同志少女よ、敵を撃て

同志少女よ、敵を撃て』とは

 

本書『同志少女よ、敵を撃て』は2021年11月に出版され、収められている「アガサクリスティー賞選評」まで入れて全部で492頁もある長編の戦争冒険小説です。

戦争小説でありながらも、青春小説でもあり、またアクション小説でもあって、さらには一人の少女の成長する姿を描く物語でもある作品と言えます。

また本書は2022年本屋大賞や第11回アガサクリスティー賞大賞を受賞し、さらには第166回直木賞の候補作にも選出された非常に読みごたえのある作品でした。

 

同志少女よ、敵を撃て』の簡単なあらすじ

 

1942年、独ソ戦のさなか、モスクワ近郊の村に住む狩りの名手セラフィマの暮らしは、ドイツ軍の襲撃により突如奪われる。母を殺され、復讐を誓った彼女は、女性狙撃小隊の一員となりスターリングラードの前線へ──。第11回アガサ・クリスティー賞大賞受賞作。(出版社より)

 

母エカチェリーナと一緒に狩りから帰る途中に高台から自分たちの村を見ると、ドイツ兵によって村人が皆殺しにされようとしているところだった。

抱えていた猟銃でドイツ兵を撃とうとする母エカチェリーナだったが、逆にドイツの狙撃兵によって頭を撃ち抜かれてしまう。

ドイツ兵に捕らえられたセラフィマは、母親を撃ったイェーガーという名の男に殺されようとする寸前、ソ連兵により助けだされる。

その一団を率いていた赤軍の女性イリーナに、「戦いたいか、死にたいか」と問われたセラフィマは、イリーナの所属する狙撃兵の育成学校へと連れられることになるのだった。

 

同志少女よ、敵を撃て』の感想

 

本書『同志少女よ、敵を撃て』は、第二次世界大戦のソヴィエト戦線、それも悲惨な戦争の舞台としても有名なスターリングラード攻防戦などを主な舞台とした戦争冒険小説です。

猟師であった母親や村の仲間の全員をドイツ兵に殺された一人の少女が、母親を撃ち殺した兵隊に復讐すべく狙撃兵として成長していく様子が描かれています。

 

本書『同志少女よ、敵を撃て』の主人公の少女はセラフィマという名で、彼女を狙撃兵として育て上げる人物が狙撃兵を育てる訓練校の教官であるイリーナでした。

そして、セラフィマと共に狙撃兵になるべく学ぶ生徒としてモスクワ射撃大会の優勝者であるシャルロッタ、カザフ人の猟師であったアヤ、最年長の生徒でありママという愛称で呼ばれたヤーナ、そしてウクライナ出身のコサックであるオリガがいます。

他に、看護兵として行動を共にするターニャや、スターリングラードで共に闘った第十二歩兵大隊長のマクシム、同隊の狙撃兵ユリアン、兵士のフョードルなどがいます。

また歴史上実在した狙撃兵としてリュドミラ・パヴリチェンコヴァシリ・ザイツェフ、それに後に第一書記・首相となったフルシチョフらの名前も出てきます。

 

本書『同志少女よ、敵を撃て』では戦争そのものの悲惨さが描かれているのは勿論ですが、第二次世界大戦でのソヴィエト戦線での女性の存在に焦点が当てられています。

それは、戦争下での女性の位置付けという普遍的な問いかけにもなっているのです。

そもそも、それまでの戦争では後方支援は別として女性が前線で戦うことは殆どなかったそうですが、本書で描かれている第二次世界大戦下でのソヴィエト軍では多くの女性兵士が男性同様に前線で戦ったそうです( ソ連の女性兵士はなぜ、スカートで戦ったのか? : 参照 )。

本書で描かれているような女性だけの狙撃兵部隊も旧ソヴィエト軍には実在していたそうで、「約2000人のロシア人女性が狙撃兵として軍に入隊した」のだと言います( 1万2000人をも狙撃 : 参照 )。

