『ブレイクショットの軌跡』とは
本書『ブレイクショットの軌跡』は、2025年3月に早川書房から584頁のソフトカバーで刊行され、第173回直木賞の候補作となった長編小説です。
600頁近くというかなり長い作品で、描かれている内容は現代日本のいくつもの否定的な様相が複雑に描かれているものの、その見事なストーリー構成や明るさを見据えた視点は読者を惹きつけて離しません。
『ブレイクショットの軌跡』の簡単なあらすじ
底が抜けた社会の地獄で、あなたの夢は何ですか?自動車期間工の本田昴は、Twitterの140字だけが社会とのつながりだった2年11カ月の寮生活を終えようとしていた。最終日、同僚がSUVブレイクショットのボルトをひとつ車体の内部に落とすのを目撃する。見過ごせば明日からは自由の身だが、さて…。以後、マネーゲームの狂騒、偽装修理に戸惑う板金工、悪徳不動産会社の陥穽、そしてSNSの混沌と「アフリカのホワイトハウス」-移り変わっていくブレイクショットの所有者を通して、現代日本社会の諸相と複雑なドラマが展開されていく。人間の多様性と不可解さをテーマに、8つの物語の「軌跡」を奇跡のような構成力で描き切った、『同志少女よ、敵を撃て』を超える最高傑作。(「BOOK」データベースより)
『ブレイクショットの軌跡』の感想
本書『ブレイクショットの軌跡』は、現代日本が抱える種々の問題を章ごとに描き出しながら、作者の卓越した構成力により物語の破綻を見ることなくまとめ上げてある、読み応えのある作品です。
本書ではプロローグとエピローグでの一つ、四つのアフリカのパートで一つ、それに六つの章の物語の都合で八つの物語が語られています。
それらの物語は一見しただけではそれぞれに独立しているように見えながら、全体として壮大な一つの物語として成立しているのです。
その上で、細かな伏線が物語の冒頭のプロローグからから張りめぐらされており、それらが最終的に丁寧に回収されていく様は実に小気味いいものになっています。
例えば、これくらいはネタバレにもならないと思われるので書きますが、最初の間奏の「アフリカのホワイトハウス」での「ホワイトハウス」と名付けられた車の存在自体にも仕掛けが施されています。
それぞれの個別の物語は、この作者らしいよく調べられた細密さを持って描かれ、緻密なリアリティを持った物語として成立しています。
それは自動車期間工の物語であり、また板金工の話であり、投資会社や不動産会社、ユーチューバーたちなどの物語です。
その緻密さは投資に関しての情報であり、投資詐欺についての手法の話であって、読者の関心を細かくひきつけて物語の背景を詳細に構築し、話にリアリティを持たせるのです。
その話は細かなところで登場人物が重なっていたり、同じ事柄を視点を変えた話であったりと、まるで連作短編集のような印象でもあるのですが、その全てが一つの物語です。
先に書いたように、個々の話で語られる情報の緻密さはそれだけでも関心を抱きます。
その描写の様子は、「犯罪」の考察から「社会」という存在自体への考察も含み、読書の途中ではその情報量の多さから、第13回山田風太郎賞や第168回直木賞をを受賞した小川哲の『地図と拳』などの作品を思い出していました。
ただ、本書はこの作品ほどの難解さはありませんし、また読みやすい作品です。
そして、その全てを通じて関連してくるのが「ブレイクショット」という車の存在です。
「ブレイクショット」という車はまるで先日読んだ池井戸潤の『BT'63』に出てくるBT21号のように物語に絡んできます。
ただ本書の場合はBT21ほどにはホラーチックでもないし物語に絡んでもきません。
何よりも「ブレイクショット」は架空の車種である点が全く異なります。ただ、私が読書したタイミングで続けて車が鍵となる物語だったことに驚いただけです。
