図書館の魔女 烏の伝言

図書館の魔女 烏の伝言』とは

 

本書『図書館の魔女 烏の伝言』は『図書館の魔女シリーズ』第二弾で、文庫本上下二巻で896頁の長編のファンタジー小説です。

シリーズの主人公である「図書館の魔女」の登場こそあまり無かったものの、第一弾同様に物語世界も堅牢に構築されており、ミステリーとしての面白さも兼ね備えた、一級の作品でした。

 

図書館の魔女 烏の伝言』の簡単なあらすじ

 

道案内の剛力たちに導かれ、山の尾根を行く逃避行の果てに、目指す港町に辿り着いたニザマ高級官僚の姫君と近衛兵の一行。しかし、休息の地と頼ったそこは、陰謀渦巻き、売国奴の跋扈する裏切り者の街と化していた。姫は廓に囚われ、兵士たちの多くは命を落とす…。喝采を浴びた前作に比肩する稀なる続篇。( 上巻 : 「BOOK」データベースより)

姫を救出せんとする近衛兵と剛力たち。地下に張り巡らされた暗渠に棲む孤児集団の力を借り、廓筋との全面抗争に突入する。一方、剛力衆の中に、まともに喋れない鳥飼の男がいた。男は一行から離れ、カラスを供に単独行動を始めるが…。果たして姫君の奪還はなるか?裏切りの売国奴は誰なのか?傑作再臨!( 下巻 : 「BOOK」データベースより)

 

ニザマとアデルシュとの間で自治州としての地位を確立していたクヴァンだったが、一ノ谷とアデルシュとの和議が成ったためにクヴァンの州都の港湾都市クヴァングヮンも混乱に極みにあった。

そのクヴァングヮンに、ニザマ南部省の高級官僚の弟姫君ニシャッパが近衛の一隊に守られ、剛力達の助けを借りながら逃げてきた。

しかし、追剥や夜盗が横行するクヴァングヮンの逃亡先である筈の娼館は、一同が唖然とするほどの派手な装いの遣手や番頭が出迎える、なんとも胡散臭い建物だった。

 

図書館の魔女 烏の伝言』の感想

 

本書『図書館の魔女 烏の伝言』は、前巻の『図書館の魔女』とは異なり、新たな登場人物がメインとなって物語が進行しています。

その中心にいるのは姫君を守ってきたゴイを頭とする剛力たちであり、ゲンマを衛士長とする近衛兵たちです。

剛力とは、国境に近いクヴァン山岳の道案内を務める山賤のことであり、罠師ゴイのもと、若衆のまとめ役のワカンエノクカランの兄弟、それに鳥飼のエゴンなどがいます。

一方、近衛兵には衛士長のゲンマ、剛力達から赤毛と呼ばれるツォユやツォユを慕う部下のタイシチらがいて、ニザマ高級官僚の弟姫君のユシャッパを護衛してきました。

ほかに、後に彼らに合流するニザマの近衛兵だったというカロンや、クヴァングヮンの地下水路を住み家とすると呼ばれる子供たちが登場します。

その他、鼠の頭がトゥアンで、チャクオーリンファン、その他の仲間や、剛力達が逃避行の途中で山の中で助けた黒(ハク)と呼ばれる南方出身と思われる少年がいます。

本書『図書館の魔女 烏の伝言』では、彼らが姫君を守り、戦い抜いていく様子が描かれているのです。

登場人物に関しては下記サイトが見事にまとめてありますのでそちらを参照してください。

FGかふぇ

それこそ全登場人物を網羅してあるのではないかと思うほどに詳細で、物語自体の紹介としても本サイトより数段緻密に紹介してあります。

 

前巻の『図書館の魔女』では、著者の高田大介の言語学者としての側面を十分に生かした、言語や書物についての考察がマツリカの口を借りて語られていました。

同時に、この『図書館の魔女シリーズ』の世界観を緻密に構築し、一ノ谷のおかれている政治的な状況下でのマツリカの行動をリアルにするためのニザマとの間の緊張関係などの物語の背景を丁寧に描き出してありました。

