線は、僕を描く

線は、僕を描く』とは

 

本書『線は、僕を描く』は2019年6月に刊行され、2021年10月に400頁で文庫化された長編の芸術小説です。

水墨画をテーマに一人の若者の再生を描く、第59回メフィスト賞を受賞し、2020年の本屋大賞にもノミネートされた感動作です。

 

線は、僕を描く』の簡単なあらすじ

 

墨と水。そして筆だけで森羅万象を描き出そうという試み、水墨画。深い喪失の中にあった大学生の青山霜介は、巨匠・篠田湖山と出会い、水墨画の道を歩み始める。湖山の孫娘・千瑛ら同門の先輩をはじめ、素晴らしい絵師との触れ合いを通し、やがて霜介は命の本質へと迫っていく。第59回メフィスト賞受賞作。2020年本屋大賞第3位。ブランチBOOK大賞2019受賞!第3回未来屋小説大賞第3位、キノベス!2020第6位。(「BOOK」データベースより)

 

水墨画に関してまったくの白紙の状態である主人公の「僕」こと青山霜介は、たまたま水墨画の巨匠の篠田湖山と出会い水墨画を習うことになる。

凡人の私達とは異なり、主人公青山霜介は巨匠に見込まれるだけの眼を持っている点が異ななっていた。

師匠の筆の動かし方を一度見るとその意味は分からなくても、師匠と同じ動作を繰り返すことができるだけの観察眼は持っていたのだった。

 

線は、僕を描く』の感想

 

本書『線は、僕を描く』は、その存在は知っていてもその実際についてはほとんど知識の無い水墨画をテーマに一人の若者の再生を描く、第59回メフィスト賞を受賞し、そして2020年の本屋大賞にもノミネートされた感動の長編小説です。

主人公青山霜介が、師匠篠田湖山から教えてもらうその過程は、同じく水墨画に無知な状態である読者と同じです。ですから、墨の擦り方ひとつとっても力を抜くことの大切さなどを同じ目線で知ることができるのです。

ただ主人公青山霜介は、巨匠に見込まれるだけの眼を持っている点が凡人の私達とは異なります。

だからこそ、師匠は主人公に水墨画を教えようと思ったのでしょうし、教えるに値するだけの才能があると思ったのでしょう。

 

その点はさておいても、本書『線は、僕を描く』で書かれている水墨画を描くということの意味についての描写は感動的です。

主人公の内面の描き方自体が、心の中にあるガラスの質感の真っ白の部屋、というように視覚的であり映像的な描き方をしてあります。

また、筆者が水墨画家というだけあって、一つの筆の運びの表現も「たった一本の草を描くだけで、真っ白な空間の中にいくつもの秩序が生まれた。命と命を囲む周囲の状況が見て取れた。」などと、さすがと思わせられます。

もちろん具体的な基本的描法についても釘頭(ていとう)、蟷肚(とうと)、鼠尾(そび)などの説明があり、その上での実際の描画の場面があります。

そして、究極の技法とは「線を引くこと」だという言葉につながっていきます。

勿論、読んでいく過程ではその意味はよく分かりませんが、その言葉は最終的にはタイトルの「線は、僕を描く」へと連なるものなのでしょう。

下掲の動画は本書の本の一端を表した動画です。短いものですので是非一度ご覧ください。

 

 

芸術的な感覚を文字として表現することの凄さは、例えば音楽の世界では、恩田陸の『蜜蜂と遠雷』という作品があります。

この作品は、実在するコンクールをモデルにした架空のピアノコンテストを舞台に、おもに四人のコンテスト出場者の横顔を描き出した青春群像小説で、第156回直木三十五賞および2017年本屋大賞を受賞した作品です。

 

 

また、絵画の世界では『暗幕のゲルニカ』という作品が思い出されます。

ニューヨーク近代美術館のキュレーター八神瑤子と、ピカソの恋人の一人のドラ・マールの二人の行動を章ごとに追いかけ、ピカソと「ゲルニカ」の物語を各々の時代で描きつつ、クライマックスへと突き進んでいく物語です。

この作品は、専門知識をもって資料収集、研究、催事の企画・運営などに携わる専門家のことを意味するキュレーターでもあった原田マハが、その経験と知識を駆使して描き、第155回直木賞の候補となりました。

 

 

他にもすぐに思い出す作品がありますが、どの作品も作者の筆の力で芸術での感動を文章として見事に表現しています。

特に本書『線は、僕を描く』の場合、水墨画家としての経験があるとはいえ、小説家としてのデビュー作だというのですからたまりません。

水墨画を知らしめる文章のみならず、水墨画に出逢い、それまで自分の殻に閉じこもっていた一人の若者が自分を取り戻し、成長していく過程の描写も見事なものです。

個人的にも本屋大賞の大本命ではないかと考える作品です。是非一読をお勧めします。

 

ちなみに、本書は堀内厚徳氏の画でコミック化もされています。(講談社コミックス全四巻)

 

 

また、「【第1話】黒白の花蕾」だけは無料で視聴できるようです。

 

追記 :
さらに、本書は横浜流星を主演として映画化され、2022年10月21日から全国で公開されています。

詳しくは下記サイトを参照してください。

 

予告編