愛しさに気づかぬうちに

愛しさに気づかぬうちに』とは

本書『愛しさに気づかぬうちに』は『コーヒーが冷めないうちにシリーズ』の第六弾で、2024年9月にサンマーク出版から336頁のソフトカバーで刊行された、連作のファンタジー小説です。

愛しさに気づかぬうちに』の簡単なあらすじ

亡くなった母に会いにいくことはできますか?「いつか、素直に話せると思っていたのに…」義理の母と、恋人と、父と…。そばにいたのにすれ違ってしまった人達の、再出発の物語。(「BOOK」データベースより)


第一話 お母さんと呼べなかった娘の話
東郷アザミは義母を母親と認めることが出来ずに反発し、家を飛び出したままに義母を亡くしてしまった。そして自分が結婚相手に連れ子の親となり、自分の義母と同じ立場になって、自分が義母に対しどんなにひどい仕打ちをしてきたか義づくことになったのです。そこで過去に帰ることにできるというこの店に来たのでした。

第二話 彼女からの返事を待つ男の話
七年前、中学二年生の沖島友和は、バレーボール部に属する中学一年生の時の同級生小崎カンナからバレンタインデーの日に告白を受けますが、沖島の同級生の男子の勘違いから彼女の思いを受け取ることができませんでした。ところがその日にカンナが神保町の喫茶店に行った帰りに記憶喪失となる事故に遭うのでした。

第三話 自分の未来を知りたい女の話
加部利華子は、芲田学からプロポーズを受けますが、自分が五年後に生きているかどうかも不明だという癌に罹患していることを告げられます。そこで、五年後にも自分が生きているかどうかを知りたいと思うのでした。

第四話 亡くなった父親に会いに行く中学生の話
十四歳の須賀ツグオは、一人で自分を育ててくれた父の須賀龍太の突然の死に、自分のことは心配しないでいいというために過去に戻ろうとするのでした。しかし、いざ過去に戻り、父親に会ったツグオは思いもよらないことを告げるのでした。

愛しさに気づかぬうちに』について

本書『愛しさに気づかぬうちに』は『コーヒーが冷めないうちにシリーズ』の六作目であり、これまでと同じように四つの短編からなる連作のファンタジー小説集です。

本書でもまた、自分の思いを伝えることができないままに別れざるを得なかった人たちが、時間を超えてその相手に会いに行き、その思いを伝えようとする物語が綴られています。

ただ、ここでもタイムパラドックスが気になります。

例えば、「第一話 お母さんと呼べなかった娘の話」で、アザミが過去に戻り電話をかけたのであれば、本来であればその場にいた流はそのことを経験して知っていたはずですが、アザミが過去に戻るときに流がそのことを知っていたようには思えないのです。

しかしながら、本シリーズでこうした時間旅行ものにつきもののタイムパラドックスについて改めて論じることはもう野暮に過ぎるようであり論じることはやめます。

 

そうした点はともかく、この物語では人の思いは可能な時に伝えておかなければ相手には伝わらない、ということが繰り返し示してあります。

人の不幸はいつ訪れるかわからないのだから、伝えることが出来るときに伝えておかなければ取り返しのつかないことになりかねないというのです。

確かにその通りだと思いますし、そうすべきだと思います。しかしながら、そうした理屈では割り切れないところが人間なのだという思いもまたあり、本書のような物語が成立するのだと思います。

 

また、本書でだいじなのは、時田数のその夫である時田刻との馴れ初めについて語られていることもさることながら、これまでぼかされていた「フニクリフニクラ」の場所が明確にされていることでしょう。

すなわち、「第二話 彼女からの返事を待つ男の話」の中で、「神保町の喫茶店に行った帰りの小崎の事故」という文言があり、小崎カンナが最後に立ち寄った神保町の喫茶店がここ「フニクリフニクラ」であることが明記してあるのです。

さらに、「第三話 自分の未来を知りたい女の話」では、「フニクリフニクラ」が東京メトロの神保町駅から歩いていける距離にあるとまで明記してありました。

 

