遊戯

遊戯』とは

 

本書『遊戯』は、2007年7月に講談社からハードカバーで刊行され、2009年5月に講談社文庫から250頁の文庫として出版された、連作の短編小説集です。

未完ということを覚悟の上で読み始めたのですが、二人の今後の行方に加え新たに登場した謎の男の存在もあって、やはり今後の展開がどうなるのか気になる作品でした。

 

遊戯』の簡単なあらすじ

 

「現実とネットの関係は、銃を撃つのに似ている」。ネットの対戦ゲームで知り合った本間とみのり。初対面のその日、本間が打ち明けたのは、子どもの頃の忌まわしい記憶と父の遺した拳銃のことだった。二人を監視する自転車に乗った男。そして銃に残された種類の違う弾丸。急逝した著者が考えていた真相は。(「BOOK」データベースより)

 

遊戯』の感想

 

本書『遊戯』は、藤原伊織の遺作となった連作の短編小説集です。

遊戯」は本間透と朝川みのりという一組の男女のそれぞれの生活が描かれている一編の長編というべき短編小説集ですが、著者急逝のため未完となっています。

本書には、この「遊戯」という未完の作品と共に、実質上の遺作である「オルゴール」という短編も収納されています。

 

本書の著者藤原伊織は、2007年の5月に食道癌のために59歳の若さで亡くなられました。

本書の出版が2007年7月ですから、2005年には自身が食道癌に侵されていることを公表しておられることを考えると、本書は癌と闘いながらの執筆だったということになります。

私は図書館で新刊書を借りて読んだのでわかりませんでしたが、ネット上で、文庫版の解説には作者が自身が癌と判明したのが2話目の「帰路」を書いたころだとある、という情報がありました。

 

ジャムライスこと本間透は、ネット上でのビリヤードゲームサイトでパリテキサスと名乗る朝川みのりという女性と知り合います。

本書の第一行目の「非公開にしてもらえます?」という謎の文言から始まるこの物語の導入から、実に自然に物語に滑り込んでいました。

また、会話のきっかけに「paristexas」(パリテキサス)というネット上のニックネームである登録者名から入るところもうまいものです。

この登録者名が邦題を「パリ、テキサス」という映画のタイトルであり、その後の会話につなげていくのです。

 

そういえば、直前に読んだ藤原伊織の『雪が降る』という短編集の表題作である「雪が降る」という作品でも「ランニング・オブ・エンプティ―」という映画の名前が効果的に使われていました。

この映画は邦題を「旅立ちの時」といい、リバー・フェニックス主演の名作映画です。

藤原伊織という作家はこうした小道具の使い方がうまい作家さんでもあるようです。

 

物語は、本間透と朝川みのりの視点が交互に入れ替わり進んでいきます。特に朝川みのりのキャラクターが生き生きとしてて、とても印象的です。

彼女は身長は180cm近くある快活な女性で、本間を通して仕事を得ることになり、その後の展開へと繋がります。

何より、本間は初対面でありながらも長くひとりで抱えてきた秘密をみのりに打ち明けることになるのですが、その経緯がユニークでした。

その後、物語は奇妙な男の登場やみのりの環境の急変など以後の展開が謎に満ちたものになるのですが、前述したように著者は急逝してしまい、本書は未完です。

 

この続きを読みたいと痛切に思いますが、それはかないません。

本書の結末を読むことは永久にできないのですが、それよりも藤原伊織という作家の新たな作品を読むことができないということがとても残念です。

 

もう一編の「オルゴール」は、二度目の不渡りを出したエクステリア用品の販売会社社長の日比野修司と亡妻祥子の前夫である夏目重隆との話です。

夏目はこの国有数の資産家であって、夏目が亡妻祥子へ贈ったオルゴールをめぐって会話が交わされます。

ロマンチックな、というよりは切なさが先に立つ物語でした。

雪が降る

雪が降る』とは

 

本書『雪が降る』は、1998年6月に講談社から刊行され、2021年12月にKADOKAWA文庫から黒川博行氏の解説まで入れて336頁の文庫として出版された、六編からなる短編小説集です。

藤原伊織の作品集らしく美しい文章で紡がれる叙情豊かな作品集であって、かなり興味深く読みました。

 

