プロジェクト・ヘイル・メアリー

プロジェクト・ヘイル・メアリー』とは

 

本書『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は2021年12月に上下二巻、山岸真氏の解説まで入れて全638頁のハードカバーとして刊行された、長編のSF小説です。

あの『火星の人』の著者が『火星の人』で見せたと同様に、科学の基本を守りながら論理的な思考を展開させて自らが置かれた苦境を打破してゆく、SFらしいSF小説です。

 

プロジェクト・ヘイル・メアリー』の簡単なあらすじ

 

人類の希望は、遥か11・9光年の彼方――。
たったひとりの冴えた相棒と、謎の解明に挑む!

未知の地球外生命体アストロファージ――これこそが太陽エネルギーを食べて減少させ、地球の全生命を絶滅の危機に追いやっていたものの正体だった。
人類の英知を結集した「プロジェクト・ヘイル・メアリー」の目的は、ほかの恒星が光量を減少させるなか、唯一アストロファージに感染していないタウ・セチに赴き、その理由を探し出すことだ。
そして、〈ヘイル・メアリー〉号の乗組員のなか、唯一タウ・セチ星系にたどり着いたグレースは、たったひとりでこの不可能ミッションに挑むことになるかと思えた……。

2021年アメリカでの発売以来、NYタイムズをはじめ様々なベストセラー・リストに挙がり、ライアン・ゴズリング主演で映画化が進行中の、ファースト・コンタクトSFの新たな金字塔。(Amazon内容紹介)

 

プロジェクト・ヘイル・メアリー』の感想

 

本書『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は、『火星の人』で一躍時の人となったアンディ・ウィアーの第三作目の小説で、まさに空想科学小説というにふさわしい物語です。

 

 

本書に関しては、できればまったく前提知識なしで読んでほしいと思います。そうすれば、思いもかけない展開が突然舞い込んできて、SF作品で言われる「センス・オブ・ワンダー」という感覚を十分に堪能することができると思うからです。

私自身がアンディ・ウィアーの新刊が一年近くも前に出ていたこことに気付かず、何も知らないままに直ぐに借りて読み進め、特に本書序盤の意外な展開に予想を裏切られつづけたので一段とそう思うのでしょう。

本書の感想を書こうとすると内容に触れないわけにはいきませんが、できれば本書はその内容を全く知らないままに読んでもらいたいのです。

とはいえ、ネット上にはネタバレ的な解説も見られ、何より上記「内容紹介」にもほんの少しのネタバレが書かれているので何をいまさら、ということではあります。

本当は上記の「内容紹介」すら読まずに読んでもらいたいのですが、それは仕方ありません。

できるだけネタバレをしないように感想を書くつもりではありますが、全く本書の内容に触れないわけにもいかないので、できればこのまま本稿を閉じてもらい読後にあらためて本稿を読み直してもらえればと思います。

 

ということで本書『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の感想に戻りますが、あの『火星の人』の著者が、滅亡の危機を迎えた人類救済のために他の恒星へと飛び立った一人の男ライランド・グレースの姿を描き出したSFの魅力満載の作品です。

まず、主人公が目が覚めるところから物語が始まるのですが、自分はだれか、ここはどこかなど全く記憶がありません。

そのうちに少しずつ記憶を取り戻していくのですが、その過程がまた読ませます。

かすかな手掛かりをもとに自分の置かれている現状を少しずつ思い出していき、思い出した範囲で過去の状況が描かれ、現在に至る状況が少しずつ示されていくのです。

 

本書は人類の破滅という究極の災厄をテーマにしているのですが、その災厄の原因が太陽のエネルギーを消費する生命体の“アストロファージ”にある、という設定がまずSFです。

その“アストロファージ”を退治するために他の恒星へと赴くのですが、その後の展開が予想を裏切るまさにSF的展開そのものでした。

その後、人類に危機をもたらした原因である“アストロファージ”の持つ特性を利用して問題の解決を図ろうとするアイディアがユニークであり、いかにもアンディー・ウィアーの物語です。

ほかにも、SF的仕掛けが満載であり、そこらのことは読んでもらうしかありません。

 

