老神介護

老神介護』とは

 

本書『流浪地球』は、2022年9月に古市雅子氏の訳者あとがきまで入れて296頁のハードカバーで刊行された、短編のSF小説集です。

大人気の『三体』の作者である著者劉慈欣の、『流浪地球』と同時に出版された硬軟取り混ぜた短編集であり、そのアイディアのユニークさに驚かされた一冊でした。

 

老神介護』の簡単なあらすじ

 

●突如現れた宇宙船から、次々地球に降り立った神は、みすぼらしい姿でこう言った。「わしらは神じゃ。この世界を創造した労に報いると思って、食べものを少し分けてくれんかの」。神文明は老年期に入り、宇宙船の生態環境は著しく悪化。神は地球で暮らすことを望んでいた。国連事務総長はこの老神たちを扶養するのは人類の責任だと認め、二十億柱の神は、十五億の家庭に受け入れられることに。しかし、ほどなく両者の蜜月は終わりを告げたーー。「老神介護」
●神文明が去って3年。地球で、もっとも裕福な13人がプロの殺し屋を雇ってまで殺したいのは、もっとも貧しい3人だった。社会的資産液化委員会から人類文明救済を依頼された殺し屋は、兄文明からやってきた男から、別の地球で起こった驚愕の事態を訊かされる。「扶養人類」
●蟻と恐竜、二つの世界の共存関係は2000年以上続いてきた。恐竜世界の複雑なシステムは、蟻連邦によって支えられていたが、蟻世界は恐竜世界に核兵器廃棄を要求、拒絶されるとすべての蟻はストライキに突入した。「白亜紀往事」
●僕が休暇を取る条件は、眼を連れていくことだと主任は言った。デイスプレイに映る眼の主は、若い女の子。ステーションにいる彼女の眼を連れて、僕は草原に旅行に出かけた。宇宙で働く人は、もうひと組の眼を地球に残し、地球で本物の休暇を過ごす人を通して仮想体験ができるのだ。「彼女の眼を連れて」
●74年の人工冬眠から目覚めた時、地球環境は一変していた。資源の枯渇がもたらす経済的衰退を逃れようと、「南極裏庭化構想」が立案され実行された結果、深刻な事態が起こっていたのだ。「地球大砲」(内容紹介(出版社より))

 

目次

老神介護 | 扶養人類 | 白亜紀往事 | 彼女の眼を連れて | 地球大砲

 

老神介護』の感想

 

本書『老神介護』は、同時に出版された劉慈欣の二冊の短編集のうちの一冊で、五編の作品が収納されています。

本書所収の各作品は、訳者の一人である古市雅子氏自身の「訳者あとがき」によれば、作者の劉慈欣が主に2000年代に発表した作品だということです。

また、同時に出版されたもう一冊の短編集『流浪地球』での大森実氏の「訳者あとがき」によれば、この二作品は著者劉慈欣自身による海外出版用に編まれた代表作選集と考えても、そう的はずれではない、と書いてありました。

つまり、本書『老神介護』の五編と『流浪地球』所収の六編とを合わせると、合計で十一編が選ばれていることになります。

 

 

本書は、姉妹作である『流浪地球』と比較すると、よりコミカルな度合いが強いように思えます。

まず、表題作である第一話「老神介護」は神を介護することとなった人類を描くコメディ作品です。

いや、コメディ作品というと語弊がありそうなので、哀しみに満ちた人類の未来を、コミカルに描き出した作品だというべきかもしれません。

突然地球に現れた二万隻を超える宇宙船とともに長く白い髭と髪、白いガウンを着た、二十億柱を超える神と名乗る宇宙人が現れ、食べ物を分けてくれ、と頼んできます。

そしてこの神たちは、物語の終わりに、この宇宙には地球にとっては兄とも言うべき兄弟文明が三つ存在し、将来、地球文明を攻撃してくるだろうと伝えてきます。

そして、その兄弟文明が来襲してきたときの話が次の第二話で語られることになります。

 

第二話「扶養人類」もまた滑腔(かっこう)という殺し屋の眼を通して語られる哀しみに溢れた話をコミカルに描き出した作品で、第一話「老神介護」で出てきた兄文明が登場してきます。

その殺し屋が兄文明から聞かされた発達した文明がたどり着いた富の再分配の話は先驚くべきものでした。

また、滑腔が依頼された仕事についての理由が予想外のものであり、その発想もまた、素人の及ぶものではないことを思い知らされるばかりでした。

 

