イン・パラダイス

小田切可憐は、かつて公私ともにパートナーだった桜井勇気を交通事故で失って以来、希薄な人生を送っていた。現実から逃げるかのように、見合い同然で今の夫のもとに嫁ぎ、それなりによき妻として振る舞ってきた。そんな可憐の唯一の趣味がパチンコ。ホールのなかだけの、本名すらも知らない仲間たちとの、あっさりとした人間関係がなによりも居心地がよかった。ところが、そんな仲間の女性のひとりが自殺を遂げる。死の原因を探りにきた彼女の元夫は、死んだ桜井と瓜ふたつだった。可憐は、その元夫に惹かれる自分に疚しさを感じつつ、彼の素人捜査に付き合うのだった…。家庭、仕事、遊び、道ならぬ恋…自分たちの「楽園」を探して彷徨う現代女性を描いた社会派ミステリー。(「BOOK」データベースより)

 

平凡(?)な主婦が、趣味とするパチンコで知り合った仲間の自殺の謎を解こうと素人探偵として挑む物語です。

 

パチンコを唯一の趣味とし、パチンコホールで知り合った仲間たちとの他愛もない毎日をおくる小田切可憐。彼女は、かつて婚約者でもあった桜井とデュオを組みヒット曲も出していたのですが、桜井を交通事故で失うという過去を持っていました。

ある日、相談があると話しかけられたパチンコ仲間の永遠子の頼みを断ったその日に、永遠子は死んでしまいます。そのことに負い目を負っていた可憐は、永遠子の兄という、死んでしまった婚約者の桜井に瓜二つの男に心を騒がせ、共に永遠子の自殺の謎を探ろうとするのです。

 

この物語は可憐たちの行う永遠子の死の謎の追及が見どころとなっているのはもちろんですが、あわせて、可憐の桜井似の男に対する恋心と、若干オタク的な雰囲気を持ってる可憐の現在の夫の柾との夫婦というもののあり方、という複数の見どころがあるように思います。

女性目線でしか描けないであろう、かつての男と今の男の間で揺れる女心、と言ったところでしょうか。

一般的なミステリー作品では普通に起こるサスペンスフルな出来事は本作ではあまり起こりません。そういう意味では、普通の主婦の普通の生活の中で繰り広げられるミステリーだと言えるのでしょう。

ただ、過去のこととはいえ、ヒット曲を飛ばし生活に困らないだけの金を有している女を普通の主婦と言えるかは気になるところですが、そこは目くじらを立てるほどのものでもないと思われます。

私が読んだ作品には主婦が主人公のミステリーは思い浮かびません。ただ、 月村了衛の『ガンルージュ』がありました。ただ、この作品は、テロリストにさらわれた子供を助け出すために、今は普通に生活をしている主婦の秋来律子が、昔の凄腕工作員だった姿を取り戻し、ワケあり担任教師の渋矢美晴と共に誘拐犯との戦いに挑む、という話であり、サスペンスアクション小説ではあっても、主人公が普通の主婦であるミステリーとは言えないと思います。

普通の主婦を主人公としたサスペンスとして調べて見ると、勿論いくつか上がりますが、調べていく中でよく見る作品の一つに、柴田よしきの『PINK』という作品がありました。主人公の夫が、ある日を境に別人のようになってしまい、殺人容疑で逮捕までされてしまいます。「震災後の神戸を舞台に、愛の再生を描いた傑作長篇ミステリー。」との惹句があり、なかなかに面白そうです。

また、加納朋子の『七人の敵がいる』という作品も散見されました。「育児と仕事を何とか両立してきた、ワーキングマザーの陽子。息子の小学校入学で少しはラクになるかと思いきや、PTA・学童父母会・地域子供会などに悲鳴を上げる、想像以上に大変な日々が幕を開けた……。」との内容紹介の文言からすると、ミステリーというよりは惹句にある通りの「痛快子育てエンターテインメント」というべき作品のようです。

ちなみに、本書に出てくるパチンコのCR機とは、プリペイドカードに対応したパチンコ台のことだそうですが、でも実際はフィーバー台のように殆どギャンブルだった台のことを言っていたような気がします。私がパチンコにはまった遥か昔にはもちろんありませんでした。私がやめる頃に出始めたのではなかったでしょうか。