雪が降る』の簡単なあらすじ

 

ギャンブルに溺れ、自堕落な日々を過ごす会社員・志村。彼の元に、1通のメールが届く。“母を殺したのは、志村さん、あなたですね”メールの送り主は、かつて愛した女性・陽子の息子だったー。訪ねてきた少年とともに、志村は目を背け続けてきた彼女との記憶を辿り始める。その末に明らかになる、あまりにも切ない真実とは(「雪が降る」)。不朽の名作『テロリストのパラソル』の著者による、6篇を収録した短編集。(「BOOK」データベースより)

目次
台風 | 雪が降る | 銀の塩 | トマト | 紅の樹 | ダリアの夏

 

雪が降る』の感想

 

本書『雪が降る』は、それぞれに分類をしにくい六編の短編小説からなる作品集です。

藤原伊織らしい美しい文章の叙情的な作品が収められており、その世界観に浸って面白く読むことができました。

おかげで、この作者の全作品を再度読み返そうという気にさせられた作品集でした。

 

冒頭に述べたように、本書は青春小説、恋愛小説、企業小説、ハードボイルド等と、一つの短編でも明確には分類できない作品が並びます。

第一話の「台風」は、ある企業の営業職に勤務するサラリーマンの日常と、営業ノルマに耐えかねた主人公のかつての部下が犯した傷害事件の描写から始まり、物語は主人公の過去へと遡ります。

かつての部下が起こした事件が、主人公の生家である玉突き屋で起きたある事件を思い出させたのですが、この話からして分類しづらい作品でした。

 

そして第二話の「雪が降る」という作品がいかにも藤原伊織の描く物語世界らしい、ミステリアスな恋愛小説でした。

この話も、解説で黒川博行氏が書かれているように、とある食品企業の販売促進課に勤める主人公の業務の一面が描かれる企業小説的側面を持っています。

しかしながら、この物語自体は親友の妻であった女性と主人公との恋愛物語というべきでしょう。

その上、二人の話にもっていくまでの物語の展開が見事で、先の展開が気になり本を置けなくなってしまいます。

何よりも問題の女性が書いた主人公へのメールが驚きです。現実にはあり得ないだろうその文面は、いかにもこの作者の世界観ならではのものでした。

ただ、この女性の夫である主人公の親友はどういう立場に立たされるものなのか、考えないではおられませんでした。

 

第三話の「銀の塩」は、軽井沢を舞台にしたある種犯罪小説であり、また恋愛小説という言うべき物語です。

この物語も一歩引いてみるとあり得ないと思われる設定ですが、何故か心惹かれる作品に仕上っています。

 

第四話の「トマト」は、自分は人魚だという女性が主人公にトマトについて語る話で、数頁しかない短編であり、若干戸惑いを感じてしまった作品でした。

 

第五話の「紅の樹」は正面からヤクザを主人公としたハードボイルドです。

たまたま隣の部屋に越してきた母娘のために命を懸ける男の話であり、ストレートに男の生きざまを語っています。

今の時代、「男の」という修飾語をつけることは憚るべきことなのでしょうが、かつて高倉健が演じた東映の任侠映画にも通じる側面があるこうした物語を好む自分がいることを否定できません。

藤原伊織の文章の紡ぎ方がよく分かる作品です。

 

第六話の「ダリアの夏」は、デパートの配送人の男のある配送先での出来事を描いた話です。

この話を読んで、 ロバート・B・パーカーの『初秋』というハードボイルド作品を思い出していました。一人の男と少年の物語という点だけが同じで他は全く異なる物語ですが、少年の成長を感じさせる点で思い出したのかもしれません。


 

知人から文庫本を貰ったのをきっかけに久しぶりに藤原伊織の作品を読んだのですが、やはりこの人の作品は私の一番の好みだとあらためて思いました。

一応はこの人の作品はその殆どを読み終えているのですが、再度読み返そうと思うほどに引き込まれたのです。

この頃は小説を読む頻度もかつてほどにはなくなってきていたので、再度、読書の気分を奮い立たせる意味でもいいかとおもうのです。

やはり、藤原伊織の作品はいい。

てのひらの闇

てのひらの闇』とは

 

