さよならもいえないうちに

さよならもいえないうちに』とは

 

本書『さよならもいえないうちに』はシリーズ四作目であり、新刊書で275頁の、四つの短編からなる連作のファンタジー小説です。

これまで同様に喫茶フニクリフニクラのあの席で過去に戻る四人の話が語られますが、若干のマンネリを感じてもしまいました。

 

さよならもいえないうちに』の簡単なあらすじ

 

「最後」があるとわかっていたのに、なぜそれがあの日だと思えなかったんだろうー。「君のおかげで僕が幸せだったことを、君に知っててほしかった」家族に、愛犬に、恋人に会うために過去に戻れる不思議な喫茶店フニクリフニクラを訪れた4人の男女の物語。(「BOOK」データベースより)

第1話 大事なことを伝えていなかった夫の話
第2話 愛犬にさよならが言えなかった女の話
第3話 プロポーズの返事ができなかった女の話
第4話 父を追い返してしまった娘の話

 

第一話は、長年家庭を顧みることなく学問のために世界中を飛び回っていた、大学で考古学を教えている門倉紋二の話です。二年前のある日帰国すると、妻の門倉三重子は事故で植物状態になっていたのでした。

第二話は、疋田むつ男の妻スナオの話です。愛犬アポロが亡くなった時に眠ってしまっていたことを後悔していました。アポロを一人で逝かせ淋しい思いをさせたというのです。

第三話は、去年の今頃、この喫茶店で崎田羊二からプロポーズを受けた石森ひかりの話です。ひかりに断られた羊二は「気持ちが変わるまで待つ」と言ったものの、半年前に好きな人ができたと告げ、その後すぐに羊二は亡くなってしまったのでした。

第四話は、父親の雉本賢吾と仲たがいしていた雉本路子の話です。六年前、父親は娘に会うために上京してきたのですが、路子はろくに話すこともなく追い返してしまいます。ところが、父親は三年前の東日本大震災で命を落としてしまうのでした。

 

さよならもいえないうちに』の感想

 

これまでこのシリーズでは、時間旅行の物語では必ず付きまとうパラドックス、つまり時間旅行に附随して起きる矛盾には目を向けず、端的に言えば無視をして物語を進めてきたように思えます。

でも、本書『さよならもいえないうちに』ではそうした矛盾にあらためて目を向けているようです。

 

例えば、シリーズ二作目の『この嘘がばれないうちに』では、未来の出来事を知らされた者たちへの配慮が為されていない、という印象がありました。

とある事情で過去に戻り、親友に、彼自身の近い時期の死を告げることになるのですが、死を告げられた親友のその後についての言及はありませんでした。

そうしたことに対する解答ではありませんが、本書『さよならもいえないうちに』の第一話は、「記憶がルールの影響を受けることはない」という話でした。

つまり、ルールが記憶には及ばないということ、過去において未来の出来事を知らされた者たちはその知らされた事実を覚えているということ、などが明らかにされていきます。

結局、自分の死を告げられたものはその事実を自分の中で噛みしめていく以外にないという、先の疑問に対する一応の答えがあったのです。

 

時間旅行の物語では、どうしてもパラドックスを避けることはできず、そのために物語上、多次元理論や過去の改変は不可とするなどの対応が為されてきました。

多元宇宙を前提とする作品として小川 一水の『時砂の王』がありますし、SFの名作中の名作と言われるR・A・ハインラインの『夏への扉』は、タイムパラドックスの存在を前提とした作品です。

 

 

その他挙げていけばきりがありませんが、個人的には時間旅行という分野はとても面白い分野だと思っています。

その点、本書は細かなルールを設けてタイムパラドックスを回避しようとしていますが、人間の内心については個人の問題だとして、物理的な変更のみを認めていないようです。

 

本書『さよならもいえないうちに』に対しては、タイムパラドックスの問題とは別に疑問点もあります。

第四話で、房木という人物は例の女の椅子に座るために待っていたのだろうと思われるのに、彼が帰った後に路子を招き入れ、そのタイミングで例の女がトイレに立つという不思議な運びになっています。

そのことについては何も触れていないようですが、何かの伏線でしょうか、それとも私が何か見落としているのでしょうか。

 

また同じ第四話で、路子は父と会ったときに喧嘩別れをしていますが、今回の過去への旅はその喧嘩別れとどんな関係になるのでしょうか。

今回の過去への旅での出会いは喧嘩別れをする前に会った筈です。となれば、その後にまた父親が上京して喧嘩別れをすることいなるのでしょうか?

