてそのストーカ犯人と目される下松洋平は、父親の猟銃を持って立てこっているというのだ。

ここで伊丹刑事部長は、すぐさまSITを出動させるが、弓削方面本部長はべつに銃器対策チームの投入をはかるのだった。

 

去就: 隠蔽捜査6』の感想

 

組織が個人の思惑で硬直化し、現場の指揮者らは組織の論理に振り回されてしまいます。

そこで、竜崎署長は自ら現場へ赴くのですが、そこでは自らが指揮を執るのではなく、現場のことは現場指揮官の指揮に従うのが一番合理性があるとして、現場の人間が最大に実力を発揮できるようにと後方支援を始めるのです。

ここらが、竜崎という合理性を重んじる男が人気を博している原因でしょう。目的に向かって最適な方法を選ぶことこそ合理的であり、その結果として事件が解決し、更に大森署の部下たちが力を合わせた結果としての解決であり、ここに二重の喜び、カタルシスが感じられる理由があると思われるのです。

近年、ストーカー問題がクローズアップされ、推理小説でもストーカーをテーマにした作品が増えてきたようです。本書の場合、ストーカーをテーマにしているとまでは言えないとは思いますが、事件のきっかけではあるようです。

 

警察小説でストーカー問題を取り上げるとしたら、ストーカー犯人自体やストーカー行為そのものではなく、それに対応する警察側の処し方が問題となってくるのは必然でしょう。

ストーカー行為そのものの持つ意味についての考察が為された作品は、少なくとも警察小説の分野では知りません。

そういう意味で、警察との関わりでのストーカー事案を取り上げた作品としては、柚月裕子朽ちないサクラがあります。

平井中央署では、慰安旅行のために被害届の受理を先延ばしていたためストーカー殺人を未然に防げなかったと、新聞にスクープされてしまいます。

その情報の流出元を自分ではないかと危惧している県警広報広聴課の事務職員森口泉が、自分の親友の死をきっかけに真相究明に乗り出す物語です。

この作品は、千葉県警で時歳に起きた警察の不祥事をモデルに書きあげられたそうですが、この小説も、ストーカーそのものを取り上げているわけではありませんでした。

 

 

また、頭脳明晰な主人公が事実から導かれる論理の通りに行動し、結果としてその論理のとおりに事案が展開する、という流れは、富樫倫太郎の『生活安全課0係シリーズ』でも見られます。

しかし、『生活安全課0係 ファイヤーボール』を第一作とする『生活安全課0係シリーズ』の場合、主人公の小早川冬彦は、空気を読むことができず人間関係の構築ができません。それなりに分別もある竜崎署長とはかなり異なるのです。

 

 

ともあれ、本『隠蔽捜査シリーズ』は若干のマンネリズムの様相を見せ始めてはいますが、それでもなお最も面白い警察小説の一冊ではあります。

今後、竜崎の転勤などの変化を見せつつさらに面白い小説として展開していきます。

続刊の刊行が待たれるシリーズです。