また、物語全体を眺めてみると本書では「フニクリフニクラ」の常連客である清川二美子が全部の話に登場し、狂言回しのような役割を担っている点も見逃せません。

ほかにも繰り返し登場して物語の要となる客がいたりと、単なる脇役であると思われていた常連客達もまたこのシリーズで重要な役割を担っていることが示されているのです。

言葉を変えれば、時田家だけではなく「過去に戻ることができると噂の喫茶店」自体が主役だと言えるのかもしれません。

それにしても、続編が期待されるシリーズです。

思い出が消えないうちに

思い出が消えないうちに』とは

本書『思い出が消えないうちに』は『コーヒーが冷めないうちにシリーズ』の第三弾で、2018年9月にサンマーク出版から382頁のソフトカバーで刊行された、連作短編小説です。

これまでのシリーズでの物語と同様に、すでに亡くなった方への種々の思いを確認するための物語が語られています。

思い出が消えないうちに』の簡単なあらすじ

伝えなきゃいけない想いと、
どうしても聞きたい言葉がある。

心に閉じ込めた思い出を
もう一度輝かせるために、
不思議な喫茶店で過去に戻る4人の物語――。(「BOOK」データベースより)


第1話「ばかやろう」が言えなかった娘の話
小樽にある、過去に戻ることができる座席があるという「喫茶ドナドナ」に、瀬戸弥生という一人の娘が訪れてきた。弥生は過去に戻って「私を産むだけ産んで、勝手に死ん」だ両親に一言恨みを言いたいと、この店を訪れたのだった。

第2話「幸せか?」と聞けなかった芸人の話
第一話で登場してきたポロンドロンの驫木が、亡くなった妻の世津子に会って芸人グランプリで優勝したことを告げるために「喫茶ドナドナ」へやってきた。驫木が過去へ戻った直後に「喫茶ドナドナ」へやってきた林田は、驫木はもう帰ってこないつもりだというのだった。

第3話「ごめん」が言えなかった妹の話
この話でも第一話から登場してきた常連客の市川麗子と、同じ常連客の精神科医の村岡沙紀の物語です。麗子は数ヶ月前に妹の雪華が亡くなったことで沙紀を主治医として治療を受けていました。ある日、「喫茶ドナドナ」を訪れていた二人を襲った突然の雷雨による停電の中、雪華が現れます。

第4話「好きだ」と言えなかった青年の話
この物語は、これまでの話のすべてに登場してきていた玲司とその幼馴染の菜々子の物語です。芸人になりたい玲司を応援していた菜々子でしたが、玲司がオーディションを受けるために東京へ行っている間に自身の難病の治療のためにアメリカへ治療に旅立ってしまいます。玲司は自分が東京へと旅立つ前の菜々子に会いに過去へと戻るのでした。

思い出が消えないうちに』の感想

本書『思い出が消えないうちに』は『コーヒーが冷めないうちにシリーズ』の第三弾で、登場人物たちが「喫茶ドナドナ」へとやってきます。

そして、これまでのシリーズでの物語と同様に、すでに亡くなった方への種々の思いを確認するための物語が紡がれているのです。

 

本書では最初に北海道にいる時田流と、喫茶店「フニクリフニクラ」にいるの妻のとの電話越しでの会話の場面から幕を開けます。

計は十四年前に亡くなっているのですが、未来である現在へと飛んで、まさに今、娘のミキと会っているのです。

しかしその流は、流の母親で「喫茶ドナドナ」の経営者でもある時田ユカリがアメリカに行ってしまったことから、その店の営業を引き継ぐためにいとこのと数の娘のを連れてここ小樽へとやってきていました。

というのも、「喫茶ドナドナ」も喫茶店「フニクリフニクラ」と同じく過去に戻ることができる座席がある喫茶店であるため、アメリカに行ってしまった時田ユカリの代わりにコーヒーを淹れることができる幸を連れてきたというわけです。