本書『図書館の魔女 烏の伝言』でも、やっと登場してきたマツリカに言葉についての講義をさせたりもしてはいます。

 

でもそうした学術的な描写に加え、本書『烏の伝言』では、差別や仲間意識といった人間の心のあり様についての言及も目立っています。

例えば、見た目の恐ろしさや、言葉をうまく話せないことなどをあまり気にしないというエゴンが育ってきた海洋民の生活を、あらゆる属人的な差異を相対的なものとしか見ない文化として紹介し、人間存在自体の大切さを説いています。

また、鼠と呼ばれる少年たちが人生で本当に大切なもの、という答えのない問いに対する示唆を与えてくれたのが、ワカンやカロイ、そしてツォユたちだと感じる場面などは、同時に読む者の胸を熱くします。

さらには、救護院で文字を教えていたのは何故なのか、を教えてくれたのも皆から知恵遅れと思われていたエゴンの行動だったとして、人を外面での判断することの愚かしさを教えてくれてもいるのです。

ちなみに、本書の『烏の伝言』というタイトルも、鳥飼であるエゴンが飼っている烏から来ていると思われ、エゴンという存在、また伝書鳩の代わりとなる烏の存在の重要性を示しているのでしょう。

 

こうした胸を打つ場面からなる本書『図書館の魔女 烏の伝言』は、またかなりミステリー色の強い作品になっていて、同時にアクション場面もまた多くなっています。

クヴァングヮンの薄暗い裏路地に響く鈴の音と共に転がる首や、鼠たちが住み家とする地下水路にあふれる水からの逃避行など、見せ場が満載です。

そして終盤、これまで折に触れ示されてきた細かな謎や疑問について、マツリカが名探偵のごとくその謎を解明していきます。

その伏線回収の仕方は上質のミステリーを読んでいるようで、その心地よさに包まれてしまいました。

 

 

本書『図書館の魔女 烏の伝言』は、作者の計算されつくした物語世界の上で構築されているため、読み進めている途中も、そして読み終えてからも、本書を読み進めることに対する安心感があり、納得感があります。

ただ、物語は長く、また誰が剛力で近衛兵であったのか不明になることもあって、けっして読みやすい物語だとは言いません。

しかし、それでもなお実に面白く興奮できる物語を感謝するとともに、早くこの物語の続編を読みたいと強く思うばかりです。

図書館の魔女 第四巻

本書『図書館の魔女 第四巻』は、文庫本での解説まで入れて642頁というかなりの長さの長編のファンタジー小説です。

四分冊の文庫版『図書館の魔女』の最終巻である本書は、最終巻にふさわしい実に読みごたえのある物語でした。

 

図書館の魔女 第四巻』の簡単なあらすじ

 

海峡地域の動乱を期するニザマ宰相ミツクビの策謀に対し、マツリカは三国和睦会議の実現に動く。列座するは、宦官宰相の専横を忍んできたニザマ帝、アルデシュ軍幕僚、一ノ谷の代表団。和議は成るのか。そして、マツリカの左手を縛めた傀儡師は追い詰められるのか?超大作完結編。第45回メフィスト賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

 

一ノ谷に攻め込もうとするアデルシュに自ら乗り込んだマツリカは、アデルシュを背後から操るニザマの宦官から力を取り戻そうとするニザマ帝をも取り込み、三か国による会議に望んでいた。

その会議では、キリンの明晰な戦略分析に加え、アデルシュ北部台地での新規農地開拓用揚水機である「水槌」を最終的な武器として、アデルシュ篭絡の策謀が為されていた。

その結果、ニザマ帝と共にアデルシュとの和議が成り、マツリカの自分の左腕の動きを奪った魔術師の双子座へと戦いを挑みに向かうのだった。

 

図書館の魔女 第四巻』の感想

 

本書『図書館の魔女 第四巻』はかなり長い一冊ですが、その内容はかなり濃密であり、読みごたえがあります。

冒頭から繰り広げられる三カ国会議の模様はキリンの弁舌の見事さが浮き彫りにされ、その後の「水槌」の原理など図示して解説してあり、実際動作するのだろうと思わせられます。

