山根 貞男

山根貞男』のプロフィール

 

1939年、大阪生まれ。大阪外国語大学フランス語科卒業。書評紙・書籍の編集者を経て、映画批評誌「シネマ」69~71の編集・発行に参加。1986年より「キネマ旬報」に日本映画時評を書き続けている。主な著書に『活劇の行方』『増村保造』『映画の貌』『現代映画への旅』などがあり、共著には『任侠映画伝』『映画監督深作欣二』などがある。引用元:山根貞男 | 著者プロフィール | 新潮社

 

山根貞男』について

 

現時点ではありません。

任俠映画伝

任俠映画伝』とは

 

本書『任俠映画伝』は、俊滕氏の関わった映画の全作品目録まで入れて新刊書で314頁の聞き書きです。

俊滕浩滋プロデューサーの語る自分の映画人生を描いた作品ですが、映画関連の書物としては面白さに欠けるものでした。

 

任俠映画伝』の簡単なあらすじ

 

『博徒』『昭和残侠伝』『緋牡丹博徒』シリーズなど、東映任侠映画生みの親・俊藤浩滋がついに語ったわが映画と俳優たち。(「BOOK」データベースより)

 

 

任俠映画伝』の感想

 

本書『任俠映画伝』は、俊滕浩滋という稀有な映画プロデューサーの人生を映画評論家の山根貞夫が本人の語りの形式で描き出した作品です。

二段組の構成で、俊滕浩滋という人物への長年にわたるインタビューを本人の語りという形式で紹介してあり、各章の冒頭や話題の切変わる時などに、客観性を持たせるためか映画評論家の山根貞夫の説明を挟んであります。

そうした事情からこの二人の共著としての紹介になっているものと思われます。

 

確かに、俊滕浩滋という人物自身の生き方は魅力的です。

映画好きならば知らない人はいない大監督のマキノ雅弘や、東映の社長であった大川博に個人的につながりを持ち、後には銀座で有名なクラブのママとなる祇園の芸者と一緒になった男。

私が子供の頃見た映画の中ではっきりと覚えている映画の一本がマキノ雅弘の「次郎長三国志」ですが、この作品つくりにもプロデューサーとしてかかわっていたというのには驚きました。

 

 

特徴的なのが、若い頃にボンノの通称をもつ、後に代目山口組若頭補佐となる菅谷政雄という人物と友達付き合いがあったり、五島組の大野福次郎という大親分とも知遇を得たりと、ヤクザのそれも大物と親交を結んでいることです。

そうした人脈は後に東映で映画をつくるときに大きな力となり、俊滕浩滋という人物が作るヤクザ映画はホンモノの匂いがして人気を博したのだと、これは本書だけでなく、映画関係の書物を読むと書いてあります。

そんな他の本で読んだことが本書『任俠映画伝』の中ではいとも簡単に手柄話のように書いてあるのです。

 

しかし、そのいとも簡単に書いてあるところがどうにも自慢話のように聞こえてきます。

様々な階層の様々な人たちとの人脈を築き上げているのはいいのです。それは俊滕浩滋という人物の魅力でしょうし、そこには何の嘘もなく事実を述べてあるだけのことだと思います。

しかしながら、若山富三郎藤山寛美などの大スターも自分が育て上げたと言い切る姿や、安藤昇も自分が映画に出したし、その紹介になる菅原文太なども自分が使ったからスターへの道を登っていった、といわんばかりのニュアンスは受け入れがたいものでした。

先般読んだ、『仁義なき戦い 菅原文太伝』にも指摘してありましたが、俊滕浩滋菅原文太との出会いなど、ほかの人が言っていることとは異なる記載もあるようで、やはり本人へのインタビューをそのままに載せるのは若干問題がありそうです。

特に、本書『任俠映画伝』のような第三者が間に入り事実の検証が為されているかのような作品の場合、本人の語りとしての記載ではあってもそこは著者山根貞夫の検証が入っていると思いますので、その点は明記していた方がいいのではないでしょうか。

