『図書館の魔女 烏の伝言』とは
本書『図書館の魔女 烏の伝言』は『図書館の魔女シリーズ』第二弾で、文庫本上下二巻で896頁の長編のファンタジー小説です。
シリーズの主人公である「図書館の魔女」の登場こそあまり無かったものの、第一弾同様に物語世界も堅牢に構築されており、ミステリーとしての面白さも兼ね備えた、一級の作品でした。
『図書館の魔女 烏の伝言』の簡単なあらすじ
道案内の剛力たちに導かれ、山の尾根を行く逃避行の果てに、目指す港町に辿り着いたニザマ高級官僚の姫君と近衛兵の一行。しかし、休息の地と頼ったそこは、陰謀渦巻き、売国奴の跋扈する裏切り者の街と化していた。姫は廓に囚われ、兵士たちの多くは命を落とす…。喝采を浴びた前作に比肩する稀なる続篇。( 上巻 : 「BOOK」データベースより)
姫を救出せんとする近衛兵と剛力たち。地下に張り巡らされた暗渠に棲む孤児集団の力を借り、廓筋との全面抗争に突入する。一方、剛力衆の中に、まともに喋れない鳥飼の男がいた。男は一行から離れ、カラスを供に単独行動を始めるが…。果たして姫君の奪還はなるか?裏切りの売国奴は誰なのか?傑作再臨!( 下巻 : 「BOOK」データベースより)
ニザマとアデルシュとの間で自治州としての地位を確立していたクヴァンだったが、一ノ谷とアデルシュとの和議が成ったためにクヴァンの州都の港湾都市クヴァングヮンも混乱に極みにあった。
そのクヴァングヮンに、ニザマ南部省の高級官僚の弟姫君ニシャッパが近衛の一隊に守られ、剛力達の助けを借りながら逃げてきた。
しかし、追剥や夜盗が横行するクヴァングヮンの逃亡先である筈の娼館は、一同が唖然とするほどの派手な装いの遣手や番頭が出迎える、なんとも胡散臭い建物だった。
『図書館の魔女 烏の伝言』の感想
本書『図書館の魔女 烏の伝言』は、前巻の『図書館の魔女』とは異なり、新たな登場人物がメインとなって物語が進行しています。
その中心にいるのは姫君を守ってきたゴイを頭とする剛力たちであり、ゲンマを衛士長とする近衛兵たちです。
剛力とは、国境に近いクヴァン山岳の道案内を務める山賤のことであり、罠師ゴイのもと、若衆のまとめ役のワカンやエノクとカランの兄弟、それに鳥飼のエゴンなどがいます。
一方、近衛兵には衛士長のゲンマ、剛力達から赤毛と呼ばれるツォユやツォユを慕う部下のタイシチらがいて、ニザマ高級官僚の弟姫君のユシャッパを護衛してきました。
ほかに、後に彼らに合流するニザマの近衛兵だったというカロンや、クヴァングヮンの地下水路を住み家とする鼠と呼ばれる子供たちが登場します。
その他、鼠の頭がトゥアンで、チャク、オーリン、ファン、その他の仲間や、剛力達が逃避行の途中で山の中で助けた黒(ハク)と呼ばれる南方出身と思われる少年がいます。
本書『図書館の魔女 烏の伝言』では、彼らが姫君を守り、戦い抜いていく様子が描かれているのです。
それこそ全登場人物を網羅してあるのではないかと思うほどに詳細で、物語自体の紹介としても本サイトより数段緻密に紹介してあります。
前巻の『図書館の魔女』では、著者の高田大介の言語学者としての側面を十分に生かした、言語や書物についての考察がマツリカの口を借りて語られていました。
同時に、この『図書館の魔女シリーズ』の世界観を緻密に構築し、一ノ谷のおかれている政治的な状況下でのマツリカの行動をリアルにするためのニザマとの間の緊張関係などの物語の背景を丁寧に描き出してありました。
本書『図書館の魔女 烏の伝言』でも、やっと登場してきたマツリカに言葉についての講義をさせたりもしてはいます。
でもそうした学術的な描写に加え、本書『烏の伝言』では、差別や仲間意識といった人間の心のあり様についての言及も目立っています。
例えば、見た目の恐ろしさや、言葉をうまく話せないことなどをあまり気にしないというエゴンが育ってきた海洋民の生活を、あらゆる属人的な差異を相対的なものとしか見ない文化として紹介し、人間存在自体の大切さを説いています。
また、鼠と呼ばれる少年たちが人生で本当に大切なもの、という答えのない問いに対する示唆を与えてくれたのが、ワカンやカロイ、そしてツォユたちだと感じる場面などは、同時に読む者の胸を熱くします。
さらには、救護院で文字を教えていたのは何故なのか、を教えてくれたのも皆から知恵遅れと思われていたエゴンの行動だったとして、人を外面での判断することの愚かしさを教えてくれてもいるのです。
ちなみに、本書の『烏の伝言』というタイトルも、鳥飼であるエゴンが飼っている烏から来ていると思われ、エゴンという存在、また伝書鳩の代わりとなる烏の存在の重要性を示しているのでしょう。
こうした胸を打つ場面からなる本書『図書館の魔女 烏の伝言』は、またかなりミステリー色の強い作品になっていて、同時にアクション場面もまた多くなっています。
クヴァングヮンの薄暗い裏路地に響く鈴の音と共に転がる首や、鼠たちが住み家とする地下水路にあふれる水からの逃避行など、見せ場が満載です。
そして終盤、これまで折に触れ示されてきた細かな謎や疑問について、マツリカが名探偵のごとくその謎を解明していきます。
その伏線回収の仕方は上質のミステリーを読んでいるようで、その心地よさに包まれてしまいました。
本書『図書館の魔女 烏の伝言』は、作者の計算されつくした物語世界の上で構築されているため、読み進めている途中も、そして読み終えてからも、本書を読み進めることに対する安心感があり、納得感があります。
ただ、物語は長く、また誰が剛力で近衛兵であったのか不明になることもあって、けっして読みやすい物語だとは言いません。
しかし、それでもなお実に面白く興奮できる物語を感謝するとともに、早くこの物語の続編を読みたいと強く思うばかりです。