残された幸のいる喫茶店「フニクリフニクラ」は、常連客だった賀田多五郎二美子夫婦にまかせて小樽に来ているのでした。

つまり、第一巻『コーヒーが冷めないうちに』の第四話の話がこの話へとつながり、また過去へ戻ることのできる座席は喫茶店「フニクリフニクラ」だけではなく、ここ小樽の「喫茶ドナドナ」にもあることが明かされているのです。

 

こうして本書『思い出が消えないうちに』になって物語の舞台が小樽へと変更になっている理由がまず説明され、時田ユカリなどの重要な登場人物たちの簡単な紹介がなされていきます。

本書では、過去に戻ることができる座席が存在する喫茶店が「フニクリフニクラ」以外に北海道の小樽にもあったのだという驚きがありますが、それと同時に時田ユカリという人物の存在も大変に大きなものとなっています。

この時田ユカリという人物は、人探しの手伝いのためにアメリカへ行ってしまうという行動力もすごいのですが、本書の各話のそれぞれについて時田ユカリが何らかの手立てを施していて、それが主人公の行動のきっかけを作っているのです。

彼女の洞察力たるや素晴らしいものがあります。

 

本書『思い出が消えないうちに』では、メインの登場人物が過去へ戻る、若しくは未来へと飛ぶ本体の話はもちろん面白いのですが、物語の合間に『もし、明日、世界が終わるとしたら?一〇〇の質問』という書籍に掲載されている設問が紹介されています。

例えば、一人だけ助かる部屋があったとして、もし明日世界が終わるとしたら、あなたはどちらの行動をとりますか、という設問に対し、「①入る」「②入らない」のどちらの行動をとりますか、というように問われるのです。

ほかにも、世界の終わりを前提として、自分の不倫を正直に話すかとか、自分の十歳の子供に明日世界が終わることを話すか、などの問題が出されています。

本書の四つの物語のそれぞれで、伝えられなかった人の「思い」について様々な形があることが示され、読者は自分なりの答えを見つけようと考えることになりますが、それとは別に、単純ですが正解のない究極の設問が提示され、その設問がスパイスのように効いているのです。

 

また、本書『思い出が消えないうちに』で特に目立ったのは、第三話『「ごめん」が言えなかった妹の話』での停電の場面での演出です。この手法はこれまで見たことがありませんでした。

ただこうした紙の書籍自体に仕掛けを施してある作品としては、杉井光の『世界でいちばん透きとおった物語』や、泡坂妻夫の『しあわせの書 迷探偵ヨギ ガンジーの心霊術』などがありました。

これらの作品は作者の膨大な努力の末に実現できるもので、その観点からすると本書の仕掛けは大したこととは思えなくなりますが、それでも読んでいく途中で突如この仕掛けに出会うと、驚きであり、そのアイデアには脱帽です。


 

本書は、そうした視覚上の演出は別にしても、これまでのシリーズの各作品と同様に、切ない物語が紡がれています。

その上で、この切なさに満ちた物語であることが前提となる話ですが、「タイムパラドックス」といわれる矛盾点を厳密にとらえずにファンタジーとして読むことができる人であれば、かなり楽しめる作品だと思います。

現時点(2025年5月30日)で、このシリーズも第六弾『愛しさに気づかぬうちに』まで出版されています。

まだ未読作品がありますので、できるだけ早めに読みたいと思っています。

コーヒーが冷めないうちにシリーズ

コーヒーが冷めないうちにシリーズ』とは

本『コーヒーが冷めないうちにシリーズ』は、過去に戻ることができる座席がある、とある喫茶店を舞台にした連作のファンタジー作品です。

告げることができなかった思いを主軸にした作品だけに、人との別れが前提となっていて、当然ですが切なさに満ちた物語になっています。

コーヒーが冷めないうちにシリーズ』の作品

コーヒーが冷めないうちにシリーズ(2025年05月28日現在)

