本書『ババヤガの夜』は、暴力こそ楽しみと感じる女性を主人公にした、ソフトカバー版で181頁という分量を持つ長編のバイオレンスアクション小説です。
一頁あたりの文字数が少なく、また内容も文章もかなり読みやすいのですが、今一つ好みとは異なる作品でした。
『ババヤガの夜』の簡単なあらすじ
お嬢さん、十八かそこらで、なんでそんなに悲しく笑う――。暴力を唯一の趣味とする新道依子は、腕を買われ暴力団会長の一人娘を護衛することに。拳の咆哮轟くシスターハードボイルド!(Amazon「内容紹介」より)
関東最大規模の暴力団興津組の直参である内樹会の会長・内樹源造の邸宅で白いセダンから降ろされたのは、東大寺南大門の金剛力士像にも似た筋骨隆々とした肉体を持つ女だった。
新宿の街でヤクザ相手に喧嘩をし、袋叩きに会った末に連れてこられ、内樹源蔵の娘尚子のボディーガードをするように命じられたのだ。
その尚子は明治や大正時代の美人画から抜け出てきたような、古風な風体の美少女だった。
『ババヤガの夜』の感想
図書館の新刊の棚に「血、暴力、二人の女 拳の咆哮轟くシスター・バイオレンスアクション!」と書かれた帯をまかれた『ババヤガの夜』というタイトルの本書を見つけたので、ただその帯の文言だけで借りた作品です。
結論から言うと、先に書いたとおり、私の好みとは異なる作品でした。
主人公の新道依子は暴力衝動を持ち、鍛え上げられた肉体を武器とする喧嘩三昧の女であり、冒頭からヤクザを相手に凄惨なアクションが展開されます。
しかし、書き込みが薄いこともあり、物語として魅力を感じにくい作品でした。
本書『ババヤガの夜』の主人公新道依子は、喧嘩を趣味とする、武道に長けたという女性です。
この新道依子という女性は、幼いころから祖父に実戦で使える暴力の技術を、柔道、空手、拳法となんでも喧嘩の技術として叩き込まれて育ちました。
依子には天稟があったらしく、力の中に身を浸すのを楽しいと感じるようになり、暴力は依子の唯一の趣味になっていたというのです。
その新道依子が、大学に通う、華道、茶道、ピアノ、英会話などに加え、乗馬や弓道まで習っている日本人形のような暴力団組長の娘・尚子のボディーガードとなります。
尚子の母親は、むかし若頭だった男と駆け落ちをし、内樹は長年その二人を探し続けているのです。
この尚子の許嫁が池袋の豊島興業の宇田川という男だったのですが、この男が徹底したサディストでした。
この尚子と依子の物語とは別に、挿話として、芳子という女と、今どきあまり見ないかっちりした角刈りの胡麻塩頭の昔気質の職人を思わせる正と呼ばれる人物との暮らしが語られています。
設定自体が簡単であるのは別に問題はありません。面白い物語ほど物語自体は単純なものが多いのは事実です。
ただ、本書『ババヤガの夜』の登場人物に今一つ魅力を感じませんでした。
主人公の新道依子自体が暴力衝動を持った金剛力士像のような肉体を持った女というだけで、それ以外の人間性はあまり分かりません。
たしかに、犬のために脱走をあきらめたり、尚子のために一生懸命に尽くしたりと、優しさを持った強い女であることは分かりますが、何か足りない印象がします。
また、依子が認める数少ない男の一人である若頭補佐の柳永洙にしても、また内樹源蔵の娘尚子の許嫁である豊島興業の宇田川にしても今一つ魅力を感じませんでした。
たしかに物語の中に大きな仕掛けも施してあり、終盤になるとしてやられた感もあります。
単にバイオレンス満載のエンタテイメント小説というだけではない、読者を楽しませる意図を持った面白さを持っていることは否定しません。
しかしながら、それ以上のものがありません。
物語として面白いかと問われれば、面白くないとは言えません。しかし、諸手を挙げて面白いから読みなさい、とはとても言えないのです。
同じバイオレンスの作品であっても、より過激である平山夢明の『ダイナー』はかなり読みごたえのある作品であり、蜷川実花氏によって映画化もされました。
『ダイナー』は殺し屋専門のレストランを舞台とした物語で、コックのボンベロのもとで雇われることになったウエイトレスのオオバカナコの目線で語られる作品でした。
この作品はバイオレンス満載で、時にはグロテスクな場面もあったのですが、描写自体のうまさ、オオバカナコの行動、そしてボンベロの台詞の面白さなども相まって、かなり面白い作品でした。
現実に起きた事件をモデルにした長編ミステリーでグロテスクな描写を含んでいながら、妙な面白さを持って迫ってくる小説です。
独りの男のコントロール下に置かれた複数の人間が、次第に壊れていく様を、緻密な筆致で描き出してあります。
上記の二冊ともにストーリー展開の面白さも勿論ですが、物語の向こうに単なる暴力を超えた描写力の凄さ、さらには人間存在のおかしさをも感じさせてくれる作品です。
結局は、どんな物語であっても、その物語なりのリアリティがなければ感情移入できません。
緻密な描写が必要とまでは言いませんが、その作品なりの真実性を持った世界観が確立していないと物語としてのめりこめないと思います。
その点で本書『ババヤガの夜』は物足りなさを持ったと思われます。
ちなみに、タイトルの「ババヤガ」とは、フリーアナウンサーの宇垣美里市によれば、“Baba Yaga”はスラブ民話にでてくる森にすむ妖婆のことを指す、そうです。( Book Bang : 参照 )