恋する検事はわきまえない

恋する検事はわきまえない』とは

 

本書『恋する検事はわきまえない』は、2022年2月に刊行された作品で、新刊書で266頁の実質四篇の短編からなる推理小説集です。

『転がる検事に苔むさず』の次に刊行された第二作目となる作品集ですが、第一作目と変らぬ軽いユーモアと切れ味とを持つ読みがいのある作品集でした。

 

恋する検事はわきまえない』の簡単なあらすじ

 

特捜部初の女性検事、着任早々大暴れ!

人が人を裁けるのかーー
「正義」の番人たちの懊悩に迫る人情検察小説。

「特捜部初の女性検事」として期待と嫉妬を一身に背負う常盤春子は、着任早々、下水道事業の五社談合事件を任された。落とし所は末端社員たちの摘発ーー。しかし、取り調べ中に闖入してきた被疑者の幼なじみによって、捜査は思わぬ方向に転がり始めた。

築地の魚屋で働く男は、被疑者を庇いながら言葉を吐く。
「おれはよ、法に背いたのは人間じゃねえ気がするんだ。人間の周りを囲んでいる全体みたいなもんだ」
覚悟を決めた春子は、検察幹部仰天の一手に出た(表題作)。

見習い検事が異動先の鹿児島で一騒動を起こす「ジャンブルズ」、小倉支部の万年窓際検事が組織から孤立しながら凶悪暴力団に立ち向かう「海と殺意」ほか、全四話+αの連作短編集。

「罪をつくるのは個人か、社会かーー。
この小説は軽やかに根源的な問いを突きつける」
元厚生労働事務次官
村木厚子さん激賞!(内容紹介(出版社より))

 

 

恋する検事はわきまえない』の感想

 

本書『恋する検事はわきまえない』は、著者の直島翔のデビュー作である『転がる検事に苔むさず』に登場して脇を固めていた人たちを主人公にした作品集です。

 

 

本書『恋する検事はわきまえない』第一話の「シャベルとスコップ」と最終話の「春風」はそれぞれにプロローグやエピローグ的な短い物語でありますが、ともにかなり重要な物語であって、インパクトのある内容となっています。

 

シャベルとスコップ」は、鹿児島地検への転任が決まっている倉沢ひとみ検事の、区検浅草支部での最終日の出来事です。久我周平検事ならではの事実認定のやり方を教えられる場面が展開されます。

 

ジャンブルズ」は、倉沢ひとみ検事が主人公の短編向きの軽い謎解き物語であり、最後の最後のちょっとした仕掛けには驚かされましたが、楽しく読むことができた作品です。

 

恋する検事はわきまえない」は官製談合事件の裏話を検事の世界の出世争いに絡めた作品で、意外な展開は読みごたえがありました。そして、この物語でも最後にちょっとした仕掛けがあります。

この話は前作の『転がる検事に苔むさず』で久我周平検事をかわいがっていた弁護士の常磐春子が検事だった頃の話です。

著者自身の言葉として、「公取委が刑事告発に踏み切った実際の官製談合事件をモデルにしました。」「人を罪に問うことに真剣に向き合う検察官と、どうもそうではない出世しか頭にないタイプや事なかれ主義者の検察官を対比させた」などの言葉がありました。( ※週刊ポスト : 参照 )

また、この話はあとで出てくる「春風」での話とも繋がってくる物語であり、どこに仕掛けがあるか分からない本書の特徴的な話でもあります。

 

海と殺意」は福岡地検小倉支部時代の久我周平が主人公です。

日本一凶悪なヤクザと言われた「白王会」に立ち向かう小倉中央署の暴力団担当の池崎将洋警部補の話で、それを助ける久我周平の物語です。

若干、ストーリーが無理筋とも感じられる箇所もありましたが、それでもなお小技の効いたひねりには感心させられた面白い話で、久我検事と福岡地検時代の常磐春子検事正との出会いの場面もある一編でもあります。

