江戸ながれ人

箱師の正平、芸者の染吉、半玉の雛菊、ちづという門前仲町の置屋紀之屋の面々、目明しの喜久造の子分の伊之助、そして用心棒代わりの玉吉らは本所五ツ目(今の東京都江東区大島)にある五百羅漢寺に来ていた。田圃の真ん中に立つこの寺のさざえ堂の回廊は三階建であり、江戸全体が一望できる名所だった。「火事だ!」との声をもとに見やると、北側の亀戸方面に半里(二キロ)程先に煙が上がっている。早速様子を見に行くことになった一行だったが、そこで不審な侍たちとすれ違い、更には裸の女を拾うこととなってしまう。また、焼け跡からは家主と思われる男と、侍の死体が見つかる。拾った女を匿うことになった玉吉らはこの侍をめぐり、とある藩の揉め事に巻き込まれることになるのだった。

巻を進めるごとに本シリーズの色がはっきりとハードボイルドになってきました。特に前巻はそうだったのです。本書はまた捕物帖としての色合いに戻るのかと思っていたのですが、前巻ほどではないにしろ、やはりハードボイルドでした。

拾った女とともに殺されていた侍の身分が明らかになるにつれ、事件の背景を探っていた玉吉は侍たちに襲われ、やっと一命を取り留めたりもしますが、なかなかにその展開が読者を引きつけます。謎解きそのものがメインではないのですが、その探索の過程での玉吉の活躍が見せ場を欠かしません。

ただ、玉吉の幇間という設定は本書でもあまり意味がありません。別に読み手がその点にこだわる必要はないとは思うのですが、ユニークな設定だけにもう少し幇間という職業を生かした筋立てを見せてもらいたい気もします。

本書は特に終盤に作者の力量が現れているような気がします。みえという拾われた女のキャラクターがどんどんはっきりとして来るのも面白いのですが、新たに玉吉の過去を知る人物が登場し、場面を盛り上げます。

ここらのみえという名の女や新しい登場人物の行動の描き方がへんに理屈っぽくなく、ざっくりと断定されていて実に小気味良く感じました。立ち回りの場面のテンポの良さも含めて読んでいて調子いいのです。というよりも私個人の好みに合致していたといった方が良いのかもしれませんが。

今後の展開が楽しみなシリーズです。

海よ かもめよ

今回の玉吉は江戸の町を離れ、下総での活躍が描かれます。そして、捕物帳の主人公というよりも、あたかもあの名作映画「用心棒」での椿三十郎のような、風来坊としての活躍が光っています。まさに下総の寒風吹きすさぶ寒村にふらりと現れたヒーローが活躍する時代劇ハードボイルドなのです。

江戸での知り合いであるお店の小僧万吉の兄が強盗一味の手によって殺された。玉吉は自暴自棄になっている万吉のために、万吉の兄を殺した犯人を探して下総までやってくる。下手人たちが潜んでいると思われる奥畑村のばんげ浜は、網本の泉州屋六兵衛の支配下にあって、鰯漁をめぐって仇敵である三輪村の網本の八橋常右衛門と対立している寒村だった。玉吉は顔もよく分からない下手人たちをあぶりだすためにも村同士の争いに飛び込んでいくのだった。

寒村に現れた風来坊が対立する二つの村の間に入って何かとかき回し、村内の女との色恋沙汰を経て、子供たちを助けつつ、ヤクザものを相手に大立ち回りする。よくある展開ではあるのですが、鰯漁で生計を立てている九十九里浜近在の漁師たちのありようをも良く書き込んであります。それは、つまりは物語の舞台背景を十分に書き込んであるということで、物語が平板化しておらずとても読みやすく、面白い活劇小説として出来上がっています。

第一巻で感じたハードボイルドタッチという印象は、勿論、客観的描写に徹するという本来の意味ではなく、物語の雰囲気の話ではあるのですが、本書では更にハードボイルドそのものという印象になっています。幇間としての玉吉の姿は全く見せず、ひとりの渡世人である風来坊としての玉吉になっているのです。

それでいて、本来の設定である深川の幇間が、何故に下総まで来て村同士の対立に首を突っ込む羽目になっているのか、という背景説明もきちんと書き込まれています。それどころか、下総にいる玉吉という舞台を設定するなかで、「関八州」が何故に無法地帯となっているのか、の時代背景も説明されていて、物語世界が違和感なく成立しています。