 

たしかに、普通のプロデューサーではなく、毎作品で現場に詰めて、脚本や、時には映画音楽にまで口を出したということですから、普通以上に力を持ったプロデューサーだったのでしょうし、実際それだけの働きをした人だったのでしょう。

それでも、映画には監督もいれば役者、それに多くのスタッフも関わってできる作品ですから、そのすべてを俊滕浩滋というプロデューサーが為したといわんばかりの言葉にはちょっとばかり引いてしまったのです。

ただ、この点に関しては、「映画というのは、・・・全員で相談して、絶対できるものではない。・・・映画は個性で引っ張っていって・・・つくりあげていゆくところに、面白さが出るんだと思う。」と本人が言い切っています。

それだけの強烈な自負心と情熱に裏打ちされた言葉であったと思われます。

 

とはいえ、数多くの映画製作にかかわり、大ヒット映画も数多く制作して映画界への貢献度もかなり高い人であるのは間違いのないことでしょう。

そうした客観性が欠けている作品であることを除けば、本書『任俠映画伝』は映画好きならばそこそこに面白く読める本といえるかもしれません。

今では七代目尾上菊五郎の妻になっていて、映画スターとしては藤純子と言っていた富司純子俊滕浩滋の娘だというのはかなり昔から聞いていました。

父親が大プロデューサーで、その娘が映画界の大スターだというのですから見事なものです。

 

任侠映画の魅力は夢とロマンや、と言い切る俊滕浩滋姿は魅力的です。「私利私欲や打算を抜きにして男が命を懸ける、その純粋さが人の心を打つんだと思う。」と言い切っています。

また、任侠映画は悪役のキャスティングがかなめだとも言っています。「そのワルがワルをしなきゃならない何か、それをうまく出せるかどうか。そこが作品の魅力につながる」というのです。

先にも述べたように、映画作りは中心となる個性で引っ張っていくものだという考えなど、強烈な個性と自負心を持っておられた人なのでしょう。

ただ、一冊の映画関係の書物として見た場合、私の場合は今一つと言うしかない作品だったのです。

松田 美智子

松田美智子』のプロフィール

 

山口県生まれ。金子信雄主宰の劇団で松田優作と出会い結婚。一子をもうけて離婚。その後、シナリオライター、ノンフィクション作家、小説家として活躍。『天国のスープ』(文藝春秋)『女子高校生誘拐飼育事件』(幻冬舎)等の小説を執筆するとともに、『福田和子はなぜ男を魅了するのか』(幻冬舎)、『越境者松田優作』(新潮社)、『サムライ 評伝三船敏郎』(文藝春秋)等のノンフィクション作品を多数発表。引用元:松田美智子 | 著者プロフィール | 新潮社

 

松田美智子』について

 

読み終えて作者のことを知る中で、あの松田優作の前の奥さんだったことを知りました。

松田優作の評伝も書かれているので、読んでみたいものです。

 

仁義なき戦い 菅原文太伝

仁義なき戦い 菅原文太伝』とは

 

本書『仁義なき戦い 菅原文太伝』は、著者自身によるあとがきまで含めて単行本(ソフトカバー)で299頁の評伝です。

『仁義なき闘い』という映画の主役である菅原文太という役者の評伝であり、面白く読んだノンフィクションです。

 

仁義なき戦い 菅原文太伝』の簡単なあらすじ

 

「俳優になったのは成り行きだった」誰もが知るスターの誰も知らない実人生。故郷に背を向け、盟友たちと別れ、約束された成功を拒んだ。「男が惚れる男」が生涯をかけて求めたものは何だったのか。意外な素顔、大ヒット作の舞台裏、そして揺れ動く心中。発言の裏に秘められた本音を丁寧に掬い上げ、膨大な資料と関係者の貴重な証言を重ね合わせて「敗れざる男」の人生をまるごと描き出す決定版評伝。( 内容紹介(出版社より))