第三話「白亜紀往事」も前二話と同様にユーモアに満ちた作品です。というよりもブラックユーモアと言った方がいいかもしれません。

巨大な恐竜と極小な蟻のそれぞれに発達した文明の話です。

どことなく、現代社会を匂わせているようなコメディと言ってもいいかもしれません。

 

第四話「彼女の眼を連れて」は、一転して哀しみに満ちた物語です。

その発想は『流浪地球』の「山」に通じると言ってもいいともいます。

しかしながら、明かされた真実は単なる哀しみを越えた、怖さをも抱え込んだ話でもありました。

 

第五話「地球大砲」は、第四話「彼女の眼を連れて」とほんの少しだけ関連している物語です。

子供の頃聞いたことのある地球の裏側へ通じるトンネルをテーマにしていますが、そこは劉慈欣の作品ですからハード面の描写も丁寧に為されている作品として仕上がっています。

そうしたハードSFとしての描写は実に読みごたえがあるもので、その反面、一般大衆の持つ意思とでもいうべき勢いの曖昧さをも指摘しているのでしょうか。

 

流浪地球』の項では小松左京を思い出すと書きましたが、本書を読む限りでは、同じユーモアでもその方向性が少し異なる印象です。

劉慈欣の作品はよりハード面の描写が強烈であり、ユーモア面でも小松左京というよりは筒井康隆のドタバタ劇というか、皮肉めいた作風を感じてしまいました。

とはいえ、かすかにその香りを感じた程度であり、今のところ劉慈欣独自の作風と言うしかないと思われます。

それほどに、独自路線を確立していると言わざるを得ないと思います。

今後も気を付けておきたい作家さんだと言えます。

流浪地球

流浪地球』とは

 

本書『流浪地球』は、大森実氏の訳者あとがきまで入れて312頁のハードカバーで2022年9月に刊行された、短編のSF小説集です。

大人気の『三体』の作者である著者劉慈欣の、『老神介護』と同時に出版された硬軟取り混ぜた短編集であり、そのアイディアのユニークさに驚かされた一冊でした。

 

流浪地球』の簡単なあらすじ

 

●ぼくが生まれた時、地球の自転はストップしていた。人類は太陽系で生き続けることはできない。唯一の道は、べつの星系に移住すること。連合政府は地球エンジンを構築し、地球を太陽系から脱出させる計画を立案、実行に移す。こうして、悠久の旅が始まった。それがどんな結末を迎えるのか、ぼくには知る由もなかった。「流浪地球」
●惑星探査に旅立った宇宙飛行士は先駆者と呼ばれた。帰還した先駆者が目にしたのは、死に絶えた地球と文明の消滅だった。「ミクロ紀元」
●世代宇宙船「呑食者」が、太陽系に迫っている。国連に現れた宇宙船の使者は、人類にこう告げた。「偉大なる呑食帝国は、地球を捕食する。この未来は不可避だ」。「呑食者」
●歴史上もっとも成功したコンピュータ・ウイルス「呪い」はバージョンを変え、進化を遂げた。酔っ払った作家がパラメータを書き換えた「呪い」は、またたく間に市民の運命を変えてしまうーー。「呪い5・0」
●高層ビルの窓ガラス清掃員と、固体物理学の博士号を持ち、ナノミラーフィルムを独自開発した男。二人はともに「中国太陽プロジェクト」に従事するが。「中国太陽」
●異星船の接近で突如隆起した海面、その高さ9100メートル。かつての登山家は、単身水の山に挑むことを決意。頂上で、異星船とコミュニケーションを始めるが。「山」(内容紹介(出版社より))

 

目次

流浪地球 | ミクロ紀元 | 呑食者 | 呪い5・0 | 中国太陽 | 山

 

流浪地球』の感想

 

本書『流浪地球』は全部で六編の短編小説が収納されたSF作品集です。

大森実氏による訳者あとがきには、著者劉慈欣自身による海外出版用に編まれた代表作選集と考えても、そう的はずれではないだろう、とありました。

代表作選集という意味では、正確には本書と同時出版された『老神介護』という五編からなる短編集と合わせて十一編が選ばれているということです。

 

 

作者の劉慈欣と言えば、アジアから初のヒューゴー賞受賞作品としても知られている『三体』(全六巻)の著者として一気に名が知られるようになりました。

ただ、本書所収の作品の中にはその三体』のハードSFぶりからすると意外という他ない「呑食者」のような驚きの作品もあります。

その流れは姉妹作品の『老神介護』ではさらに明確に表れていて、表題作の「老神介護」などは哀しみにあふれた喜劇というべき内容です。

つまりは劉慈欣という作家の多方面にわたる能力が発揮されたSF的アイディアに満ちた作品集だということができるのです。

 

