村上海賊の娘

本書『村上海賊の娘』は、瀬戸内に名を馳せた村上海賊当主の村上武吉の娘・景の活躍を描いた長編の時代小説です。

久しぶりに本を読んで胸のおどる経験をした本屋大賞も受賞した物語で、文庫本で全四巻にもなる作品です。

 

時は戦国。乱世にその名を轟かせた海賊衆がいた。村上海賊―。瀬戸内海の島々に根を張り、強勢を誇る当主の村上武吉。彼の剛勇と荒々しさを引き継いだのは、娘の景だった。海賊働きに明け暮れ、地元では嫁の貰い手のない悍婦で醜女。この姫が合戦前夜の難波へ向かう時、物語の幕が開く―。本屋大賞、吉川英治文学新人賞ダブル受賞!木津川合戦の史実に基づく壮大な歴史巨編。(文庫版第一巻 : 「BOOK」データベースより)

 

戦国時代も終わり近くの1568年(永禄11年)から、信長と石山本願寺との間の戦は約十年もの間続くことになります。

本書はその石山合戦と言われる戦の中でも、1576年(天正4年)に毛利氏と織田氏との間に起こった「天王寺の戦い」と「第一次木津川口の戦い」を描いたものです。

 

本書の一番の魅力は登場人物のキャラクターでしょう。まずは「稀代の荒者」で「大層な醜女」である(きょう)が魅力的です。女だてらに豪傑でありながら、まだまだ子供です。

そして宣教師のフロイスに「日本の海賊の最大なる者」と言われた「能島村上」の当主で景の父・村上武吉(たけよし)を始めとする村上水軍の武将たち、それに敵方の、真鍋七五三兵衛(まなべしめのひょうえ)や、鉄砲集団雑賀党の首領である鈴木孫市(すずきまごいち)らがまた非常に人間的で魅せられます。

 

これらの武将が命知らずに暴れまわるのですが、その描写が視覚的です。

著者はインタビューの中で、当時の人間の「命についての考え方」を現代の人間の感覚でとらえては「時代の空気が見えてこない」と言い、そして「当時の空気」として「恐怖に対して鈍感だった」と言っています。

実際、本書の登場人物は、文字通りに「笑いながら」死んでいきます。この点は読みながら誇張が過ぎると思った個所なのですが、このインタビューを読むと、そこはあえて書かれていたようです。

 

そうした意味でも本書は劇画です。主人公の容貌からして醜女から美女まで極端に評価が分かれますし、一方の鍵となる人物である真鍋七五三兵衛はまた『北斗の拳』のラオウを彷彿とさせる武将として描かれています。

また、例えば海戦時において、別々の戦船に乗っている武将がまるで隣の部屋にでもいるかのように会話をしています。

いくらなんでも戦の最中に隣の船までは、どんな大声であろうと届かないだろうと思うのですが、そこはいわばお約束として目をつぶるべきところなのでしょう。

でも、そうした細かな疑問点はものともしない迫力をこの本は持っているのです。

 

本書の魅力の二番目は、綿密な資料の読み込みに裏付けられたリアリティーです。

資料の読み込みだけで一年を費やしているそうで、細かな場面描写にも資料の裏付けを示してあります。それは人物の性格にまで至っており、読み手は書かれている事柄の実在を信じそうになるまでに巧みです。

逆にこの資料の提示が邪魔だという声も散見しました。この点は読み手の好みにもかかわってくるのでしょうが、本屋大賞を受賞している事実はこの手法が受け入れられているということではないでしょうか。少なくとも私は実に楽しく読むことができました。

 

こうした点は、隆慶一郎の『一夢庵風流記』が似たような雰囲気を持っていますが、本書のような劇画調とまでは言えないと思います。あえて言えば『一夢庵風流記』を原作とした原哲夫の画になる『花の慶次』(Kindle版)というコミックの方が近いかもしれません。

 

 

本書は、資料を前面に出しているという点ではこれまでの作風とは異なっていますが、視覚的であり面白さを追求する姿勢は従来と何ら変わりません。これからも読みごたえのある作品を待ちたいものです。

ちなみに、本書は吉田史朗の画でコミック化もされています。 (ビッグコミックス・全十二巻)

 