本書『てのひらの闇』は、1999年10月に文藝春秋からハードカバーで刊行され、2002年11月に文春文庫から464頁の文庫として出版された、長編のハードボイルドミステリー作品です。

 

てのひらの闇』の簡単なあらすじ

 

飲料会社宣伝部課長・堀江はある日、会長・石崎から人命救助の場面を偶然写したというビデオテープを渡され、これを広告に使えないかと打診されるが、それがCG合成である事を見抜き、指摘する。その夜、会長は自殺した!!堀江は20年前に石崎から受けたある恩に報いるため、その死の謎を解明すべく動き出すが…。(「BOOK」データベースより)

 

てのひらの闇』の感想

 

本書『てのひらの闇』は、長編のハードボイルドミステリー作品です。

 

本書の魅力をあらためて考えてみると、企業小説としてのリアリティと、魅力的なキャラクターを持った登場人物の存在が挙げられます。

企業勤務のサラリーマンという経験がない私にとって、サラリーマンとしての主人公を描く時、その専門性や社会人としての振る舞いの描写におけるリアリティはかなり重要です。

本書では、暴力とは縁のない筈の企業人と、その企業人の持つ攻撃性や暴力性を描く時のリアリティが妙に両立しています。

そして、その現実感と虚構感がうまくないまぜになった独特の雰囲気を醸し出していると思えるのです。

 

このサラリーマンとしてのリアリティは、作者の藤原伊織が業界最大手の広告代理店である電通に勤務していたことからその臨場感にあふれた表現は納得のものです。

加えて、文章力もその仕事の中で培われたものでしょうか。情感豊かに描き出される登場人物の心象そのものや、心象風景も含めた舞台背景など、その説得力は群を抜いていると思います。

さらに言えば、例えば「CSP(コミュニケーション・スペクトラム・パターン)」という広告の販促機能を数値化する目的で考えられたモデルなど、専門的な言葉があげられ、それに対し的確に説明が加えられているのです。

 

そして魅力的なキャラクターという点においては、会社勤めのサラリーマンにも見るべき存在ばかりです。

まずは主人公の宣伝部制作担当課長の堀江雅之がいて、その部下の宣伝部主任である大原真理が重要です。部内では群を抜いているという堀江の評価です。

そして、堀江の同期で取締役経営企画部長の柿島隆志、事件の発端である会長の石崎博久が魅力的です。

こうした企業人たちに加え、さらに「ブルーノ」というバーの経営者であるナミちゃん、その弟のマイク。そして、謎の中心にいる加賀美順子佐伯貴恵という姉妹と、実に惹かれる登場人物が並ぶのです。

 

登場するヤクザも、主要キャラは高倉健の任侠映画にも通じる、人間としての筋を通した生き方を体現した存在です。

もちろん、主人公の堀江もその流れの中に生きている存在であり、だからこそ本書の主人公も読み手である私の琴線に触れたのだと思われます。

その堀江を育てた男でもある関東源修会の会長坂崎大吾が存在感があります。

それに敵役となる吉永興産の取締役である勝沼英樹もまたそれなりの存在であり、だからこそ堀江の活躍もまた光が当たってくると思います。

 

こうして企業小説としても読める本書『てのひらの闇』では、作者の電通勤務時代の知識が生きた広告業界の内幕が語られ、あわせてバイオレンス色も強調されていきます。

ストーリは言ってしまえば単純ですが、ミステリーの要素も含みつつも個々の人間が魅力的に描かれていきます。厚みのあるその文章と共に、面白い小説の最右翼の一つだと思います。

 

続編として、『名残り火 てのひらの闇Ⅱ』が書かれています。

ひまわりの祝祭

ひまわりの祝祭』とは

 

本書『ひまわりの祝祭』は、1997年6月にKADOKAWAからハードカバーで刊行され、2009年9月に角川文庫から544頁の文庫として出版された、長編のハードボイルド小説です。

 

ひまわりの祝祭』の簡単なあらすじ

 