 

菅原文太は、新東宝、松竹を経て、安藤昇の引きで東映はと移籍したそうです。

そこから『現代やくざ』シリーズ、『まむしの兄弟』シリーズなどのヒット作を得、『仁義なき戦い』シリーズ、『トラック野郎』シリーズなどで大スターの仲間入りをしました。

その後、大河ドラマ『獅子の時代』に主演したり、東映版の映画『青春の門』の伊吹重蔵役、『千と千尋の神隠し』や『ゲド戦記』にも声で出演したりしています。

その後岐阜県清見村に引っ込んで暮らしていたところにある悲劇が襲い、その後の自身の膀胱がんの発症などもあって、山梨県で本格的に農業をするようになったそうです。

そして2014年11月28日、転移性肝がんによる肝不全で永眠されました。

 

仁義なき戦い 菅原文太伝』の感想

 

映画好きの私にとって、これまで見た映画の中で最高の作品の中の一本は『仁義なき闘い』であり、その主役の菅原文太という役者は、高倉健と並んで最高の役者の中の一人です。

 

映画好き、それも小説と同様にジャンルを問わない映画好きの私は、御多分に漏れず学生時代には東映のヤクザ映画にもはまりました。

中でも『仁義なき戦い』という映画は衝撃であり、それまで名前しか知らなかった菅原文太という役者を知るきっかけにもなった映画です。

梅宮辰夫、松方弘樹、田中邦衛、成田三樹夫、室田日出男といった役者たちが顔をそろえた、これまでにない作品だったのです。

それまでの任侠映画とは異なる新しい現代ヤクザの流れを汲む作品であり、様式美を無視したリアリティあふれた映画であって、皆が声を揃えて面白いと叫んだものです。

 

その映画での主人公の広能昌三を演じた菅原文太という役者の存在感はすさまじいものでした。

この映画では、松方弘樹の演じた弱さを見せるヤクザや、千葉真一のすさまじいチンピラ姿など、ほかにも取り上げるべき役者や場面などいろいろあるのですが、菅原文太という役者はまた別格です。

その菅原文太という役者の評伝というのですからすぐに手に取りました。

ほかに、石原慎太郎が安藤昇という男を描いたノンフィクション『あるヤクザの生涯 安藤昇伝』という本を図書館に予約したところでもあり、本書の情報を耳にしてすぐに借りたということもあります。

 

 

本書『仁義なき戦い 菅原文太伝』の巻末に示された参考資料の膨大な数は数えるのも嫌になるほどであり、作者の主観と客観的な情報との峻別も明確です。

詰め込まれた情報もまた膨大ではあるものの、整理されていて読みやすい作品でもありました。

しかし、これまで菅原文太という役者の実像はほとんど知らなかったこともあって、思った以上に本書『仁義なき戦い 菅原文太伝』は面白い作品でした。

大西 将太郎

地元東大阪市の布施ラグビースクールでラグビーを始め、啓光学園高3年で全国高校大会準優勝。高校日本代表では主将を務め、スコットランド遠征全勝の快挙を達成。ジャパンラグビートップリーグ(リーグ戦)は通算143試合に出場。2007〜08シーズンは「ベスト15」、「得点王」、「ベストキッカー賞」の三冠に輝く。日本代表には同志社大4年時(2000年)に初選出、以降、2008年のサモア戦まで通算33キャップ(試合)に出場。2007年ワールドカップフランス大会のカナダ戦では終了直前に同点ゴールを決め、12-12と引き分けながらも日本代表のワールドカップ連敗記録を13で止めた。 2016年現役引退。現在はJSPORTSやWOWOWのラグビー解説者として、また2019年ラグビーワールドカップの認知活動および、ラグビーの普及活動のため全国をまわっている。(Amazon「著者について」より)

