元陸自のヘリパイロット・新居見充は3年前の平成南海トラフ大震災の際に妻と息子を失った。たったひとり残った家族―東京で医師として働く娘とは絶縁状態。今は御殿場の養護老人ホームで働きながら喪失と悔恨の念に苦しんでいる。ある日、旧友の静岡日報の記者・草加が「富士山の噴火が近い」という情報を得る。「御殿場市は、全市民の避難が必要になる!」古巣の自衛隊、消防や警察などを巻き込んで、新居見が中心となった避難計画が動き出す―。噴火予測年は2014年±5年、想定死者数最大1万3千人、被害総額2兆5千億円ともいわれる、直近かつ最大の危機に真っ向から挑むとともに、父と娘の絆の再生を描き出す、感動のノンストップ防災サバイバル・エンタテインメント! (「BOOK」データベースより)
本書は平成南海トラフ大震災で娘以外の家族を失った自衛隊員を主人公にした物語で、富士山の噴火という未曾有の大災害を前に、ヘリコプターのパイロットとして救護活動に当たった実績をもとに、再び市民を救助するために立ち上がる、という物語です。
本書での富士山噴火の情景描写は凄まじく、なかなかに本を置くことが出来ないほど面白いパニック小説でした。この作家の作品の中でも一番完成度が高い作品だと思います。
それはヘリコプターの一パイロットが事実上市民の避難活動の指揮を執るという現実感の無さを越えたところで繰り広げられる人間ドラマの魅力にもあるでしょうし、緊張感にあふれる避難活動の描き方にもあるのではないかと思われます。
話は変わりますが、本書を読んだのが2016年02月07日で、その二月余り後の2016年4月14日にマグニチュード6.4、最大震度7の熊本地震が起きました。私の住む熊本市中央区で震度5強。その二日後にはマグニチュード7.3、西原村や益城町では最大震度7、私の地域でも震度6強の地震が襲いました。
物語ではなく、現実の地震の恐怖は、それも立て続けに震度5を超えるものだけでも五~六回もの地震の恐怖はもう経験したくありません。こうした天災は本の中だけであって欲しい。心からそう思いました。
本書で示されている富士山の噴火という事態は確かにフィクションです。しかしながら、このフィクションが示す災厄とはスケールにおいて全く異なりはするものの、ことが起きてからの行政や自衛隊、市民の行動は、近年だけ見ても阪神淡路、新潟、東日本、熊本、鳥取と現実に起きた災害での実際と重なります。こうした災害が日本国中どこで起きてもおかしくないし、実際起きたのです。
先日、東日本大震災の余震と思われる地震が福島沖であり、津波警報が発令されました。その際、殆どの人たちはすぐに高台に避難されたそうです。ただ、自家用車で避難しようとした人もかなりおり、結局渋滞で身動きが取れなくなった、という記事を読みました。
幸いなことに津波はほとんど無くて済んだので、悲惨な事態を繰り返すことはありませんでしたが、それは結果論です。本書のような自然災害を描く作品はエンターテインメントであると同時に啓蒙の書でもあります。個々人の注意喚起の意味でも大切だし、その作品がエンターテインメントとしても面白いということはこれ以上のものはないでしょう。
著者は、『巨大地震の日 命を守るための本当のこと』や『東海・東南海・南海 巨大連動地震』のような注意喚起のためのノンフィクションも書かれています。本書もそうした著者の思いがしっかりと示された作品であり、エンターテインメント小説です。