冷え冷えとした闇の幕が裂け、鋭い太刀風が秋山小兵衛に襲いかかる。正体は何者か? 小兵衛・大治郎が非道に挑む表題作。江戸に出たまま帰らぬ息子を探しにきた信州の老剣客へ温かい手をさしのべる秋山父子「老虎」。暴漢にさらわれた老舗の娘を助ける男装の武芸者・佐々木三冬「三冬の乳房」ほか「鬼熊酒屋」「悪い虫」「妖怪・小雨坊」「不二楼・蘭の間」。シリーズ第2作。(「内容紹介」より)
剣客商売シリーズの第一巻目で、七編の連作短編が収められています。
前作で秋山小兵衛にほのかな恋心を抱いている三冬でしたが、その思いは本作でもまだ続いています。
当の小兵衛は、三冬の思いをいなしながら、四十歳も若い娘を妻とする隠居生活を楽しんでいるのですが、さすがに暇を持て余してもおり、何かあればすぐに首を突っ込む生活です。
本書の冒頭の物語「鬼熊酒屋」も、そうした小兵衛のおせっかいの話ではありますが、上質な人情話となっています。
小兵衛の、お節介かもしれないと思いながらも何かと気を止めずにはおれない様子が、ゆっくりとした時の流れの中で、人間の思いの深さ、暖かさとして描かれています。
この物語を始め、突然小兵衛に斬りかかってきた辻斬りの非道を、秋山親子が正す表題作の「辻斬り」など、秋山親子の魅力満載の短編集になっています。
第一話「鬼熊酒屋」
ある日小兵衛は、行きつけの居酒屋「鬼熊」の亭主の熊五郎を、店から遠く離れた場所で、それも何やらもだえ苦しんでいる様子見かける。その様子を見て何かしてやれることはないかと案じ、熊五郎の思いを聞いてやることになる小兵衛だった。
第二話「辻斬り」
ある夜家路につく小兵衛を突然に斬りかかってきた三人の侍がいた。これを倒し後をつけると直参の屋敷へと消えていった。そこは千五百石の御目付衆であり、退屈しのぎの遊び相手としても、何よりも世のためにも成敗すべしという小兵衛だった。
第三話「老虎」
もうすぐ冬だというある日、大治郎は諸国遍歴中に世話になった山本孫助という旅姿の老人と出会う。この夏に江戸見物に出かけた息子を探しに来たというのだった。調べると、息子はある道場ともめていたらしい。
第四話「悪い虫」
ある日、大治郎のもとを辻売りの鰻屋の又六という男が弟子にして欲しいと訪ねてきた。それも十日の内に強くなりたいというのだった。それを聞いた小兵衛は自分にまかせろというのだった。
第五話「三冬の乳房」
和泉屋の寮の近くで三冬は、小間物問屋の山崎屋の娘が襲われているのを助けた。どうも山崎屋の内部での騒動がもとになっているらしい。助けられた娘は三冬に恋をしている様子も見えるのだった。
第六話「妖怪・小雨坊 」
ある日、おはるが小雨坊という妖怪に似た男の姿を見かける。別な日、第一巻「剣の誓約」で登場した、嶋岡礼蔵を殺害した伊藤三弥の実父の伊藤彦太夫が訪ねてきて三弥が江戸へ帰ってきているらしいというのだった。
第七話「不二楼・蘭の間」
妖怪小雨坊に似た剣客伊藤郁太郎により、鐘ヶ淵の小兵衛の隠宅は焼け落ちてしまっていた。今は馴染みの料亭「不二楼」の離れに間借りしていた小兵衛だったが、奥座敷の蘭の間の雪隠に隠れ、御家人横川鉄五郎を襲う話を聞いてしまう。