ラグビーは3つのルールで熱狂できる

ラグビー観戦で覚えるべきルールは3つだけ。
あとは審判の“手”に注目していればだいたいわかる。
ゲームの流れを理解しちょっとした観方を知るだけで、
80分間はきっと映画より楽しい時間になるだろう。
日本代表として活躍し(2007年のワールドカップで奇跡の同点ゴールを決めたレジェンド)、
現在はわかりやすい解説が評判の大西将太郎氏による、あたらしいラグビー観戦ガイド。
初心者はギモンがスッキリ、コアファンも目からウロコの視点が満載。
この1冊で日本開催のワールドカップ観戦準備は万端だ!(「内容紹介」より)

 

本書はもとラグビー日本代表の大西将太郎氏が、わかりにくいというラグビーのルールを初心者にも理解できるように解説した本です。

競技場やテレビ桟敷でのラグビーの試合観戦がこれまで以上に楽しくなること間違いなしの本であり、簡単に読み終えることができますので、是非読んでほしい一冊です。

本書は家人のために借りてきた本でしたが、ラグビー経験者の私もそれなりの面白さをもって読むことができました。経験者とはいってもほんの入り口に立っただけの人間にはそれなりに読みごたえがあったのです。

 

もうすぐラグビーワールドカップ2019も終わりを迎えようとしています。

わが日本代表は決勝トーナメントへと進みましたが、残念ながら南アフリカの強靭な壁を破ることはできず、試合をさせてもらえませんでした。

しかしながら、今回の日本代表の魂のこもった戦いぶりは私たちの心に深く刻まれ、決して忘れ去られることはないでしょう。

 

ただ、皆が言うように日本ラグビーにとってはこれからが正念場であり、このラグビー人気を一過性のものにしてはいけません。

そうした考えのもと、ラグビーのプロ化の話もあり、日本ラグビー協会の清宮副会長は、2021年からスタートする「新リーグ構想」をぶち上げたそうです。トップ選手の年俸は一億円を超えたいとの発言もあったと言います。

たくさんの人たちがラグビーの普及に情熱を燃やしています。

本書の著者である大西将太郎氏もその一人であり、上記の清宮福会長の言葉も本書の最後に書いてあったものです。

 

本書は、ラグビーは素人のライターの福田という人物を相手に説明するという形式で、非常にわかりやすく書いてあります。

タイトルには「ラグビーは3つのルールで熱狂できる」と極端と思えそうな言葉を書いてあります。「スローフォワード」「ノックオン」「オフサイド」の三つが分かればいいというのです。

スローフォワード」とは、ボールを前に投げてはいけない、
ノックオン」とは、ボールを前方に落としてはいけない、
オフサイド」とは、ボールより前にいる人はプレーできない、ということです。

この三つの基本を押さえておけばあとは流れを理解すればいいと書いてあります。

 

ラグビーはボールを相手陣内へ運ぶことを目指す単純なスポーツです。

そして、ボールを前に投げてはならず、ボールより前でプレイしてはならない、という大前提があります。その大前提のもとに、ボールを前に落とすことも駄目で、上記の三つのルールが基本になるのです。

他のメンバーにボールを渡すには、真横、もしくは後ろへ投げるしかキックすることしかできず、そのボール運びをストップさせるためにタックルすることになります。そこにラグビーの醍醐味が生まれます。

 

そうした基本の中で、上記の三つの点さえ覚えておけば、細かなルールはわからなくても十分に試合を楽しむことはできます。後の細かなルールは試合をみて、解説を聞いておけば自然に覚えてしまいます。

細かなルールの多くは上記の三つのルールから派生したものであるし、他は危険防止の観点から定められたルールです。

極端なことを言うと、ラグビー経験者であっても細かなルールはわからず、試合を見ていくなかで覚えています。

というのも、ラグビーのルールは常に変化しているのです。

本書はラグビーに関しての細かなエピソードを挟みながら、上記の三つのルールをもとに結果的に難しいと言われる細かなルールも説明してあります。

 