  1. コーヒーが冷めないうちに
  2. この嘘がばれないうちに
  3. 思い出が消えないうちに
  1. さよならも言えないうちに
  2. やさしさを忘れぬうちに
  3. 愛しさに気づかぬうちに

コーヒーが冷めないうちにシリーズ』について

本『コーヒーが冷めないうちにシリーズ』は、過去に戻ることができるという座席がある喫茶店を舞台にした物語が収められています。

自分の思いを伝えることができないままだったり、相手からも伝えられることがないままに永遠の別れをしなければならなかった方も少なからずいるのではないでしょうか。

そうした失った機会が再び与えられるかもしれない場所が、本書の舞台の喫茶「フニクリフニクラ」です。

しかし、過去に戻るためには非常にめんどくさいルールがありました。

そのルールとは、

1.過去に戻っても、この喫茶店を訪れた事のない者には会う事はできない
2.過去に戻って、どんな努力をしても、現実は変わらない
3.過去に戻れる席には先客がいるし、その席に座れるのは、その先客が席を立った時だけ
4.過去に戻っても、席を立って移動する事はできない
5.過去に戻れるのは、コーヒーをカップに注いでから、そのコーヒーが冷めてしまうまでの間だけ

というものでした。

このルールを聞かされ、過去の改変もできないのならば過去に戻る意味はないと、あきらめて帰る人が多いのだそうです。

またシリーズが進むにつれ、上記の条件だけではなく、さらに細かなルールもあることが明らかになっていきます。

例えば、「ネコショカ」というサイトでは以下のようにまとめてありました。(勝手に引用させてもらっています。)

六、過去に戻れるのは一度だけ(二回目の挑戦は出来ない)
七、コーヒーが冷めてしまっても飲み干さなかった場合は、その時間に取り残され幽霊となる。
八、過去だけでなく未来にもいくことが出来る。但し未来は不確定であり、望んだ人物に必ず再会できるとは限らない
九、過去に戻れるコーヒーを淹れることが出来るのは時田家の女だけである
十、妊娠した子供が女児である時点で時田家の女はその力を失う

 

これまでも、タイムスリップものの小説は多くの作品があります。

まず忘れてならないのは、R・A・ハインラインの『夏への扉』という作品であり、古典中の古典です。

日本のロマンチックSF小説で言えば、わが郷土熊本の作家である梶尾真治の『美亜へ贈る真珠』という作品があります。ごく初期の作品で、私が若い頃に読んで一発でファンになった作品です。

また、死者に会う、という話では辻村深月の『ツナグシリーズ』が思い出されます。一生に一度だけの死者との再会を叶える使者「ツナグ」をめぐる物語です。



また、有村架純主演で、シリーズ第一弾『コーヒーが冷めないうちに』と、第二弾『この嘘がばれないうちに』をもとに、石田ゆり子、薬師丸ひろ子、吉田羊、松重豊といった役者さんたちがわきを固めで映画化されています。

さよならもいえないうちに

さよならもいえないうちに』とは

 

本書『さよならもいえないうちに』は『コーヒーが冷めないうちにシリーズ』の四作目であり、2021年9月にサンマーク出版から275頁のソフトカバーで刊行された、四つの短編からなる連作のファンタジー小説です。

これまで同様に喫茶フニクリフニクラのあの席で過去に戻る四人の話が語られますが、若干のマンネリを感じてもしまいました。

 

さよならもいえないうちに』の簡単なあらすじ

 

「最後」があるとわかっていたのに、なぜそれがあの日だと思えなかったんだろうー。「君のおかげで僕が幸せだったことを、君に知っててほしかった」家族に、愛犬に、恋人に会うために過去に戻れる不思議な喫茶店フニクリフニクラを訪れた4人の男女の物語。(「BOOK」データベースより)

第1話 大事なことを伝えていなかった夫の話
第2話 愛犬にさよならが言えなかった女の話
第3話 プロポーズの返事ができなかった女の話
第4話 父を追い返してしまった娘の話

 

