『ほどなく、お別れです 思い出の箱』とは
本書『ほどなく、お別れです 思い出の箱』は『ほどなく、お別れですシリーズ』の第三弾で、2022年7月に小学館からソフトハードカバーで刊行され、2025年5月に小学館文庫から352頁の文庫として出版された、連作の短編小説集です。
プロローグとエピローグ、それに全四話の短編からなるお葬式を舞台とした話ですが、若干、話の深さが足りない印象でした。
『ほどなく、お別れです 思い出の箱』の簡単なあらすじ
大反響の「訳あり」お葬式小説、第三弾!
美空がスカイツリー近くの小さな葬儀場「坂東会館」に入社して二年。訳あり葬儀ばかり引き受ける葬祭ディレクター・漆原の助手をしながら、研鑽を積む日々だ。
繁忙期前のある日、坂東会館に社長の甥、小暮が入社する。彼が推進する効率重視の業務改革に対し、反発する美空たち。だが、やがて小暮の信念の源もあきらかになり……。
火災で祖母と孫を亡くした家族、夫の遺体を焦るように群馬から東京へ搬送した妻、母の葬儀に離婚した父を呼ぶかで苦悩する年若き兄妹──
「別れ」と懸命に向き合う人々の姿に、あたたかな気持ちと涙があふれるお葬式小説、第三弾。
【編集担当からのおすすめ情報】
美空が「坂東会館」のアルバイトから社員になって、はや2年。
上司であり、目標でもある上司の葬祭ディレクター・漆原の指導は相変わらず厳しめ。
それでも、ご遺族が前に進めるような心から納得できる式を、という志のもと日々奮闘し、着実に成長していく美空のところに、社長の甥・小暮さんという小さな嵐がやってきます。落涙必至の「訳あり」葬儀や、佐藤日向さんの解説にもぜひご注目ください。(内容紹介(出版社より))
『ほどなく、お別れです 思い出の箱』の感想
本書『ほどなく、お別れです 思い出の箱』は『ほどなく、お別れですシリーズ』という葬儀場の坂東会館を舞台にしたお仕事小説シリーズの第三弾です。
シリーズ第二巻『それぞれの灯火』と同じく、全四話の短編からなるお葬式をテーマとした物語ですが、今回は利益確保を重視する新人の登場で何かと振り回される坂東会館の仲間の姿が描かれています。
本書もまた連作の短編小説集とはいいながら、実質は一編の長編小説であり、ただ、話ごとに執り行われるお葬式が異なり、違った人間関係が描かれることになるだけです。
本書の特徴と言えば新人の登場があり、この新人に振り回される坂東会館の仲間の様子が描かれていきます。
この新人が小暮千波という社長の甥であり、専門学校で葬儀を学び、その後「こばとセレモニー」という大手葬儀社で十年以上経験を積んでいる即戦力でした。
彼は、葬儀社も営利企業ですから、例えば葬儀での棺をより高いものにする提案をするとか、棺の中の布団をよりふかふかのものにするなど、遺族に費用をかけさせるべきだことを良しとすべきだという態度が明確に見えるのです。
そうした考えのもと、何かにつけ口をはさんでくるこの新人に、皆はうんざりしていたのでした。
本シリーズに関しては、本ブログでのシリーズ紹介や第一話、第二話のそれぞれの稿で、『神様のカルテシリーズ』を引用して物語にあまり深みを感じることができない趣旨のことを述べています。
そのことは本書『ほどなく、お別れです 思い出の箱』でも同様で、『神様のカルテシリーズ』に比してどうにも話の深さが足りない印象がぬぐえませんでした。
その理由をいろいろと考えてはみたのですが、あまり成功したとは言えません。
結局、『神様のカルテシリーズ』の稿でも書いたように、共に「死」を抱えたお仕事ではありますが医療と葬儀という仕事の差がそのままに出ている気がします。
というのも、本シリーズの場合は今生きている遺族の思いこそが主であり、故人の思いは美空や里見の言葉を通して少しだけ提示されるだけなのです。
物語の対象から見ると、「死」に直面している本人と残された遺族という差が二つの作品の差をもたらしている一番の原因ではないでしょうか。
もちろん、長月天音と夏川草介という作家の力量の差もあることとは思いますが、描かれている状況の差もかなり大きいのだと思われます。
言うまでもないことですが、長月天音という作家の力量が足らないというのではありません。ほかでも書いたように、本書は本書なりの魅力があり、だからこそ全三巻を読み終えたのです。
それはともかく、本書『ほどなく、お別れです 思い出の箱』の特色といえば先に述べた新人の振る舞いであり、葬儀の在りように対する問題提起です。
「第一話 思い出の箱」では、亡くなったのは孤独死した老人であり、娘さんが遺族として父親を孤独死させてしまったという悔悟の念にかられています。
ところが、美空が個人から読み取った思いは「ごはん」というものでした。
結局それはわかって見れば意外な物、ということだったのですが、こうした心残りを読み取り、物語に織り込んでいくところがこの物語の面白いところだと思います。
そして、火事で亡くなった祖母と孫、つまりは母親と自分の子供を亡くした女性の話が第二話、親戚と不仲の残された妻と故人の姉との話の第三話、そして母親を亡くした二十一歳の兄とその妹の話です。
そうした話のそれぞれに、新人の小暮が葬儀の打ち合わせの時に必ず何か一つオプションをつけてもらい単価アップを図る「プラスワンオプション宣言」なるものを言ってきて、皆を困らせているのです。
最終的に、上記のような新人の小暮の性格、そして主張が今一つ理解できませんでした。
小暮の言いたいことは身近な本当に故人を心から悼む身近な人たちの小さなお葬式をこそ理想とするもののように思えるのですが、彼の言いたいことは葬儀場という会社の利益確保を優先しているようにも見えます。
会社である以上は利益を度外視するわけにはいかないことは美空の師匠である漆原も言っていることですし、そのこと自体は当たり前のこととと思えます。
しかしながら、本書『ほどなく、お別れです 思い出の箱』ではこの相矛盾する考えを小暮に言わせているように思えるのです。
もちろん、小暮に物語の掻き回し役を担わせているのは分かるのですが、どうにも私の理解力が追い付いて行かなかったということです。
このシリーズが続くかは不明ですが、もし出版されたとして続巻を読むかどうか、いまだ決めかねています。