本書の一番の見どころは、試合の流れ、高度なプレイ判断など、ちょっとラグビーをかじったくらいの経験者でも意外に思うほどの情報を盛り込んであるところです。

それは、トッププレーヤーだけが見ることができる世界であり、知識だと思われます。

そうした試合の全体を俯瞰してみるべきポイントを解説してあるところが素晴らしいと思うのです。

 

今後のラグビーの発展を願いながらもラグビーのすそ野を広げようとされている著者らの意気込みもまた伝わってきます。

ラグビーワールドカップ2019ももうすぐ終わろうとしていますが、今後ラグビーの試合を楽しむためにも、軽く読める本書はおすすめです。

 

ラグビーに関する小説などの情報は下記にまとめてあります。よかったら眺めてみてください。

廣瀬 俊朗

ポジション SO WTB
生年月日(年齢) 1981/10/17(38才)
出身地 大阪府
身長 173cm
体重 82kg
出身校・チーム歴 北野高校 – 慶應義塾大学
キャップ 28
廣瀬俊朗 選手プロフィール|ジャパンラグビートップリーグ公式サイト : 参照 )

BIOGRAPHY
2012年の春、エディー・ジョーンズ日本代表ヘッドコーチが、自らの就任と共にキャプテンに指名したのが廣瀬俊朗だった。メンバー発表の記者会見では、第一声で「驚きましたか?僕も驚きました」とコメント。以降、過去4年間、日本代表と無縁だった30歳のキャプテンとして、チームの船出に抜群のリーダーシップを発揮し、2013年には歴史的なウェールズ代表戦勝利の原動力となった。前キャプテン菊谷崇に抱き上げられてのガッツポーズはファンの語り草である。2014年からはリーチ マイケルにキャプテンの座を譲ったが、抜群の信頼感でチームを支えている。大阪府吹田市で生まれ、5歳からラグビースクールへ通い、学校のクラブではサッカー、バスケットボールも経験、ピアノの先生をしていた母親の影響でバイオリン教室にも通った。文武両道の人で、進学校の北野高校から慶應義塾大学理工学部機械工学科に進学。高校、大学、東芝ほか、高校日本代表など選抜チームでもキャプテンを務めている。愛称「トシ」( 廣瀬俊朗|選手プロフィール|日本ラグビーフットボール協会 : 参照 )

 

ラグビーワールドカップ2019での日本代表の活躍が日本中を沸かせてますが、その立役者の一人として廣瀬俊朗氏お名前が挙げられると思います。

ラグビーワールドカップ2019の開催に先立ち池井戸潤の『ノーサイド・ゲーム』という作品を原作とする同名のテレビドラマが放映されました。

そこに重要な役どころで参加していたのが廣瀬俊朗氏であり、元日本代表キャプテンだったという経歴が一気にクローズアップされたのです。

 

廣瀬俊朗氏は、他の名前の出ない数多くのスタッフと共に、ラグビーワールドカップ2019を成功させるべく努力されているところです。

なんのために勝つのか。

リーダーがすべきことは何か、真のリーダーシップとは何か―高校、大学、社会人、そして日本代表の主将を務めた著者が明かすチームをひとつにまとめる秘訣とは。エディージャパンの4年間、さらにはW杯での躍進の裏側まですべてを書いた一冊!(「BOOK」データベースより)

 

本書は、ラグビー日本代表キャプテンであった廣瀬俊朗氏が、そのキャプテンシー、つまりはリーダーシップについての思いを書いた作品です。

 

日本で開催されているラグビーワールドカップ2019での日本代表の成績はというと、本稿を書いている時点(2019年10月19日)で決勝トーナメント出場が決まっています。

ロシア、アイルランド、サモア、スコットランドと強豪チームを打ち破っての決勝進出です。皆さんがいろんなところで言っているように、全く信じられないことで、歓喜に打ち震えている我が家です。

