『てのひらの闇』とは
本書『てのひらの闇』は、1999年10月に文藝春秋からハードカバーで刊行され、2002年11月に文春文庫から464頁の文庫として出版された、長編のハードボイルドミステリー作品です。
『てのひらの闇』の簡単なあらすじ
飲料会社宣伝部課長・堀江はある日、会長・石崎から人命救助の場面を偶然写したというビデオテープを渡され、これを広告に使えないかと打診されるが、それがCG合成である事を見抜き、指摘する。その夜、会長は自殺した!!堀江は20年前に石崎から受けたある恩に報いるため、その死の謎を解明すべく動き出すが…。(「BOOK」データベースより)
『てのひらの闇』の感想
本書『てのひらの闇』は、長編のハードボイルドミステリー作品です。
本書の魅力をあらためて考えてみると、企業小説としてのリアリティと、魅力的なキャラクターを持った登場人物の存在が挙げられます。
企業勤務のサラリーマンという経験がない私にとって、サラリーマンとしての主人公を描く時、その専門性や社会人としての振る舞いの描写におけるリアリティはかなり重要です。
本書では、暴力とは縁のない筈の企業人と、その企業人の持つ攻撃性や暴力性を描く時のリアリティが妙に両立しています。
そして、その現実感と虚構感がうまくないまぜになった独特の雰囲気を醸し出していると思えるのです。
このサラリーマンとしてのリアリティは、作者の藤原伊織が業界最大手の広告代理店である電通に勤務していたことからその臨場感にあふれた表現は納得のものです。
加えて、文章力もその仕事の中で培われたものでしょうか。情感豊かに描き出される登場人物の心象そのものや、心象風景も含めた舞台背景など、その説得力は群を抜いていると思います。
さらに言えば、例えば「CSP(コミュニケーション・スペクトラム・パターン)」という広告の販促機能を数値化する目的で考えられたモデルなど、専門的な言葉があげられ、それに対し的確に説明が加えられているのです。
そして魅力的なキャラクターという点においては、会社勤めのサラリーマンにも見るべき存在ばかりです。
まずは主人公の宣伝部制作担当課長の堀江雅之がいて、その部下の宣伝部主任である大原真理が重要です。部内では群を抜いているという堀江の評価です。
そして、堀江の同期で取締役経営企画部長の柿島隆志、事件の発端である会長の石崎博久が魅力的です。
こうした企業人たちに加え、さらに「ブルーノ」というバーの経営者であるナミちゃん、その弟のマイク。そして、謎の中心にいる加賀美順子と佐伯貴恵という姉妹と、実に惹かれる登場人物が並ぶのです。
登場するヤクザも、主要キャラは高倉健の任侠映画にも通じる、人間としての筋を通した生き方を体現した存在です。
もちろん、主人公の堀江もその流れの中に生きている存在であり、だからこそ本書の主人公も読み手である私の琴線に触れたのだと思われます。
その堀江を育てた男でもある関東源修会の会長坂崎大吾が存在感があります。
それに敵役となる吉永興産の取締役である勝沼英樹もまたそれなりの存在であり、だからこそ堀江の活躍もまた光が当たってくると思います。
こうして企業小説としても読める本書『てのひらの闇』では、作者の電通勤務時代の知識が生きた広告業界の内幕が語られ、あわせてバイオレンス色も強調されていきます。
ストーリは言ってしまえば単純ですが、ミステリーの要素も含みつつも個々の人間が魅力的に描かれていきます。厚みのあるその文章と共に、面白い小説の最右翼の一つだと思います。
続編として、『名残り火 てのひらの闇Ⅱ』が書かれています。