『蟬かえる』とは
本書『蟬かえる』は『魞沢泉シリーズ』の第二弾で、2020年7月に東京創元社から256頁のソフトカバーで刊行され、2023年2月に創元推理文庫から304頁の文庫として出版された、短編推理小説集です。
第74回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)、及び第21回本格ミステリ大賞(小説部門)を受賞した作品です。
『蟬かえる』の簡単なあらすじ
全国各地を旅する昆虫好きの心優しい青年・魞沢泉(えりさわせん)。彼が解く事件の真相は、いつだって人間の悲しみや愛おしさを秘めていたー。16年前、災害ボランティアの青年が目撃したのは、行方不明の少女の幽霊だったのか?魞沢が意外な真相を語る表題作など5編を収録。注目の若手実力派が贈る、第74回日本推理作家協会賞と第21回本格ミステリ大賞を受賞した、連作ミステリ第2弾。(「BOOK」データベースより)
『蟬かえる』の感想
本書『蟬かえる』は『魞沢泉シリーズ』の第二弾で、第74回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)、及び第21回本格ミステリ大賞(小説部門)を受賞した短編推理小説集です。
これまで読んできたいろいろなミステリーとは異なった作品であって、なんとも不思議な印象というほかありません。
探偵役の魞沢泉は、昆虫好きの青年ということ以外明確には紹介はしてありません。
作者によると、この魞沢泉のモデルは泡坂妻夫の亜愛一郎だということです( 作家の読書道 : 参照 )。
泡坂妻夫作品はむかし何作か読んだことがあり、今となっては内容は全く覚えていませんが亜愛一郎シリーズも何冊か読んだ記憶はあります。
泡坂妻夫という作家のミステリーの面白さは間違いのないところであり、ミステリー好きであれば一度は読むべきだと今でも思っているほどです。
その泡坂妻夫の作り出したキャラクターを参考にしたのが魞沢泉という探偵役であり、一見頼りなさそうでありながら、人間性豊かで、謎解きにその頭脳明晰さを示しているのです。
つまりは、はっきりとした謎が提起されて探偵役がその謎を解いていくという通常のミステリー作品とは異なります。
魞沢泉の行動を追っていると、結局はほかの登場人物の行動の本当の意味が明らかにされていくという、なんとも不思議な流れなのです。
そして、作者の文章自体もとても易しい文章であり、読み進めることがとても楽です。その、楽な読書の中でいつの間にか魞沢泉の活躍によって皆の疑問が解決していくのです。
本書に関しては、ミステリーだというだけで、探偵役が誰かなど何の前提知識もなしに本書を読み始めました。
そのため、特に第一話ではミステリーである以上はあるはずの謎が何かもよくわからないままでの読書になってしまいました。
誰が探偵なのか、もわからずに読み始めたため、糸瓜という名の青年の語る十六年前の出来事についても、その意味をよく把握しないままの読書でした。
そのためか、読み終えてみると意外な人が探偵であり、謎もよくわからないままに納得させられてしまったという印象を持った話でした。
唐津巡査部長と桂木巡査の会話など、この作者の文章には軽いユーモアが含まれていて、非常に読みやすい作品でした。
なんとも物悲しい話ではありますが、魞沢泉の面目躍如というお話です。
この話では探偵役は魞沢泉ではなくオダマンナ齋藤こと「アピエ」編集長の齋藤かと思っていたのですが、そうとも言えないところもまた意外な結末と言えるのでしょう。
アフリカ睡眠病をめぐる物悲しい話ではありましたが、魞沢の新たな一面を見せてくれた話でもありました。
また、ここでの話に直接関係するわけではないのですが、「三章 彼方の甲虫」の物語が話題として登場してきます。なんとも心が落ち着かない話ではありますが、魞沢泉がまた見事な推理を聞かせてくれています。
本書を読んでいる途中はなんとも不思議な感覚で読み進めていたのですが、読み終えてみると、良質なミステリーを読み終えたときの心地よさに包まれていました。
また、読了時には何故か米澤穂信の真実の10メートル手前という作品を思い出していたのですが、その理由はいまだによく分かりません。
ただ、ともに謎解きの論理が明快であるところや、読了後の心地良さは一緒だとは言えるようです。
とにかく、面白い作品でした。