傍流の記者

優秀な記者ばかりがそろった黄金世代。しかし、社会部長になれるのはひとりだけだった。生き残っているのは得意分野が違う、四十歳をこえた五人の男。部下の転職や妻との関係、上司との軋轢に、本流との争い、苦悩の種に惑いながら出世レースが佳境を迎えたそのとき―。新聞社が倒れかねない大スキャンダルの火の粉が、ふりかかる。出世か、家族か。組織か、保身か。正義か、嘘か。自らの経験と更なる取材で、リアリティを極限までアップデート。火傷するほど熱い、記者たちの人生を賭けた闘いを見よ!(「BOOK」データベースより)


 
本書は、新聞記者として生きていく六人の人物を描いた長編小説で、第159回直木賞の候補となった作品です。

 

長編小説とは言っても、プロローグとエピローグを除く六話の各物語は、警視庁記者担当の植島昌志、調査報道班の名雲、司法担当の図師、遊軍の城所、国税庁担当の土肥、人事部の北川友介と、個性豊かな六人の人物の視点で描かれています。

彼等は同期であり、優秀な記者ばかりがそろった黄金世代と呼ばれていました。その六人の東都新聞というメディアの中での新聞記者としての姿が実にリアリティーに満ちて描かれています。またそれぞれに社会人として、また家庭人として生活している姿も同時に描きだされているのです。

 

普通、新聞記者を主人公とする小説は表現の自由や報道の自由をテーマにミステリーとして書かれることが多いと思われます。

例えば、堂場瞬一の『警察(サツ)回りの夏』は、本社復帰のためにスクープを狙うある記者の行為が、とんでもない事態を引き起こします。ネット社会や報道のあり方への問題を提起する実に読み応えのある物語でした。

 

 

また木村拓哉と二宮和也とで映画化され話題となった雫井脩介の『検察側の罪人』は、「時効によって逃げ切った犯罪者を裁くことは可能か」という問いが着想のきっかけに書かれたそうで、二人の検事それぞれが信じる「正義」の衝突の末に生じるものは何なのか、が重厚なタッチで描かるミステリーです。
 

 

他にも、米澤穂信のフリージャーナリストの太刀洗万智という女性を主人公としたベルーフシリーズなどがあります。

 

しかし、本書はミステリーではありません。本書で描かれるのは、特ダネを得るために奔走するという新聞記者としての姿があるのはもちろんですが、それ以外に、会社での出世競争でであったり、社内での異動などの人事であったり、また保身に走る姿でもあります。

中でも人事部の北川友介だけが少々他とは異なった生き方を選んでいます。北川だけは新聞記者としての活動はありません。にも拘らず、本書では重要な位置を占めています。北川という男の存在こそが本書の要だと言ってもいいかもしれません。

 

そうした、いち社会人としての姿も同時に描きながら、ミステリーではないにしても、それぞれの話で描かれている話が最後には収斂し、それまで各話の中で触れられていた事柄が伏線として生きてくることに驚かされます。六人それぞれが、自分の信じる正義を信じ、とある行動に出るのですが、その姿には小さな感動すら覚えます。

六人の男たちの生きざまが最後には大きなうねりとなって押し寄せてくる、そんな妙な感激すら覚える作品です。熱さの残る、いい意味で青臭いとも言えそうな社会派作品という点で、柚月裕子の『最後の証人』を第一巻とする「佐方貞人シリーズ」を思い出してしまいました。