妻が妊娠をかくしたまま自殺した。ショックで隠遁生活を送る秋山に、元上司から奇妙な依頼が来た。「一晩で500万、カジノで負けてくれ。」その日から、妻に似た謎の美女、やくざ、闇社会の大物などが現れ、執拗に付けまわされる。謎を解く鍵は、ゴッホの名画「ひまわり」だったー。直木賞・乱歩賞受賞第1作。名作『テロリストのパラソル』に並ぶ、疾走感溢れる展開と緻密な構成が秀逸なミステリの傑作。(「BOOK」データベースより)

 

ひまわりの祝祭』の感想

 

本書『ひまわりの祝祭』は、藤原伊織の長編ハードボイルドミステリーです。

 

妻の死以来怠惰な日々を送る主人公の前に、あるカジノで死んだ妻そっくりの女性が現れます。

その後、何かと面倒なことが起き始めますが、それらの出来事の中心にはゴッホの「ひまわり」があるらしいのでした。

 

ゴッホの8枚目の「ひまわり」の謎に加え、主人公の死んだ妻の死にまつわる謎もからめ、様々な個性的な人物が登場し、物語は展開します。

本作品は、この作家の会話の妙が十分に堪能できる作品であることに加え、エンタテイメント作品としての面白さがあります。

郷原宏氏の言葉を借りれば、本書の魅力とは「正確で美しい日本語、時代性を刻印した軽妙な会話、魅力的で彫りの深い登場人物群、奇想天外でしかも臨場感に満ちた物語展開」にあるのです。

また、誰かが本書を評して「愛の物語」と書いていましたが、まさにその通りではないでしょうか。

面白い小説として自信を持ってお勧めできます。

テロリストのパラソル

テロリストのパラソル』とは

 

本書『テロリストのパラソル』は、1995年9月に講談社からハードカバーで刊行され、1998年7月に講談社文庫から387頁の文庫として出版された、長編のハードボイルド小説です。

1995年に第41回江戸川乱歩賞、翌1996年に第114回直木賞の両賞受賞という史上初の快挙を成し遂げているというのも納得できる作品です。

 

テロリストのパラソル』の簡単なあらすじ

 

アル中のバーテン・島村は、ある朝いつものように新宿の公園でウイスキーを呷った。ほどなく、爆弾テロ事件が発生。全共闘運動に身を投じ指名手配された過去を持つ島村は、犠牲者の中にかつての仲間の名を見つけ、事件の真相を追うー。乱歩賞&直木賞を史上初めてダブル受賞した傑作。(「BOOK」データベースより)

 

テロリストのパラソル』の感想

 

本書『テロリストのパラソル』は、江戸川乱歩賞と直木賞の両賞を同時に受賞するという快挙を成し遂げたハードボイルド作品です。

私がこの作者藤原伊織の作品にはまった物語でもあります。

 

とある昼間、新宿の中央公園で爆発が起こった。

近くで飲んでいた島村はからくも爆発には巻き込まれなかったのだが、同様の事件を起こし人死にを出した過去を持つ身であるため、その場から立ち去ってしまう。

しかし、その時自らが現場に残したウィスキーの瓶からは島村の指紋が検出され、更にはその爆発での島村の過去につながる人の死を知り、爆発事件の真相を探るべく動き始めるのだった。

 

本書『テロリストのパラソル』では、世に潜みつつアルコールに溺れる日々を送る主人公が、自らの過去に立ち向かうその筋立てが、多分緻密に計算されたされたであろう伏線と台詞回しとでテンポよく進みます。

適度に緊張感を持って展開する物語は、会話の巧みさとも相まって読み手を飽きさせないのです。

暴力的というわけでもなく、露骨に事件について嗅ぎまわる姿が描いているわけもありません。

しかし、文学的とも称される格調高い文章で語られるこの物語は、主人公の気の利いた台詞とも相まって読者を引きずり込んでしまうのです。

 

第165回直木賞の候補となった『おれたちの歌を歌え』を書いた呉勝浩は、自分なりの本書『テロリストのパラソル』を書きたかった、と書いておられました。

本書『テロリストのパラソル』を是非読んでください。面白い作品です。

 

ちなみに、本稿冒頭に掲げてある講談社書籍イメージはAMAZONでの本書文庫が講談社しか存在しなかったからであり、楽天BOOKSではより出版年時の新しい文春文庫版も出品してありました。また、Yahooショッピングでは両出版社共に出品してありました。