江戸ながれ人-紀之屋玉吉残夢録(4)

本書『江戸ながれ人』は、紀之屋玉吉残夢録シリーズの第四弾となる長編の痛快時代小説です。

巻を進めるごとにハードボイルド色が強くなってきた本『紀之屋玉吉残夢録シリーズ』ですが、本書になっても前巻ほどではないにしろ、やはりハードボイルドでした。

 

出くわした火事で、焼け出された美女を助けた深川の幇間・玉吉。焼け跡からは、何者かに斬殺された二つの死体が見つかる。詳しい事情は話せないが帰るところがないと泣く女を放っておくことができず、玉吉は長屋に匿うことに。だが、秘密を抱えた女に再び魔の手が迫る。調べを進める玉吉はやがて、名家の存亡に関わるとんでもない事実を知ることになるのだった―。元御家人の太鼓持ちが颯爽と闇を討つ!(「BOOK」データベースより)

 

玉吉らが居合わせた火事場で殺されていた侍の身分が明らかになってきますが、事件の背景を探っていた玉吉も侍たちに襲われたりと、謎解きの過程での玉吉の活躍が描かれます。

ただ、幇間という設定が本書でも意味をなくしています。せっかくユニークな設定を設けているのですから、もう少し幇間という職業を生かした筋立てを見せてもらいたい気もします。

 

本書『江戸ながれ人』では特に終盤に作者の力量が現れているようです。

“みえ”という拾われた女のキャラクターが次第に明確になってくるのも面白いのですが、新たに玉吉の過去を知る人物が登場して場面を盛り上げます。

ここらの“みえ”という名の女や新しい登場人物の描き方が理屈っぽくなく、ざっくりと断定されていて実に小気味良いのです。

立ち回りの場面の調子の良さも含めて気持ち良く読めました。というよりも私個人の好みに合致していたといった方が良いのかもしれません。

今後の展開が楽しみなシリーズです。

 

と、ここまでは以前書いていたのですが、2014年7月に本書『江戸ながれ人』が出版されて以来、続編は書かれていません。残念です。

海よ かもめよ-紀之屋玉吉残夢録(3)

本書『海よ かもめよ』は、紀之屋玉吉残夢録シリーズの第三弾となる長編の痛快時代小説です。

本書での玉吉は、まさにハードボイルド小説の主人公としての存在が色濃く描かれていて、楽しく読むことができました。

 

ここは下総ばんげ浜。かつて鰯漁で栄華を極めたこの浜に玉吉がやってきたのにはわけがあった。江戸で残忍このうえない強盗を働いた一味がばんげ浜に逃げ込んだと知れたからだ。こたびの追跡行は北町奉行所与力・中島嘉門の裏の命がきっかけとなったのではない。連中に兄を殺された小僧万吉のたっての望みに応えるためだ。折しも、久方ぶりに大漁に恵まれた浜は網元同士の対立もあって殺気立っていた。強盗一味はどこに潜り込んだのか。深川の幇間玉吉の、たった独りの危険な探索が始まった。大好評シリーズ第三弾!(「BOOK」データベースより)

 

今回は江戸の町を離れ、下総での活躍する玉吉の姿が描かれます。それは捕物帳の主人公ではなく、黒沢映画「用心棒」での椿三十郎にも似た風来坊としての活躍なのです。

寒村に現れた風来坊が対立する二つの村の間に入ってかき回し、村内の女との色恋沙汰もありつつ子供たちを助け、ヤクザものを相手に大立ち回りします。

まさに下総の寒風吹きすさぶ寒村にふらりと現れたヒーローが活躍する時代劇ハードボイルドです。

 

 

よくある展開ですが、九十九里浜近在の鰯漁で生計を立てている漁師たちのありようをも良く書き込んであります。

それは、つまりは物語の舞台背景を丁寧に書き込んであることを意味し、物語が平板化せずに読みやすく、面白い活劇小説として仕上がっているのです。

 

第一巻で感じたハードボイルドタッチという印象は、もちろん物語の雰囲気の話ではあるのですが、本書『海よ かもめよ』ではまさにハードボイルドそのものの物語になっています。

幇間としての玉吉ではなく、ひとりの渡世人である玉吉になっているのです。

それでいて、深川の幇間である筈の玉吉が下総まで来て村同士の対立に首を突っ込んでいるのか、という背景説明もきちんと書き込まれています。

加えて、下総にいる玉吉という設定のなかで、「関八州」が無法地帯となっている理由という時代背景も説明されていて、物語の世界が違和感なく成立しています。

 

このような細かい書き込みが出来ている小説は読んでいて心地いいものです。読み手は違和感を感じることなく安心して物語世界に没頭することが出来ます。

ただ、加世田の楢吉が雇っている大江という浪人者の存在がいわくありげであるわりにはしりすぼみだったり、奥畑村の砂子屋藤兵衛という組頭がこれまたはっきりしない描かれ方だったりと、気になる個所はありますが、それも私が個人的に思うだけのことでしょう。

しかしそうした難癖は無視して何も問題はなく、本『紀之屋玉吉残夢録シリーズ』は掘り出し物だとあらためて思いました。

いくさ中間-紀之屋玉吉残夢録(2)

本書『いくさ中間』は、紀之屋玉吉残夢録シリーズの第二弾となる長編の痛快時代小説です。

父親としての玉吉の姿が垣間見える一編で、読みがいのある面白さ満載の作品でした。

 

