新しい星

新しい星』とは

 

本書『新しい星』は、2021年11月に刊行された新刊書で229頁の連作の短編小説集で、高校生直木賞受賞作であり、第166回直木賞の候補作となった作品です。

もう、一遍の長編小説と言うべきではないかと思うほどに各短編のつながりが強い作品集で、章ごとに四人の仲間それぞれの視点を借りて綴られる感動の長編小説でした。

 

新しい星』の簡単なあらすじ

 

幸せな恋愛、結婚だった。これからも幸せな出産、子育てが続く…はずだった。順風満帆に「普通」の幸福を謳歌していた森崎青子に訪れた思いがけない転機ー娘の死から、彼女の人生は暗転した。離婚、職場での理不尽、「普通」からはみ出した者への周囲の無理解。「再生」を期し、もがけばもがくほど、亡くした者への愛は溢れ、「普通」は遠ざかり…。(表題作「新しい星」)美しく、静謐に佇む8つの物語。気鋭が放つ、新たな代表作。(「BOOK」データベースより)

 

 

新しい星』の感想

 

本書『新しい星』は、学生時代の合気道部の仲間の男女四人組の生きる姿を描いた連作短編集です。

冒頭にも書いたように、連作とはいえもはや短編集ではなく一編の長編というべき作品だと思います。

 

登場人物は、表題作の「新しい星」に登場する森崎青子、引きこもりの安堂玄也、乳がんで左の乳房を摘出した大原茅乃、コロナ禍で家族と別居生活を強いられている花田卓馬の四人です。

生まれてすぐの娘なぎさを亡くし夫とも離婚をしてしまった青子は、哀しい日々を送りながらも何とか乗り越えようとするのですが、その姿勢を理解できない母親との生活にも疲れています。

そんな青子のもとに親友の茅乃から会いたいと連絡が入り、乳癌になり来週手術になったと聞かされるのでした(第一話「新しい星」)。

 

冒頭から重く、哀しみに満ちた物語だという印象が強く、これで一冊読み切るのは無理かもと思っていました。

そして第二話も、会社でいじめに遭いこの一年半ほどの間、勤めは勿論家から外に出ることもできないでいた玄也の話であり、最初は第一話と同じく重く暗い話だったのです。

しかし、卓馬と共に道場へ行った玄也は、それぞれの現況について「みんな、大人になると色々あるよね」という茅乃の言葉に込められた、誰しもがそれぞれの人生で他人に説明できないことを抱えて生きていることを知ります。

そして卓馬もしんどいことは「四人で耐えた方がいいって思った」という言葉に救いを見出します。

こうして本書は単に重く暗い物語ではないことが明らかになり、つらいことを乗り越えようとする「再生」の物語であることが示されるのです。

 

そして、上記のように言ってくれる仲間がいるということはじつに幸せなことです。

人は生きていく上で必ず何かしらの障害にぶつかり、それぞれの悩みを抱えつつ生きているものでしょう。

そんなときの仲間の存在のは何ものにも代えがたいものであることは、多くの人が首肯する思います。

 

また、傍から見る限りは何の悩みもなさそうで、何の屈託も無さそうに思えた人が深刻な悩みを抱えていたりすることは普通のことでしょう。

本書『新しい星』でも卓馬は青子や茅乃、玄也が抱える苦悩を心配する明るい青年として登場しますが、そうした卓馬自身がなかなか人には言いにくい事情を抱えていたりするのです。

そんな苦悩を抱えた人生を、それでも生きていこうとする人々の美しさ、そして強さを描き出したこの作品は、未来に明るさをもたらしてくれるようです。

そして、すべてを語り合うことのできる仲間の存在のありがたさが心の奥底に染み入ります。

 

全部で八話で、四人の仲間それぞれの視点で語られるこの物語は、作者によれば第158回直木賞の候補作となった『くちなし』の中の一編の話を膨らませたものだそうです。

作者の彩瀬まる氏によれば、本書『新しい星』は、「『くちなし』に収録する最後の一篇を奇想なしで書いてみようと思った」ところから始まったそうです( 文藝春秋Books : 参照 )。

ここでいう「最後の一篇」とは、「山の同窓会」というタイトルの話で、そこから「奇想なしで」書いたのが同じ『くちなし』の中の「茄子とゴーヤ」という作品であり、そこから、本書へと繋がってきたとありました。

そこらの関係性は鈍い私にはよく分からないのですが、一人の女性の自由な生き方を追求した結果なのか、と思っていいのでしょうか。

 

 

ともあれ、『くちなし』で感じた不気味な印象は本書『新しい星』では全くありません。

それどころか、人が普通に生きるということの意味を考え抜くと、つまりは一人では難しいということなのかと思ってしまいます。

そのことの当否は別としても本書の物語としての完成度は高く、さすがに直木賞の候補作となるだけの文章の美しさと、感動とをもたらしてくれる作品でした。

くちなし

くちなし』とは

 