第一話は、長年家庭を顧みることなく学問のために世界中を飛び回っていた、大学で考古学を教えている門倉紋二の話です。二年前のある日帰国すると、妻の門倉三重子は事故で植物状態になっていたのでした。

第二話は、疋田むつ男の妻スナオの話です。愛犬アポロが亡くなった時に眠ってしまっていたことを後悔していました。アポロを一人で逝かせ淋しい思いをさせたというのです。

第三話は、去年の今頃、この喫茶店で崎田羊二からプロポーズを受けた石森ひかりの話です。ひかりに断られた羊二は「気持ちが変わるまで待つ」と言ったものの、半年前に好きな人ができたと告げ、その後すぐに羊二は亡くなってしまったのでした。

第四話は、父親の雉本賢吾と仲たがいしていた雉本路子の話です。六年前、父親は娘に会うために上京してきたのですが、路子はろくに話すこともなく追い返してしまいます。ところが、父親は三年前の東日本大震災で命を落としてしまうのでした。

 

さよならもいえないうちに』の感想

 

本書『さよならもいえないうちに』は『コーヒーが冷めないうちにシリーズ』の四作目であり、四つの短編からなる連作のファンタジー小説ですが、若干マンネリ感がありました。

これまでこのシリーズでは、時間旅行の物語では必ず付きまとうパラドックス、つまり時間旅行に附随して起きる矛盾には目を向けず、端的に言えば無視をして物語を進めてきたように思えます。

でも、本書『さよならもいえないうちに』ではそうした矛盾にあらためて目を向けているようです。

 

例えば、シリーズ二作目の『この嘘がばれないうちに』では、未来の出来事を知らされた者たちへの配慮が為されていない、という印象がありました。

とある事情で過去に戻り、親友に、彼自身の近い時期の死を告げることになるのですが、死を告げられた親友のその後についての言及はありませんでした。

そうしたことに対する解答ではありませんが、本書『さよならもいえないうちに』の第一話は、「記憶がルールの影響を受けることはない」という話でした。

つまり、ルールが記憶には及ばないということ、過去において未来の出来事を知らされた者たちはその知らされた事実を覚えているということ、などが明らかにされていきます。

結局、自分の死を告げられたものはその事実を自分の中で噛みしめていく以外にないという、先の疑問に対する一応の答えがあったのです。

ただ、そのことは過去に影響を及ぼしているということでもあって、やはり過去の改変という矛盾に直面しているといえます。

 

時間旅行の物語では、どうしてもパラドックスを避けることはできず、そのために物語上、多次元理論や過去の改変は不可とするなどの対応が為されてきました。

多元宇宙を前提とする作品として小川 一水の『時砂の王』がありますし、SFの名作中の名作と言われるR・A・ハインラインの『夏への扉』は、タイムパラドックスの存在を前提とした作品です。


 

その他挙げていけばきりがありませんが、個人的には時間旅行という分野はとても面白い分野だと思っています。

その点、本書は細かなルールを設けてタイムパラドックスを回避しようとしていますが、人間の内心については個人の問題だとして、物理的な変更のみを認めていないようです。

 

本書『さよならもいえないうちに』に対しては、タイムパラドックスの問題とは別に疑問点もあります。

第四話で、房木という人物は例の女の椅子に座るために待っていたのだろうと思われるのに、彼が帰った後に路子を招き入れ、そのタイミングで例の女がトイレに立つという不思議な運びになっています。

そのことについては何も触れていないようですが、何かの伏線でしょうか、それとも私が何か見落としているのでしょうか。

 

また同じ第四話で、路子は父と会ったときに喧嘩別れをしていますが、今回の過去への旅はその喧嘩別れとどんな関係になるのでしょうか。

今回の過去への旅での出会いは喧嘩別れをする前に会った筈です。となれば、その後にまた父親が上京して喧嘩別れをすることいなるのでしょうか?

