キラキラ共和国

ツバキ文具店は、今日も大繁盛です。夫からの詫び状、憧れの文豪からの葉書、大切な人への最後の手紙…。伝えたい思い、聞きたかった言葉、承ります。『ツバキ文具店』待望の続編。(「BOOK」データベースより)

 
本書『キラキラ共和国』は、2018年本屋大賞の第10位となった作品で、2017年本屋大賞で第4位となった小川糸の『ツバキ文具店』の続編です。

 

鎌倉で代書屋を営む主人公の鳩子はモリカゲさんと結婚をし、QPちゃんという五歳の女の子の母親となっています。モリカゲさんの店のこともあっていまはまだ別居生活ですが、鳩子の家の近くに店を移し、三人で鳩子の家で暮らすことになっています。

本巻でも、ほとんど目の見えないタカヒコという男の子のお母さんに対する感謝の手紙や、交通事故で死んでしまった身勝手な夫からの謝罪の手紙が欲しいという女性の依頼、離婚したい妻と別れたくない夫との双方から頼まれてしまった代書など、前巻と同じく、色々なお客の色々な人生のお手伝いのための手紙の代書をする鳩子の姿が紹介されています。

 

勿論心あたたまる話であり、感動的な挿話でもあります。しかし、今ひとつ心に迫りません。前巻を読んだ時のような胸を打つ印象はあまり無いのです。

それは、一つには前巻『ツバキ文具店』を読んだときは代書という仕事について知識は無かったため、その仕事自体に対する興味、関心が多いにあったことがあります。

加えて、本巻には鳩子と先代との心の交流についての描写がほとんど無いということが大きいと思います。

若い頃には分からなかった先代の厳しさ、鳩子に対する愛情が、自分が先代と同じ仕事をするようになって初めて分かるようになり、先代の心情を思いやることができるようになった鳩子の心の動きが、読み手にはかなり印象的に伝わったように思うのです。

それが本書では描かれてはいない、というよりも前巻で描いた事柄を再び描くことはできないのですから、それは仕方のないことなのです。ですが、小説としては物足りなく思ってしまいます。

たしかに、今回本書『キラキラ共和国』では、新しくミツローさんの家族と鳩子との、「家族」についていやでも感じさせられる出来事が次から次へとわいて出てきます。特に、ミツローさんの前の奥さん、QPちゃんのお母さんの面影がずっとつきまとう場面では、鳩子の心を思わずにはいられません。

でも、そうした新しい仕掛けがあるとしても、どうしても前巻の驚きはもうないのです。

残念ながら、本書の印象はそこに尽きると思います。

 

本書のポイントは、ミツローさんとQPちゃんとの新しい生活、新しい親子関係の構築にあるのでしょう。そのことは、ミツローさんの故郷の家族と関係でも言えることですし、更には男爵とパンティーとの結婚、妊娠という出来事にも表されていると思います。

いずれにしろ、本書は本書で個々と良い小説であることは間違いありません。ただ、前巻『ツバキ文具店』で感じた強烈な印象は本書では感じなかったのです。

そうすると、善人しかおらず悪人が全く出てこない本書のような平凡な日常を描く物語は、例えば 畑野智美の『ふたつの星とタイムマシン』がSFとしてのアイデアで読ませる作品であるように、何らかのプラスアルファがないと、読書にそれなりのインパクトを欲しがる私のような人間は物足りないと感じてしまうようです。

 

ツバキ文具店

ラブレター、絶縁状、天国からの手紙…。鎌倉で代書屋を営む鳩子の元には、今日も風変わりな依頼が舞い込む。伝えられなかった大切な人への想い。あなたに代わって、お届けします。 (「BOOK」データベースより)

2017年本屋大賞で第4位になった、一人の代書屋さんの日常を描いた心あたたまる長編小説です。

鶴岡八幡宮を左に見て鎌倉宮の方に二階堂川沿いに登っていくと「椿文具店」があります。この家に住む二十代後半の雨宮鳩子という女性は、若い頃は反発していた代書屋であった亡き祖母を先代と呼びながら、祖母の代書屋さんを継いでいるのです。

