ノースライト

一級建築士の青瀬は、信濃追分へ車を走らせていた。望まれて設計した新築の家。施主の一家も、新しい自宅を前に、あんなに喜んでいたのに…。Y邸は無人だった。そこに越してきたはずの家族の姿はなく、電話機以外に家具もない。ただ一つ、浅間山を望むように置かれた「タウトの椅子」を除けば…。このY邸でいったい何が起きたのか?(「BOOK」データベースより)

 

「横山ミステリー史上最も美しい謎。」と称される待望の長編ミステリー小説です。

 

「あなた自身が住みたい家を建てて下さい」との依頼に対して自分でも納得の建物を作ることができたと思っていたのだけれど、依頼主はその家には住んでいない。

依頼主はどうしたのか、あの時にいた奥さんは、子供たちはどこに消えたのか。依頼主の住んでいない信濃追分のその家に行ってみると、ただブルーノ・タウトが設計したと思われる椅子だけが残されていた。

 

タイトルの「ノースライト」とは、
差し込むでもなく、降り注ぐでもなく、どこか遠慮がちに部屋を包み込む柔らかな北からの光。東の窓の聡明さとも南の窓の陽気さとも趣の異なる、悟りを開いたかのように物静かなノースライト―――。
と表現してありました。

主人公の一級建築士青瀬稔は、幼いころからダムの型枠職人だった父の現場の移転とともに、転居は二十八回、小中学校の九年間で七回の転校を経験するという「渡り」の生活の中で、不思議と北側の壁にあった大きな窓からもたらされる柔らかな北からの光の中で本を読んだり、絵をかいたりするのが好きだったといいます。

つまりは落ち着いた、安息の場である「家」の象徴として「ノースライト」があったのではないかと思われます。

 

その「ノースライト」を取り入れた信濃追分の「家」に誰も住んでいない。青瀬は依頼主である吉野の行方を探し求めます。そこで、手掛かりとなるのがその家に残されていたブルーノ・タウトの作品と思われる椅子であり、謎でもあったのです。

ブルーノ・タウトはドイツの世界的建築家であり、1933年にナチスの迫害から逃れるために来日し、三年半を暮らしました。伊勢神宮や桂離宮などに日本の美を見出し、日本文化の再評価に大きな影響を与えたそうです。

その名前だけは聞いたことのある人物でしたが、その人となり、来歴など全く知らない人物でした。その人物が本書の根っこに居座り、建築士である主人公に大きな影響を与える存在となっています。

 

本書は、冒頭からしばらくの間、主人公青瀬稔の内心に深く切り込み、その心象の緻密な描写が続きます。それは、数年前に分かれた妻の青瀬ゆかりや娘の青瀬日向子とのことであったり、「渡り」生活だった幼いころのことであったり、一級建築士としての仕事のことであったりと多岐にわたります。

その後、「タウトの椅子」が関係してきてからはブルーノ・タウトの紹介にまた紙面が割かれ、高崎にある「洗心亭」だったり、熱海の日向邸だったりと、詳細な描写が続きます。

ここで建築面での描写はまだ具体性があっていいのですが、青瀬の心象を対象が緻密に語られる前半は私の好みとは異なります。個人的な好みとして、心象風景の羅列はどうにも拒否感を覚えてしまうのです。

例えば第158回直木賞の候補作となった 藤崎彩織の『ふたご』や2017年本屋大賞の候補作となった西加奈子の『i(アイ)』などでもそうでした。

 

 

どうしても個人の内面を緻密に描写する作風は拒否感を持ってしまいますが、適度な心象描写の無い小説はまた物語の深みを感じないのですから困ったものです。

 

そうした本書ですが、岡嶋事務所がコンペに参加することになった本書中盤あたり、信濃追分の問題の家の依頼主である吉野の消息が見え始めたころから横山秀夫の本来の面白さを感じるようになってきました。