 

そんな日本代表の快進撃も、もとはラグビーワールドカップ2015の南アフリカ戦での勝利から始まったものでした。その時に日本代表チームのキャプテンをまかされていたのが本書の著者廣瀬俊朗氏です。

慶応大学や東芝ブレイブルーパス、そして日本代表ラグビーチームのキャプテンと、常にラグビーというスポーツの中心にいて、プレーは勿論、そのたぐいまれなるキャプテンシーを発揮してきた人物です。

そんな廣瀬俊朗氏のキャプテンとしての心構え、信条を余すところなく述べたのが本書であり、行ってみれば彼の名言集の集大成ともいうべき本に仕上がっています。

 

ところで、先日テレビを見ていたらとある番組で元大阪府知事だった弁護士の橋下徹氏が若者に対して「燃焼」という言葉を述べていました。

自分の人生の時々において「燃焼」してきたと断言できるのであれば、その人は十分な人生だと言えるのではないかというのです。

私はこの橋本徹という人物は決して認めるわけではないのですが、この人のこの言葉だけは異論がありません。「燃焼」してきたとは言えない自分には非常に刺さる言葉でした。

ちなみに、この橋本徹を言う人物も高校時代には日本選抜に選ばれているラガーマンです。

 

本書の廣瀬俊朗氏の言葉も同様なことが言えます。

この人の努力は半端なものではありません。いずれの時代でもキャプテンを任された以上はそのキャプテンとしてチームをまとめていくために必要なことを考え、それを実行し、仲間との意思疎通をはかり、それをまとめ上げていっています。

2015年のラグビーワールドカップのときは結局試合には一試合も出ることはかなわなかったのですが、それでもなお悔しさを押し隠し、裏方としてチームのために尽くしたと言います。

 

この人の名は大学時代からラグビーの試合を見るとしょっちゅう聞いていましたので知ってはいました。

ところが、先般放映された池井戸潤の『ノーサイド・ゲーム』という作品を原作とするという同名のタイトルを有するドラマで結構重要な役で出演しているではありませんか。

驚きました。その後人気を博した廣瀬俊朗氏はラグビーの解説などで頻繁にテレビで見ることになります。

 

本書を読み、自分の人生と比してあまりの違いに打ちのめされたものです。人生の結果ではなく、人生に対する人としての態度の違いです。

肝心なところで安易な道に流れ、易きを選択してきた自分との差はあまりに異なるものでした。ほとんどの人は同じ感想をを抱くのではないでしょうか。

どうしても人は楽な道を選びます。その結果、人を羨み、自分の運の悪さを嘆くことになります。

 

本書で生きている廣瀬俊朗氏は常に挑戦の人生を歩んでいます。困難に挑戦し、それを克服し自らの糧として人間的にも大きく成長しています。

「逃げたら、同じ壁」だと彼は言います。「大事なのは、同じ失敗を繰り返さないことである。」とも言っています。

廣瀬俊朗氏が素晴らしいところは、こうした言葉を実践してきていることです。自ら挑戦し、それを乗り越えた上でこれらの言葉を発しているのです。

私はこうした本をあまり読みません。しかし、ラグビーに関して第一線で実績を残してきた人の言葉は重みがあります。

決してうまい文章ではありません。でも、これからの若い人にぜひ読んでもらいたい本です。

 

ラグビーをテーマにした小説に関しては下記コラムにも書いています。

 

良かったら参照してみてください。

ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実

1966年『リボルバー』から1969年『アビイ・ロード』まで、ビートルズのレコーディング現場にいた唯一のエンジニアが語る、ファブ・フォー、創作の秘密の全貌。(「BOOK」データベースより)

 

