キングダム

岸川昇は、リストラにあい失業中。偶然再会した中学の同級生、真嶋は「武蔵野連合」のナンバー2になっていた。真嶋に誘われ行った六本木のクラブでは有名人たちが酒と暴力と女に塗れ…。そんな中、泥酔し暴れる俳優に真嶋が「自分で顔をナイフで切れ」と迫る―。絶叫と嬌声と怒号。欲望を呑み込み巨大化するキングダム。頂点に君臨する真嶋は何者か。(「BOOK」データベースより)

 

半グレ集団「武蔵野連合」のナンバー2の真嶋という男と、その中学時代の同級生の岸川という二人の生き方を中心に描いた長編のピカレスク小説です。

 

組対四課所属の高橋剛宏は暴力団員の平田則之の殺害事件を担当していた。しかし、平田は別件の増田健治殺害の被疑者でもあったのだが暴力団関連での動きを見出せないでいた。

そこに、相方の植草がネットで半グレ集団「武蔵野連合」のナンバー2である真嶋貴士という男の情報を見つけてきた。

その真嶋は、偶然に中学時代の同級生である岸川昇と出会い、自分が開催する「フリーライド」のパーティーに岸川を誘うのだった。

 

登場人物としては、主人公として「武蔵野連合」と呼ばれる集団のナンバー2の真嶋貴士を中心的な主人公として、真嶋の中学時代の同級生の岸川昇が二次的に描かれます。

また真嶋を追及する刑事として警視庁組織犯罪対策第四課の高橋剛宏がおり、モデルになろうとする高橋の娘の月子の人生が絡んでくるのです。

これら四人の視点が入れ代わり話は進みます。

他に真嶋の後ろ盾である夷能会の松中や、松中の知り合いの講壬会の鷲見というヤクザや、真嶋の仲間である日枝本間といった脇役が登場します。

 

「武蔵野連合」のナンバー2であり実質的な支配者である真嶋は、暴力団夷能会の松中の力を背景に振り込め詐欺や闇金などで強大な資金力を有していました。

かつては真嶋のことを「お前」と呼び、真嶋は「岸川君」と呼ばねばならなかった筈でしたが、今は真嶋が岸川と呼び捨てにしてもそのことを指摘できない自分に気付きます。

リストラにあい失業中の身の岸川は、「武蔵野連合」のナンバー2だという真嶋の現在の姿を知り強烈な嫉妬を覚えます。

一方、警察は「武蔵野連合」などの半グレ集団の壊滅を目指し捜査を始めており、その中心にいると目されている真嶋の動向にひそかに関心を持っていたのでした。

 

近年「半グレ」という言葉を耳にするようになりました。

半グレは暴走族あがりの者が多く、暴力団には属さない。そのため彼らには暴力団対策法も暴力団排除条例も適用されない。法的には逮捕、起訴するにも一般人と同じ扱いになる。

元組長が語る、暴力団と半グレ集団の違い|NEWSポストセブン

有効な法規制を受けない状況のもと、違法行為を繰り返してる存在のようです。

そうした「半グレ集団」のリーダーを主人公に、彼らの「振り込め詐欺」や「闇金融」、「資金洗浄」などによる集金力と暴力を背景に、暴力団さえも恐れずに更なる力を得ていく姿を描いています。

ここで描かれていることは勿論虚構であり、エンターテイメントとしての小説です。しかし、現実に似たような事件があり、そうした事件をモデルに書かれており、単なる虚構と切り捨てることもできない怖さがあります。

 

でも、エンターテイメント小説としては、そこそこに面白く読みました。

ただ、岸川の存在が薄く、彼を登場させた意味がよく分からなかったのも事実です。

また、全体的にメリハリが今一つで、平板な印象だったのは残念でした。

真嶋貴士という人物像はよく書き込まれていたように思います。存在感があるかは別で、ここまで無軌道に生きられるものか、は疑問ではありました。

 

