俺ではない炎上

俺ではない炎上』とは

 

本書『俺ではない炎上』は2022年5月に刊行された、363頁の長編のミステリー小説です。

王様のブランチで紹介されていて確かに面白い作品ではあったのですが、物語にリアリティを感じることができず、どうにも半端な印象を持ってしまった作品でした。

 

俺ではない炎上』の簡単なあらすじ

 

外回り中の大帝ハウス大善支社営業部長・山縣泰介のもとに、支社長から緊急の電話が入った。「とにかくすぐ戻れ。絶対に裏口から」どうやら泰介が「女子大生殺害犯」であるとされて、すでに実名、写真付きでネットに素性が晒され、大炎上しているらしい。Twitterで犯行を自慢していたそうだが、そのアカウントが泰介のものであると誤認されてしまったようだ。誤解はすぐに解けるだろうと楽観視していたが、当該アカウントは実に巧妙で、見れば見るほど泰介のものとしか思えず、誰一人として無実を信じてくれない。会社も、友人も、家族でさえも…。ほんの数時間にして日本中の人間が敵になり、誰も彼もに追いかけられる中、泰介は必死の逃亡を続ける。(「BOOK」データベースより)

 

俺ではない炎上』の感想

 

本書『俺ではない炎上』は、現代のインターネット社会では誰にでも起こりうる、ネット上で突然に濡れ衣をかけられて必死で逃走する男の姿を、多視点で描き出しています。

物語の設定自体はじつに恐ろしい状況です。けっして絵空事ではない、いつ自分に降りかかってもおかしくないというのが現代のSNSの怖さでしょう。

本書の状況ような十年も前からの偽アカウントということは考えにくいとしても、男性が女性になりすまして交流を続けるなど、SNS上のなりすましという話はよく聞く話です。

 

ともあれ、インターネットの現状はさておいて本書の話です。

主な登場人物をあげると、主人公が山縣泰介という大帝ハウス大善支社の営業部長という役職についている人物で、その妻が芙由子であり、夏美という娘がいます。

また、泰介のツイッターを見つけ拡散させたのが住吉初羽馬という大学生で、のちに初羽馬とともに泰介を追いかけるのが初羽馬の大学の後輩のサクラ(んぼ)という女性です。

さらに、泰介の家へ行き、妻の由美子らから事情聴取をするのが堀健比古という所轄の刑事であって、その相棒となる県警捜査一課の刑事が六浦といいます。

 

本書『俺ではない炎上』の物語の設定自体は現代的であり、ありうる話であって、着眼点は面白そうであり期待して読み始めました。

しかし、どうにも物語に没入できません。ストーリーに現実感がないためとは思うのだけれど、ではどこが現実感がないのかと問われれば具体的に指摘はできないのです。

そもそも、ツイッター上で自分が殺人犯に仕立て上げられるという設定自体に現実感を感じないのか、それとも主人公の逃走劇が非現実的なのかよく分かりません。もしかしたら、両方とも原因と言えるのかもしれません。

 

本書『俺ではない炎上』で作者が言いたいことは、「自分は悪くない」という個々人の責任逃れの主張、にあるのかなという気はします。

ネット社会で簡単につぶやくことはできても、そのつぶやきに対して責任をとろうとはしない社会へ、それは違う、と声高に叫んでいるようです。

また、主人公の泰介自身が自分自身を見直すきっかけにもなっているこの物語は、自分自身を客観的に見ることが難しい、という事実を教えてくれてもいるようです。

 

現代的な視点の面白さとは別に、ミステリーとしての出来はどうかと言えば、作者の浅倉秋成の前著『六人の噓つきな大学生』で見せたような視点のユニークさ、意外性が本書でも維持されていてさすがだと思います。

 

 

本書『俺ではない炎上』については、最終的には、そうだったのかという意外性に満ちた物語だった、と少しは言うことができる、という印象です。

ミステリー小説の定番のミスリードを誘う構成には少々違和感を感じるのですが、この点は個人の好みの問題という点もあるので、あまり声高に叫ぶところはないと思われます。

また、堀と六浦両刑事の会話の行き着く先がどうにも中途半端な気がします。しかし、この点も「自分は悪くない」というこの本のテーマと思しき言葉へ行きつくのだから、それでいいのかもしれません。

 

以上、個人的な理由不明な不満を並べて文句ばかり言っているようですが、それでも視点の現代性、主人公の人間性への言及、ミステリーとしての面白さなどを思うと、面白い作品だったと言えそうです。

またこの作者のこれからの作品を読むことになるのだろうと思います。

六人の噓つきな大学生

本書『六人の噓つきな大学生』は、文字通り大学生六人の就活の様子を描いた、新刊書で299頁の長さの長編のミステリー小説です。

ミステリーと言っても、殆ど本格派の推理小説だとも言えますが、予想を裏切る展開が待ち受ける意外性に富んだ、しかし読みやすい作品です。

 

