この嘘がばれないうちに

愛する人を想う気持ちが生み出した、不器用でやさしい4つの「嘘」。「過去にいられるのは、コーヒーが冷めるまでの間だけ」不思議な喫茶店フニクリフニクラにやってきた、4人の男たち。どうしても過去に戻りたい彼らの口には出せない本当の願いとは…? (「BOOK」データベースより)

 

本書は、2017年度本屋大賞候補作品の『コーヒーが冷めないうちに』の続編です。

第1話 『親友』二十二年前に亡くなった親友に会いに行く男の話
第2話 『親子』母親の葬儀に出られなかった息子の話
第3話 『恋人』結婚できなかった恋人に会いに行く男の話
第4話 『夫婦』妻にプレゼントを渡せなかった老刑事の話

 

第一話は、二十二年前に交通事故で亡くなった友人夫婦の娘を、自分の娘として育ててきた男の話です。今度その娘が結婚することになり、二十二年前に亡くなった実の父親の映像を見せてやろうというのです。

第二話は、事情があり、母の葬儀に出席できなかった息子が、生前の母親に会うために過去へ戻りますが、そこで、数が入れてくれたマドラーのような銀のスティックの意味が明らかになるのでした。

第三話は、『コーヒーが冷めないうちに』の第一話で登場し、賀多田吾郎と結婚した二美子が登場します。病魔に侵された倉田は未来へ行き、愛する人の幸せを確認したいのでした。

第四話は、第一話からこの喫茶店のお客として登場する,、この春で定年退職を迎えた万田清という老刑事が、妻に誕生日のプレゼントを渡す話です。でも、その妻は三十年前に亡くなっていたのです。

 

前作について、内容が薄いとか、死を簡単に扱いすぎる、などという批判があると書いたのですが、それは当たり前ですが同様の内容である本作品についても同様のようです。そうした批判にもかかわらず、前巻『コーヒーが冷めないうちに』は六十万部を超える大ベストセラーになっています。

本書では、前作の最終話で時田計が自分の命と引き換えに産んだ子であるミキが成長し、小学校一年生となって登場しています。そして、時田流がカウンターがいて、時田数が珈琲を淹れるのはおなじです。

その数の淹れる過去へ戻ることができる珈琲を飲みに今でも客がやってくるのですが、やはり「死」による別れが物語の核となっていいます。生きている自分が幸せになってはいけない、との思いを抱いて、日々を暮らしています。

そうした人たちが時間を飛び越えることで、生きていることの負い目から解放されるのです。

 

前にも書いたのですが、本書に対する批判の多くは、こうした物語の構造が、話のファンタジックな処理の仕方に加え、実に読みやすく書かれた文章の印象などとも合わさって、物語の内容が軽薄に感じられることによるのだと思います。

そうした批判を全面的に否定できずにいる、と前作の折に書きましたが、同じテーマで二作目となると、その思いはより強くなります。

「家族の別れ」を最も強烈に印象付ける「死」が絡んだ話ばかりを読み続けると、どうしても物語の世界に入っていきにくくなるのだと思います。

 

更に言えば、個人的にはもう少し考えてほしいという点が無いわけではありません。

例えば、第一話で、千葉剛太郎は、一人娘を残して死んだ親友に会いに過去に戻ります。しかし、そのことは、千葉剛太郎が如何に親友の死を隠そうとしても、親友に自身の死を知らせることにもなります。

例え自分の娘のためとはいえ、自分の死を知らされる親友のその後について何らかの手当てがあればいいのにと思ってしまうのです。

それは作者の書きたいことからは外れるし、物語の主題はぼやけてしまうでしょうから難しいことだとは思います。というよりは、その点まで考慮すべきではないのかもしれません。でも、そう感じてしまいました。

 

そうした点は、第四話の森麻美の「死んだ人間に会わなきゃならない、こっちの身にもなってよね。」という言葉にも現れていて、過去もしくは未来へと時間異動をし、会った誰かは身近な誰かの「死」を知り、また死んだはずの人間に会うことになるつらさ、を知ることになるのです。

