『神都の証人』とは
本書『神都の証人』は、2025年7月に講談社から512頁のソフトカバーで刊行された、長編のリーガルミステリー小説です。
三世代にわたり冤罪を晴らすために奔走してきた弁護士たちの苦闘を描く大河小説で、第16回山田風太郎賞を受賞し、第174回直木賞候補に選ばれた作品です。
『神都の証人』の簡単なあらすじ
昭和18年。戦時下、「神都」と称される伊勢で、弁護士の吾妻太一は苦悩していた。
官憲による人権侵害がはびこり、司法は死んだも同然。
弁護士は正業にあらずと、子どもたちにさえ蔑まれていた。
だが、一人の少女・波子との出会いが、吾妻の運命を変える。
彼女の父は、一家惨殺事件で死刑判決を受けた囚人だった。
「お父ちゃんを助けて」
波子の訴えを受け、吾妻は究極の手段に打って出る。
無罪の証拠を得るため、自らも犯罪者として裁かれる覚悟をしてーー。
だがそれは、長い戦いの始まりに過ぎなかった。(内容紹介【あらすじ】(JPROより))
『神都の証人』の感想
本書『神都の証人』は第16回山田風太郎賞を受賞し、第174回直木賞候補に選ばれた、ある死刑囚の冤罪を晴らすために奮闘する弁護士たちの姿を描いた大河推理小説です。
その死刑囚の無罪は明らかで、その無罪をどのように裁判所に認めさせるかという点と同時に、では、誰が殺したのか、という点もまた関心の対象となっています。
本書は「第一部 吾妻太一」「第二部 本郷辰治 前編・後編」「第三部 伊藤太一」の全部で四つのパートからなっています。
そのそれぞれのパートで弁護士が主人公となっていて、そのままに章のタイトルとなっていますが、第二部だけはその前編の弁護士は伊藤捨次郎であってタイトルとは異なっています。
「山田は神都や」と本書冒頭で波子に言わせていますが、本書の舞台となる「山田」(やまだ)という土地は三重県伊勢市の地名だそうです。
伊勢神宮外宮の鳥居前町として成熟してきた地域であり、現在の伊勢市街地に相当する( ウィキペディア : 参照 )とありました。
「第一部 吾妻太一」は、吾妻太一という弁護士が主人公で、この弁護士が谷口波子という女の子と知り合うことからその父親の谷口喜介という死刑囚の存在を知ります。
この谷口喜助が、様々な人たちがその無罪を確信し、彼の救済に走ることになる死刑囚なのです。
第一部は昭和十八年の話であり、喜介救済に動いてくれる仲間として人権派弁護士の花田勢太郎がおり、取り調べ中に亡くなった喜介逮捕の決め手となった証人の伊藤乙吉やその息子の捨次郎らが登場します。
その後、「第二部 前編」では時代は昭和三十二年へと変わり、砂利運搬船の船乗りで暴れん坊の本郷辰治が主人公となって「第二部 後編」へ、そして「第三部」の弁護士伊藤太一の平成十六年の時代へと移っていきます。
途中まではあまり面白くない、ミステリーとしても今一つのめり込めない物語だと思いながら読み続けていました。
しかし、「第二部の後編」になってくると次第に惹きつけられるようになりました。それは辰治の執念の調査が読者を引っ張り込んだようでもあり、谷口事件の背景が少しずつ見えてきたからでもあるでしょう。
第三部に至る頃にはこの大河小説のいきつくところも少しずつ見え始めてきてはいましたが、ここまで来たら結末を見据えるしかないという気持ちで読み進めました。
再審を拒否しようとする国の論拠として言われるのが法的安定性という言葉です。
一旦下された判決がみだりに変更されることがあっては一般市民の法に対する信頼が揺らぐ、ということを意味します。
法律の下に守らるべきは一般市民の権利であるはずであり、こうした論法は法の支配の否定であり、法曹自らがそのよって立つところを否定するものでしょう。
ただ、こうした考え自体が平和な世の中だからこそ主張できると言われそうでもあります。
実際、戦前、特に太平洋戦争中は、天皇陛下の名のもとに下された判決に疑義を論じるなど持ってのほか、などという荒唐無稽な論陣も張られたと、本書でも述べられていました。
しかし、「人権保護と法的安定性」という衡量は法律解釈を学ぶ場合の一丁目一番地でもあるはずで、人権感覚を失えば、上記のような論陣が俄然力を持ってくるのでしょう。
本書では、人権など「お国のため」の一言で片付けられた時代から現代にいたるまで、「冤罪」事件が扱われているのですが、単なる物語ではなく、現実に同様の事件が起きていたのだということを噛みしめて読むべき作品だと思わされました。
冤罪の起きる構造としては若干単純に過ぎるとも思いましたが、実際はそんなものなのでしょうか。
現実に検察官の証拠の隠蔽や捏造などの事件もあり、近年では20201年にも「大川原化工機事件」などの検察の不祥事に基づく冤罪事件が発生しています。
ほかにも「袴田巌事件」や「免田事件」などちょっと調べるまでもなく冤罪事件の名が挙げられるのです。
作者の大門剛明という人は、「冤罪というテーマを絶えず描き続けてきた作家」( カドブン : 参照 )だそうで、本書はその流れのもとに書かれた作品です。
作者の熱い思いも感じられる、読み応えのある一冊でした。