読者にそう思わせることができているのであれば、実際の稼働可能性は問わずとも物語としてはそれで成功でしょう。

 

さらに、本書では双子座との戦いの場面が控えています。

これまでもアクション場面が無いことはなかったのですが、本シリーズの中では、本書程に緻密に、そしてそれなりの長さをもって描かれたことは無かったのではないでしょうか。

 

ただ、双子座との戦いを終えた後の描写は物足りません。

それまであれほど詳しく読者を濃密な世界に引きずり込んでいたのですが、終盤はなんともあっさりとしています。

それがいかにも物足りなさを感じ、また寂しくもありました。

マツリカとキリヒトとの物語が一応の区切りをつけたのは分かりますが、もっと読みたいという読者の期待を見事に裏切っています。

もしかしたら、それこそ作者の、あっさりと物語を閉めることで物語の余韻を長く保とうとする計算された終わり方であり、私としてはその意図に見事にはまったのかもしれません。

 

ともあれ、本書『図書館の魔女(全四巻)』は、作者が言語学者というだけに、「言葉」というものを根底に据え、「言葉」の持つ意味を突き詰めた作品です。

そして、その延長上には「書物」が控えていて、知の集積場としての図書館、それ以上に国の存立にかかわる機関としての役割も担う「図書館」の意義が示されます。

その「図書館」の中心にいるのが魔女マツリカですが、その背景は全く示されておらず、今後も示されそうではありません。

すでに「図書館」の中心であり、まさに魔女と呼ぶにふさわしい知力と洞察力を兼ね備えているのです。

でありながら少女らしい可愛さをも併せ持つマツリカの物語を、そして少年キリヒトの物語をもっと読みたいものです。

ともあれ、本書『図書館の魔女(全四巻)』の続編として『図書館の魔女 烏の伝言(つてこと)』が出版されています。

 

 

本書のラストの物足りなさをこの続編が解消してくれるものなのか、早く読みたいものです。

図書館の魔女 第三巻

本書『図書館の魔女 第三巻』は文庫本の頁数にして379頁の長編のファンタジー小説で、全四巻の三巻目の作品です。

本書でマツリカが衛兵たちに対してなす文献学の講義など、読みようによってはかなり興味深い話が展開され、ストーリー自体もさることながら、書物に関する話もかなり面白そうな本巻でした。

 

『図書館の魔女 第三巻』の簡単なあらすじ 

 

深刻な麦の不作に苦しむアルデシュは、背後に接する大国ニザマに嗾けられ、今まさに一ノ谷に戦端を開こうとしていた。高い塔のマツリカは、アルデシュの穀倉を回復する奇策を見出し、戦争を回避せんとする。しかし、敵は彼女の“言葉”を封じるため、利き腕の左手を狙う。キリヒトはマツリカの“言葉”を守れるのか?(「BOOK」データベースより)

 

大国ニザマの脅威が次第に増してくる中、ハルカゼは議会に、キリンは王宮を相手にその対応で忙しくしていて、高い塔では資料整理などの実務が滞っていた。

そこに、図書館付きの護衛として高い塔などに常駐するようになった元近衛兵の中から司書を手伝うものが現れており、彼らに対しマツリカの臨時の講義なども行われるようになっていた。

一方、ニザマの帝室との書簡の往来の中からニザマ帝の病のことを察知したマツリカは、その特効薬が一ノ谷の衛星都市に算出することを奇貨としてその手配を終え、次の手を打っていた。

その手配は、ニザマの宦官たちの策略により一ノ谷へと侵攻せざるを得なくなっていたアルデシュへの対処をも意味していた。

そして物語も佳境へと入り、マツリカ本人がニザマの皇帝に拝謁するというところまで来たのだった。

 

『図書館の魔女 第三巻』の感想

 

