「打入り」であって「討入り」ではありません。この点を間違えて、タイトルからくるイメージでこの物語の内容を考えていたところ、全く違う内容でした。
豊臣秀吉の小田原・北条攻めの先鋒となった徳川家康の戦いに従う、三河の雑兵、鈴木金七郎が物語の主人公。戦の中で次第に武士としての重要な役割を果たし始める。秀吉の戦勝後、家康は関東移封を命ぜられる。故郷に戻って帰農するか、新天地で武士として生きるか、金七郎たちは選択を迫られる。新天地を選んだ彼らは、最初の江戸っ子として新しい営みを始めることになる。
秀吉から事実上関東移封を命じられた家康は当時の片田舎である江戸に移り住むことになりますが、その折の家康の江戸への移封の話なのです。
主人公は三河の没落豪族の跡取りの鈴木金七郎です。名の示す通り上に男兄弟がいたのですが皆戦などで死んでしまい、男では金七郎しか残っていません。その金七郎が親せき筋の普請担当である松平家の足軽家来となり、小荷駄担当として戦場へ出ます。
本書のほとんどはこの普請担当の足軽が、荷駄を運び、橋を架け、宿営の準備をする様子が描かれているのです。今で言う輜重隊に相当すると言っていいのかよく分かりませんが、この目線で当時の戦場を描いた作品は無いと思います。少なくとも私は知りません。そして戦場での下働きを描くその様が、やはり半村良の物語であって面白いのです。
戦いの中、主人公の金七郎は少しずつ出世をしていき、北条攻めの後には江戸へと向かうことになる家康に従い、共に江戸へと向かいます。
ついた江戸では、勿論江戸城も朽ち果てていて、築城、その前に町づくりから始めることになります。この辺りは戦場の描写に比べると少しさびしいものがあります。タイトルからくる印象とは異なり、江戸入城までの物語とも言えるかもしれません。
家康の江戸城、そして江戸の町の構築という点では2016年の直木賞候補作である門井慶喜の『家康、江戸を建てる』があります。この作品は水害の防止し、貨幣の鋳造、飲料水の確保等の技術的な視点からの江戸の街づくりを描いた作品で読み応えがありました。