とはいえ、こうした裏社会を描いた小説としてまず思い出すのは 馳星周の『不夜城』という作品です。第15回日本冒険小説協会大賞大賞や第18回吉川英治文学新人賞を受賞している作品で、中国人の勢力争いが激化している、不夜城と言われる日本一の歓楽街新宿の街を舞台に、日本と台湾のハーフ・劉健一の姿を描き出しています。

 

 

また、若者の暴力、暴走という観点から見ると『このミステリーがすごい!』大賞銀賞・読者賞受賞作の 東山彰良の『逃亡作法』という作品もあります。しかし、この作品はまさにバイオレンス小説と言うべきであり、本書とはかなり傾向が違います。

 

 

いろいろ不満は書いてきましたが、エンターテイメント小説としての面白さは否定できません。人によっては受け入れられないという人もいるかもしれませんが、ピカレスク小説としてそれなりの面白さを持っていることは否定できないと思います。

本書には続編が出ています。『ヘブン』という作品で、できるだけ早く読んでみたいと思います。

 

八月のマルクス

レイプ・スキャンダルで引退したお笑い芸人・笠原雄二。今は孤独に生きる彼を、元相方の立川誠が五年ぶりに訪ねてくる。だが直後、立川は失踪、かつてスキャンダルを書き立てた記者が殺された。いわれなき殺人容疑を晴らすため、笠原は自らの過去に立ち向かう。TV・芸能界を舞台に描く江戸川乱歩賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

 

今は引退しているかつての芸人が、行方不明になったかつての相方を探し、過去の自分に向き合う姿を描いた、1999年の第45回江戸川乱歩賞を受賞したハードボイルドタッチの長編ミステリ小説です。

 

かつてレイプスキャンダルで芸能界を辞めざるを得なくなった芸人笠原雄二のもとを、元の相方の立川誠が訪ねてきた。

しかし、そのまま立川の行方は分からなくなり、今度はかつて笠原のスキャンダルを暴いた記者の片倉義昭が殺されるという事件が起きる。

笠原は行方不明になった立川を探すため、また自らに降りかかってきた記者殺しの疑いを晴らすためにも立川の行方を捜すのだった。

 

久しぶりに小気味のいい文章に出逢った印象でした。短文を重ね、リズミカルに繰り出される文章は私の感覚に合致するものでした。

というのも、日本のハードボイルド小説の第一人者の一人である『飢えて狼』などの作品で知られる 志水辰夫を思い出させるタッチだったのです。

ただ、 志水辰夫の文章は「シミタツ節」といわれるほどに情感があるのですが、本書の文章にそこまでのものは感じませんでした。

とはいえ、主人公の心象を追いかける場面などは読み手の気持ちに迫るものもあったと思います。

 

 

「猫は目だけを動かし、視線をよこした。」という文章から本書は始まります。本人の「格好いい小説を書きたい」という思いはかなり実現されていると私は思ったのですが、どうでしょう。

この一文で私の本書への期待は増し、そして、読み終えてからもこの作者に対する好感度は変わりませんでした。

 

ただ、ミステリーとしての本作品を見た場合、少々ストーリーをひねりすぎな印象と、設けられた動機が犯行に至るには弱すぎるのではないかという若干の危惧はあります。

読後に江戸川乱歩賞での選評を読んでみると、選者も同様の印象を持った人がいたようで、素人の私が思うことなので文章のプロは当然指摘するだろうと思ったものです。

とはいえ、『八月のマルクス』というタイトルに隠された意味など、素人ながらに感心したものです。

 

作者の 新野剛士が、本書『八月のマルクス』を書き上げたのはホームレス生活をしている最中だったそうです。

会社を失踪中に何か身につけようと江戸川乱歩賞を目指し、三度目の応募の本書『八月のマルクス』で受賞したと言うのですから、そもそもの地力があったのでしょう。

そのホームレス中に読んだ本が 藤原伊織の『テロリストのパラソル』などのの作品であり、先に述べた 志水辰夫だったそうです( 作家の読書道 : 参照 )。

 

 

共に私の大好きな作家であり、彼らを参考にした 新野剛士の作品が私の好みに合致するのは当然のことだったのです。

 

全体的に本書の持つ雰囲気が私の好みであり、他の作品も是非読んでみたいと思う作家さんでした。