本書『くちなし』は、2017年10月に刊行されて2020年4月に文庫化された、文庫版で221頁の全部で七編の短編が収められた作品集です。

異世界を舞台にした、SF的で、淡く官能の香りが漂う作品が多く、第158回直木賞候補にもなった妙な魅力を持った作品集でした。

 

くちなし』の簡単なあらすじ

 

別れた男の片腕と暮らす女。ある日、男の妻から意外な要求を受ける(「くちなし」)。運命で結ばれた恋人同士に見えるという幻の花(「花虫」)。鮮烈な才能を持った同級生への想い(「愛のスカート」)。幻想的な愛の世界を繊細かつリアルに描き絶賛を受けた、直木賞候補作にして第五回高校生直木賞受賞作。全七篇。(「BOOK」データベースより)

 

「くちなし」別れた男が残していった腕だけを慈しむ女の物語。
「花虫」 運命のカップルにだけ見えるという幻の花をめぐる物語。
「愛のスカート」高校時代以来に再開した男への片想いを持ち続ける女の物語。
「けだものたち」 ケモノに変異したオンナが愛したオトコを喰らうのが当たり前の世界の夫婦の物語。
「薄布」 夫と会話が無く、北の国から避難してきた子供をおもちゃとする妻の話。
「茄子とゴーヤ」 不倫の末に逝ってしまった夫にひとり残され、普通の日常をおくる女が髪を染め、日常から踏み出す物語。
「山の同窓会」 産卵する気も無く、自分の役割を見つけられない女の物語。

 

くちなし』の感想

 

本書『くちなし』はいわゆる濡れ場は全くないのですが、全体的に淡く官能の香りが漂っています。

私たちの住むこの現実世界とは異なる世界を舞台にした物語が多く、SF的な手法で様々な愛の形を描き出してあります。

本書を読み始めてすぐの第一話「くちなし」は、別れを切り出された女が男に対し、交換条件として男の腕が欲しいと言い、男は何のためらいもなく腕をはずし女のもとに腕を置いて立ち去るという話です。

残された女は、まるで恋人が腕を回すように体に巻いて出掛け、その腕を抱いてやすみ、その腕を水の入った花瓶にさし瑞々しい状態を保っています。

こうした情景が当たり前の光景として描写され、腕だけを慈しむ女の心情が描かれているのです。

その後、男の妻と名乗る女が現れ男の腕をかえすように迫ります。

人間の体を細かく自在にパーツとして取り外すことのできる世界という前提は、勿論何の説明も無いままに話は進みますから、読み手は最初は戸惑うばかりです。

 

それでいて、登場人物、とくに女性の心象描写は丁寧です。

第一話では残された腕だけを慈しむ女の満ち足りている心象を、そして押し掛けてきた妻の号泣する姿を見つめる女の冷やかな視線を、ただ淡々と客観的な目線で描き出しています。

しかし、例えば第三話「愛のスカート」での主人公の女ミネオカのトキワに対する片想いの描写は過激です。

「ぼうぼうと燃える愛の彼岸で放たれる熱を浴びながら、こんな場所があったんだ、と思う。」「愛と憎悪の間をものすごいスピードで行き来する、子供のころにはなかった場所だ。」と、燃え上がるミネオカの心象を描きだしていて、その落差が目立ちます。

 

女は怒りの末にオトコを喰らうことも当たり前の世界(第四話「けだものたち」)や、妊娠はお腹に卵を抱えることである世界(第七話「山の同窓会」)などの不思議な世界の話があります。

かと思うと、難民の男の子をおもちゃとして楽しむ主婦の話(第五話「薄布」)や、不倫の末に残された一人の女の日常を描く話(第六話「茄子とゴーヤ」)などの普通の世界での日常を描き出す話などもあるのです。

こうした、いろいろな世界の話が詰め込まれている作品集ですが、冒頭に書いたように全体的に官能の余韻に満ちた作品集です。

 

官能的な作品と言えば、井上荒野の直木賞を受賞した『切羽へ』という作品を思い出します。

九州のとある離島の小学校で養護教諭をしているセイという女の日常を描いた作品ですが、なんということもない、普通の情景を描いている文章でさえ官能の香りを放っている作品で、全編を通して官能的なのです。

だからと言って、エロス満載ということではない、妙に心惹かれる作品でした。

 

 

また異なる観点から、異世界の異形の者などという点からみると、上田早夕里の『華竜の宮』のようなSF作品をすぐに思い浮かびます。

しかし、『華竜の宮』などに出てくる海上民の異形態とも言うべき魚舟という異形のものは人類の生存のために自らの身体を改変した結果としての存在であり、本書のような異形の者が住むことが前提の物語ではありません。

作者の意図も『華竜の宮』では、来るべき人類のあり方、変貌を描くことが主眼であり、本書『くちなし』は様々な「愛」の形を描き出すことにあるようで、作品自体の書かれた方向性が全く異なります。

 

 

本書『くちなし』は決して私の好みの分野の作品ではありませんが、それでもほかの作品を読んでみようかと思う、妙な魅力のある作品でした。