 

とはいえ、やはり劉慈欣の本領が発揮されていると言えるのはハードSFの側面だと思われ、その代表的な作品として表題作となっている第一作「流浪地球」が挙げられると思います。

その発想自体が迫りくる地球の危機に際し、地球そのものを宇宙船と見立て、太陽系から移動させるというものです。

ただ、地球そのものを異動させるというアイディアはこの作品が最初ではなく、私が子供の頃に見た映画ですでに地球を異動させる作品があったのを思い出していました。

その作品のタイトルは覚えてはいなかったのですが、本書『流浪地球』の解説でその映画にも触れてありました。

それは「妖星ゴラス」という映画であり、地球に衝突するコースで迫りくるゴラスと名付けられた惑星(?)から地球自体に北極だか南極だかにエンジンを装備して回避するというものだったと思います。

子供ながらに特撮技術の稚拙さを感じたように覚えていますが、それでもなおSF好きだったこどもの心を騒がせたものでした。

本書の「流浪地球」は、太陽が実際地球を動かすとしたら考えられる事象を取り上げ、四十年以上をかけて地球の自転を止めたりと、まさに劉慈欣ならではのハードSFとして読みごたえのある作品として仕上がっています。

 

 

第二話の「ミクロ紀元」にしても同様で、そのアイディアの突飛さは類を見ません。ただ、

その突飛さはハードSFというよりはコメディと言っても通りそうなレベルであり、単純に描かれている状況を楽しめばいい作品だと思います。

 

前出の第三話「呑食者」も半分冗談のような設定です。

地球をすっぽりと囲むほどに巨大な宇宙船で地球の資源の全てを食い尽くす宇宙人が現れ、地球の運命は風前の灯火となっています。

その先触れ役は身長が十メートルにもなる大きなトカゲとも言えそうで、その外見から大牙と呼ばれるようになった存在は自分たちの歴史を説いて聞かせるのでした。

この話も前の第二話と同様にラストにほんの少しだけの未来をのぞかせています。

 

第四話「呪い5・0」は、まさにコメディ作品です。

ハードSF作家としての劉慈欣の別な側面を見せてくれる作品で、人間の愚かさをユーモアに包んで示してくれます。

最初は“チャビ”という特定の人間に対して書かれた「くたばっちまえ、チャビ!!!!!!」という一行を一回だけ表示するウィルスだったのですが、それが、次第にバージョンアップされていきます。

 

第四話「中国太陽」は、宇宙で活躍する高層ビルの窓拭きたちの話で、再び劉慈欣らしいハードSFになっています。

 

第五話「」もまた、とんでもないアイディアをもとにした宇宙人来襲を描いた作品です。

宇宙人と話すことになるのが一人の登山家でありその対話の場所設定も突拍子もないのですが、そこで語られる宇宙人の話がこれまで聞いたこともないようなアイディアの話になっています。

ここでのアイディアは、先にも書いた『老神介護』の「彼女の眼を連れて」や「地球大砲」の発想と少しだけ似ている、と言えるかもしれません。

 

本書全編を通して、そのアイディアの自在さからどことなく小松左京の作品集を思い出していましたが、読み終えてみるとやはり異なるようです。

劉慈欣の発想はある意味小松左京以上と言えるかもしれず、ただ、小松左京のほうが社会的な視点が加味されているように思えます。

優劣の話ではなく個性の話であって共に素晴らしいSF作家であり、叶わない願ではありますが両作家の対談を聞いてみたいと思いました。

三体III 死神永生

本書『三体Ⅲ 死神永生』は、新刊書で上下巻合わせて880頁近くにもなる『三体シリーズ』第三部の長編のSF小説です。

個人的な好みは別として、第一部、第二部にも勝るSFとしての醍醐味を味わうことができる一冊です。

 

三体III 死神永生』の簡単なあらすじ

 

圧倒的な技術力を持つ異星文明・三体世界の太陽系侵略に対抗すべく立案された地球文明の切り札「面壁計画」。その背後で、極秘の仰天プランが進んでいた。侵略艦隊の懐に、人類のスパイをひとり送る――奇想天外なこの「階梯計画」を実現に導いたのは、若き航空宇宙エンジニアの程心(チェン・シン)。計画の鍵を握るのは、学生時代、彼女の友人だった孤独な男・雲天明(ユン・ティエンミン)。この二人の関係が人類文明の――いや、宇宙全体の――運命を動かすとは、まだ誰も知らなかった……。
一方、三体文明が太陽系に送り込んだ極微スーパーコンピュータ・智子(ソフォン)は、たえず人類の監視を続けていた。面壁者・羅輯(ルオ・ジー)の秘策により三体文明の地球侵略が抑止されたあとも、智子は女性型ロボットに姿を変え、二つの世界の橋渡し的な存在となっていたが……。全世界でシリーズ2900万部、日本でも47万部。壮大なスケールで人類の未来を描く《三体》三部作、堂々の完結篇。(上巻 : Amazon 紹介文 )