つまり、以前の出来事を今回過去に帰ることで書き直しているのではないか、過去は変えられないというルールに違反しているのではないか、と思えるのです。

 

ただ、本書は時間旅行を扱っている作品ではありますが、主眼は過去に戻る人間の心のあり様であって、時間旅行は単なる道具にすぎず、いわゆるタイムパラドックスの矛盾点などはそうは考えなくていいのでしょう。

問題は過去へ戻る彼、もしくは彼女の生き方について読者がどう読むかであり、時間旅行は単に考えるきっかけに過ぎないのです。

 

そうしたことはともかく、本シリーズのそれぞれの話をみると、結局は自分の大切な人に感謝や愛情などの言葉をかけていなかったことについての後悔を何とかしたいという当事者の悔恨を前提としているように思えます。

それだけ生きていく上では取り返しがつかない後悔に満ちているということなのでしょう。

物語は楽しめばよく、物語の持つ意味などの深読みはしないことにしているのですが、本書のような作品ではどうしても生きることの意義を考えてしまいます。

何かと軽さを指摘されるこのシリーズですが、個人的には決して嫌いではない、それどころか好きな部類の作品だといえます。

この嘘がばれないうちに

この嘘がばれないうちに』とは

 

本書『この嘘がばれないうちに』はシリーズ二作目の、新刊書で303頁の長さの、四つの短編からなる連作のファンタジー小説です。

本書は、2017年度本屋大賞候補作品の『コーヒーが冷めないうちに』の続編で、前作同様のテイストの物語です。

 

この嘘がばれないうちに』の簡単なあらすじ

 

愛する人を想う気持ちが生み出した、不器用でやさしい4つの「嘘」。「過去にいられるのは、コーヒーが冷めるまでの間だけ」不思議な喫茶店フニクリフニクラにやってきた、4人の男たち。どうしても過去に戻りたい彼らの口には出せない本当の願いとは…? (「BOOK」データベースより)

 

第1話 『親友』二十二年前に亡くなった親友に会いに行く男の話
第2話 『親子』母親の葬儀に出られなかった息子の話
第3話 『恋人』結婚できなかった恋人に会いに行く男の話
第4話 『夫婦』妻にプレゼントを渡せなかった老刑事の話

 

第一話は、二十二年前に交通事故で亡くなった友人夫婦の娘を、自分の娘として育ててきた男の話です。今度その娘が結婚することになり、二十二年前に亡くなった実の父親の映像を見せてやろうというのです。

第二話は、事情があり、母の葬儀に出席できなかった息子が、生前の母親に会うために過去へ戻りますが、そこで、数が入れてくれたマドラーのような銀のスティックの意味が明らかになるのでした。

第三話は、シリーズ第一作目『コーヒーが冷めないうちに』の第一話で登場し、賀多田吾郎と結婚した二美子が登場します。病魔に侵された倉田は未来へ行き、愛する人の幸せを確認したいのでした。

第四話は、第一話からこの喫茶店のお客として登場する,、この春で定年退職を迎えた万田清という老刑事が、妻に誕生日のプレゼントを渡す話です。でも、その妻は三十年前に亡くなっていたのです。

 

この嘘がばれないうちに』の感想

 

前作について、内容が薄いとか、死を簡単に扱いすぎる、などという批判があると書いたのですが、それは同様の内容である本作品についても同様のようです。

そうした批判にもかかわらず、前巻『コーヒーが冷めないうちに』は六十万部を超える大ベストセラーになっています。

 

本書『この嘘がばれないうちに』では、前作の最終話で時田計が自分の命と引き換えに産んだ子であるミキが成長し、小学校一年生となって登場しています。

そして、時田流がカウンターがいて、時田数が珈琲を淹れるのはおなじです。

その数の淹れる過去へ戻ることができる珈琲を飲みに今でも客がやってくるのですが、やはり「死」による別れが物語の核となっていいます。

生きている自分が幸せになってはいけない、との思いを抱いて、日々を暮らしています。

そうした人たちが時間を飛び越えることで、生きていることの負い目から解放されるのです。

 

