時代の波に抗しきれず、「閉店が近いのでは?」と噂が飛び交う星野百貨店。エレベーターガール、新人コンシェルジュ、宝飾品売り場のフロアマネージャー、テナントのスタッフ、創業者の一族らが、それぞれの立場で街の人びとに愛されてきたデパートを守ろうと、今日も売り場に立ちつづける―。百貨店で働く人たちと館内に住むと噂される「白い猫」が織りなす、魔法のような物語!(「BOOK」データベースより)
第一幕「空を泳ぐ鯨」
第二幕「シンデレラの階段」
第三幕「夏の木馬」
第四幕「精霊の鏡」
幕 間
終 幕「百貨の魔法」
一言で言えば、夢想的であり、メルヘンチックな物語で、2018年本屋大賞にノミネートされた作品です。
例えば、第一幕「空を泳ぐ鯨」にまず登場する、幼い頃に親に捨てられた過去を持つエレベーターガールの松浦いさなは、従業員やお客の間でささやかれる「魔法の猫」の話について、もしそんな猫がいるのなら、「そうしたら、わたしは、『夢を信じる力』を与えて欲しいと願いたいな」とつぶやきます。
このような、美しいけれども現実味を欠いた言葉が全編にちりばめられていて、現実の日常生活からはかけ離れた、まさに「夢」の世界でのせつなさ漂う物語なのです。
第一幕「空を泳ぐ鯨」 星野百貨店の地下一階のホールにある噴水の周りに置かれたベンチに、焼け焦げたテディベアのぬいぐるみを抱え長い時間座っている一人の外国の女性がいました。エレベーターガールのいさなはその女性が気になり、たまたま居合わせた芹沢結子と共にその人の話を聞くのでした。
いさかいをした母親の形見であるぬいぐるみの補修を頼めるものか悩んでいたその女性を、いさなと星野百貨店の新任コンシェルジェの芹沢結子とで助けるのです。
第二幕「シンデレラの階段」 その昔、ヒット曲も持つとあるバンドのツインボーカルの一人だった、星野百貨店の地下一階にある百田靴店の咲子の物語です。彼女は、「夢でもいいから、もう一度歌いたい。」と願うのでした。
第三幕「夏の木馬」 別館にある高級贈答品を扱うフロアの責任者の、「執事のよう」と言われる佐藤健吾の物語です。健吾は幼い頃に父を亡くし、母には星野百貨店の屋上にある回転木馬近くのベンチに置き去りにされたという過去を持っていました。その彼が、一目母親に会いたいと願います。
第四幕「精霊の鏡」 別館二階の風早郷土資料室、通称資料室に詰めている早乙女一花の話です。一花は資料室にやってきたかつての片思いの相手である人気のイラストレーターTrinekoと、明日の花火大会を屋上で見る約束をしますが、丁度その時間に用事が出来てしまうのでした。
また、一花のメイクアップの手助けをした一階コスメカウンターリーダーの豊見城みほの物語も語られます。
「幕間」では、星野百貨店の創業者と思われる老人のベッド上での独白があり、終幕「百貨の魔法」では、ドアマンの西原保の話と、そしてこの物語の隠れた主人公とも言うべき芹沢結子の話になるのです。
これらの物語が、常に美しく、パステルカラーで描かれたファンタジーとして展開されています。
似たような、ファンタジックな物語で思い出したのが有川浩の『阪急電車』でした。阪急電車の今津線でのほんの十数分の間の出来事を各駅ごとの章立てで描き出した連作短編集で、ひと駅ごとに入れ替わる無関係の人々の人生を描き出してありました。
こちらはファンタジーではなく、魔法など全く関係のない話ではあり、本書『百貨の魔法』と比較すべき作品ではないのかもしれませんが、それでもなお人の心の温かさを、ぬくもりを描き出した物語としては、『阪急電車』の暖かさの方が私の心には響いたようです。
また、原田マハの『カフーを待ちわびて』も違う意味でのファンタジックな小説です。独り暮らしの明青が旅先で戯れに残した「嫁に来ないか」という絵馬を見たという女性との、白い砂と青い海の沖縄を舞台にした日本ラブストーリー大賞を受賞している作品です。
本書の正反対には平山夢明の『ダイナー』のような、エロスと暴力しか無いような作品もあります。こちらはまた本書とは逆の意味でのあり得ない世界の話ではありますが、それでもなお『ダイナー』に魅力を感じてしまう私でした。
もちろん、これらは個人的な好みの問題でありますから、本書を否定するものではありません。本書を評価する人、それも読書になれた書店員さん達が選んだからこそ本屋大賞のノミネート作品となっているわけで、その点では『ダイナー』を推す私の方が少数であります。
本書『百貨の魔法』は、上記の作品らとは異なる分野の物語であり、ファンタジーとして純粋に夢の世界を楽しむべきなのでしょう。でも、もう少し地に足がついていたら、パステルカラーだけではなくほんの少しでいいからアースカラーでも入れてもらえていたらと、そう思ってしまう作品でした。