帰還命令にそむいて逃亡した地球連邦艦隊の宇宙戦艦〈藍色空間〉は、それを追う新造艦の〈万有引力〉とともに太陽系から離脱。茫漠たる宇宙空間で、高次元空間の名残りとおぼしき“四次元のかけら”に遭遇する。〈万有引力〉に乗り組む宇宙論研究者の関一帆は、その体験から、この宇宙の“巨大で暗い秘密”を看破する……。
一方、程心(チェン・シン)は、雲天明(ユン・ティエンミン)にプレゼントされた星から巨額の資産を得ることに。補佐役に志願した艾AA(アイ・エイエイ)のすすめで設立した新会社は、数年のうちに宇宙建設業界の巨大企業に成長。人工冬眠から目覚めた程心は、羅輯(ルオ・ジー)にかわる二代目の執剣者(ソードホルダー)に選出される。それは、地球文明と三体文明、二つの世界の命運をその手に握る立場だった……。SF最大の賞ヒューゴー賞をアジア圏で初めて受賞した『三体』に始まり、全世界に旋風を巻き起こした壮大な三部作、ついに完結。(下巻 : Amazon 紹介文 )

 
『三体シリーズ』第三部『三体Ⅲ 死神永生』の主な主な登場人物
 
程心(チェン・シン/てい・しん) 航空宇宙エンジニア 執剣者
艾AA(アイ・エイエイ/あい・えいえい) 星間グループCEO
雲天明(ユン・ティエンミン/うん・てんめい)  「階梯計画」の任務執行者

トマス・ウェイド もと国連惑星防衛理事会戦略情報局(PIA)長官
羅輯(ルオ・ジー/ら・しゅう) もと面壁者・執剣者

関一帆(グァン・イーファン/かん・いっぱん) 〈万有引力〉乗員 宇宙論研究者
智子(ヂーヅー/ちし/ともこ) 智子(ソフォン)に制御される女性型ロボット

 

本書『三体III 死神永生』の冒頭に三頁程を使って簡単に第二部までの流れをまとめてあります。それをさらに簡単に括ると以下のようになります。

 

葉文潔が発信したメッセージを受信した三体世界は、地球文明へ侵略するために大艦隊を送り出した。

同時に、十一次元の陽子を改造した光速での航行が可能な超小型コンピュータの智子(ソフォン)を送り込む。

智子は、人類科学の基礎研究に入り込み結果を操れるばかりか、量子もつれ効果を利用した即時通信で地球の現状をリアルタイムで三体世界に知らせていた。

三体世界は三体文明に協力的な地球三体協会を組織し、地球文明侵略の準備をしていたが、何とかこの協会を殲滅する。

監視機構として智子が送り込まれていた人類は、智子が認知できない人類の頭の中の考えだけで対応すべく、面壁計画を立案し、四人の面壁者が選定された。

面壁者の中で全く無名の羅輯(ルオ・ジー)は、二百年の人工冬眠から蘇生し、起死回生の“呪文”によって、三体世界からの脅威を取り除くのだった。

以上のように第二部までで面壁者・羅輯の意外な活躍で三体世界の侵略を寸前のところで回避した地球文明だったが、この面壁計画とは全く別にとある計画が進んでいた。

それが三体艦隊へ向けた探査機の発出であり、「人類をひとり敵の心臓に送り込む」ことだった。

 

三体III 死神永生』の感想

 

第一部『三体』も第二部『黒暗森林』も、実にSF小説らしいアイデアに満ちていて非常に面白く読んだ作品でした。

ところが本書第三部『死神永生』は、その第一部、第二部以上に驚きのアイデアが示されているSF小説らしい小説だったと言えます。

簡単にみても、宇宙船の速度を光速の一%まで上げるための方法や、宇宙戦艦〈藍色空間〉や〈万有引力〉が遭遇した四次元空間、そして兵器としての二次元カードなどがあります。

また、時間と空間の外にあるキューブと悠久の時の流れを扱っているのですが、こうしたアイデアの紹介はネタバレになりかねないので詳しくは書けないのがもどかしく感じるほどです。