本書はザ・ビートルズのレコード制作の現場にいた一人のエンジニアの眼を通してみた、ザ・ビートルズの四人の姿を客観的に記した貴重な作品です。

筆者のジェフ・エメリックが参加したザ・ビートルズのアルバムの、1966年の「リボルバー」から1969年の「アビイ・ロード」に至るまでのレコーディング風景を主に書いてあります。

 

 

ほとんどの人にとって、青春時代を語るとき、「ザ・ビートルズ」は必須の話題でしょう。私にとっても勿論、中学時代から高校時代の数年間、そしてそれ以降を語るうえでは欠かせないグループです。

私の高校時代は、なかなかチューニングの合わないニッポン放送のオールナイトニッポンのラジオ放送を聞き、カレッジフォークを聞いていました。決して欧米のロックンロールではなかったのです。

しかし多くの人と同じく、映画『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』や『ヘルプ!4人はアイドル』などのザ・ビートルズの映画に影響され、私も遅まきながら彼らの歌声に魅せられていったのでした。

その後は、ラグビー仲間で熱狂的と言ってもいいザ・ビートルズファンの友人の影響もあり、私も人一倍のファンとなったのです。

こうした思い出は、当時のザ・ビートルズファンであれば誰でも語ることができるでしょう。

 

 

本書は、当然ですが、あくまでジェフ・エメリックというエンジニア個人の眼を通してみたザ・ビートルズやその周りの人物や出来事を書き記したドキュメンタリー作品です。その点を意識しながら読めばという前提付きですが、かなり面白い作品だったと思います。

また、総頁数は七百頁近くにもなる大部の本ですので、それなりの時間をとっておかなければ読み通せないでしょう。

筆者の主観的作品だとの限定を付けたのは、登場する人物についての評価がこれまで私が見聞きしてきた評価とは異なる部分が少なからずあるからです。

 

本書ではザ・ビートルズの四人の他に多くの人物が登場しますが、そのうち音楽プロデューサーであったジョージ・マーティンやマネージャーのブライアン・エプスタインなど、全くの音楽素人でミーハーにすぎない私でも聞いたことがある人もいます。

そして私は、ザ・ビートルズの成功は上記のジョージ・マーティンやブライアン・エプスタインの力がかなり大きかった、ということを当然のごとく聞かされていました。

しかし、本書で描かれるこの二人は決してそうではありません。筆者によれば、ジョージ・マーティンは目立ちたがり屋であり、ブライアン・エプスタインは得体のしれない人物だと、一言で言えばそうなります。

勿論、二人の音楽的、またマネージメントの手腕はそれぞれに認め、評価はしてあるのですが、特に音作りに関しては自分、つまりは筆者のジェフ・エメリックの功績が大だということを再三にわたり書いてあります。

音楽エンジニアという職業の内容を知らず、筆者の書いている技術的なことはほとんど理解できない私ですから、彼らの仕事面に対する筆者による評価が正当なものかどうかはわかりません。

ただ、筆者がグラミー賞などの客観的な賞を何度も受賞されていることからも、技術面では間違っていることは書いてないのでしょう。でも、人間性についてはいかがなものか、とは感じました。

 

ザ・ビートルズの四人のメンバーに対する筆者のジェフ・エメリックの評価はかなり偏っているのではないかという印象があるのです。

例えば、リンゴ・スターやジョージ・ハリスンは、本書の初めのほうでは他の二人の影に隠れた自信のない人物として書いてあります。

しかし、リンゴはザ・ビートルズにもと居たドラマーに代わってリズムセクション強化のために選ばれたという話を聞いていたので、きちんとしたリズムを刻めないというリンゴに対する評価は意外なものでした。

また、ジョージにしてもアルバム「サージャント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」の作成の項で、「ジョージ・ハリスンの曲はジョンやポールの曲に比べてランクが落ちるというのが共通の認識だった」とさえ書いてあるのです。

確かに地味ではあったかもしれませんが、本書で書かれているほどに自信がなかったかというと、これまで聞いていた印象とは異なります。

 

