また、桜の国で

ショパンの名曲『革命のエチュード』が、日本とポーランドを繋ぐ!それは、遠き国の友との約束。第二次世界大戦勃発。ナチス・ドイツに蹂躙される欧州で、“真実”を見た日本人外務書記生はいかなる“道”を選ぶのか? (「BOOK」データベースより)

本書は、第二次世界大戦前夜のポーランドの姿を、ワルシャワにある日本大使館に勤務する日本人外務書記生を主人公として描いた作品で、第156回直木賞の候補になった作品です。

ポーランドという国は、長年にわたりロシアなどの隣国からの侵略を受け消滅、復活を繰り返してきた国です。本書の冒頭の1938年という年代は、やっとポーランド第二共和国として復活はしたものの、ナチスドイツが台頭しその脅威にさらされている時代です。実際、翌1939年の9月には現実にドイツやソ連に侵攻され、ポーランド第二共和国は崩壊してしまいます。

本書はそうした時代背景のもとのワルシャワを舞台にした物語であり、ナチスドイツの侵攻によるユダヤ人の迫害、ポーランド人の抵抗などの事実を、自身がロシア人の父と日本人の母を両親に持つハーフであるという出自をもつ主人公棚倉慎が、次第に自由が制限されていくワルシャワにおいて、大使館員としての自分が為すべき行動に思い悩む様子が描かれます。

また、ポーランドという国が被ってきた歴史的事実を明らかにしている物語であると同時に、ヨーロッパで吹き荒れていたナチスドイツによるユダヤ人迫害という現実を提示する物語でもあります。

このユダヤ人迫害の歴史は様々な物語や映画で明らかにされています。個人的には本書読了後間をおかずに見た「戦場のピアニスト」という映画で描かれていたワルシャワのユダヤ人ゲットーが、本書のイメージをより具体的に喚起させたこともあって非常に印象的でした。

本書の登場人物の、ポーランド人としての立場から極東青年会のイエジ・ストシャウコフスキや日本大使館で働いているマジェナ、それにユダヤ系ポーランド人のヤン・フリードマンなどという登場人物たちが、各々の立場で祖国のために行動する場面は感動的です。また、登場人物の一人のアメリカ人記者のレイモンド・パーカーも重要な地位を占めています。

ナチスユダヤの強圧的な統治下で、自分たちの自由を求めて闘うポーランドの人々、一方、ナチスを刺激することにもなるとひたすら耐える人々もいます。戦時中の一般市民の様子は実際この本で描かれているようであったのだろうと思えるリアルさで迫ってきます。

本書では、史実を交えて描写してあり、その情報量は膨大なものがあります。勿論、ワルシャワのユダヤ人ゲットーでの物語も事実の出来事ですし、シベリア孤児という存在も歴史的な事実です。シベリア孤児については日本歴史旅行協会の「日本とポーランドの意外な接点」に詳しく説明してあります。)

また、例えばイエジ・ストシャウコフスキという登場人物も、また日本大使館の酒匂大使も実在の人物というように、登場人物も実在した人たちも配置してあります。

歴史としてのポーランドのことはさておいて、小説としては、序盤に世界情勢やその時のワルシャワの街の中の様子の説明にかなりの量を取っています。この点が描写が少々長いと、メモには書いていたのですが、読了してから時間が立ってみると、本書の圧倒的なまでの描写力ばかり蘇ってきます。

また、本書を語る上ではショパンの「革命のエチュード」が必須でしょう。ショパンといえば、ポーランドのワルシャワで行われたピアノコンクールを舞台にした 中山七里の『いつまでもショパン』があります。コンクール開催中に、手の指十本がすべて切り取られた状態で刑事の遺体が発見されるという殺人事件が起きます。更にワルシャワにテロリストも潜んでいるという情報も入る中で、探偵役であるピアニスト岬洋介が事件の謎を解き明かします。

ワルシャワという言葉から、若い頃読んだ五木寛之の『ソフイアの秋』という作品を思い出していました。内容も金もうけをたくらむ主人公がブルガリアの首都のソフィアでイコンを買い求めるが結局は失うという話であり、本書とは何の関連もありません。ソフィアという響きとその町の描写の美しさに魅せられた記憶があります。単に本書と同じ東欧の街というだけの繋がりで思いだしたと思われます。

いずれにせよ、本書が力作であることに間違いはなく、現代史の一断面を切り取った歴史小説的意味も持ち、また主人公らの活躍は冒険小説的な面白さをも持っている、読み応えのある一冊であると言えるでしょう。