つまり、以前の出来事を今回過去に帰ることで書き直しているのではないか、過去は変えられないというルールに違反しているのではないか、と思えるのです。

 

ただ、本書は時間旅行を扱っている作品ではありますが、主眼は過去に戻る人間の心のあり様であって、時間旅行は単なる道具にすぎず、いわゆるタイムパラドックスの矛盾点などはそうは考えなくていいのでしょう。

問題は過去へ戻る彼、もしくは彼女の生き方について読者がどう読むかであり、時間旅行は単に考えるきっかけに過ぎないのです。

 

そうしたことはともかく、本シリーズのそれぞれの話をみると、結局は自分の大切な人に感謝や愛情などの言葉をかけていなかったことについての後悔を何とかしたいという当事者の悔恨を前提としているように思えます。

それだけ生きていく上では取り返しがつかない後悔に満ちているということなのでしょう。

物語は楽しめばよく、物語の持つ意味などの深読みはしないことにしているのですが、本書のような作品ではどうしても生きることの意義を考えてしまいます。

何かと軽さを指摘されるこのシリーズですが、個人的には決して嫌いではない、それどころか好きな部類の作品だといえます。

この嘘がばれないうちに

この嘘がばれないうちに』とは

 

本書『この嘘がばれないうちに』はシリーズ二作目の、新刊書で303頁の長さの、四つの短編からなる連作のファンタジー小説です。

本書は、2017年度本屋大賞候補作品の『コーヒーが冷めないうちに』の続編で、前作同様のテイストの物語です。

 

この嘘がばれないうちに』の簡単なあらすじ

 

愛する人を想う気持ちが生み出した、不器用でやさしい4つの「嘘」。「過去にいられるのは、コーヒーが冷めるまでの間だけ」不思議な喫茶店フニクリフニクラにやってきた、4人の男たち。どうしても過去に戻りたい彼らの口には出せない本当の願いとは…? (「BOOK」データベースより)

 

第1話 『親友』二十二年前に亡くなった親友に会いに行く男の話
第2話 『親子』母親の葬儀に出られなかった息子の話
第3話 『恋人』結婚できなかった恋人に会いに行く男の話
第4話 『夫婦』妻にプレゼントを渡せなかった老刑事の話

 

第一話は、二十二年前に交通事故で亡くなった友人夫婦の娘を、自分の娘として育ててきた男の話です。今度その娘が結婚することになり、二十二年前に亡くなった実の父親の映像を見せてやろうというのです。

第二話は、事情があり、母の葬儀に出席できなかった息子が、生前の母親に会うために過去へ戻りますが、そこで、数が入れてくれたマドラーのような銀のスティックの意味が明らかになるのでした。

第三話は、『コーヒーが冷めないうちに』の第一話で登場し、賀多田吾郎と結婚した二美子が登場します。病魔に侵された倉田は未来へ行き、愛する人の幸せを確認したいのでした。

第四話は、第一話からこの喫茶店のお客として登場する,、この春で定年退職を迎えた万田清という老刑事が、妻に誕生日のプレゼントを渡す話です。でも、その妻は三十年前に亡くなっていたのです。

 

この嘘がばれないうちに』の感想

 

前作について、内容が薄いとか、死を簡単に扱いすぎる、などという批判があると書いたのですが、それは同様の内容である本作品についても同様のようです。

そうした批判にもかかわらず、前巻『コーヒーが冷めないうちに』は六十万部を超える大ベストセラーになっています。

本書『この嘘がばれないうちに』では、前作の最終話で時田計が自分の命と引き換えに産んだ子であるミキが成長し、小学校一年生となって登場しています。

そして、時田流がカウンターがいて、時田数が珈琲を淹れるのはおなじです。

その数の淹れる過去へ戻ることができる珈琲を飲みに今でも客がやってくるのですが、やはり「死」による別れが物語の核となっていいます。

生きている自分が幸せになってはいけない、との思いを抱いて、日々を暮らしています。

そうした人たちが時間を飛び越えることで、生きていることの負い目から解放されるのです。

 