「代書屋」とは、本人に代わって書類や手紙等の代筆を行う職業を言います。

本書で主人公が営む「代書屋」さんには離婚の報告書やペットの猿を亡くした知人へのお悔やみ状、また自分は生きているとそれだけをかつての恋人に伝えたり、更には借金要請に対する断り状など様々な依頼があります。

本書の主人公の鳩子は、それらの依頼者の望み通りに、依頼の内容に応じた字体、文体で仕上げていくのです。勿論、手紙を書く上での作法もきちんとしていなければならず、そうした点もおこたりありません。本書では、そうした仕事の内容の実例を交えながら描写してあります。

つまりは手紙の代筆依頼であれば、依頼者の気持ちになり切って手紙の文章を考え、中身に応じた便せん、筆記具を選び、書体も変えて文章を書くのです。毛筆であれば墨の種類や墨の濃さまで考え、万年筆であれば万年筆事態の選択からインクの色までを考慮するとありました。

以上のような事柄が、主人公の雨宮鳩子という二十代後半の女性の日常を描く中で描いてあります。その様が、実にゆったりとした時間の流れに乗せられているのです。

その一例として本書冒頭の文章を挙げると、

「着替えをして顔を洗ったら、まずはヤカンに水を入れてお湯を沸かすのが朝の日課だ。その間に床を箒で掃いて、水拭きする。台所、縁側、お茶の間、階段と、順々に清める。 この時、必ず途中でお湯が沸くので、そこでいったん掃除の手を休め、お茶っ葉を入れたティーポットにたっぷりお湯を注ぐ。お茶を淹れている間、再び雑巾を手に床を磨く。」

ということになります。この文章のような雰囲気のままに物語は進みます。その上で、鳩子の隣人であるバーバラ婦人やパンティーという渾名の小学校教師の楠帆子、それに着物姿が粋な男爵らという登場人物との軽妙な人間ドラマが展開されているのです

主人公は、幼いころから祖母鳩子の手で厳しく育てられたのだそうで、友達が遊んでいるときも字の練習をしなければならない毎日で、後には祖母との確執を抱えるようになり、祖母の死に目にも会えないままでした。そうした鳩子も、先代を継いで日々の仕事をこなしていくうちに、次第に祖母の心に寄り添っていく自分に気がついていくのでした。

そのような祖母の気持ちが良く分かる心あたたまる挿話が、第三章にあたる「冬」の章の終り近くにあります。この場面は感傷過多に陥ることもなく、ある種俯瞰的に描き出してありこの本の一つの山場ともなっているところです。山場でもあり、小さな感動をもたらしてくれる場面でもありました。

これまで読んだ小説の中で本作品に似たタッチの作品をと探してみましたが、このジャンルの作品は私はあまり読んでいないこともあって、少なくともすぐには浮かびませんでした。


強いて言えば 中島京子の『小さいおうち』という作品でしょうか。

主人公であるタキという女中の、昭和という時代と主人である中島家の奥様への思いにあふれたこの作品は、本書とはタッチも物語展開自体もかなり異なります。ただ、主人公の女性が日常での出来事を、一方は中島家という他者について、他方は自分自身について、一人称で語るという点でのみ共通しているだけです。

この作品は山田洋次監督、松たか子主演で映画化され、第38回日本アカデミー賞で優秀作品賞他多くの賞を受賞しています。

中でも助演の黒木華は、第64回ベルリン国際映画祭で最優秀女優賞(銀熊賞)を受賞し、更には日本アカデミー賞で最優秀助演女優賞を受賞するなど、かなりの高評価を得た作品として仕上がっています。

ちなみに、本書『ツバキ文具店』は続編が書かれています。それは、『キラキラ共和国』という作品で、「前作よりも少しプライベートに迫ってみました」という著者の言葉もあるように、「登場人物たちとの関係を継承しつつ、鳩子自身の素顔がより深く描かれ、そして「あ、そうくるか!」という新たな関係が築かれ」ているそうです( SUNDAY LIBRARY 著者インタビュー : 参照 )。

また本書はNHKでドラマ化もされていました。私もほんの少しだけ見たのですが、事前に知っていた主演の多部未華子はイメージが違うような気がしていたものの、さすがは役者さんですね、上手いものです。思いのほかに見入ってしまいました。