作者のアンディ・ウィアーの作品は、『火星の人』がそうであったように、現代の科学的な知見をもとに、直面している問題を論理的に解決していくその過程に惹かれます。

付け加えれば、そこに作者独特のユーモアが散りばめられていて、主人公の頭脳に加え、困難に直面してもへこたれない、ユーモアに裏付けされた強靭さが魅力だと思っています。

本書『プロジェクト・ヘイル・メアリー』においてもそのことは同様であり、たった一人取り残された分子生物学者である主人公がその頭脳を駆使して、直面する様々な問題をユーモアを交えながらクリアしていく姿があります。

また、この作者の作品らしく、物語の進行に伴って発生する様々な問題を乗り越えていく主人公の姿が描かれていくのですが、そうした驚きは最後の最後にまで用意されています。完全に読了するまで気を抜かないことをお勧めします。

 

タイトルの「プロジェクト・ヘイル・メアリー」とは人類の危機を救うために作られた宇宙船の名前であり、本書での物語の半分以上はこの船の中での物語です。

残りの大半が主人公ライランド・グレースの回想の形で語られる人類の危機が発覚してからの地球での出来事が語られています。

ちなみに、「ヘイル・メアリー」という言葉は英語であって、ラテン語の「アベ・マリア」にあたるそうで、アメリカン・フットボールでの「神頼み」という意味を持つ言葉だそうです。

また、ライアン・ゴズリングを主役として映画化が進行中だそうです(以上、本書「解説」より)。

アルテミス

人類初の月面都市アルテミス―直径500メートルのスペースに建造された5つのドームに2000人の住民が生活するこの都市で、合法/非合法の品物を運ぶポーターとして暮らす女性ジャズ・バシャラは、大物実業家のトロンドから謎の仕事の依頼を受ける。それは都市の未来を左右する陰謀へと繋がっていた…。『火星の人』で極限状態のサバイバルを描いた作者が、舞台を月に移してハリウッド映画さながらの展開で描く第二作。( 上巻 : 「BOOK」データベースより)

ジャズがトロンドから依頼された仕事は、企業買収が絡んだ破壊工作だった。普段の運び屋仕事と違う内容に戸惑うジャズ。だが、彼女は破格の報酬に目がくらみ、仕事を引き受ける。溶接工を父にもち、自らも船外活動の心得があるジャズは、友人の凄腕科学者スヴォボダの助けを借り、ドーム外での死と隣り合わせの作業計画を練っていく。地球の6分の1の重力下での不可能ミッションを描く、傑作サスペンスSF。( 下巻 : 「BOOK」データベースより)

ベストセラーSF小説『火星の人』の著者アンディ・ウィアーの第二作目の作品であり、文庫版で上下二巻となる長編SF小説です。

前作『火星の人』はリドリー・スコット監督のもと、マット・デイモン主演で「オデッセイ」というタイトルで映画化もされましたが、本作も米20世紀フォックスで映画化の予定があるそうです。
 

 

今回の舞台は月です。アームストロング、オルドリン、コンラッド、ビーン、シェパードという五人の宇宙飛行士の名前が付けられたバブルと呼ばれる五つの球体から構成される、直径五百メートル内に収まる月面の街、アルテミスを舞台としています。

 

本作も、前作同様に、技術的側面の解説が一般素人にも分かりやすく為されています。それは一般素人も理解できる、ということではないのですが、少なくとも素人も理解できたように感じることはできます。

例えば、物語の根幹に関わることでもあるのですが、月にはそこらに転がっている灰長石から、アルミニウムを精錬する過程で大量の酸素を得ることができるそうで、アルテミスはこの酸素で生活しているのです。

そして、アルテミスでは地球とは異なり、得られた純粋の酸素を使用しています。ただ、気圧が二十パーセントにしてあることで適正な酸素量になるというのです。ただ、水の沸点が六十一度と低くなり、珈琲も紅茶もその温度で飲むしかありません。

このように、『火星の人』でもそうだったように、舞台設定や技術的な解説を分かりやすく物語の中に織り込むことがこの作者の最大の特徴だと思います。そしてその知識を分かりやすいストーリーの中にはめ込んでいくのです。