『図書館の魔女 第三巻』では、前半は物語に大きな動きはありません。

物語についての動きはないものの、新たに図書館付きとして配置された近衛兵のイズミルに対してマツリカが話した書物についての話などは非常に興味深いものでした。

それは、そもそもは図書館に収蔵すべき書物の判断基準は何かということから始まった議論でした。

判断対象は具体的な書の一欠片(かけら)であり、将来、しかるべき場所に置かれたその一欠片によって失われた文化が一部分だけでも蘇るのかもしれない。

ならば、誰かがその一欠片を未来へ届けなければならず、それが図書館の役割だとマツリカは言うのです。

そこから、「魔導書」などは駄本に過ぎないという話になります。

かつては書物は希少価値があってなかなか皆が読めなかったのだけれど、印刷技術の発達により書物が大量に印刷されるようになるにつれ、書物の価値は下がってしまった。

そこで「魔導書」などというみんなが怖れ、なお且つ探し求めている本は出鱈目な付加価値を僭称した駄本が現れたのだ、という話につながるのです。

 

その後、大国ニザマの露骨な圧力に対する高い塔、つまりはマツリカの戦略が発揮される話へと移ります。

この箇所はまた書物に関する話とは違った意味でまた興味をひかれる展開となっています。

結局は、アルデシュという国を利用しようとするニザマの一ノ谷侵攻のための布石を、ニザマ国内の王室と宦官たちとの対立を利用して回避しようとする試みが展開されます。

そのためのアルデシュの作物の不作という危機を回避する手立てを一ノ谷が考え、それを対ニザマの戦略として組み立てるマツリカらの動きが面白いのです。

 

結局、本書『図書館の魔女 第三巻』ではアクション面での派手な展開はありませんが、そもそも本『図書館の魔女シリーズ』はアクション中心の物語ではありません。

キリヒトというその道の達人を中心に置いてはいるものの、高い塔にいる「図書館の魔女」であるマツリカこそが主人公であって、「言葉」や「書物」についての考察を中心に展開する物語なのです。

その上で、国家間の情報戦を軸にした国家間の勢力争いをも見据えた話として展開する物語です。

その書物や情報戦についての考察が普通人の考えを越えた専門家の視点で説かれているところにこの物語の醍醐味があります。

 

口はきけないものの、しかし情報量の豊かな手話を駆使することによって自分の意思を伝えるマツリカという存在が、ユニークで愛すべき存在に思えてきますから不思議なものです。

残されたあと一冊でこの物語がどのように変化するものか、早く読みたい気持ちでいっぱいです。

図書館の魔女 第二巻

本書『図書館の魔女 第二巻』は文庫本の頁数にして464頁の長編のファンタジー小説で、全四巻の二巻目の作品です。

第一巻に続き、ニザマからの脅威に備える一ノ谷とマツリカを中心とする高い塔の活躍が描かれています。

 

『図書館の魔女 第二巻』の簡単なあらすじ 

 

図書館のある一ノ谷は、海を挟んで接する大国ニザマの剥き出しの覇権意識により、重大な危機に晒されていた。マツリカ率いる図書館は、軍縮を提案するも、ニザマ側は一ノ谷政界を混乱させるべく、重鎮政治家に刺客を放つ。マツリカはその智慧と機転で暗殺計画を蹉跌に追い込むが、次の凶刃は自身に及ぶ!第45回メフィスト賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

 

マツリカとキリヒトは離れの中庭にある井戸から始まる地下水道を探索し、一の谷の古い城下の崖の半ばほどにある奇妙な工房へと出る道を見つけ、その探索に夢中になっていた。

そうしたマツリカとキリヒトとの行動をハルカゼやキリンは、近頃の近隣諸国の情勢とも合わせ見て危ういものを感じていた。

そんな折、ハルカゼが構築した情報網を見たいとキリヒトを伴い出かけたマツリカは、問屋場で見かけた二人の御者の一言から重大な事件の発生を予知する。

そうした折、キリヒトと六人の衛兵を連れて水遊びに行ったマツリカらを、身の丈一丈(約三m)に及ぶ二体の巨人が襲ってきた。

必死で防戦する衛兵たちとは別に、キリヒトは一人でその巨人らを撃退し、キリヒトが「高い塔」に遣わされたマツリカの護衛という真の理由が明らかになる。

キリヒトが高い塔に来たその日こそが、マツリカの命が狙われていた日だったのだ。

 