深川は門前仲町の芸者置屋「紀之屋」の玉吉は、何者かに襲われ息絶えようとする浪人から、この金を娘に、と託される。届けに行った先で出会ったのは、たった十歳で天涯孤独になってしまった娘、ちづ。玉吉はかつて御家人だった頃に失った自分の娘とちづを重ね、浪人が殺された理由を調べ始める。その裏には、奉行所も頭を悩ませるある事件がからんでいるのだった…。苛烈な過去を持つがゆえに心優しき幇間が江戸を奔る、シリーズ第二弾。書き下ろし長編時代小説。(「BOOK」データベースより)

 

今回は幇間としての玉吉は影をひそめています。遊び人が好奇心から事件の背景を探る、という設定でも行ける程です。

しかし、たまに主人公玉吉の過去が垣間見え、やはり玉吉の物語ではあります。その玉吉の過去が少しずつ見えてくる点でも読み手としてはその後の展開に期待が持てます。

 

本書『いくさ中間』の作者水田 勁 雑感でも書いているように、この作家については何も分かりません。

しかしながらその分隊はなかなかにテンポの良く、とても気持ち良く読むことができます。続刊が出るのが待ち遠しいほどです。

そのリズムの心地よさについつい本が置けずに一気に読んでしまいました。

この文章のどこにそのテンポ良く感じる原因があるのか、私には分かりません。ちょっとゆっくりと分析してみたい気もするのですが、残念ながらそんな分析能力もないことに気付きました。

 

楽しく読めれば十分でありそれを解析する必要などない、という気もします。

ただ、読んでいて思ったのは時代背景や場面説明などの書き方のタイミングが良く、またその説明も簡潔で小気味良い、ということです。

そうした文章の過不足の無い簡潔さも心地よいりズを作っている原因の一つではないでしょうか。

とにかく、面白い小説です。今後の展開を待ちたいです。

あばれ幇間-紀之屋玉吉残夢録

かつて御家人として剣の道に生きていた玉吉は、今は幇間として裸踊りで座敷を沸かす日々を送っている。ある日、玉吉は己の過去を知る人物から呼び出され、三年前から江戸を荒らす押込み強盗について調べ始める。裏で糸を引く存在に気づいたことをきっかけに、次第に大きな陰謀に巻き込まれていくことに…。果たして、玉吉は稀代の悪に正義の剣を振るうことができるのか!?江戸の民のため太鼓持ちが颯爽と闇を討つ、痛快時代小説第一弾。(「BOOK」データベースより)

 

紀之屋玉吉残夢録シリーズ第一弾の、幇間という珍しい職業の男を主人公としている、ハードボイルドな長編の時代小説です。

 

主人公の紀之屋玉吉は幇間です。いわゆる太鼓持ちですね。一説には曽呂利新左衛門がその機知を生かし太閤秀吉のご機嫌伺いをしていたため、座敷で旦那衆の機嫌を取ることを「太閤持ち」から「太鼓持ち」というようになったそうです(ウィキペディア : 参照)。

玉吉は元御家人で本名を澤井格之丞といい、蝦夷地にわたり辛苦の末舞い戻ってきたという設定です。

剣術の腕も相当なもので、そこを与力の中島嘉門らに目をつけられ、言わば仕置人のような仕事を持ちかけられます。断りながらも、自ら問題の事件を調べ始めますが、そこにはかつての仲間の名前が見つかるのでした。

思いのほか、テンポのいい文章です。武士が町人の座敷で裸踊りをして生計を立てる。そこには徹底して心まで落ちてしまうか、本書の主人公のように人間としての矜持を持ちつつ生きていくのかで大きな差があるのでしょう。

 

本書のラスト近くで格之丞の過去が少しだけ語られます。そこに裸踊りをする自身の覚悟も垣間見えます。

軽く読めるのですが、ハードボイルドタッチの展開は引き込まれてしまいました。決してストーリー展開は練れているとは思えないのですが、それでもリズム良く引き込まれます。面白いです。

紀之屋玉吉残夢録シリーズ

本書『紀之屋玉吉残夢録シリーズ』は、時代小説には珍しい幇間を業とする男を主人公とする長編の時代小説です。

玉吉が捕物帳的にとある事件の謎を解く、という話ですが、とてもハードボイルド色の強い、面白い物語として仕上がっています。

 

紀之屋玉吉残夢録シリーズ(2020年07月23日現在)

  1. あばれ幇間
  2. いくさ中間
  1. 海よ かもめよ
  2. 江戸ながれ人

 

主人公玉吉は門前仲町の芸者置屋「紀之屋」の幇間です。いわゆる太鼓持ちです。

曽呂利新左衛門がその機知を生かし太閤秀吉のご機嫌伺いをしていたため、座敷で旦那衆の機嫌を取ることを「太閤持ち」から「太鼓持ち」というようになったという説もあると、ウィキペディアに書いてありました。

玉吉は元御家人で本名を澤井格之丞といい、蝦夷地にわたり辛苦の末に舞い戻ってきたという設定です。剣術の腕も相当なもので、そこを与力の中島嘉門に目をつけられ、言わば仕置人のような仕事を持ちかけられます。

 

巻を追うごとにハードボイルドタッチが強くなっています。そのことは面白くていいのですが、巻が進むにつれて幇間という当初の設定があまり意味を持たなくなっているのが少し残念な気もします。

思いのほかテンポのいい文章です。その文体のテンポの良さはどこから来るのか、そのリズムの心地よさについつい本が置けずに一気に読んでしまいます。

この作家は時代背景や場面説明などの書き方のタイミングが良く、またその説明も簡潔で小気味良いのです。そうした文章の過不足の無い簡潔さが、心地よいりズを作っている原因の一つではないでしょうか。

とにかく、私には好みの面白いシリーズですが、残念ながらこのシリーズ以外の作品は無いようです。