こうした細かなところの書き込みが出来ている小説は読んでいて心地いいものです。読み手は違和感を感じることなく安心して物語世界に没頭することが出来ます。

ただ、八橋常右衛門にくっついているヤクザものの加世田の楢吉が雇っている大江という浪人者が、何かありそうなキャラクターとして登場してきているわりには少々しりすぼみだったり、奥畑村の砂子屋藤兵衛という組頭がこれまたはっきりしない描かれ方だったりと、若干気になる個所はありますが、それも私が個人的に思うだけのことでしょう。

そうした難癖は無視して何も問題はなく、本シリーズは掘り出し物だとあらためて思いました。

いくさ中間

人公玉吉は木場の材木置き場まで来たときに突然何者かに襲われた。人違いと分かり賊は直ぐに退散したのだが、後には瀕死の浪人が残されていた。その浪人から頼まれ、その10歳の娘に金を届けるが、天涯孤独の身となった娘をそのままにはしておけず、その娘の行く末を見守ることにし、更に父である浪人の死の原因を探るのだった。

今回は幇間としての玉吉は影をひそめています。遊び人が好奇心から事件の背景を探る、という設定でも行ける程です。しかし、たまに主人公玉吉の過去が垣間見え、やはり玉吉の物語ではあります。その玉吉の過去が少しずつ見えてくる点でも読み手としてはその後の展開に期待が持てます。

この作家については何も分かりませんが、なかなかにテンポの良い文体で、とても気持ち良く読むことが出来ます。続刊が出るのが待ち遠しいほどです。

あばれ幇間

かつて御家人として剣の道に生きていた玉吉は、今は幇間として裸踊りで座敷を沸かす日々を送っている。ある日、玉吉は己の過去を知る人物から呼び出され、三年前から江戸を荒らす押込み強盗について調べ始める。裏で糸を引く存在に気づいたことをきっかけに、次第に大きな陰謀に巻き込まれていくことに…。果たして、玉吉は稀代の悪に正義の剣を振るうことができるのか!?江戸の民のため太鼓持ちが颯爽と闇を討つ、痛快時代小説第一弾。(「BOOK」データベースより)

ブログ「時代小説SHOW」を眺めていて、面白いとあったので早速借りました。

武士が町人の座敷で裸踊りをして生計を立てる。そこには徹底して心まで落ちてしまうか、本書の主人公のように人間としての矜持を持ちつつ生きていくのかで大きな差があるのでしょう。

本書のラスト近くで格之丞の過去が少しだけ語られます。そこに裸踊りをする自身の覚悟も垣間見えます。

軽く読めるのですが、ハードボイルドタッチの展開は引き込まれてしまいました。決してストーリー展開は練れているとは思えないのですが、それでもリズム良く引き込まれます。面白いです。

紀之屋玉吉残夢録シリーズ

主人公玉吉は門前仲町の芸者置屋「紀之屋」の幇間です。いわゆる太鼓持ちですね。曽呂利新左衛門がその機知を生かし太閤秀吉のご機嫌伺いをしていたため、座敷で旦那衆の機嫌を取ることを「太閤持ち」から「太鼓持ち」というようになったという説もあると、ウィキペディアに書いてありました。

玉吉は元御家人で本名を澤井格之丞といい、蝦夷地にわたり辛苦の末舞い戻ってきたという設定です。剣術の腕も相当なもので、そこを与力の中島嘉門に目をつけられ、言わば仕置人のような仕事を持ちかけられます。

巻を追うごとにハードボイルドタッチが強くなっています。それはそれで面白くていいのです。しかし、巻が進むにつれ、幇間という当初の設定はあまり意味を持たなくなっているのは、少し残念な気もします。

思いのほかテンポのいい文章です。その文体のテンポの良さはどこから来るのか、そのリズムの心地よさについつい本が置けずに一気に読んでしまいます。この作家は時代背景や場面説明などの書き方のタイミングが良く、またその説明も簡潔で小気味良いのです。そうした文章の過不足の無い簡潔さが、心地よいりズを作っている原因の一つではないでしょうか。

とにかく、私には好みの面白いシリーズです。

紀之屋玉吉残夢録シリーズ(2015年04月01日現在)

  1. あばれ幇間
  2. いくさ中間
  3. 海よ かもめよ
  4. 江戸ながれ人