『図書館の魔女 第二巻』の感想

 

本『図書館の魔女』という作品は、出版時は『図書館の魔女』という作品が新刊書で上・下二巻として出版されていたもので、それが文庫本で二巻ずつ、都合四冊に分冊されたものです。

その文庫本の第一巻では、この物語の登場人物や図書館のある「高い塔」、そして一ノ谷の属する王国などの紹介の趣が強いものでした。

それが本書『図書館の魔女 第二巻』に入ると、一の谷およびそれを取り巻く周辺諸国との政治的な取引の側面が強くなってきます。

 

そもそも「高い塔」は立法権を持つ議会との間では法文の駆け引きを巡って介入権を保っており、統帥権を握る王室との間では用軍顧問としての助言という圧力をかけうる立場にありました。

具体的にはハルカゼやキリンの立ち位置が、ハルカゼは議会から、そしてキリンは王室からの高い塔に送りこまれた間諜としての立場にあることが明らかにされます。

その上で、覇権主義を隠そうとしない大国ニザマの侵略を巡り、「高い塔」が新しい魔女を中心にその役割の重要性を増しているのです。

その中に送り込まれたキリヒトは、そうした現在の状況を次第に学びつつあり、第二巻となる本書において、マツリカを襲ってきた刺客の手からマツリカを守り通すことになります。

さらに、第一巻のキリヒトが初めて「高い塔」に現れマツリカと会う場面からすでにニザマの刺客が入り込んでいたことも明かされます。

 

こうした国内での勢力争いや、国家間での権謀術数の場面を緻密に描き出しているところに、本『図書館の魔女 シリーズ』の作者の豊富な知識や高い問題意識などを読み取ることができます。

そしてそのことがこのファンタジー物語を単なるお伽話から変貌させ、読みごたえのある大人の物語としての魅力を醸し出していると思われるのです。

図書館の魔女 第一巻

本書『図書館の魔女 第一巻』は文庫本の頁数にして360頁を超える長編のファンタジー小説で、全四巻の一巻目の作品です。

タイトルの通り、「図書館」を舞台にした物語で、剣と魔法のファンタジーという印象とは異なる、異色のファンタジー小説です。

 

『図書館の魔女 第一巻』の簡単なあらすじ 

 

鍛冶の里に生まれ育った少年キリヒトは、王宮の命により、史上最古の図書館に暮らす「高い塔の魔女」マツリカに仕えることになる。古今の書物を繙き、数多の言語を操って策を巡らせるがゆえ、「魔女」と恐れられる彼女は、自分の声を持たないうら若き少女だった。超弩級異世界ファンタジー全四巻、ここに始まる!第45回メフィスト賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

 

幼い頃から先生と呼ばれる人物に育てられたキリヒトは、ある日突然に王都の図書館へと連れていかれ、口のきけない図書館の魔女の手伝いをするようにといわれた。

先生に連れられて王都へと来たキリヒトは、王宮の隣にある「高い塔」こそがこの国の権勢の象徴であることを知る。

この「高い塔」は、真に英知を究める者たちが求める言葉を記した書物を蔵していて、図書館の中の図書館である「高い塔」を統べ、その所蔵資料の全てを把握していると言われるのが「高い塔の魔女」だった。

「高い塔」へと入ったキリヒトは、図書館の魔女がマツリカという名のほんの少女であること、さらには彼女は口がきけないことが事実であったことを知る。

マツリカは、優れた感性を持ち、耳聡いキリヒトならば可能かもしれないと、今まで以上に表現力が豊かな新しい手話を開発しようと試みる。

一方、図書館の庭を散策中に足下の反響が異なることに気付いたキリヒトは、マツリカと共に街の地下の古い町並みの探索を始めるのだった。

 

『図書館の魔女 第一巻』の感想

 

主要な登場人物は文庫版では目次の次にかなり詳しく記してありますが、ここには図書館関連の人物を簡単に書いておきます。

登場人物


 