 

このように、第三部『死神永生』は第一部や第二部にも増したアイデアが詰まっています。

この点については本書のあとがきで訳者の大森望氏も書いていますが、作者の劉慈欣自身が第三部はSF小説のファン、またハードコアファンである自分自身のために書いた、と言っているようなハードコアSF小説です。

例えば、スケールの大きい名作SF小説と言えば必ず例にあがるのがアーサー・C・クラークの『都市と星』や、光瀬龍の『百億の昼と千億の夜』だと思うのですが、それらの作品を超えたスケールで展開します。

 

 

このように、思いもかけないアイデアで物語が壮大に展開するのはいいのですが、本書のSF的なアイデアを十分に使ったクライマックスは、私の好みとはまた異なる終わり方でした。

個人的にはこれまでの第一部、第二部で進められてきた物語の終わりかたとしては中途半端であり、それまでの物語の運びに整理がついていません。

結末にいたるまでに進んできた個々の登場人物のその後の成り行きなどが不明なのです。

 

また、本書『三体Ⅲ 死神永生』では冒頭から意味深な過去の挿話があります。また三体のゲーム内での話かと思っていたらそういう示唆は全くありません。

結局、そのまま現代の話へと移行して本編が始まったのはいいのですが、その挿話の持つ意味や、本編と前巻での話とつながらず、どのように読むべきなのか戸惑いがありました。

後で考えれば、前巻での話との直接のつながりはなかったので、私の戸惑いも当然ではあったのですが、もう少し読み手にやさしく書いてあれば、との思いは抱きました。

ただ、そうは言っても、良く読みこんでいけば本書と第二巻での話との直接的なつながりはないことは書いてあったのですから、私の難癖に近いのかもしれません。

この点は、本書が大長編である上に、前巻を読んでから半年以上が経っているために内容をよく覚えていないのですから、冒頭にこれまでのあらすじが載っているのは助かりました。

 

念のために書いておきますが、本書『三体Ⅲ 死神永生』の結末はそれはそれとして実にSF的であって満足できる出来栄えです。

また、本書が物語として筋が通っていないなどというのでもありません。本書は本書としてきちんと理屈は通っています。

ある場面での状況を書くことは即ちネタバレになるので例としても殆ど書けませんが、ただ、結末のつけ方が私の好みではないのです。

 

話は変わりますが、『三体』三部作では年代表記として、共通紀元(西暦)から危機紀元へと紀年法を改めたことになっています。その後大きな事件ごとに元号が変わり、以下抑止紀元、送信紀元などと変化していきます。

ちょっと考えると、西暦のままに通した方が分かり易いのに何故わざわざ元号制をとったのか疑問でした。

しかし、本三部作では歴史の重大事件ごとに物語が綴られ、それ以外の時間は冷凍睡眠状態でいます。

とすれば、事件ごとの年代で十分であり、西暦での年代表記はそれほど意味がないのです。特に本書に至ってはその感を強くした次第です。

また、物語の主な登場人物が中国人であり、若干名前などで混乱することもありましたが、それは中国人の書いた小説ですからあたり前のことであり、その点を言う方がおかしいことになります。

 

そしてもう一点、本書『三体Ⅲ 死神永生』では物語の途中である登場人物が作った童話、そしてその解釈が重要な意味を持ってきます。

ここでの解釈の仕方が、ある種思考ゲームにも似て盛り上がります。そういう意味でも本書は魅力的で、様々な顔を見せてくれると思います。

 

結局、本書『三体Ⅲ 死神永生』はあまりに壮大な物語であり、ストーリーも決して単純ではないこと、描かれている内容がかなりコアな内容であり、SF小説に慣れていない人たちにとっては読みにくいのではないか、との危惧もありました。

しかし、現実にベストセラーになっているのですから、私の危惧の方がおかしいことになります。

それほどに魅力的な物語だということができるのでしょう。

是非の一読を勧める作品でした。

三体Ⅱ 黒暗森林

本書『三体Ⅱ 黒暗森林』(上・下)は、中国発のSF小説『三体シリーズ』の第二部にあたる長編小説です。

当初、上巻の読み始めでは、第一部『三体』に比して物語世界の構築が普通であり、SFらしい小道具もあまりなく面白味に欠けるなどの印象を持っていました。

しかし、上巻を読み終えるときには下巻を読むのが待ち遠しいほどになっており、そして下巻を読み終えた今では久しぶりのSFらしいSFを読んだ感動に浸っています。

 