作者は、その先にある、“相手を思いやる心情”を書きたいのでしょうし、第三話ではそれが丁寧に描かれていると思うのですが、第一話は言葉が足りないかな、と思うのです。

ともあれ、良かれ悪しかれ、読みやすい小説であることは間違いありません。ただし、内容についてどう読みとるかは個人の好みとも関連し、評価が分かれる作品だと思います。

コーヒーが冷めないうちに

時間旅行をテーマにした、心あたたまる物語で綴られた連作のファンタジー小説です。

とある町の「フニクリフニクラ」という名の喫茶店には望んだ通りの時間に移動ができるという座席がありました。

しかし、過去に戻るためには、この喫茶店を訪れた事のある者ににしか会うことはできず、また過去で何をしようと現在を変えることはできないし、過去に戻れるのは注がれたコーヒーが冷めてしまうまでの間だけ、などを始めとして、他にも非常に細かなルールがあったのです。

それでもなお過去に戻り愛する人に会いたいという人は現れ、そしてここでは四人の女性の四つの物語が語られます。

第一話「恋人」は、結婚を考えていた彼氏と別れた女の話。
第二話「夫婦」は、記憶が消えていく男と看護師の話。
第三話「姉妹」は、家出した姉とよく食べる妹の話。
第四話「家族」は、この喫茶店で働く妊婦の話。

過去に戻りたいという四人はそれぞれに、現時点で過去に何らかの悔いを残しています。だからこそ過去に戻りたいと願います。過去に戻っても何も変えることはできなくても、なお過去に戻り言えなかった一言を言いたいし、もう一度だけ会いたいと願います。



第一話の主人公は、過去に戻ることで過去を変えることはできなくても、未来への可能性を切り開いていきます。過去に戻ることで閉ざされていた未来への扉を開いたとも言えるのでしょう。

第二話は少々つらい物語でした。過去に渡辺謙主演の『明日の記憶』という映画を見たことがありますが、愛する人を忘れてしまう、それはつらい内容の映画でした。原作は 荻原浩の『明日の記憶』という小説です。

荻原浩という作家さんは、『海の見える理髪店』で第155回直木賞を受賞している作家さんです。ですので、普段はすぐにでも原作を読むところなのですが、映画を先に見てしまい、そのつらさを味わってしまったので、更に原作まで読もうという気にはなれませんでした。

本書の第二話はその『明日の記憶』とテーマが同じであり、話もなかなかに涙を誘う内容です。ただ、『明日の記憶』とは異なり、かなり前向きに描いてあった点だけは救いでした。

第三話は、姉が家出をしたために妹が稼業を継がねばならなかった姉妹の話です。仲の良かった姉妹ですが、妹に稼業を押し付けた姉はいつも妹に負い目を感じ、会いに来た妹にも会おうとしませんでした。

しかし、妹に会いたくても会えなくなったときに、もう一度だけ会いたいと過去に戻る姉だったのです。

この作品は、他の作品も少なからずそうではあるのですが、少々感傷が先に立った印象があります。この本を痛烈に批判する読者も相当数見られますが、そうした批判もあながち的外れではないとも感じられるのは、こうした、物語の感傷的な運びや、人物描写の薄さなどにあるのかもしれません。

また、過去に帰って妹に会い、その思いを汲み取り、出した姉の結論は、それまでの姉の行動を否定しかねず短絡的か、とも思います。しかし、物語としてこのようなまとめ方もありなのでしょう。

そして第四話は、この喫茶店のマスター時田流の妻、時田計の物語です。少々ステレオタイプ的な人物像に、パターン化されたストーリーという気配も感じました。

それでもなお、時間旅行の新たな切り口としてはユニークですし、少々のセンチメンタリズムをまといながらのこのような物語もありだろうと思いながら読み進めたものです。

このように、第一話も含め、全部の話が愛する者との別れが語られています。そこにあるのは悲しみであり、哀れさです。そうした悲哀を、軽さを感じる文章で、重くなりすぎることを避けながら、不要なものを削ぎ落してまとめてある作品だと言えるのではないでしょうか。

好みの問題になるとは思うのですが、本来であれば暗く重い話を、軽めに、読みやすい物語として仕上げてある本書は、ベストセラーになるのも分かります。

その点、時間旅行と言えば名前の挙がる 梶尾真治の作品とは少々異なるようです。例えば『クロノス・ジョウンターの伝説』は、同じように特定の条件のもとでの時間旅行をテーマとしてはいて、やはり別れを描いてはいても暗くはありませんし、重くもありません。

また、同様に時間旅行ものでもパラレルワールドを描いた 畑野智美タイムマシンでは、行けない明日などは、SF版の恋愛小説であり、青春小説の風味を残してさらりと仕上げてある作品であり、やはり重さはありませんでした。

本書『コーヒーが冷めないうちに』には続編が出ています。『この嘘がばれないうちに』というその物語を、できるだけ早めに読みたいと思う、それほどには本書も面白いと思う物語でした。