本書は『図書館の魔女』というタイトルから抱いていた印象とは全く異なる物語でした。

剣も魔法もありません。「図書館の魔女」であるマツリカと、マツリカをとりまく社会情勢、政治的な駆け引きなどが語られるだけの物語です。

ただ、鍛冶の里からマツリカに仕えるためにやってきたキリヒト少年の教育、成長も同時に描かれていて、その様子も読みごたえがあります。

 

一ノ谷では王室と議会とが対立するという勢力図の中で、図書館は法律や学問などに関する知識や知恵を提供しつつ、一ノ谷自体をまとめる存在でもあります。

そんな中、大国ニザマの露骨な侵略行為という対外的な危機を抱える中で、高い塔の存在意義が一段と大きくなっています。

そうしたニザマによる図書館の魔女に対する直接的な脅威が存在する中、高い塔の象徴であり、図書館の中枢である「図書館の魔女」ことマツリカを守るために訓練されたキリヒトが送り込まれてきたのです。

刺客としては高度に訓練され優秀であっても、王室や図書館などの世事には全く疎いキリヒトはマツリカにとってはある種のおもちゃのようでもあり、バカにされ続けます。

キリヒトが鋭い感性に裏打ちされた能力の持ち主であることに気付いているマツリカにとっては、ある意味おもちゃであり、また新しい手話を構築する格好の相手でもあったのです。

 

このマツリカとキリヒトとの会話はユーモアに満ちていて、また何も知らないキリヒトへの「言葉」や「書物」についての講義は読者にとっても示唆に富むものでもありました。

そんな中でのマツリカの言葉として語られる「言葉」や「書物」についての話はかなり読みごたえがあります。

本書『図書館の魔女 第一巻』では、特にマツリカが勝手に作り上げた「包丁の歴史」という架空の書物についての議論などは面白いものがあります。

また国家間での情報戦についての分析もミステリーの謎解きにも似た面白さを持って語られています。

特に本書においては図書館の庭の地下に存在する遺跡についての描写がありますが、この点についての作者の分析もまた興味深いものがあります。

 

本書では物語の紹介の部分が大きく、物語の大きな展開については続刊に委ねられているだけではあるものの、かなりの面白さをもって迫ってくる作品でした。

図書館の魔女シリーズ

図書館の魔女シリーズ』とは

 

本『図書館の魔女シリーズ』はタイトルからくる印象とは異なり、図書館の魔女と呼ばれる一人の口のきけない娘を主人公とする、剣と魔法ではない「言葉」にあふれた異色のファンタジー小説です。

綿密に構築された物語世界を前提に、「言葉」に対する正確な考察を施し、その上で「知識」や「書物」などにも言及しながら国家の在りようにまで言及する読みごたえのある作品でした。

 

図書館の魔女シリーズ』の作品

 

 

図書館の魔女シリーズ』について

 

本『図書館の魔女シリーズ』のうちの第一巻から第四巻は、本来新刊書で上下二巻として出版されたものす。

それが全四部の物語ごとに文庫本一巻が割り当てられて、講談社文庫で全四巻として出版され、続編である『図書館の魔女 烏の伝言』も、講談社文庫で上下二巻として出版されています。

上記シリーズ紹介において『図書館の魔女』を四分冊として紹介するのであれば、『図書館の魔女 烏の伝言』も二分冊として紹介すべきでしょうが、そこはわが図書館には『図書館の魔女 烏の伝言』が新刊書版しか置いてないために一巻として挙げています。

 

作者の高田大介が現役の言語学者というだけあって、「言葉」について書かれている内容はかなり学問的なことにも及んでいます。

また、「言葉」の延長上にあるものとしての「書物」についての言及もかなり高度な内容を含んでいます。

ところがそれらの叙述は、単に高度であると言うだけではなく、普通の素人である読者にもよく分かるような噛み砕いた表現になっているのです。

そうした高度な言及は国のあり方、国と国との駆け引きにまで及び、本書での国家同士駆け引きの描写はそうしたことに疎い私のような人間にもそのすごさを感じさせるほどです。

