『1947』とは
本書『1947』は、2024年1月に616頁のハードカバーで光文社から刊行された長編の冒険小説です。
斬首された亡き兄の復讐のために来日したひとりの英国軍人の行動を追った物語ですが、この作者の作品にしては珍しく冗長に感じてしまいました。
『1947』の簡単なあらすじ
1947年。英国軍人のイアンは、戦場で不当に斬首された兄の仇を討つため来日する。駐日英国連絡公館の協力を得つつ少ない手掛かりを追うが、英経済界の重鎮である父親ゆずりの人種差別主義者でプライドの高いイアンは、各所と軋轢を生む。GHQ、日本人ヤクザ、戦犯将校…さまざまな思惑が入り乱れ、多くの障害が立ちふさがる中、次第に協力者も現れるが日本人もアメリカ人も信用できない。イアンの復讐は果たされるのか?(「BOOK」データベースより)
『1947』の感想
本書『1947』は、1947年の東京、すなわち第二次世界大戦後のアメリカ進駐軍が統治している東京を舞台にした一人の英国軍人の復讐の物語です。
英米の政財界に顔が効く大富豪の父親の命で、日本軍の捕虜となった兄を斬首に処した男たちの命を奪い、証拠として体の一部を持ち帰る使命を帯びて来日した英国陸軍中尉の主人公イアン・マイケル・アンダーソンの姿が描かれています。
一言でいうと、本書はとてもよく調べられていて戦後日本の雰囲気を描き出してあると思いますが、分量として六百頁以上のものが必要だったのかという疑問が残りました。
とはいえ、本書が力作であることは間違いありません。本書の本文が611頁という長さももちろんそうですが、何よりも終戦後の日本の状況がとにかくよく調べられています。
そのことは、巻末に挙げられている参考文献の数の多さを見てもよく分かります。四十冊を超える書籍や地図、それに二編の学術論文・研究論文、そして十本にのぼるテレビ番組など、その量は膨大です。
読後に読んだこの作者長浦京の言葉を載せたネットの記事では、そうした資料を基に書かれたのが本書であり、もう一冊の大作『プリンシパル』なのだそうです。
『プリンシパル』は戦後日本を描き切る物語としてある程度の「スパンが必要」だったのに対し、本書は「日本を訪れた英国軍人の視点から描かれる小説」であり終戦直後のある一時期を切り取ったものになっている、というのです( no+e : 参照 )。
ただ、確かに本書『1947』は大作でありよく調査されている作品ですが、長浦京の作品にしてはテンポがよくないと感じ、この作者の力量があればこれほどまでの頁数は要らないと思ったのです。
本来、長浦京の作品はもう少し展開が早く、仮に600頁を越える作品だったとしてもその長さを感じさせない筈だと思うのですが、本書に関しては少なくとも中盤あたりまでの印象では冗長に感じてしまいました。
もしかしたら登場人物が多く、関係性を理解するのが難しいこともそう感じた原因なのかもしれません。
主人公は連合国の一員であり戦勝国ではありますが、日本の戦後の占領政策に関してはアメリカに後れを取っているイギリスの軍人のイアン・マイケル・アンダーソン陸軍中尉です。
彼の父親は爵位も無く、貴族の血筋でもありませんが金の力で英米の政財界を動かし、戦後日本を統治している連合国最高司令官総司令部(GHQ)にも顔が利く存在です。
主人公のイアンは、そのGHQの民生局次長チャールズ・ルイス・ケーディス大佐と参謀第二部部長チャールズ・アンドリュー・ウィロビーとの対立に振り回されることになります。
また、イアンの狙う兄の殺害犯は、旧日本陸軍の権藤忠興中佐、五味淵幹雄中佐、下井壮介一等兵の三人ですが、他にも竹脇祥二郎、松川倫太郎、そしてヤクザの胡喜太(ホ・フイテ)などがイアンの前に立ち塞がったり、また助け合ったりするのです。
イアンの通訳である潘美帆(パン・メイファン)や五味淵の娘の五味淵貴和子、それに下井壮介の娘の下井まゆ子などが物語に花を添えると共に重要な役目を果たしいています。
他にも多くの人物が入り乱れて登場しますが、その上、「ハーディング密約」や「司馬計画」などの約定、「ハ一号文書」なる文書が登場したり、GHQと権藤忠興との奇妙な関係など浮上したりと、本来は単なるの復讐目的の来日であった筈のイアンを巻き込んでいくのです。
こうして物語は伝奇小説のような展開になるのですが、本書は決して荒唐無稽な伝奇小説ではなく現実に根を張った正統派の冒険小説として仕上がっています。
また、この作家の特徴であるアクション場面ももちろん充実していて、そうした場面ではやはり読者を飽きさせることはありません。
そういう意味では本書はさすが長浦京の作品であり、面白くない筈がないのですが、六百頁を越える分量を引っ張るだけの魅力があるかといえば、否定せざるを得ません。
ですから、戦後占領政策に関心がある人など、人によっては冗長と感じるまでもなく面白いという評価を下すことになるかと思われます。
本書『1947』は、そうした微妙な評価になるかと思われる作品でした。