前にも書いたのですが、本書に対する批判の多くは、こうした物語の構造が、話のファンタジックな処理の仕方に加え、実に読みやすく書かれた文章の印象などとも合わさって、物語の内容が軽薄に感じられることによるのだと思います。

そうした批判を全面的に否定できずにいる、と前作の折に書きましたが、同じテーマで二作目となると、その思いはより強くなります。

「家族の別れ」を最も強烈に印象付ける「死」が絡んだ話ばかりを読み続けると、どうしても物語の世界に入っていきにくくなるのだと思います。

 

更に言えば、個人的にはもう少し考えてほしいという点が無いわけではありません。

例えば、第一話で、千葉剛太郎は、一人娘を残して死んだ親友に会いに過去に戻ります。しかし、そのことは、千葉剛太郎が如何に親友の死を隠そうとしても、親友に自身の死を知らせることにもなります。

例え自分の娘のためとはいえ、自分の死を知らされる親友のその後について何らかの手当てがあればいいのにと思ってしまうのです。

それは作者の書きたいことからは外れるし、物語の主題はぼやけてしまうでしょうから難しいことだとは思います。

というよりは、その点まで考慮すべきではないのかもしれません。でも、そう感じてしまいました。

 

そうした点は、第四話の森麻美の「死んだ人間に会わなきゃならない、こっちの身にもなってよね。」という言葉にも現れています。

過去もしくは未来へと時間移動をし、会った誰かは身近な誰かの「死」を知り、また死んだはずの人間に会うことになるつらさ、を知ることになるのです。

作者は、その先にある、“相手を思いやる心情”を書きたいのでしょうし、第三話ではそれが丁寧に描かれていると思うのですが、第一話は言葉が足りないかな、と思うのです。

ともあれ、良かれ悪しかれ、読みやすい小説であることは間違いありません。

ただし、内容についてどう読みとるかは個人の好みとも関連し、評価が分かれる作品だと思います。

コーヒーが冷めないうちに

コーヒーが冷めないうちに』とは

 

本書『コーヒーが冷めないうちに』は『コーヒーが冷めないうちにシリーズ』の第一弾で、2015年12月にサンマーク出版からハードカバーで刊行された、四つの短編からなる連作のファンタジー小説です。

時間旅行がテーマの、重くなり過ぎないように構成された伏線の回収もきれいな、2017年本屋大賞候補作の切なくはありますが面白く読めた作品でした。

コーヒーが冷めないうちに』の簡単なあらすじ

 

お願いします、あの日に戻らせてください―。「ここに来れば、過去に戻れるって、ほんとうですか?」不思議なうわさのある喫茶店フニクリフニクラを訪れた4人の女性たちが紡ぐ、家族と、愛と、後悔の物語。(「BOOK」データベースより)

 

とある町の「フニクリフニクラ」という名の喫茶店には望んだ通りの時間に移動ができるという座席がありました。

しかし、過去に戻るためには、この喫茶店を訪れた事のある者にしか会うことはできず、また過去で何をしようと現在を変えることはできないし、過去に戻れるのは注がれたコーヒーが冷めてしまうまでの間だけ、などを始めとして、他にも非常に細かなルールがあったのです。

それでもなお過去に戻り愛する人に会いたいという人は現れ、そしてここでは四人の女性の四つの物語が語られます。

第一話「恋人」は、結婚を考えていた彼氏と別れた女の話。
第二話「夫婦」は、記憶が消えていく男と看護師の話。
第三話「姉妹」は、家出した姉とよく食べる妹の話。
第四話「家族」は、この喫茶店で働く妊婦の話。

 

コーヒーが冷めないうちに』の感想

 

本書『コーヒーが冷めないうちに』は四つの短編からなる連作のファンタジー小説ですが、うまく計算され、その計算の通りに構築された作品だと感じました。

一話目から貼られた伏線が、きれいに回収されていく話の流れも個人的には好きですし、重くなり過ぎないように構成された話も嫌いではなく、切なくはありますが面白く読めた作品でした。