いや「本来の」と言っては語弊がありそうです。本書前半も横山秀夫らしくないわけではないのですから。

本来の面白さというよりも、中盤あたりから物語の展開が目に見えて動き始め、私の好みの流れになってきたというべきなのでしょう。

おおざっぱに言えば、ダイナミックなストーリの展開の中で個人の問題もその中に解消されていき、最終的には個人の問題も昇華されていくというこれまでの横山作品の流れと同様に、大きな事件や警察こそ登場しないまでも、主人公が提示された謎に立ち向かっていく流れは同じです。

その上で更なる感動をもたらしてくれます。

 

本書は、月刊誌「旅」に連載されていた作品だそうです。内容からして建築関係の本にこそふさわしいと思いましたが、まさか「旅」の雑誌だとは。

そういえば、主人公の青瀬の心象には繰り返し“渡り”という言葉が出てきます。子供のころダム工事の現場を渡り歩いた記憶が強烈だということなのでしょう。そこに「旅」が絡ませてあるとは思いませんでした。

 

やはり横山作品はいい。

64(ロクヨン)

元刑事で一人娘が失踪中のD県警広報官・三上義信。記者クラブと匿名問題で揉める中、“昭和64年”に起きたD県警史上最悪の翔子ちゃん誘拐殺人事件への警察庁長官視察が決定する。だが被害者遺族からは拒絶され、刑事部からは猛反発をくらう。組織と個人の相克を息詰まる緊張感で描き、ミステリ界を席巻した著者の渾身作。( 上巻 : 「BOOK」データベースより)

記者クラブとの軋轢、ロクヨンをめぐる刑事部と警務部の全面戦争。その狭間でD県警が抱える爆弾を突き止めた三上は、長官視察の本当の目的を知り、己の真を問われる。そして視察前日、最大の危機に瀕したD県警をさらに揺るがす事件が―。驚愕、怒涛の展開、感涙の結末。ミステリベスト二冠、一気読み必至の究極の警察小説。( 下巻 : 「BOOK」データベースより)

 

D県警広報を舞台にした横山秀夫のベストセラーとなった長編の警察小説です。

 

本書はD県警シリーズの一冊で、64(ロクヨン)とは昭和64年に起きた誘拐事件を指し、D県警内部で密かに伝えられてきた呼称です。

主人公はかつては第一線の刑事だったのですが、今は広報官という立場に居ます。この”広報官”という職種を主人公に据えた作品として、少々kとなるかもしれませんが、 今野敏の『隠蔽捜査シリーズ』の主人公竜崎が警察庁で広報室長という職に就いていたという経歴があったと思います。

 

 

この主人公が広報官という立場から、第一にはマスコミと、第二に警察組織自体と、第三には自分の部下たちと戦うのですが、その描写が泣かせます。

そうした中、再び誘拐事件が起きます。この誘拐事件をめぐり、広報官として関わる主人公と警察組織、マスコミ、そして犯人とのせめぎあいが続きます。この作家の一番の見せ所なのでしょう。物語は一気にクライマックスへ向かいます。

 

少々長い本ですが、十分な読み応えがあります。実に面白い小説です。

ところで、広報官は警察という組織の窓口であり、その警察は当然公開すべき情報も組織として決定されるのだと思っていたのですが、この本の中ではそうでもないようです。刑事部は広報を信用せず、情報を小出しにしかしないのです。この作家は警察と言う組織のことをフィクションとはいえ適当に作って書くとは思われないのですが。実態はどうなのでしょう。

 

本書は、2015年4月から、NHKでピエール滝を主人公とし、全5回のドラマとして放映されていますし、また佐藤浩市主演で映画化もされています。

 

 

クライマーズ・ハイ [TV版]

日本航空123便墜落事故を題材にした横山秀夫の原作小説をTVドラマ化。1985年8月12日。長野と群馬の間に墜落したと推測される日航機事故が発生。群馬県の地方新聞社で働く遊軍記者・悠木は全権デスクに指名され、次々と決断を迫られる。全2話を収録。(「キネマ旬報社」データベースより)

 

堤真一主演の映画版「クライマーズ・ハイ」とともに、本作品もかなり見ごたえがある作品でした。

クライマーズ・ハイ [映画版]

『半落ち』のベストセラー作家・横山秀夫の最高峰を、原田眞人監督が映画化!1985年8月12日に発生した日航機墜落事故を追う、新聞記者たちの激動の一週間を描いた社会派エンタテインメント。堤真一、堺雅人、山崎努ほか出演。(「Oricon」データベースより)

