『地雷グリコ』とは
本書『地雷グリコ』は、2023年11月に352頁のソフトカバーでKADOKAWAより刊行された連作短編のゲーム小説集です。
山本周五郎賞や直木三十五賞候補などの各種文学賞の対象になった作品で、楽しく読み終えることができました。
『地雷グリコ』の簡単なあらすじ
射守矢真兎(いもりや・まと)。女子高生。勝負事に、やたらと強い。
平穏を望む彼女が日常の中で巻き込まれる、風変わりなゲームの数々。罠の位置を読み合いながら階段を上ったり(「地雷グリコ」)、百人一首の絵札を用いた神経衰弱に挑んだり(「坊主衰弱」)。次々と強者を打ち破る真兎の、勝負の先に待ち受けるものとはーーミステリ界の旗手が仕掛ける本格頭脳バトル小説、全5篇。(内容紹介(出版社より))
『地雷グリコ』の感想
本書『地雷グリコ』は物語ごとに異なるゲームを戦う連作の短編ゲーム小説集です。
冒頭に書いた「各種文学賞」とは、正確には第24回本格ミステリ大賞(小説部門)、第77回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)、第37回山本周五郎賞の三冠であり、さらには第171回直木三十五賞の候補ともなっています。
本書はこれらの各賞の対象になるだけの内容を持った作品なのです。
問題はその「内容」ですが、単純な子供の遊びがアレンジされ変身した複雑な心理戦を戦う物語です。
つまり、本書で戦うゲームは難しいゲームではなく、私たちが幼い頃に遊んだ「グリコ」や「じゃんけん」などの単純な遊びです。
ただ、そこに特定の条件を追加するということで複雑な心理的ゲームへと移行しているのです。
同時に、本書はそのゲーム参加した一人の女子高校生の痛快な戦いの物語でもあり、さらに女子高校生同士の友情物語も加味してある、青春小説としての側面も有しています。
繰り返しますが、本書『地雷グリコ』では、誰もがよく知っている単純な遊びに少しだけ条件を加えることによって複雑な戦略を必要とするゲームへと変貌させています。
そして、主人公を始めとする登場人物たちに知略の限りを尽くした頭脳ゲームを展開させているのです。
それは、例えば映画化もされた人気漫画の『カイジ』のようなゲームを主体とした物語となっているのであり、頭脳戦が好きな読者にはたまらない物語だと思います。
個人的には組み立てられたゲームそのものにはあまり関心はありません。ですから提示されているゲームの論理性の検証など全く行いません。
この手の物語は、本来その論理チェックこそが醍醐味だと思うのですが、わたしは物語性の方に関心があるのです。
ただ、そうした私であっても本書『地雷グリコ』で展開されている各ゲームが一味を加えるだけで複雑に変貌するゲームを考える著者の能力には脱帽するばかりです。
あの「じゃんけん」ゲームがこんなに複雑な心理ゲームになるなんて、という驚きが毎回展開されるのです。
ただ、こうしたゲーム小説につきものかもしれませんが、どうしても物語がご都合主義的な展開になってしまうのは避けられないのでしょう。
本書でも特に最後の「フォールーム・ポーカー」ではそうした印象を強く持ってしまいました。
登場人物が対戦相手の心理を読み、あらかじめ予測される展開に対して手を打っておくのですが、人間がそううまく予想通りに動いてくれるものか、疑問を抱いてしまったのです。
しかし、そう感じたのは殆どいないようで、あくまでも私個人が掲げた厳しいハードルのもとでの印象に過ぎなかったようです。
大方の読者は展開される戦略を純粋に楽しんでおられているのでしょう。
実際、私も本書が面白くないと言ってるわけではなく、認めたうえで若干の違和感という程度のものです。
こうしたゲーム小説として極端まで進むと貴志祐介の『クリムゾンの迷宮』のような物語世界そのものがゲームの中に取り込まれたような作品もありますが、そこまではいかなくても米澤穂信の『インシテミル』のような作品もあります。
本書『地雷グリコ』の場合は純粋にゲームそのものを描き、その論理的な推論の果ての意外性やラストでの逆転への過程自体を楽しむ構成になっています。
さらに言えば、各話でのゲームに参加する登場人物たちの推論過程の面白さに加えて、本書全体を通しての仕掛けや主人公の隠された謎などの意外性もあるのですから、物語としての作り方のうまさを感じます。
種々の賞をとるだけのものはある、面白く読んだ作品でした。