筆者は、この四人の中ではポールと一番仲が良かったらしくポールのことは否定的な評価は書いてありません。というよりも、人間的にも音楽家としても高評価です。

反対にジョンに対しては辛らつです。と言っても、ジョンに対しての悪意を感じるわけではありません。ドラッグの影響もあってか、単純に感情の起伏が激しく、時には他人に対し毒舌を吐き、攻撃的になると、筆者が感じたことを客観的な事実として言っているだけです。

 

本書の著者はザ・ビートルズのレコーディングのエンジニアだった人です。と言ってもレコーディング・エンジニアとはどういう職業なのか、私も含め理解できる人はそうはいないと思います。

レコーディング・エンジニアとは「レコード、CDなどの音楽録音物の制作に従事し、音響の調整と録音などを行う技術者の呼称」( ウィキペディア : 参照 )を言います。

より詳しくは、上記ウィキペディアの該当項目を参照してください。多分、あまり理解できないと思います。少なくとも私はそうでした。

 

ジェフ・エメリックの仕事ぶりに関しては、現代のデジタル音楽で簡単に作り出せる様々な音色を、当時の機械を駆使して演者の要求する音色を作り出しているさまはよくわかりました。

他の人では無しえない音作りをしていたと思われます。

そうした音楽エンジニアである筆者が書いた本なので、本書はレコーディング上の技術的な事柄を中心に書いてあります。本当はそうしたレコーディング上の技術的な事柄を知らないと本書の面白味というか、醍醐味は半減するのかもしれません。

しかし、そうしたことを知らないでも十分に楽しめる本です。事実、本書に書いてある技術的な事柄のほとんどは私は理解できていませんが、四人の人間性など非常に高い関心をもって読み終えることができました。

 

様々なエピソードが述べられた末に、「ホワイト・アルバム」作成の頃、オノ・ヨーコが登場します。既に仲の良い四人組ではなくなっていたザ・ビートルズは、ヨーコの登場を機に更に機能不全に陥っていくのです。

 

 

そして、「アビイ・ロード」を最後にザ・ビートルズは解散してしまいます。ここらの描写は読んでいて寂しいばかりです。

それでも、ジェフ・エメリックは、ザ・ビートルズ解散の原因は「ぼくはヨーコが原因だったとも思わない。・・・アーティストとしての方向性が、もはや折り合いをつけられないほどバラバラになってしまっていたことだと思っていた。」と書いています。

 

 

この「アビイ・ロード」というアルバムのタイトルの決まり方に関しては、ジャケット撮影のためにチベットまで行くことに難色を示したリンゴの、「外で写真を撮って、『アビイ・ロード』というタイトルにすればいい」という一言で決まったと書いてあります。

こうした小さなエピソードの積み重ねは楽しいものですが、本書はエンジニアであるジェフ・エメリックの音作りの苦労に重きが置かれていて、裏話はその間の挿話のようになっています。

それでもなお、本書はザ・ビートルズファンとしては彼らの生きた姿を教えてくれる貴重な本です。

 

その時に対象となっているアルバムを聞きながらの読書は一段と楽しいものでもありました。しかし、心が離れていく彼らの足跡をたどることでもある読書でもあり、その面では寂しいものでもありました。

それと同時に、音楽に携わる人たちの音に対する感覚の鋭さに、あらためて驚かされる作品でもありました。

とはいえ、ファンとして一読していい作品だと思います。楽しいひと時でした。

J・エメリック

イギリスの音楽プロデューサーおよびレコーディング・エンジニア。彼のキャリアで最も有名な作品には、ビートルズのアルバム『リボルバー』、『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』、『ザ・ビートルズ』 (ホワイト・アルバム)、『アビイ・ロード』と、ポール・マッカートニー&ウイングスのアルバム『バンド・オン・ザ・ラン』がある。( ウィキペディア : 参照 )

 

ザ・ビートルズに関する『ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実』の作者。