 

それは物語の傾向は全く異なりますし、かなり誉めすぎとも思うのですが、『夏の扉』という作品のように、ハインラインの小説が専門的な知識を分かりやすく説明しながらも面白い物語を紡ぎだしている作業にも似ています。ただ、本作品のほうがより説明的だとは言えます。そこが小説の作り方の違いなのでしょう。

 

 

一方、そうした説明を全くしないままに物語を進めていく作家もいます。例えば、『火星の人』の頁でも書いた作品のほかに、アン・レッキーの『叛逆航路』という作品は、まさにSF的な荒唐無稽なアイデアをちりばめていながら全くその説明はありませんでした。小説を読み進む中で物語の舞台設定や小道具の意味などすべて読みとらねばならないのです。

戦艦の人工知能が同時に複数の人間の体を得て動き回ったり、帝国の皇帝も同様に数千体の身体を持っていたり、登場人物の性別を考慮していない社会であったりと、現実的な発想ではついていけない物語です。

 

 

そしてまた、日本にも月を舞台にしたハードSFがあります。それは小川一水の『第六大陸』という作品で、民間企業による月面開発計画の様子をリアルに描き出した秀作です。文庫本で二巻になる作品ですが、かなりの読み応えがあった作品です。

 

 

ともあれ、本書は読者にとっての理解のための豆知識をちりばめながら物語が進みます。

主人公のサウジアラビア生まれ、アルテミス育ちの二十六歳であるジャズことジャスミン・バシャラは明晰な頭脳を持ちながらも、無鉄砲な性格で厳格な父親とも喧嘩別れのまま、独り暮らしをしています。

そのジャズが月の実業家トロンド・ランドヴィクからある仕事の依頼を受けます。高額の報酬が約束されたその仕事は、アルミニウムを精錬しているサンチェス・アルミニウムの灰長石収穫機の破壊工作でした。

この仕事を受けたことから、ジャズは地球の巨大犯罪組織との対決を余儀なくさせられることになるのです。

 

前作『火星の人』と異なるのは、今回は一人で行動するのではなく、仲間がいるということです。仲間の手助けを得ながら自らが犯した犯罪行為に起因するアルテミスの危機を救うことになります。

途中、ジャズに違法行為を依頼した実業家トロンドが殺され、犯人につながる手掛かりを持つであろう人物に会いに行けばそこには殺し屋がいて殺されかけたり、月面を動き回りながら建築物を破壊したりと、今回の主人公ジャズは、サスペンスフルなストーリーの中でアクション満載に動き回るのです。

 

月という地球の六分の一しかない重力のもとでのアクションがどのようなものなのか、勿論物語の中ではそれなりに説明してはあるのですが、映像化された場合の表現が楽しみです。既に決まっている二十世紀FOXでの映画化での映像表現を早くみたいと思います。

 

また、作者の言葉によると月面の街アルテミスを舞台にした物語を書いていきたいとのことです。映画も勿論、この作者の次の物語にも期待したいと思います。

ちなみに、この文章を書いているときにテレビのニュースで、ファッション通販サイトZOZOTOWNを運営するスタートトゥデイの代表取締役社長の前澤友作氏が月を周回する旅へ参加するとの発表を見ました。

実にタイムリーであり、本書のような物語もそう遠い将来の話ではないことを見せつけられた気がしました。

火星の人

本書『火星の人』は、火星に一人取り残された男が、たった一人で生き抜く姿を描いた長編のSF小説です。

久しぶりにリアリティにあふれた、SFらしい面白さにあふれたSF小説を読んだという実感です。

 

有人火星探査が開始されて3度目のミッションは、猛烈な砂嵐によりわずか6日目にして中止を余儀なくされた。だが、不運はそれだけで終わらない。火星を離脱する寸前、折れたアンテナがクルーのマーク・ワトニーを直撃、彼は砂嵐のなかへと姿を消した。ところが―。奇跡的にマークは生きていた!?不毛の惑星に一人残された彼は限られた食料・物資、自らの技術・知識を駆使して生き延びていく。映画「オデッセイ」原作。( 上巻 :「BOOK」データベースより)