 

本書『同志少女よ、敵を撃て』における戦争の描き方ですが、かつてはよくあった敵国は残虐で悪であり自国はそれを正す善であるという単純な描写ではなく、ソヴィエトとドイツ双方の正義が示されていて、互いの憎しみ、少なくとも一般国民や最前線で戦う兵士たちの戦う理由をそれぞれの立場で描いてあります。

もちろん、セラフィマたちにとってはドイツは家族や仲間を殺した悪であり、それに対する復讐心が自らを生かす原動力になっています。

そして、セラフィマたちが狙撃兵の仲間と共に過酷な訓練に耐え、人間性を少しずつ失っていくさまが描かれます。

単純に必要に迫られて動物を撃っていたセラフィマが、狙撃兵として「敵を殺すという明確な意志を持つ」ことが兵士と猟師とを分かつものだと自覚し成長していきます。

仲間を守り、女性を守り、復讐を果たすために自分はフリッツを殺すというセラフィマが、笑いながら敵兵を撃った自分が怪物に近づいてゆくという実感を描く場面は秀逸です。

 

このような過程で、例えばオリガの出身がウクライナのコサックであり、コサックが自己武装した遊牧民として帝政ロシアで帝国に仕える軍事集団として扱われていたことなどが語られます。

また、射撃および砲撃の照準に用いられる「ミル」という単位などの説明もあり、このミルを用いての訓練の様子も描かれています。

こうした細かな知識は本書で語られる物語に少しずつリアリティーを与えていきます。

 

ここで狙撃手を主人公にした小説と言えば、スティーヴン・ハンターの『極大射程』(扶桑社ミステリー)をまずは思い出します。

ボブ・リー・スワガーというベトナム戦争の名を成した狙撃手を主人公とした冒険小説で、のちに『スワガー・サーガ』として父親が主人公となる『アール・スワガー・シリーズ』と合わせた一大シリーズを構成している作品です。

マーク・ウォールバーグ主演で映画化もされていますが、原作はトップクラスの面白さをもっていたものの、映画は普通の出来だったと覚えています。

 

 

他には、実際にあったフィンランドとソビエト連邦との間の「冬戦争」をモデルとした一人の女狙撃手の姿を描く長編の戦争小説である柳内たくみの『氷風のクルッカ』や、和田竜が描く、雑賀衆の少年、雑賀小太郎の狙撃手としての腕をめぐる長編の時代小説である『小太郎の左腕』などが挙げられます。

しかし、これらの作品は本書とは異なり冒険小説の色合いが強かったり、エンターテイメント色が強かったりと、本書とはその趣をかなり異にするようです。

 

 

ちなみに、本書で戦いの舞台となるスターリングラード攻防戦については、ジュードロウが主人公の狙撃手を演じた「スターリングラード」という映画がありました。

内容はほとんど覚えていないものの、ジュードロウの姿だけを覚えています。

 

 

同時に、須賀しのぶの『また、桜の国で』という作品をも思い出していました。

この作品は第二次世界大戦前夜の、ドイツとソ連とに翻弄されるポーランドの姿を描いた作品で、本書の時代背景と重なる部分があるのです。

 

 

本書は先に述べたように2022年本屋大賞を受賞し、「第11回アガサクリスティー賞大賞」を受賞しています。

本屋大賞受賞のインタビューのとき、ロシアによるウクライナ侵攻という作者の思いとは真逆の現実を前に、複雑な表情の作者の姿があったのが印象的でした。

「アガサクリスティー賞」についてはその性格を正確には知らないのですが、本書は「アガサクリスティー」という名称からくるミステリーの印象とは異なると思われる作品です。

しかしながら、冒険小説やサスペンスをも含む「総合的なミステリ小説を対象」とするとあるところから対象作品となったと思われます( 早川清文学振興財団 : 参照 )。

いずれにしろ、戦争小説としてはかなり読みごたえのある、面白い作品でした。