また、私がやっていた頃はホールも今のようにお洒落でもなく、女性でやている人はそれほど多くは無かったと記憶しています。

罪なき者よ、我を撃て

『結婚式を中止せよ。さもなくば、惨劇が起きる』。警備保障会社に勤める二ノ宮舜は、アダルトグッズ会社社長の義娘、風間小麦の警護を任された。社長夫妻が挙式した数時間後、同会場で花嫁が脳幹をライフルで撃ち抜かれ死亡する。式の後、小麦は舜の目をかいくぐり、義父の経営する工場に潜入しようとする。その翌朝、小麦の自宅に一発の銃弾が撃ち込まれた。江戸川乱歩賞作家入魂のボディガード・ミステリー!(「BOOK」データベースより)

本書は、二ノ宮舜というボディガードを主人公とするエンターテインメント小説ですが、この主人公は『エグゼクティブ・プロテクション』に出てきた女性ボディガード八木薔子の会社の同僚であるという設定です。つまりは、八木薔子シリーズオンスピンオフ、といったところでしょう。

本書雰囲気はどことなく大沢在昌の描くアクション小説の雰囲気を感じます。主人公がボディーガードということで、舞台の共通性を感じるからでしょうか。大沢在昌の作品世界ほどのアクション場面はないのですが、それでも本書でも発砲シーンはあり、主人公も銃器の知識はそれなりに有しています。


大沢在昌の小説に、「本名はもちろん、素性も不明な孤高のボディガード・キリ」という男を主人公とする『獣眼』という物語があります。残念ながら、ボディーガードというよりは普通のヒーローの活躍するアクション小説としての面白さはありましたが、それ以上ものではありませんでした。

ボディーガードという点では今野敏の『ボディーガード工藤兵悟シリーズ』のほうがより楽しめたかなという気はします。

ただ、ボディーガードをきちんと仕事として捉え、描き出したのは八木薔子シリーズの第二作目『エグゼクティブ・プロテクション』が一番で、仕事の内容面に至るまで緻密に描写してありました。本書は、そのスピンオフ作品として、八木薔子の物語よりもアクション性をまいたものとして描かれているのではないかと思います。

ただ、本書の場合、ボディーガードが脅迫状を出した犯人探しまで行います。本来であれば本来は警護対象者の安全を図ることが任務であり、犯人探しは警察の仕事である筈です。しかし、そこはフィクションとして許容範囲ということにしましょう。

ただ、今回の警護対象者とは偶然の出会いから始まります。小説の技法としてはあるのかもしれませんが、個人的にはこうした偶然は受け入れがたいのです。更には、高校生である警護対象者に、主人公が恋愛感情を抱くという点も受け入れにくいものでした。かりに認めるとすれば、恋愛に陥るだけの状況をきちんと描いて欲しかったと思うのです。

エグゼクティブ・プロテクション

トップランナー、真姫の警護を担当することとなったボディガードの八木は、自らの髪を金色に染め、ハイ・プロファイル・プロテクションを実施する。企業のイメージキャラクターとして、アスリートとして、涙を見せず気丈にふるまう真姫に、悲劇は襲いかかる。コーチが殺害され、あらぬ疑いをかけられた真姫を救うため、八木の率いる女性警護チームがあらゆる危険を排除すべく動いたが―『左手に告げるなかれ』の江戸川乱歩賞作家、渡辺容子が圧倒的なスピードとスケールで描く渾身のボディガードエンターテインメント。(「BOOK」データベースより)

本書は、位置付けとしては第42回江戸川乱歩賞を受賞した『左手に告げるなかれ』の続編ということになるのでしょう。ところが、前作での主人公八木薔子の職業は保安士、つまりは万引きGメンだったのですが、本書での八木薔子は女性ガードマンになっており、物語も主人公の職種が変わっているためか、アクション性を帯びたミステリーとでも言うべき物語になっています。

本書での警護対象者である真姫はマラソンランナーであり、さまざまな妨害や物理的な攻撃まで受けているのですが、あるとき彼女のコーチが殺されてしまいます。コーチは誰に、そして何故殺されたのかという謎を抱えながら物語は進み、真姫に対する妨害行為の裏には企業の思惑が絡んでいることが判明してきます。