前にも書いたのですが、本書に対する批判の多くは、こうした物語の構造が、話のファンタジックな処理の仕方に加え、実に読みやすく書かれた文章の印象などとも合わさって、物語の内容が軽薄に感じられることによるのだと思います。

そうした批判を全面的に否定できずにいる、と前作の折に書きましたが、同じテーマで二作目となると、その思いはより強くなります。

「家族の別れ」を最も強烈に印象付ける「死」が絡んだ話ばかりを読み続けると、どうしても物語の世界に入っていきにくくなるのだと思います。

 

更に言えば、個人的にはもう少し考えてほしいという点が無いわけではありません。

例えば、第一話で、千葉剛太郎は、一人娘を残して死んだ親友に会いに過去に戻ります。しかし、そのことは、千葉剛太郎が如何に親友の死を隠そうとしても、親友に自身の死を知らせることにもなります。

例え自分の娘のためとはいえ、自分の死を知らされる親友のその後について何らかの手当てがあればいいのにと思ってしまうのです。

それは作者の書きたいことからは外れるし、物語の主題はぼやけてしまうでしょうから難しいことだとは思います。

というよりは、その点まで考慮すべきではないのかもしれません。でも、そう感じてしまいました。

 

そうした点は、第四話の森麻美の「死んだ人間に会わなきゃならない、こっちの身にもなってよね。」という言葉にも現れています。

過去もしくは未来へと時間移動をし、会った誰かは身近な誰かの「死」を知り、また死んだはずの人間に会うことになるつらさ、を知ることになるのです。

作者は、その先にある、“相手を思いやる心情”を書きたいのでしょうし、第三話ではそれが丁寧に描かれていると思うのですが、第一話は言葉が足りないかな、と思うのです。

ともあれ、良かれ悪しかれ、読みやすい小説であることは間違いありません。

ただし、内容についてどう読みとるかは個人の好みとも関連し、評価が分かれる作品だと思います。

コーヒーが冷めないうちに

コーヒーが冷めないうちに』とは

 

本書『コーヒーが冷めないうちに』は、新刊書で348頁の長さの、四つの短編からなる連作のファンタジー小説です。

時間旅行がテーマの、重くなり過ぎないように構成された伏線の回収もきれいな、2017年本屋大賞候補作の切なくはありますが面白く読めた作品でした。

 

コーヒーが冷めないうちに』の簡単なあらすじ

 

お願いします、あの日に戻らせてください―。「ここに来れば、過去に戻れるって、ほんとうですか?」不思議なうわさのある喫茶店フニクリフニクラを訪れた4人の女性たちが紡ぐ、家族と、愛と、後悔の物語。(「BOOK」データベースより)

 

とある町の「フニクリフニクラ」という名の喫茶店には望んだ通りの時間に移動ができるという座席がありました。

しかし、過去に戻るためには、この喫茶店を訪れた事のある者ににしか会うことはできず、また過去で何をしようと現在を変えることはできないし、過去に戻れるのは注がれたコーヒーが冷めてしまうまでの間だけ、などを始めとして、他にも非常に細かなルールがあったのです。

それでもなお過去に戻り愛する人に会いたいという人は現れ、そしてここでは四人の女性の四つの物語が語られます。

第一話「恋人」は、結婚を考えていた彼氏と別れた女の話。
第二話「夫婦」は、記憶が消えていく男と看護師の話。
第三話「姉妹」は、家出した姉とよく食べる妹の話。
第四話「家族」は、この喫茶店で働く妊婦の話。

 

コーヒーが冷めないうちに』の感想

 

本書『コーヒーが冷めないうちに』は四つの短編からなる連作のファンタジー小説ですが、うまく計算され、その計算の通りに構築された作品だと感じました。

一話目から貼られた伏線が、きれいに回収されていく話の流れも個人的には好きですし、重くなり過ぎないように構成された話も嫌いではなく、切なくはありますが面白く読めた作品でした。