この点について、書評家の大森実氏は「権謀術数が渦巻く、外交エンターテイメント」と評しておられました。まさに外交の駆け引きを妙を見せる物語でもあります。

 

図書館の魔女と呼ばれているマツリカという人物を中心とした登場人物たちは、単に知見に富んだ堅物という存在ではありません。

いたずら好きなマツリカを中心とし、ときにはキリヒトをも巻き込んだユーモラスな会話も随所に忍ばせてあります。

 

このマツリカを守る者として鍛え上げられたのがキリヒトという少年で、山育ちであるためか純粋であり、マツリカに馬鹿にされ続けています。

また、主な舞台となる一ノ谷の勢力としては、マツリカのいる「高い塔」のほかに、議会王室とが存在します。

そして、議会側からの間者でもあるハルカゼ、そして王室側からの間者であるキリンという有能な人間がマツリカの仕事を補佐しています。

重要なのは、マツリカは口をきけない存在として設定してあることです。

口がきけない代わりに手話での意思の疎通がかなりの速さで交わされ、キリヒトがその意思を汲み取ってマツリカの口としてその意思を伝えるのです。

本『図書館の魔女シリーズ』が「言葉」というものに重きを置いているにもかかわらず、その中心人物が口をきけないという設定には作者の意図を読み取るべきなのでしょう。

当然のことながら、キリヒトも、そしてハルカゼやキリンも手話の達人です。

主要な登場人物は文庫版では目次のあとにかなり詳しく記してあります。

 

本『図書館の魔女シリーズ』は決して肩ひじ張った小難しい物語ではありません。

エンターテイメントの流れに乗せて「言葉」や「書物」などについての高度な議論を楽しませてくれる小説です。

作者の高田大介氏本人のブログ「図書館の魔女 DE SORTIARIA」によれば、『図書館の魔女 霆ける塔』が続編として書かれているようです。

そして、そこでは「お待ちいただいている『図書館の魔女 霆ける塔』については出口が見えております。あと少しで脱稿します。」と書いてあるのですが、残念ながら2021年07月21日現在に至ってもまだ出版されていません。

 

この『図書館の魔女シリーズ』はその世界観の構築が見事ですが、似たように丁寧な世界観を築き上げているファンタジー作品として、上橋菜穂子の、2015年本屋大賞、第4回日本医療小説大賞を受賞された『鹿の王』(角川文庫全五冊)という作品があります。

この作品は、皆が流行り病で死んでしまった鉱山で生き残った幼子ユナと、奴隷として囚われていた戦士団の頭であったヴァンとの冒険譚で、物語世界が丁寧に構築されている作品です。

 

 

この作品の作者である上橋菜穂子という人も文化人類学者であり、児童文学作家でもあるという作家さんです。

やはり、本『図書館の魔女シリーズ』の作者である高田大介もそうであるように、学者さんが小説を書かれると書かれた物語の世界観がこんなにも丁寧に構築されるものなのかと思ってしまいます。

特定の分野で十分な知識を持ちまた優れた論理的思考力を持つ学者さんが、さらに文才をも持っているために破綻の無い世界観を構築できるというべきなのでしょう。

そしてそういう作家さんであるために物語の中身も論理的にきちんと詰められていて、素人にも分かり易く書かれているのだと思えます。

 

一方、本書のようなファンタジーではありませんが、図書館という存在に着目し、「表現の自由」をテーマに書かれた作品として有川浩の『図書館戦争シリーズ』(角川文庫全六冊)があります。

この作品は、第39回星雲賞日本長編作品部門を受賞し、シリーズの第一巻『図書館戦争』は2007年本屋大賞の候補作にもなっています。

架空の現代日本を舞台にして、実質的な検閲を認めた「メディア良化法」のもと、図書館の独立を守るために設けられた図書隊に入隊した郁という娘を主人公にした物語です。

その意味するところは重要であり、非常に読ませる内容を持ちながらも、エンターテイメント小説として楽しく読める作品です。

 

 

ともあれ、どの作品も描かれている物語の面白さは間違いのない小説です。是非一読をお勧めします。