ボディーガードの本来の職務からすると襲撃者に対する反撃などはもってのほかであり、まずは警護対象者を安全に逃がすこと、つまりは「逃げる」ことこそ職務だと聞いたことがあります。とすれば、必然的にアクション小説としての場面は後退せざるを得ないということでしょうか。それでも、やはりエンターテインメント小説としての面白さは損なわないように、うまく処理してあります。

本作品では、ボディーガードという職務の内容を、スタッフの動きまで描写しつつ、読者に分かりやすく描いてあります。本作では女性が主人公であるからこそ、真姫の心のうちまで配慮するガードを心がけるという特色を出していて、物語の持つリアリティーも満たし、読みごたえのある作品だと思いながら読みました。

どうもこの間の保安士からボディガードへの異動の話は短編集の『ターニング・ポイント』に記してあるようです。近いうちに読んでみましょう。


ボディーガードを主人公にした小説といえば 今野敏ボディーガード工藤兵悟シリーズという作品があります。傭兵として世界の戦場で戦ってきた経験を活かしてボディーガードを生業としている工藤兵悟の活躍は、アクションを得意とする今野敏らしい作品に仕上がっています。

また、 大沢在昌 にも腕利きのボディガード・キリを主人公とした獣眼という作品がありました。こちらは、大沢作品にしては若干キレがないかと思わせられる作品でした。しかし、読み手の好みに左右されるような気もします。

左手に告げるなかれ

「右手を見せてくれ」。スーパーで万引犯を捕捉する女性保安士・八木薔子のもとを訪れた刑事が尋ねる。3年前に別れた不倫相手の妻が殺害されたのだ。夫の不貞相手として多額の慰謝料をむしり取られた彼女にかかった殺人容疑。彼女の腕にある傷痕は何を意味するのか!?第42回江戸川乱歩賞受賞の本格長編推理。(「BOOK」データベースより)

八木薔子シリーズの一冊目であり、第42回江戸川乱歩賞を受賞した長編推理小説です。

主人公はスルガ警備保障に勤務する女性保安士、つまりは万引Gメンであり、スーパーで万引き犯をつかまえることを業としています。保安士になる前は大手証券会社に勤めていたのですが、不倫相手の妻に不倫をとがめられ、四百万円の慰謝料を支払い、勤めていた証券会社を辞めることになったという過去がありました。

本書は、その時の薔子の不倫相手である木島の妻が殺されたというところから物語が始まります。当然のことながら八木薔子の職場に二人の刑事が訪ねてきて昨日のアリバイを聞いてきます。そこで自らの無実を立証するためにも、自分で調査を始めるというものです。

幸いにも上司に理解があって、事件の調査にも便利な地域にある職場へ転勤させてもらい、また、事件の調査をしながらの勤務であるため本来の保安士の職務を十分行えていないことも大目に見てもらっています。

現実問題としてこのような仕事ぶりが認められるかは大いに疑問のあるところですが、素人の調査の補完要員として探偵を登場させ、八木の調査を手助けさせるなど、一応話の筋は通っています。

本書での、八木薔子というキャラクターは未だそれほどに個性のある存在とまでは至っていませんが、保安士という珍しい設定は面白く読みました。万引きという犯罪の実態、その手口、それに対する店側の対応、プロの万引きGメンとの駆け引きの実態など、かなり詳しく描写してあります。


同じ頃に読んだ小説に、深町秋生の『探偵は女手ひとつ』という作品がありました。こちらは女性私立探偵が主人公のハードボイルドだったのですが、この主人公もアルバイトとして万引きの取り締まりをも行うのです。この作品でも万引きの実態を少し触れてあったのですが、本書の説明には当然のことながらかないません。

本書の主人公八木薔子は保安士としての活躍は一応本書だけで、このあとはガードマンとしての活躍に移ります。未読なのでよく分かりませんが、保安士からガードマンへの異動の詳細は、シリーズ第三弾の短編集『ターニング・ポイント ボディガード八木薔子』に書いてありそうです。読んだらこの項も修正します。

なお、本書はフジテレビ系列の「金曜エンタテイメント」で天海祐希主演でドラマ化されています。