小太郎の左腕

時は一五五六年。勢力図を拡大し続ける西国の両雄、戸沢家と児玉家は、正面から対峙。両家を支えるそれぞれの陣営の武功者、「功名あさり」こと林半衛門、「功名餓鬼」こと花房喜兵衛は終わりなき戦いを続けていた。そんななか、左構えの鉄砲で絶人の才を発揮する11才の少年・雑賀小太郎の存在が「最終兵器」として急浮上する。小太郎は、狙撃集団として名を馳せていた雑賀衆のなかでも群を抜くスナイパーであったが、イノセントな優しい心根の持ち主であり、幼少の頃より両親を失い、祖父・要蔵と山中でひっそりとした暮らしを営んでいた。物語は、あることを契機に思わぬ方向へと転じていくが–。(「内容紹介」より)

 

雑賀衆の少年、雑賀小太郎の狙撃手としての腕をめぐる長編の時代小説です。

 

主人公の小太郎は鉄砲の名手で、合戦のさ中、その鉄砲の腕が生かされる時が来たのですが・・・。

林半右衛門といういわゆる典型的な「侍」が、彼なりの、自らを裏切らない、という信念を貫きその生を全うしていく中で小太郎の運命がこの侍と絡んできます。

全二作とはまた異なった色合いの作品ですが、読み易さは変わりなく、気楽に読み進めます。

終盤には涙腺に触れる個所もあり、お勧めです。

忍びの国

時は戦国。忍びの無門は伊賀一の腕を誇るも無類の怠け者。女房のお国に稼ぎのなさを咎められ、百文の褒美目当てに他家の伊賀者を殺める。このとき、伊賀攻略を狙う織田信雄軍と百地三太夫率いる伊賀忍び軍団との、壮絶な戦の火蓋が切って落とされた―。破天荒な人物、スリリングな謀略、迫力の戦闘。「天正伊賀の乱」を背景に、全く新しい歴史小説の到来を宣言した圧倒的快作。(「BOOK」データベースより)

 

のぼうの城』同様、天正伊賀の乱という史実を基にした長編の時代小説です。

 

のぼうの城の感動は無い、というのが読後に感じた一番の印象でした。

しかし、あの児玉清氏が絶賛しているくらいだからこの作品を絶賛面人も当然いるのでしょう。

 勿論私もこの本を面白くない、と言っているわけではありません。この作者の文章は読みやすく、ストーリーも面白いのです。ただ、『のぼうの城』と比較すると、『のぼうの城』に軍配が上がると言っているだけなのです。

 

ちなみに、本書も大野智を主演として映画化されていますし、また坂ノ睦の画でコミック化もされています。

 

のぼうの城

戦国期、天下統一を目前に控えた豊臣秀吉は関東の雄・北条家に大軍を投じた。そのなかに支城、武州・忍城があった。周囲を湖で取り囲まれた「浮城」の異名を持つ難攻不落の城である。秀吉方約二万の大軍を指揮した石田三成の軍勢に対して、その数、僅か五百。城代・成田長親は、領民たちに木偶の坊から取った「のぼう様」などと呼ばれても泰然としている御仁。武・智・仁で統率する、従来の武将とはおよそ異なるが、なぜか領民の人心を掌握していた。従来の武将とは異なる新しい英傑像を提示した四十万部突破、本屋大賞二位の戦国エンターテインメント小説。(上巻 : 「BOOK」データベースより)

「戦いまする」三成軍使者・長束正家の度重なる愚弄に対し、予定していた和睦の姿勢を翻した「のぼう様」こと成田長親は、正木丹波、柴崎和泉、酒巻靱負ら癖のある家臣らの強い支持を得て、忍城軍総大将としてついに立ちあがる。「これよ、これ。儂が求めていたものは」一方、秀吉に全権を託された忍城攻城軍総大将・石田三成の表情は明るかった。我が意を得たり、とばかりに忍城各門に向け、数の上で圧倒的に有利な兵を配備した。後に「三成の忍城水攻め」として戦国史に記される壮絶な戦いが、ついに幕を開ける。(下巻 : 「BOOK」データベースより)

 

豊臣秀吉の小田原城攻めの際の石田三成による忍城攻防戦という史実に基づく長編の時代小説です。

 

各場面を単につないでいくに過ぎないような淡々とした語り口でありながら、登場人物の夫々がしっかりと書き込まれています。更には場面ごと情景描写が視覚的で、これは人気が出る筈だとひとり納得しながら一気に読んでしまいました。

 

前評判にたがわない面白い読み物でした。一級のエンターテイメント作品としてお勧めです。

原作者が脚本家だそうで、映像的な描写に納得したものです。

ちなみに、本書を原作として野村萬斎の主演で映画化もされています。