 

「堤真一」やテレビドラマ版に出演している「佐藤浩市」は共に私の好きな役者さんの一人ですが、そのお二人が映画版と、テレビ版の夫々の主人公を演じていてこれは見なくては、と思ったものです。私には、両方の映画共に、それなりに見ごたえのある映像でした。

原作ものの映像化は大体において失望しがちなのですが、そういうことも無く見入ることができました。

クライマーズ・ハイ

1985年、御巣鷹山に未曾有の航空機事故発生。衝立岩登攀を予定していた地元紙の遊軍記者、悠木和雅が全権デスクに任命される。一方、共に登る予定だった同僚は病院に搬送されていた。組織の相剋、親子の葛藤、同僚の謎めいた言葉、報道とは―。あらゆる場面で己を試され篩に掛けられる、著者渾身の傑作長編。(「BOOK」データベースより)

 

1985年の「日航機墜落事故」を取材する記者達の物語です。

 

主人公は山登りを趣味とする北関東新聞という地方紙の一記者で、この事故の担当デスクとなり、頑迷な社主や事故現場や警察廻りの記者達との衝突などを繰り返しながら取材を進めていきます。

この横山秀夫という記者上がりの作家が自分で体験した事実を基に書いた小説なので、緊迫感に富み読み手まで熱くなってしまいました。

新聞社という組織の内幕も描いてあり、小説としてもかなり面白いです。絶対お勧めの一冊です。

半落ち [DVD]

横山秀夫の原作を佐々部清監督が映画化。現役警部がアルツハイマーの妻を殺したと出頭した。彼が自首するまでに2日間の空白があると判明し、刑事、検事、判事、新聞記者、弁護士らがそれぞれの立場で真実を追う。“<東映 ザ・定番>シリーズ”。(「キネマ旬報社」データベースより))

 

博士の愛した数式」や「雨あがる」でもそうでしたが、寺尾聰という役者さんは誠実な人の役がぴったりの役者さんですね。

 

その昔、「ザ・サベージ」というグループで「この手のひらに愛を」などを歌っていたり、役者さんのかたわら「ルビーの指輪」を歌っていた時とはちょっと異なる一面です。でも、さすが名優宇野重吉氏の息子だけの存在感があります。

ただ、「ルビーの指輪」の頃、どうしようもなくわがままだったという記事を読んだことがあります。どこまで本当かは不明ですが、それほどの人気ではありました( 裕次郎番記者だけが知る 寺尾聰ワンパク半生 : 参照)。

 

 

ちなみに、「ザ・サベージ」とは1960年代のカレッジポップスバンドです。寺尾聰はそのベース担当でありボーカルも担当していました。ちょうど私の青春時代のど真ん中なのです。

 

半落ち

「妻を殺しました」。現職警察官・梶聡一郎が、アルツハイマーを患う妻を殺害し自首してきた。動機も経過も素直に明かす梶だが、殺害から自首までの二日間の行動だけは頑として語ろうとしない。梶が完全に“落ち”ないのはなぜなのか、その胸に秘めている想いとは―。日本中が震えた、ベストセラー作家の代表作。(「BOOK」データベースより)

 

横山秀夫のベストセラーである長編の警察小説です。

 

「半落ち」とは警察用語で、自供が一部だけのことを言うそうです。

主人公梶は警察官ですが妻を殺害し、自首しますが梶の殺害後自首までの2日間の行動については語ろうとしません。

警察、検察、弁護士、記者夫々の思惑で、空白の2日間の真実は不明のまま話は進みます。その後明らかになる妻の殺害の理由をも含めた真実は、特に私等の年代にとっては重いテーマを含んでいます。いや、実に重いテーマです。

 

また、この作品の直木賞選考をめぐり様々の議論があったようです。

 

そうしたことを捨象しても面白い物語であることには間違いがなく、是非読んでもらいたい一冊です。「面白い」というのは少々語弊があるかもしれませんが、色々と考えさせられる良い本です。

読後感が痛快な本を探している人には向きません。