火星に一人取り残されたマーク・ワトニーは、すぐさま生きのびる手立てを考え始めた。居住施設や探査車は無事だが、残された食料では次の探査隊が到着する4年後まで生き延びることは不可能だ。彼は不毛の地で食物を栽培すべく対策を編みだしていく。一方、マークの生存を確認したNASAは国家を挙げてのプロジェクトを発動させた。様々な試行錯誤の末、NASAが編み出した方策とは?宇宙開発新時代の傑作サバイバルSF。( 下巻 :「BOOK」データベースより)

 

著者のアンディ・ウィアーは本書『火星の人』が始めて書いた小説で、当初はネットでWEB小説として発表されたものが高い人気を博し、出版されるにいたったものだそうです。

物語は、火星探査中に砂嵐に襲われ仲間がみんな火星から退避する中、風に飛ばされ一人火星に取り残されたマーク・ワトニーが、如何にして生き延びたかを描き出したものです。

本書の見どころは、何と言っても主人公の生き延びるための智恵を目に見える形で見せているところでしょう。

自分一人が再度の火星探査計画まで四年間を生き延びるためのカロリー数、酸素量などを簡単な数式で導き出し、その数値を確保するために例えば手元にあった芋を種芋としてこれを育てるところから始まりす。

すべてが同じように読者に考え方から分かりやすく説明をし、かつそれを実行していきます。そしてついには無線が壊れているにもかかわらず地球との交信まで成功させるのです。

 

主人公の置かれた環境や行動の意味を読者に分かりやすく示す、という本書『火星の人』の手法と真逆の手法をとる作品もあります。

例えば、結城充考 の『躯体上の翼』もそうでした。「佐久間種苗」という会社に事実上支配されているという舞台設定も、また「炭素繊維躯体」のような個々の言葉の意味についても何の説明も無いままに話は進みます。下手をすれば読者はおいて行かれるのでないかという心配すらしてしまいます。

 

 

また、無機質であった『躯体上の翼』とは真逆の、有機体の質感で覆われた酉島伝法の『皆勤の徒』もそうでした。

表題作が第二回創元SF短編賞を受賞した全四編の短編集ですが、文章そのものが造語で成り立っており、その造語の意味も、臓物感満載のその世界観にしても何の説明も無いのです。多分、この作家の作品に慣れれば面白いとは思うのですが、とても馴染みにくい作品でした。事実、この作品集の根底にある世界観自体は私の好みに近いものがありました。

 

 

話を本書『火星の人』に戻すと、本書の魅力の一つに主人公のキャラクターがあります。一人火星に残されているにもかかわらず、とても前向きであり、そして明るいのです。

ひとり取り残された事故から一夜明けたときは「さてと、ひと晩ぐっすり眠ったら、状況はきのうほど絶望的ではないような気がしてきた。」という言葉から始まります。

そして「ぼくはずっと、どうすれば生きのびられるか考えてきた。けっして完全に絶望的な状態ではない。約四年後にはアレス4が到着して、火星に人間がもどってくる。」と前向きに考え、先に述べたように、自分が生き残るために必要な計算を始めます。

また、取り残された火星上でとある事故にあったときも「エアロックは横倒しになっていて、シューッという音がずっときこえている。だから、空気が漏れているか、蛇がいるかどっちかだ。どっちにしても困った状況だ」という軽口で描写してあります。

このように、ユーモア満載で語られる本書の文章は、とても温かい気分で読み進めることができるのです。

 

火星で一人いる時のワトニーは、ログという形の記録として語られていて、ユーモラスです。それに対し、NASAの様子などを記すときは三人称であり、実に緻密に緊迫感に満ちた様子を描写してあります。

この『火星の人』という作品は、マット・デイモンを主人公に、リドリー・スコットという巨匠を監督として『オデッセイ』というタイトルで20世紀フォックスで映画化されました。監督の手腕もさることながら、火星を舞台にしたこの映画は見ごたえのある作品として仕上がっており、SF画がファンの私としてはかなり喜んだものです。