人類に絶望した天体物理学者・葉文潔(イエ・ウェンジエ)が宇宙に向けて発信したメッセージは、三つの太陽を持つ異星文明・三体世界に届いた。新天地を求める三体文明は、千隻を超える侵略艦隊を組織し、地球へと送り出す。太陽系到達は四百数十年後。人類よりはるかに進んだ技術力を持つ三体艦隊との対決という未曾有の危機に直面した人類は、国連惑星防衛理事会(PDC)を設立し、防衛計画の柱となる宇宙軍を創設する。だが、人類のあらゆる活動は三体文明から送り込まれた極微スーパーコンピュータ・智子(ソフォン)に監視されていた! このままでは三体艦隊との“終末決戦”に敗北することは必定。絶望的な状況を打開するため、前代未聞の「面壁計画(ウォールフェイサー・プロジェクト)」が発動。人類の命運は、四人の面壁者に託される。そして、葉文潔から“宇宙社会学の公理”を託された羅輯(ルオ・ジー)の決断とは? 中国で三部作合計2100万部を突破。日本でも第一部だけで13万部を売り上げた超話題作〈三体〉の第二部、ついに刊行!(上巻 : Amazon 紹介文 )

三体世界の巨大艦隊は、刻一刻と太陽系に迫りつつあった。地球文明をはるかに超える技術力を持つ侵略者に対抗する最後の希望は、四人の面壁者(ウォールフェイサー)。人類を救うための秘策は、智子(ソフォン)にも覗き見ることができない、彼らの頭の中だけにある。面壁者の中でただひとり無名の男、羅輯(ルオ・ジー)が考え出した起死回生の“呪文”とは&? lt; br&/gt; 二百年後、人工冬眠から蘇生した羅輯は、かつて自分の警護を担当していた史強(シー・チアン)と再会し、激変した未来社会に驚嘆する。二千隻余から成る太陽系艦隊に、いよいよ出撃の時が近づいていた。< br&/gt; 一方、かつて宇宙軍創設に関わった章北海(ジャン・ベイハイ)も、同じく人工冬眠から目醒め、ある決意を胸に、最新鋭の宇宙戦艦に乗り組むが……。< br&/gt; アジアで初のヒューゴー賞長篇部門に輝いた現代中国最大のヒット作『三体』待望の第二部、衝撃の終幕!(下巻 : Amazon 紹介文 )

 

 
『三体シリーズ』第二部『三体Ⅱ 黒暗森林』の主な主な登場人物
 
羅輯(ルオ・ジー/よう・ぶんけつ) もと天文学者 社会学の大学教授
荘顔(ジュアン・イエン/そう・がん) 中国画専攻の学生

史強(シー・チアン/し・きょう) 羅輯の警護担当。元警察官。通称・大史(ダーシー)
章北海(ジャン・ベイハイ/しょう・ほっかい) 中国海軍空母艦長
常偉思(チャン・ウェイスー/じょう・いし)  宇宙軍司令官

フレデリック・タイラー 元米国国防長杏 面壁者
レイ・ディアス     前ベネズエラ大統領 面壁者
ビル・ハインズ     科学者、元欧州委員会委員長 面壁者

 

本書『三体Ⅱ黒暗森林』は、前巻『三体』にも増して読者を興奮の坩堝に放り込んでくれる作品でした。

つまり、本書は基本的にハードSF小説として分類される多様な未来の技術に関する描写をも詳細に織り込んでいる小説です。

でありながら、ある面ではスペースオペラタッチの派手な活劇場面があり、また未来社会の様子を描くユートピア小説の一面も見せています。また、そこから一転、ディストピア小説へ変移しながら、小松左京の作品ような未来社会の体制までをも織り込んだ、非常に多面的な内容となっているのです。

 

シリーズ第二部の本書『黒暗森林』の中でもまた第一部から第三部まであります。

その第一部「面壁者」では、人間の脳内だけが「智子(ソフォン)」にも探知不可だとして人類の運命を四人の面壁者(ウォールフェイサー)に託すこととします。

第二部「呪文」に入ると、四人の面壁者の行動が描かれますが、良くも悪くも羅輯の呪文だけが不明のまま残されます。

第三部「黒暗森林」に入るとこの物語の様相が一変し、この壮大な物語が一応の結末を見ます。

こうして『三体Ⅱ 黒暗森林』は七百頁近くのボリュームを有する上下二巻の作品でありながら、だれることもなく読者の関心を維持させたまま、より興味を掻き立てながら進行していくのです。

 

