奥祐筆立花家で、病弱な義姉とその息子の世話を献身的にしている寿々は、義兄・倫仁への思慕を心に秘めていた。が、そんなある日、立花家に大事件が起こり、寿々は愛するものを守るために決意する…(「花あらし」)。心に修羅を抱えながら、人のために尽くす人生を自ら選ぶ女性を暖かい眼差しで描く表題作他、こころの琴線に静かに深く触れる全五篇。瀬戸内の武家社会に誇り高く生きる男と女の切なさ、愛しさを丹念に織り上げる、連作時代小説シリーズ、待望の第三弾。(「BOOK」データベースより)
「いざよふ月」
二十歳の雪路が後沿いとして嫁いだ十九も歳の違う嶋村鞆音(しまむらともね)は、雪路が二十四歳のとき落馬して絶命してしまう。それから二年、明日は嶋村の嫡男裕一郎が嫁を迎える日だった。
「平左曰う」
武具方御弓組の脇田平左衛門は、酒さえ入らなければおおらかな性格の好人物であった。しかし酒が入ると別人のように曰(のたま)い始めるのだ。
「花あらし」
奥祐筆立花倫仁(たちばなみちひと)はとある事情で腹を切ることになった。そのとき妻の萩乃は、そして、義姉の萩乃とともに下女として立花家へきていた寿々はいかなる行動をとるのか。
「水魚のごとく」
杉浦甚内は、出奔してしまった布施威一朗の妻華世を娶り、威一朗の子小百合をも自らの子として育てていた。ところが、華世亡き後、小百合の夫が殺されてしまうのだった。
「椿落つ」
保坂市之進の家の離れには、育ての親とも言うべき大祖母槇乃と保坂本家の伯母加世が共に暮らしていたが、槇乃には誰にも言えない秘密があった。
この連作時代小説シリーズと銘打たれている物語は、今井絵美子という作者の丁寧な筆の運びがあって、女性らしい目線で情感豊かに、しかしながら緊張感をもって描かれている作品群です。その点でこの作者の他の作品群と異なっている気がします。
市井に暮らす普通の人々を描いている『立場茶屋おりきシリーズ』や『夢草紙人情おかんヶ茶屋シリーズ』のような長屋もの(?)のような作品では、本書のような張りつめた雰囲気はありません。それは、本シリーズに描かれている人たちが武家社会に生きる女たちであること、耐えるということが日常である人々を描いていることからくるのでしょう。
確かに、『立場茶屋おりきシリーズ』でも四季の移ろいを背景に情感に溢れた描き方をしていますが、本書の場合は物語の背景に常に緊張感があります。
それは「水魚のごとく」などに如実に表れています。描かれている内容はシリアスだからこそ、語り口は意図をもってユーモラスにしているのでしょうが、語られない結末は張りつめたものを感じさせます。
だからこそと言っていいものか、「平左曰う」のようなユーモアに満ちた話で救われる部分もあります。
この作者の近頃の作風として、少々説明口調になっているところが気になっていました。そういう点もあって少々遠ざかっていたのですが、本書は初期の作品でもあるからかそうした点は無く、私の好きなタッチで描かれている作品です。
瀬戸内に面した小藩を舞台にした『鷺の墓』、『雀のお宿』そして本書と続くこのシリーズは、保坂市之進や白雀尼などの登場人物が折に触れて登場します。出来れば順番に読んだ方がいいかもしれません。そうでなくても、個別の物語は独立しているので気にしないで読むことはできると思います。
耐える女性、強いからこそひっそりと耐える女性を静かに描き出している作品集です。女性目線の時代小説作品を挙げるときには必ず挙げられる作品だと思います。