 

過去に戻りたいという四人はそれぞれに、現時点で過去に何らかの悔いを残しています。

だからこそ、過去に戻っても何も変えることはできなくても、なお過去に戻り言えなかった一言を言いたいし、もう一度だけ会いたいと願います。

 

第一話の主人公は、過去に戻ることで過去を変えることはできなくても、未来への可能性を切り開いていきます。過去に戻ることで閉ざされていた未来への扉を開いたとも言えるのでしょう。

第二話は少々つらい物語でした。過去に渡辺謙主演の『明日の記憶』という映画を見たことがありますが、愛する人を忘れてしまう、それはつらい内容の映画でした。原作は荻原浩の『明日の記憶』という小説です。

本書の第二話はその『明日の記憶』とテーマが同じであり、話もなかなかに涙を誘う内容です。ただ、『明日の記憶』とは異なり、かなり前向きに描いてあった点だけは救いでした。

 

 

荻原浩という作家さんは、『海の見える理髪店』で第155回直木賞を受賞している作家さんです。

ですので、普段はすぐにでも原作を読むところなのですが、映画を先に見てしまい、そのつらさを味わってしまったので、更に原作まで読もうという気にはなれませんでした。

 

 

第三話は、姉が家出をしたために妹が稼業を継がねばならなかった姉妹の話です。

仲の良かった姉妹ですが、妹に稼業を押し付けた姉はいつも妹に負い目を感じ、会いに来た妹にも会おうとしませんでした。

しかし、妹に会いたくても会えなくなったときに、もう一度だけ会いたいと過去に戻る姉だったのです。

 

この作品は、他の作品も少なからずそうではあるのですが、少々感傷が先に立った印象があります。

この本を痛烈に批判する読者も相当数見られますが、そうした批判もあながち的外れではないとも感じられるのは、こうした、物語の感傷的な運びや、人物描写の薄さなどにあるのかもしれません。

また、過去に帰って妹に会い、その思いを汲み取り、出した姉の結論は、それまでの姉の行動を否定しかねず短絡的か、とも思います。しかし、物語としてこのようなまとめ方もありなのでしょう。

 

そして第四話は、この喫茶店のマスター時田流の妻、時田計の物語です。少々ステレオタイプ的な人物像に、パターン化されたストーリーという気配も感じました。

それでもなお、時間旅行の新たな切り口としてはユニークですし、少々のセンチメンタリズムをまといながらのこのような物語もありだろうと思いながら読み進めたものです。

 

このように、第一話も含め、全部の話が愛する者との別れが語られています。そこにあるのは悲しみであり、哀れさです。

そうした悲哀を、軽さを感じる文章で重くなりすぎることを避けながら、不要なものを削ぎ落してまとめてある作品だと言えるのではないでしょうか。

好みの問題になるとは思うのですが、本来であれば暗く重い話を、軽めに、読みやすい物語として仕上げてある本書は、ベストセラーになるのも分かります。

 

その点、時間旅行と言えば名前の挙がる梶尾真治の作品とは少々異なるようです。

例えば『クロノス・ジョウンターの伝説』は、同じように特定の条件のもとでの時間旅行をテーマとしていて、やはり別れを描いてはいても暗くはありませんし、重くもありません。

 

 

また、同様に時間旅行ものでもパラレルワールドを描いた畑野智美タイムマシンでは、行けない明日などは、SF版の恋愛小説であり、青春小説の風味を残してさらりと仕上げてある作品であり、やはり重さはありませんでした。

 

 

ちなみに、本書『コーヒーが冷めないうちに』と、続編の『この嘘がばれないうちに』を原作として、有村架純を主演に、石田ゆり子、薬師丸ひろ子、吉田羊、松重豊といった豪華な俳優陣により映画化されています。

 

 

本書『コーヒーが冷めないうちに』には2021年10月の時点で三冊の続編が出ています。

この嘘がばれないうちに』、『思い出が消えないうちに』、『さよならも言えないうちに』という作品です。