本書『三体Ⅱ 黒暗森林』でもSF小説の魅力の一つであるガジェットが満載です。

その一つとして、まるでエヴァンゲリオン搭乗員の乗るエントリープラグのような液体呼吸の仕組みがあります。この技術自体は現在既に開発されていて、「液体呼吸」という名で調べるとすぐに見つかります( Discovery : 参照 )。

また、第一巻から登場している「智子」のようなテクノロジーの粋の一つとしてある「人工星間雲」というものも登場します。恒星型水素爆弾の爆発により拡散された油膜物質から形成される星間雲であり、太陽の直系よりも大きなナノ粒子として展開されるのです。

気になった言葉(訳語)として「大峡谷」という言葉が出てきます。羅輯が冬眠している間に訪れた、とてつもない経済危機を指す言葉として訳者が選んだそうです。ちょっとわかりにくかったので書いておきます。

 

本書『三体Ⅱ 黒暗森林』という物語の中で最も重要な位置を占めるのが、羅輯によって示される宇宙文明における二つの公理です。

それは「その一、生存は文明の第一欲求である。その二、文明はたえず成長し拡張するが、宇宙における物質の総量は常に一定である。」というものです。

この公理は現在の私たちの世界を示しているようでもあって、どうにも心の底から納得できる公理だとは思えず、その論理的な必然として本書の展開に結びつくものなのかは疑問があります。

本書『黒暗森林』の「解説」で日本在住の中華人民共和国の推理作家の陸秋槎氏は、「劉慈欣は複雑な問題を二項対立に単純化することが得意」だと書いておられます。

ここらを手掛かりにこの論理を論破できそうな気もするのですが、私には無理のようです。

 

それはともかく、本シリーズ第二部の本書『黒暗森林』では、三体世界による地球侵攻を控え三体世界の高度なテクノロジーが描かれ、それに対して地球における四人の面壁者により展開される技術的にも壮大な仕掛けが示されるなど、SFとしての魅力にあふれた物語となっています。

その過程はある種のミステリアスな展開であり、そういう意味でも読者の関心は最後まで失われることはありません。

三体

本書『三体』は、翻訳小説としては勿論、アジア圏の作品としては初のヒューゴー賞長篇部門賞を受賞した本格的な長編ハードSF小説です。

それも中国発のSF小説です。小説に関するいろいろなメディアで必ずと言っていいほどに取り上げられていた作品だったのですが、その評判通りのSFらしいSF作品でした。

 

物理学者の父を文化大革命で惨殺され、人類に絶望した中国人エリート科学者・葉文潔(イエ・ウェンジエ)。失意の日々を過ごす彼女は、ある日、巨大パラボラアンテナを備える謎めいた軍事基地にスカウトされる。そこでは、人類の運命を左右するかもしれないプロジェクトが、極秘裏に進行していた。数十年後。ナノテク素材の研究者・汪森(ワン・ミャオ)は、ある会議に招集され、世界的な科学者が次々に自殺している事実を告げられる。その陰に見え隠れする学術団体“科学フロンティア”への潜入を引き受けた彼を、科学的にありえない怪現象“ゴースト・カウントダウン”が襲う。そして汪森が入り込む、三つの太陽を持つ異星を舞台にしたVRゲーム『三体』の驚くべき真実とは?本書に始まる“三体”三部作は、本国版が合計2100万部、英訳版が100万部以上の売上を記録。翻訳書として、またアジア圏の作品として初のヒューゴー賞長篇部門に輝いた、現代中国最大のヒット作。(「BOOK」データベースより)

 

本書『三体』は全三部作の第一部であり、基本的に本書『三体』という作品の舞台となっている世界の説明を中心とした小説です。

第二部は『三体2 黒暗森林 上・下』として既に早川書房より出版されています。訳者は同じ大森望氏であり、ただ、基本の中国語の日本語訳チームだけは第一巻と異なります。

 

 

本書『三体』はSF小説でいうファーストコンタクトものに属する物語です。

まず、不満点を挙げますと、個人的には第一巻である本書で登場する異星人の描き方には若干の不満がありました。

その外見等の情報はありませんが、彼らの社会体制の描き方が満足いくものとは言えなかったのです。詳しくは読んでみてくださいとしか言えません。

その他には、登場人物の名前が中国語であり、覚えにくいという点があります。

ですが、この点は中国の小説である以上は仕方のないことであり、書籍に登場人物一覧が添付されているという配慮が為されていて助かりました。

 