ただ、タイムトラベルものにはタイムパラドックスの問題があり、例えば、第二話「夫婦」で過去から手紙を持ち帰ることは現在の変更と言えそうで、こうしたあいまいさが許されない人にとっては本書を面白いとは評価できないかもしれません。

 

そうしたことはともかく話を本書に戻すと、過去に戻りたいという四人はそれぞれに、現時点で過去に何らかの悔いを残しています。

だからこそ、過去に戻っても何も変えることはできなくても、なお過去に戻り言えなかった一言を言いたいし、もう一度だけ会いたいと願います。

 

第一話の主人公は、過去に戻ることで過去を変えることはできなくても、未来への可能性を切り開いていきます。過去に戻ることで閉ざされていた未来への扉を開いたとも言えるのでしょう。

第二話は少々つらい物語でした。過去に渡辺謙主演の『明日の記憶』という映画を見たことがありますが、愛する人を忘れてしまう、それはつらい内容の映画でした。原作は荻原浩の『明日の記憶』という小説です。

本書の第二話はその『明日の記憶』とテーマが同じであり、話もなかなかに涙を誘う内容です。ただ、『明日の記憶』とは異なり、かなり前向きに描いてあった点だけは救いでした。


 

荻原浩という作家さんは、『海の見える理髪店』で第155回直木賞を受賞している作家さんです。

ですので、普段はすぐにでも原作を読むところなのですが、映画を先に見てしまい、そのつらさを味わってしまったので、更に原作まで読もうという気にはなれませんでした。

 

第三話は、姉が家出をしたために妹が稼業を継がねばならなかった姉妹の話です。

仲の良かった姉妹ですが、妹に稼業を押し付けた姉はいつも妹に負い目を感じ、会いに来た妹にも会おうとしませんでした。

しかし、妹に会いたくても会えなくなったときに、もう一度だけ会いたいと過去に戻る姉だったのです。

 

この作品は、他の作品も少なからずそうではあるのですが、少々感傷が先に立った印象があります。

この本を痛烈に批判する読者も相当数見られますが、そうした批判もあながち的外れではないとも感じられるのは、こうした、物語の感傷的な運びや、人物描写の薄さなどにあるのかもしれません。

また、過去に帰って妹に会い、その思いを汲み取り、出した姉の結論は、それまでの姉の行動を否定しかねず短絡的か、とも思います。しかし、物語としてこのようなまとめ方もありなのでしょう。

 

そして第四話は、この喫茶店のマスター時田流の妻、時田計の物語です。少々ステレオタイプ的な人物像に、パターン化されたストーリーという気配も感じました。

それでもなお、時間旅行の新たな切り口としてはユニークですし、少々のセンチメンタリズムをまといながらのこのような物語もありだろうと思いながら読み進めたものです。

 

このように、第一話も含め、全部の話が愛する者との別れが語られています。そこにあるのは悲しみであり、哀れさです。

そうした悲哀を、軽さを感じる文章で重くなりすぎることを避けながら、不要なものを削ぎ落してまとめてある作品だと言えるのではないでしょうか。

好みの問題になるとは思うのですが、本来であれば暗く重い話を、軽めに、読みやすい物語として仕上げてある本書は、ベストセラーになるのも分かります。

 

その点、時間旅行と言えば名前の挙がる梶尾真治の作品とは少々異なるようです。

例えば『クロノス・ジョウンターの伝説』は、同じように特定の条件のもとでの時間旅行をテーマとしていて、やはり別れを描いてはいても暗くはありませんし、重くもありません。

 

また、同様に時間旅行ものでもパラレルワールドを描いた畑野智美タイムマシンでは、行けない明日などは、SF版の恋愛小説であり、青春小説の風味を残してさらりと仕上げてある作品であり、やはり重さはありませんでした。

 

ちなみに、本書『コーヒーが冷めないうちに』と、続編の『この嘘がばれないうちに』を原作として、有村架純を主演に、石田ゆり子、薬師丸ひろ子、吉田羊、松重豊といった豪華な俳優陣により映画化されています。