『リカバリー・カバヒコ』とは
本書『リカバリー・カバヒコ』は、2023年9月に234頁のハードカバーで光文社から刊行された連作の短編小説集です。
いつもの通りの心温まる話が詰まっている、青山美智子らしい作品集です。
『リカバリー・カバヒコ』の簡単なあらすじ
5階建ての新築分譲マンション、アドヴァンス・ヒル。近くの日の出公園には古くから設置されているカバのアニマルライドがあり、自分の治したい部分と同じ部分を触ると回復するという都市伝説がある。人呼んで”リカバリー・カバヒコ”。アドヴァンス・ヒルに住まう人々は、それぞれの悩みをカバヒコに打ち明ける。高校入学と同時に家族で越してきた奏斗は、急な成績不振に自信をなくしている。偶然立ち寄った日の出公園でクラスメイトの雫田さんに遭遇し、カバヒコの伝説を聞いた奏斗は「頭脳回復」を願ってカバヒコの頭を撫でる――(第1話「奏斗の頭」)出産を機に仕事をやめた紗羽は、ママ友たちになじめず孤立気味。アパレルの接客業をしていた頃は表彰されたこともあったほどなのに、うまく言葉が出てこない。カバヒコの伝説を聞き、口を撫でにいくと――(第3話「紗羽の口」) 誰もが抱く小さな痛みにやさしく寄り添う、青山ワールドの真骨頂。(「Amazon」内容紹介より)
『リカバリー・カバヒコ』の感想
本書『リカバリー・カバヒコ』は、作者青山美智子らしい、明日に希望をもたらしてくれる心温まる作品集です。
本書には悪人は登場しませんし、派手なアクションもありません。ただ、普通の人々の普通の暮らしが描かれ、その暮らしの中で抱えることになった屈託をカバヒコが解決してくれる物語です。
とは言っても、カバヒコが何かをしてくれるということではありません。
そもそも「カバヒコ」とはアドヴァンス・ヒルというマンション近くの日の出公園にある、いわゆるアニマルライドと呼ばれる遊具につけられた名前であり、ただそこにあるだけの存在に過ぎません。
その名前にしたってカバの遊具であるところからつけられてに過ぎず、その名前に意味があるわけでもありません。。
各話の主人公は前出のアドヴァンス・ヒルという新築分譲マンションに住む人たちです。
第一話は、レベルの高い高校に進学したものの、自分の成績の悪さに戸惑う宮原奏斗という高校生。
第二話は、ママ友たちとの付き合いに疲れ、ボスママから無視される樋村砂羽という主婦。
第三話は、耳管開放症という珍しい病に悩む新沢ちはるというブライダルプランナー。
第四話は、嫌なことから逃げていたら本当に足が痛くなってしまった勇哉という小学生。
第五話は、口を開けば母親と喧嘩ばかりをしている溝畑和彦という雑誌編集長です。
彼らはそれぞれに悩みを抱え、気が思い毎日を送っていますが、近所の公園の中にあるカバの遊具に関して言われている都市伝説を信じてカバヒコの身体の個所をさすり、その回復を願うのです。
カバヒコは何もしてくれません。ただそこにあるだけです。でも彼らの心は何故か軽くなり、抱えている問題に正面から付きあうようになるのです。
作者の青山美智子は、WEB別冊文藝春秋に掲載されているインタビューの中で本書で書きたかったことなどを語っておられます。
そこでは、本書『リカバリー・カバヒコ』の「裏テーマは「相棒」で、主人公がそういう存在に気づく話でもあるんです。」と言っておられます。
そして、「傍から見たら地味だけれど、だからこそ一人一人が見つけるほのかな光が浮かび上がるようなものが書きたかったんです。」とも言っておられるのです。
青山美智子の作品は、うがった見方をすれば、これまで三年連続で本屋大賞の候補となった『お探し物は図書室まで』『赤と青とエスキース』『月の立つ林で』という三作それぞれのパターンが一緒だと言えます。
ただ、程度の差こそあれこの三作はファンタジーの要素があり、超自然的な力が働いていた点に本作との違いがあるとは言えるでしょう。
ですが、たしかに似たようなパターンだと言えないこともありませんが、そのそれぞれの作品で細かな小道具や構成などにこだわりがあり、パターンの類似をものともしない作者の未来に対する希望を感じることが来ます。
だからこそ皆の支持を受けているのでしょう。
ちなみに、同じ個所で、「彼、実は『ただいま神様当番』に出てくる千帆ちゃんという小学生の女の子の弟なんですよ。私がまたスグルくんに会いたかったから書きました。」とも言っておられました。
このブログの他の箇所でも書いていますが、私の好む小説はサスペンスやミステリーと分類される作品やSF小説です。中でもアクション小説などの冒険小説を特に好みます。
一方、夏川草介のような心に迫る、人間というものをあらためて考えさせられる作品も好きです。
そうした相反する趣きの作品を読むことでバランスをとっているかのようでもあります。
ともあれ、本書『リカバリー・カバヒコ』は軽く読むこともできつつも明日への希望をもたらしてくれる好編だと思っているのです。