不満点は以上として、本書はSFとしての魅力にあふれていて、SFらしい仕掛けや小道具の使い方をあげることができます。ガジェットと言い換えてもいいかもしれません。

細かなものを除けば、まずは本書の主題である「三体」世界という異星社会があります。三つの太陽を持つ過酷な環境下で興った高度な技術を獲得している社会です。

この世界は天体力学の “三体問題” 、つまり三つの天体がたがいに万有引力を及ぼし合いながらどのように運動するかという、一般的には解けないことが証明されている問題(ラグランジュ・ポイントなどの特殊な場面を除く )に由来する世界です。(Hayakawa Books & Magazines : 参照 )

次に、次にオンラインVRゲーム『三体』があります。高度な技術で作られたゲームであり、本書の中でも一つの世界を形作っています。単なるゲームを超えた、三体世界を体現できる装置としての役割を持つ、重要な位置づけのゲームです。

更にはその発想のユニークさが光る「人列コンピューター」があります。ゲーム内の登場するフォン・ノイマンが数学の人海戦術として三千万人の兵隊たちを使って計算をします。三人の兵士を使ってANDゲートやORゲートほかの論理ゲートを作り計算させるというのです。

ちなみに、この部分を取り出して短編「円」が書かれ、ケン・リュウのSFアンソロジー『折りたたみ北京』に収録されているそうです。

 

 

更には、異星人社会の場面において作り出される兵器の「智子(ソフォン)」があります。

人工知能搭載陽子を言い、『三体』三部作のストーリーの基本に横たわる技術ですが、その理論的展開は一般人の理解の及ぶところではありません。

 

以上は、大きな仕掛けや小道具だけをざっと挙げてみただけです。しかし、その内容をみても分かるようにいかにもSF小説的な材料です。

SFが好きな読者にとってはこうした小道具を見るだけで胸がわくわくします。そして、実際に読むとその期待は裏切られません。

 

その他、本書の中心的な登場人物として主人公格の天体物理学者・葉文潔(イエ・ウェンジエ)とナノマテリアル研究者の汪淼(ワン・ミャオ)がいます。

また、ガラの悪い警察官の史強がまさにエンターテイメント小説の登場人物として光っていて、ストーリー展開上重要な役を担っています。

 

本書に関連する歴史上の大きな出来事として、1960年題から1970年代にかけて中華人民共和国で起きた文化大革命があります。毛沢東主導による文化運動であり、その重要な担い手であったのが紅衛兵です。

この紅衛兵の暴走は当時の日本の私たちも様々なかたちで知ることになりましたが、この暴走が葉文潔という人物の背景として重要の一を占めています。

こうした点を見ると本書の思想的な位置づけもできそうに思えてきますが、作者自身はそうした考えを否定しているそうです(リアルサウンド : 参照)。

 

本書も第三部「人類の落日」に入り「21 地球反乱軍」という章になると、物語が一気にエンターテイメント小説として展開されます。

そして、地球三体協会という組織があらわになり、それも降臨派や救済派といった言葉が突然現れてきて訳が分からなくなりかけます。

しかし、これまで垣間見えていた事柄がその意味を明らかにし、次第に壮大な物語がその全貌を明らかにしていくのです。

ここで伏線の回収されて壮大な物語がその全貌を明らかにしていくのですが、その全体は古典的名作と言われているA・C・クラークの『幼年期の終わり』を思い出すものであり、また小松左京の『果しなき流れの果に』などとも比較されています。

 

 

そうしてみた場合、紅衛兵事件などから作者の思想的背景を推し量ろうとする試みは意味がないと思えてきます。ある種トンデモ話とも言えそうな壮大な物語の展開を見るとき、そうしたことは霧消してしまいます。

 

本書のように異星人の世界を描いたSF作品としては少なからずの作品がありますが、中でも アイザック・アシモフの『夜来る』という作品が思い出されます。

短編集ですが、名作です。その内容は紹介文を引用します。上記の二冊と合わせ是非読んでもらいたい作品の中の一つです。

2千年に1度の夜が訪れたとき、人々はどう反応するだろうか…六つの太陽に囲まれた惑星ラガッシュを舞台に、“夜”の到来がもたらすさまざまな人間模様を描き、アシモフの短篇のなかでもベストの評価をかち得た、SF史上に名高い表題作(「BOOK」データベースより)

 

 

最後になりましたが、本書の魅力は、一般に言われているように原作の翻訳を光吉さくらさん、ワン・チャイさんが行い、それをもとに大森実氏らが日本語訳を担当したという事実が大きいのかもしれません。

中国の人気SF小説『三体』の魅力」を読めばわかりますが、日本語訳の努力のあとは明白で、舞台背景にまで踏み込んだ本役のおかげで、本書の読みやすさは格段にアップしているようです。