 

健ちゃんに法はいらない」は隅田署の交番巡査有村誠司を主人公とする作品です。

有村は保育園の防犯教室でボランティアの健介と知り合い、お節介な彼に言われるまま、虐待が疑われる少年を見守ることになります。

 第一話「ジャンブルズ」で、倉沢ひとみ検事と有村巡査との電話での会話の場面が、ここでは有村巡査の視点で再現されているという遊び心を持った連携場面もあり、楽しく読めた話でした。

 

春風」は久我周平検事の話で、次回作につながるであろうエピソードを簡単に紹介してあり、重要です。

 

本書『恋する検事はわきまえない』は、シリーズの登場人物それぞれを個別の主人公にした、言ってみればシリーズ外伝的な物語集であり、本シリーズに奥行きと深みを持たせ、さらには読者により興味を持たせる効果があると思います。

本書では特に、シリーズの主役である久我周平検事の姉貴分的な立場にいる、シリーズ本体ではヤメ検として高名な常磐春子に関する事柄が目を引きます。

久我との出会いや、常磐春子のプライベートな事柄まで踏み込んで書かれていて、これからのシリーズの展開にも大きく関係してくるであろう常磐春子の人となりが垣間見えて興味を惹かれます。

 

著者の直島翔の作品は、私の好みにかなり合致した作品であり、これからの作品がとても楽しみな作家さんの一人です。

ちなみに、出版社の「内容紹介」では「常盤春子」と表示してありますが、本書内では「常磐春子」と表記してあり、「盤」と「磐」と文字が異なっています。

前著ではどうだったのか、手元に本がありませんので、そのうちに確認してみようと思っています。

転がる検事に苔むさず

転がる検事に苔むさず』とは

 

本書『転がる検事に苔むさず』は2021年8月に刊行された、新刊書で316頁の人情味豊かな長編の推理小説です。

「警察小説大賞」を受賞している作品でありながら、主人公は検察官で警察官は脇役に回っているにすぎないものの、新感覚のミステリーとしてとても楽しく読むことができた作品でした。

 

転がる検事に苔むさず』の簡単なあらすじ

 

夏の夜、若い男が鉄道の高架から転落し、猛スピードで走る車に衝突した。自殺か、他殺か。戸惑う所轄署の刑事課長は、飲み仲間である検事・久我周平に手助けしてほしいと相談を持ちかける。自殺の線で遺書探しに専念するが、このセールスマンの周辺には灰色の影がちらついた。ペーパーカンパニーを利用した輸入外車取引、ロッカーから見つかった麻薬と現金ー死んだ男は何者なのか。交番巡査、新人の女性検事とともに真相に迫る。心に泌みる本格検察ミステリー。第3回警察小説大賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

 

目次
プロローグ
第一章 川辺の検事
第二章 人事案
第三章 とり急ぎ、雷
第四章 赤提灯
第五章 ボニーのささやき
エピローグ

ある日、鉄道の高架から転落したと思われる若い男が車に衝突し死亡するという事件が発生した。

たまたまその現場に行くこととなった東京区検察庁浅草分室に勤務する検事の久我周平は、追出刑事課長から検視に手を貸して欲しいと頼まれる。

転落死した男は、持っていた免許証や名刺から自動車ディーラーの営業職の河村友之、二十七歳と判明した。

後日、久我は有村巡査の上司から、高架下の事件の処理をさせて有村の刑事志望の意志をかなえてやりたいので面倒を見てくれるよう頼まれた。

一方、久我が指導する新任の倉沢検事は、現在は東京地検の刑事部主任である久我の二期下の小橋検事が久我の粗さがしをしているとの情報を聞かされるのだった。

 

転がる検事に苔むさず』の感想

 

本書『転がる検事に苔むさず』の主人公は検察官です。

それも被疑者から話を聞き出す名手という設定で、その判断の根底には人情味豊かな思いが横たわっていて、ミステリー界にまた新しい感覚の作家、そして作品が登場してきたとの印象です。

