刑事弁護人

刑事弁護人』とは

 

本書『刑事弁護人』は2022年3月に刊行された作品で、新刊書では504頁にもなる長編のリーガルミステリです。

2022年03月19日放映の「王様のブランチ」で紹介された、現役の女性警察官が起こした殺人事件を通して刑事弁護の意義を問う作品ですが、私の好みとは少し異なる作品でした。

 

刑事弁護人』の簡単なあらすじ

 

ある事情から刑事弁護に使命感を抱く持月凜子が弁護を受けた案件は、埼玉県警の女性警察官・垂水涼香が起こしたホスト殺害事件。凜子は同じ事務所の西と弁護にあたるが、加害者に虚偽の供述をされた挙げ句の果て、弁護士解任を通告されてしまう。一方、西は事件の真相に辿り着きつつあった。そして最後に現れた究極の証人とはー。構想17年。徹底的な取材の元に炙り出される、日本の司法制度の問題とは…。(出版社より)

ある事情から刑事弁護に使命感を抱く持月凜子が弁護を受けた案件は、埼玉県警の女性警察官・垂水涼香が起こしたホスト殺害事件。凜子は同じ事務所の西と弁護にあたるが、加害者に虚偽の供述をされた挙げ句の果て、弁護士解任を通告されてしまう。一方、西は事件の真相に辿り着きつつあった。そして最後に現れた究極の証人とはー。構想17年。徹底的な取材の元に炙り出される、日本の司法制度の問題とは…。(「BOOK」データベースより)

 

刑事弁護人』の感想

 

本書『刑事弁護人』の主人公は30歳になる持月凛子という弁護士で、人権派弁護士として高名であった父親が、父親が受任した事件の被害者の身内に殺されたという過去がありました。

また、もう一人の主人公ともいえる西大輔はとっつきにくい雰囲気を持ち、元は警察官であったという過去を持つ弁護士です。

この二人が担当することになったのが、垂水涼香という被疑者が彼女が通っていたホストクラブのホストを殺したという事件です。

 

この垂水涼香という女性は現役の警察官であり、四年ほど前に三歳の息子響を亡くしており、そのためか夫輝久との仲もうまくいかなくなっていました。

二人の弁護士が、被疑者の垂水涼香への接見を繰り返したり検察側の主張などが明らかになる中、垂水涼香の説明の虚偽が判明します。

垂水は何のために嘘をつくのか、その理由を探るために凜子は西と共に関係者の証言をとるために調査をすることになります。

その過程で涼香が虚偽の告白をする理由が明らかにされていきますが、その理由がそれなりのものであるために虚偽の主張を円面的に非難することができないのです。

 

こうした被疑者の行動に隠された真実が読み手の心を打つというストーリー自体は作者の腕の見せ所であり、その点に関して本書の展開はうまいものだと思います。

しかしながら、物語のリアリティという点からすれば、そもそも本書の西のような弁護士の存在に違和感を感じます。

たしかに、弁護士は個人事業ではありますが、現実に先輩弁護士、それも所属する弁護士事務所の所長に対して本書のような態度をとる人物はいないと思ったのです。

小説の登場人物の設定としてはユニークであり、描きやすいかもしれませんが、このような人物はそれこそ物語の中にしかいないのではないでしょうか。

 

上記のことは、そのまま凜子との弁護活動の進行についても当てはまります。

二人で弁護活動をするというのに、相棒の凜子には何も相談せずに自分だけで物事を決めていくやり方は普通はあり得ないだろうし、その点でもリアリティを感じないのです。

その点からすると、凜子というキャラに関しても、いくら刑事事件の初心者とはいえ西弁護士の指摘を受けて初めて気付く事柄が少なからずあって不自然です。

また、物語の展開としても、少なくとも序盤は物語の運びが平板であり、ただ接見の様子が語られるだけで抑揚を感じられない展開であって、あまり面白い物語だとは言えそうもありませんでした。

もちろん、クライマックスになり、ある程度事件の背景が判明してきての法廷の場面などは読ませるものがあります。

しかし、物語としての面白さはトータルのものであり、一旦感じた違和感はとうとう最後までぬぐわれることが無かったのです。

 

