法廷遊戯

本書『法廷遊戯』は、法律を学ぶロースクールの学生を主人公にした長編の法廷ミステリーです。

本格ミステリーと言ってもいのではないかと思いますが、従来の本格派推理小説とはまた異なる印象の、読み応えのあるミステリーでした。

 

法律家を志した三人。一人は弁護士になり、一人は被告人になり、一人は命を失った。謎だけを残して。メフィスト賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

 

本書『法廷遊戯』の主な登場人物は、物語の視点の主である久我清義、その友人の織本美鈴、そして審判者の役割を担う結城薫という三人です。

物語自体はこの三人を中心として展開する本格派の推理小説であり、主人公らのロースクール時代が描かれる「第一部 無辜ゲーム」、主人公が弁護士になってからの公判の様子を描く「第二部 法廷遊戯」からなっています。

 

「第一部 無辜ゲーム」は、ロースクールで行われている「無辜ゲーム」を中心として描かれています。

「無辜ゲーム」とは、まず、告訴者がサインとして“天秤”が残されている被害を被った場合に、被害を刑罰法規に反する罪として特定し、さらに罪を犯した人物を指定し、審判者である結城薫に告訴を申し立てることで開始されます。

その上で、告訴者の主張と審判者の心証とが一致すれば犯人は罰を受け、一致しなければ告訴者が罰を受けるというゲームです。

 

馨が告訴者が主張する事実を認め、有罪と認めるに足りる主張がなされたとの心証を得たと判断した時には、馨の判断で「同害報復」の罰を言い渡されることになります。

ここで、審判者としての馨の言い渡しに皆は何故に従うのか、また馨の言い渡しの正当性の根拠は何かなどの疑問がわきます。

 

本書『法廷遊戯』については、作者が司法試験合格者ではあっても若干二十歳の小説の未経験者が書いた物語に過ぎないという先入観が私の中にありました。

読み進める途中で感じる疑問は素人の書いた舌足らずの文章だからなどと思っていたのです。

ところが、読み進める中で湧いてきた主な疑問には、本書終了までにほとんどの場合見事に答えが用意されていたのです。これには驚きました。

更には、先に書いた馨の言い渡しに従う理由などの疑問は、そもそもが刑法の根本にも関係してくる問題であり、罪に対する罰という大きなテーマにもかかわる問題でもあります。

その大きなテーマに対するそれなりの答えまでもが用意してあり、作者が十分に検討した答えであろう結論が読者の前に整然と提示されるのです。

この作者がメフィスト賞を受賞しているのもなっとくでした。

 

メフィスト賞とは、講談社が主催する文学新人賞です。詳しくは下記を参照してください。

 

本書では何と言っても「法律」を避けて通るわけにはいきません。司法試験合格者が書いているだけに、法律の条文そのものへの言及、解釈はこれまで読んできたどの作品よりも厳密だと感じました。

“厳密だ”というのは、一旦実務についた法律家の仕事は条文の学問的な解釈そのものからは遠ざかることが多いからです。

ですから、冒頭の無辜ゲームの場面での「名誉棄損」に関しての条文解釈や、後の「窃盗罪」に関してのそれなど、いかにも学生の言葉だという描写です。

 

法廷ものとして名高い 高木彬光の『破戒裁判』は全編が法廷での検察、弁護人のやり取りで成り立っている作品です。

出版年度が古いので金銭感覚など少々古く感じる場面もありますが、ミステリーとしての面白さは色あせていません。

この作品はわりと法律論を戦わせている方でしょうが、それでも殺人実見の真実を暴くことが主眼であり、条文は二の次です。

近年では 佐々木譲の『沈黙法廷』がありますが、この作品もある殺人事件の捜査と、その捜査を受けて為される裁判の様子を緻密に描き出した長編のミステリー小説であって、同様のことが言えます。

 

 

本書『法廷遊戯』の醍醐味は、直接的な法律論の他に、青春小説の趣を持っているというところも挙げていいと思われます。

主人公の清義とかつて同じ施設に暮らしていた美鈴との関係。そして、明かされる彼らの秘密。

本書の本格派ミステリーとしての構成は、あまり本格を好まない私でもかなり惹き込まれて読んでしまいました。

 

前半で感じた無辜ゲームでの疑問がクライマックスになってそのままに明かされていく過程の爽快感。それはこの点だけに限らず、前半で感じた疑問の大半が公判で徐々に解明されていく点にもあります。

テレビの「王様のブランチ」の書評コーナーで取り上げられていた作品であり読んでみたのですが、この「王様のブランチ」で取り上げられる作品はかなりの確率で面白い作品が多いのです。

以前紹介されていた水墨画の世界を描いた 砥上裕将の『線は、僕を描く』も見事な作品で面白かったのですが、本書『法廷遊戯』もまたその例に漏れませんでした。

 

 

ただ、勿論疑問点も少なからずあります。

その一番大きな点が、無辜ゲームで馨が果たす役割です。審判者として告訴人もしくは犯人と指定された者に対して罪を課すのですが、その正当性が今一つはっきりとはしません。

後にその点を書いてはあるのですが、個人的には納得できるものではありませんでした。

 

また、次に清義が「同害報復」という言葉の本当の意味を知らなかったという事実です。

刑法を勉強する者にとっては基本的な知識といえ、司法試験合格の力があるほどの者がこ知らないというのは祇園があります。

「同害報復」という言葉を強調したかったのでしょうが、この『法廷遊戯』という物語は、清義が「同害報復」という言葉の意味を知っていたことを前提にしても書けたと思われます。

 

もう一点、清義の事務員をする女の子が何故あの子なのでしょうか。彼女を据えることにどういう意味があるのか。置くのであればもう少し、彼女について書き込みがあった方がいいのではないか、と感じてしまいました。

 

しかし、こうした疑問点は些細なことであり、本書『法廷遊戯』のミステリーとしての面白さは近頃では群を抜いていて、一読の価値があると思う作品でした。