もちろん、第20回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞した作品である『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』を記した南原詠のような新しい分野を舞台にした新人も登場しています。

でも、本書の惹句に「人情をもって真実を照らし出す。」とあるように、主人公が謎解きに邁進するだけでなく、謎解きの過程に「人情」が持ち込まれていて、こうした作品はあまりないと思います。

謎解きの過程に「人情」というクッションが挟まることで文章も優しさが増した印象で、物語もずっと奥行きが広がっているようです。

こうした面は、もちろん本書が私の好みでもあるためでしょうが、見方によっては「人情もの」とも呼べそうな魅力を付加しているのではないでしょうか。

 

 

この人情ものという側面を本書『転がる検事に苔むさず』の第一の魅力だとすれば、次にあげられる二番目の魅力は、検察庁内部での権力闘争、出世競争の側面を描いてあることでしょう。

主人公の久我周平自身が現在は「東京区検察庁 浅草分室」という、裁判所で言えば簡易裁判所に相当する、出世とは関係の無さそうな小さな事件ばかりを主に扱う部署に勤務しています。

本来は検察の花形部署と言われる特捜部に異動するはずであったのに、出世争いの嫌がらせから、大きな事件を扱うことのない現在の支部に異動させられているのです。

こうした本人が意図しない形での、検察庁内部での上層部での権力争いの余波をもろに受けている主人公やそのライバルなどの姿は、法曹界の裏面を見るようで単なるミステリーを越えた魅力があります。

 

この浅草分室に、久我周平を指導官として配属されたのが新米検事の倉沢ひとみであり、この人物が物語の進行に彩りを与えています。

そして、人物配置の視点で言えば、実際の捜査をすることのない検事の代わりに手足となって動く人物として配されたのが 刑事志望の有村誠司巡査です。

そして、この有村巡査を見てやってくれと頼むのが久我の飲み友達である墨田署の追出刑事課長です。

そして、久我を目の敵にする小橋克也という検察官、久我が憧れの対象とする 今は検察官を辞めて弁護士となっている常盤春子など、ユニークな人物たちが登場します。

これらの魅力的な人物の配置が本書の魅力の三番目だと言えるかもしれません。

 

そして、最後に謎解きの面白さがあります。

刑事志望の巡査や新米検事が、鉄道の高架から転落したらしい若い男の背景を調べていくうちに、隠されていた謎を暴いてくという流れも、複雑すぎず、わりと面白く読めました。

それも、検察内部の様々な争いごとなどが絡められながらの、事件の展開であるため、より気楽に読めたと思われます。

 

本書『転がる検事に苔むさず』の主人公である久我周平という検察官の姿を見ていると、魚戸おさむの『家栽の人』というコミックを思い出してしまいました。

『家栽の人』の主人公は家庭裁判所の判事ですが、単に法律を杓子定規に当てはめるのではなく、関係者の真の姿に思いを馳せ持ち込まれた揉め事を解決していくという人情物語でした。

 

 

さらに検察官が主人公の推理小説と言えば、近年では柚月裕子の『佐方貞人シリーズ』があります。

シリーズ第一巻『最後の証人』こそヤメ検である弁護士佐方貞人が活躍する物語ですが、第二巻からは過去に戻り、正義感にあふれる検事時代の佐方貞人を主人公とするミステリーです。

 

 

また、雫井脩介の描く『検察側の罪人』という作品もあります。

「時効によって逃げ切った犯罪者を裁くことは可能か」という問いが着想のきっかけだというこの作品は、二人の検事それぞれが信じる「正義」の衝突の末に生じるものは何か、が重厚なタッチで描かれるミステリーです。

 

 

ともあれ、本書『転がる検事に苔むさず』は私の好みに合致した作品でした。

続編の『恋する検事はわきまえない』も出版されているようですので、さっそく読んでみたいと思います。