本書『刑事弁護人』同様に弁護人の使命を論じた作品として柚月裕子の『最後の証人』という作品を思い出します。

この作品は、主人公の佐方貞人が弁護士として被告人を救い、かつ事件の本当の姿を暴き出すという社会派の王道を行く推理小説ですが、実に小気味いい作品でした。

本書の「凶悪犯にも弁護は必要か」という論点とは異なる観点からの弁護士の職務について論じられた作品ですが、個人的には私の好きな作品の一つです。

 

 

最後にもう一点、本書では「我が国の司法制度の問題点を炙り出す」との惹句がありますが、どの点が日本の司法制度の問題を炙り出した箇所なのか、何をもって問題点というのかよく分かりませんでした。

接見禁止などの制度のことではないと思うのですが、何をもって司法制度の問題点というのか、お分かりの方はご教示願いたいものです。

 

批判的な言葉ばかり並べましたが、どうしても感情移入できない以上仕方ありません。

この作者が私の感性に合わないというしかないのです。

アノニマス・コール

3年前のある事件が原因で警察を辞めた真志は、妻の奈緒美と離婚、娘の梓と別居し、自暴自棄な生活を送っていた。ある日、真志の携帯に無言電話がかかってくる。胸騒ぎがして真志が奈緒美に連絡すると、梓は行方不明になっていた。やがて、娘の誘拐を告げる匿名電話があり、誘拐事件は真志がすべてを失った過去の事件へつながっていく。一方、真志を信じられない奈緒美は、娘を救うため独自に真相を探り始め―。予想を裏切る展開の連続と、胸を熱くする感涙の結末。社会派ミステリの旗手による超弩級エンタテインメント!!作家生活10周年記念作品。(「BOOK」データベースより)

アクション場面も盛り込まれた長編のノンストップサスペンスミステリー小説です。

三年前にある事件が原因で警察をやめた朝倉真志は、家族とも別れ、すさんだ生活を送っていました。そこに、ある日突然、娘からと思われる電話が入ります。別れた妻に確認し、娘が誘拐されたことを知るのです。朝倉は、この誘拐が自分が警察をやめる原因となったある事件に関する情報を自分が掴んでいることに関係していることを知ります。

本書は、とにかくストーリー展開がスピーディーです。本書冒頭からすぐに事件が起き、その後も立て続けに目を話せない出来事が続き、なかなかに本を置くことができません。

問題の事件のために、警察を信じることができなくなっていた朝倉は、どうしても自分自身が動かざるを得ず、若干胡散臭さのある岸谷と、戸田という青年の力を借りて探索を始めるのでした。

ノンストップ サスペンスと言える作品にも数多くのものがありますが、高野和明の『グレイヴディッガー』という作品があります。骨髄移植のドナーとなって患者として苦しんでいる人を助けようとする八神俊彦というとんでもないワルの、ある一夜の逃避行を描いた作品で、その疾走感は久しぶりに読みました。ミステリーとは言えないと思いますが、エンターテインメント小説としての面白さは十分に持っている作品です。

アクション性に重きを置いて見るとより多くの物語が挙げられます。近頃読んだ作品で言うと、月村了衛の『ガンルージュ』があります。韓国の大物工作員キル・ホグンが日本で韓国要人の拉致作戦を実行した際に、成り行きで秋来祐太朗と言う少年を誘拐してしまいます。そこで、元公安の捜査員であった祐太朗の母親の秋来律子は、ワケあり担任教師の渋矢美晴とバディを組み、息子の救出に挑むという、アクション満載のエンタテインメント小説です。

誘拐と言う側面に注目すると、これまで読んだ中で一番印象的だったのは天藤真の『大誘拐』という作品です。三人の若者に誘拐されたある資産家の老女の物語で、日本推理作家協会賞も受賞しているこの作品は、北林谷栄主演で映画化もされました。誘拐された筈のお婆ちゃん自ら100億円という身代金を決定し、テレビ局の中継車まで要求するという誘拐劇をしたててしまうのです。文藝春秋の「二十世紀傑作ミステリーベスト10」で一位になった極上のエンタテイメント小説です。

本書『アノニマス・コール』は、『大誘拐』ほどのユーモアはなくシリアスな作品です。また、岸谷勇治や戸田純平という朝倉の手伝いをする人物たちの書き込みが浅かったり、犯人像に若干無理があったりと気になる点はあります。

本来、薬丸岳という作家は本来社会性の強いミステリーを得意とされる書き手であり、本書のような作風の作品は珍しいのだそうです。だからというわけではないのですが、本書の疾走感はなお魅力的であり、面白い小説だと言えると思います。