スワン

本書『スワン』は、巨大ショッピングモール「スワン」で起きた無差別銃撃事件に巻き込まれた一人の女子高生の姿を描いた長編のミステリー小説です。

第73回日本推理作家協会賞や第41回吉川英治文学新人賞を受賞し、さらに第162回直木三十五賞の候補作となっただけのことはある、読みがいのある作品でした。

 

巨大ショッピングモール「スワン」で起きた無差別銃撃事件。死者21名を出した悲劇の渦中で、高校生のいずみは犯人と接しながら生き延びた。しかし、同じく事件に遭遇した同級生・小梢により、次に誰を殺すか、いずみの指名によって犯行が行われたという事実が週刊誌で暴露される。被害者から一転、非難の的となったいずみ。そんななか、彼女のもとに招待状が届く。集められたのは事件に巻き込まれ、生き残った5人の関係者。目的は事件の中のひとつの「死」の真相をあきらかにすること。その日、本当に起こったこととはなんだったのか?(「BOOK」データベースより)

 

作者呉勝浩について、この作者の『白い衝動』という作品の概要を読んで社会性の強い作品を書く作家さんだと思っていたためか、本書『スワン』にういても同様に社会性が強いニューマンドラマだと思い込んでの読書でした。

ところが、本書『スワン』は、この巨大ショッピングモールで起きた真実の出来事はどうであったのか、一人の老女の死の実際はどのようなものであったのか、を明らかにする本格派の推理小説であったのです。

 

 

本書の主人公は片岡いずみという女子高校生です。一方、いずみのクラスメイトの古館小梢はクラスの中心人物で人気者でしたが、なぜか片岡いずみを目の敵にしています。

いずみはクラシックバレエをやっていましたが、小梢も同じバレエ教室に通っている仲間でもあったのです。

この二人が巨大ショッピングモールの「スワン」で起こった殺戮事件に巻き込まれ、小梢は怪我を負い、いずみは被害者という立場から後には殺人者同様の非難の的にされます。

 

本書『スワン』では、いずみへの非難のように思い込みだけで自分の正義を主張する人間が描かれたり、小梢による陰湿ないじめが描かれたりしています。

それは近年問題になっているSNS上での過剰な非難や、コロナ下での同調圧力に見られるような、個人の主観的な思い込みによる正義に基づく他者への攻撃の問題も含んでいます。

例えばマスコミやコメンテーターと名乗る人々、そしてもちろんネット上での書き込み、またそうした意見に便乗した人たちによる非難は繰り返し片岡いずみら被害者を襲います。

殺戮の現場で警備員だった人は、逃走したがために、犯人を制圧可能だったからという理由だけで非難され、社会的な存在を抹消されてしまうのです。

その意味では、本書も強い社会性を有していると言え、その点では私の事前の印象もあながち的外れとは言えないようです。

しかし、本書『スワン』の醍醐味は無差別殺人後に行われた集まりにおける聞き取り調査にあります。

 

この事件後の集まりは、ショッピングモール「スワン」で殺された吉村菊野という老女が殺された事情を明らかにしたいという依頼者の求めに応じて、弁護士の徳下宗平が参加を募ったものでした。

徳下が集めた集会に参加したのは波多野保坂伸継生田道山、そして片岡いずみの五人です。彼らは徳下が提示した報酬につられて集まったという建前になっています。

名乗った名前も殆どが偽名であり、証言内容すらもその真実性は担保されていません。そこで弁護士の徳下がショッピングモール「スワン」で犯人たちが撮影していた映像などをもとに、証言の欺瞞性を暴いていくのです。

その過程はまさにミステリアスなものであり、次第に明かされていく真実は意外性に富んだもので、作者の狙いのとおりに惹き込まれていったと言えると思います。

まさに本格派推理小説の手法であり、近年の作品で言えば、映画化もされた 冲方丁の『十二人の死にたい子どもたち』という作品などが思い出されるものでした。

この『十二人の死にたい子どもたち』という作品は、廃病院に集まった自殺を志願する十二人の子供たちが繰り広げる真実追及の場でしたが、本書もまた同様です。

 

 

本書のタイトル『スワン』は、殺戮の場所であるショッピングモールの名前であると同時に、クラシックバレエの名前としての「白鳥の湖」をも意味しています。

白鳥と黒鳥のそれぞれの持つ意味、更には「白鳥の湖」の筋立てが改変されたという歴史的事実にもまた言及され、いずみと小梢との関係性を示してもいるのです。

こうした仕掛けの点でも作家という人種の想像力の豊かさには驚かされます。

 

同時に、いずみと梢が「スワン」にいた理由に若干の疑問も抱きました。何故に「スワン」で会う必要があったのか、理解できなかったのです。ほかの場所の方がよさそうに感じました。

それともう一点。「スワン」というショッピングモールの全長が1200メートルもある、という設定もどうでしょう。少なくとも現実にそんなに長いショッピングモールが存在するものか、疑問です。

とはいえ、この物語ではそうした疑問は小さなことでしょう。

本格派の推理小説を苦手とする私ですが、本書『スワン』に関してはまさに脱帽するしかありませんでした。