六人の噓つきな大学生』の簡単なあらすじ

 

「犯人」が死んだとき、すべての動機が明かされる。成長著しいIT企業「スピラリンクス」が初めて行う新卒採用。最終選考に残った六人の就活生に与えられた課題は、一カ月後までにチームを作り上げ、ディスカッションをするというものだった。全員で内定を得るため、波多野祥吾は五人の学生と交流を深めていくが、本番直前に課題の変更が通達される。それは、「六人の中から一人の内定者を決める」こと。仲間だったはずの六人は、ひとつの席を奪い合うライバルになった。内定を賭けた議論が進む中、六通の封筒が発見される。個人名が書かれた封筒を開けると「○○は人殺し」だという告発文が入っていた。彼ら六人の嘘と罪とは。そして「犯人」の目的とはー。伏線の狙撃手・浅倉秋成が仕掛ける、究極の心理戦。

 

二年前にスピラという名のSNSアプリをリリースし、若者の心を爆発的につかまえたIT企業「スピラリンクス」の新卒総合職採用試験最終選考に六人の大学生が残った。

その試験は結果次第では六人全員の合格もあり得る「チームディスカッション」だということであり、六人全員の合格を目指し、皆が心を一つにして資料を集め、テーマを決めることになった。

ところが直前に最終選考の内容が変更され、六人のうち一人だけが合格することになると告げられると、互いに信頼し、一丸となっていた筈の関係が一気に変わってしまう。

最終選考当日、持ち込んだ者が不明な封筒があり、その中には特定の人の悪事を暴くメモと、さらには開封した人間の情報が入った封筒まで指示されていたのだった。

 

六人の噓つきな大学生』の感想

 

本書『六人の噓つきな大学生』は「王様のブランチ」というテレビ番組で紹介されていた作品です。

本格派の推理小説と言い切っていいものかは自信はありませんが、犯人の存在する特定の状況を作り出し、その中にいる犯人を暴き出す、という意味では謎解きに重きを置いた作品だと言えそうです。

しかし、その行為の動機に重きが置かれていないかというとそうではなく、動機の側面にも焦点が当たっているところが、「本格派」と言い切っていいものか自信がないのです。

そうしたことはともかく、本書の小説としての面白さについては、この頃読んだミステリーの中ではかなり面白い作品だったと言えます。

 

本書『六人の噓つきな大学生』の帯にもある通り、著者の浅倉秋成は「伏線の狙撃手」という異名があるそうです。

たしかに、意外性に満ちた展開は、それまでに張り巡らされた伏線を丁寧に回収してゆく過程でもあります。

 

本書の登場人物は、まず慶應大学総合政策学部の九賀蒼太、それにボランティアサークル代表や高校時代は野球部キャプテンなどとの紹介がある明治大学の袴田亮がいます。

そして、お茶ノ水女子大学で国際文化を学ぶモデル風美人の矢代つばさ、早稲田大学社会学専攻で清純派女優系美人の嶌衣織、一橋大学の森久保公彦、最後に立教大学経営学専攻の波多野祥吾です。

この六人が、最初は最高の仲間だと互いを賛辞していながら、一通の封筒を開けたことからその関係が変化していきます。

その変化が面白いのです。人間は決して単純な生き物ではない。理解できたと思っても、それは一面であり他人には知ることのできない、時には本人さえ気付いていない別な側面を有していることが明らかになっていきます。

 

本書『六人の噓つきな大学生』は実質二部構成になっていて、前半は波多野祥吾を語り手とし、後のインタビューを挟みながら進行します。

就活試験の一環のディスカッションでの二時間半という与えられた時間の中で、六人相互に誰が合格者として最適かを討論し、投票しながら、その変化を見せられる筈でした。

ところが、一通の封筒の出現によってその討論は互いの非を暴く場になり、封筒を持ち込んだ犯人探しの場になるのです。

そして、第二部と位置づけられるディスカッションの場での真実を探る八年後の物語になります。

「就活」そして「入社試験」という作業を通して、人間関係のもろさを示しつつも、読み進めるうちに感じた読者の感想までも最後には逆転するに至っている物語です。

 

ただ、本書『六人の噓つきな大学生』がなかなかに面白い作品であるにしても、本書で述べられているような採用試験が現実にあるかどうかはまた別問題であり、またその内容に疑問点が無いわけではありません。

例えば、酒の飲めない嶌衣織の前にデキャンタを置いて、皆でそれを飲み干せという場面があり、嶌もそれに応えようとしてグラスを空にしていく場面があります。

しかし、酒を飲めない人にとっては、たとえ少量であってもアルコール飲料自体受け付けない筈です。酒は駄目だという人間がいかに雰囲気が楽しいからと言って酒を飲む場面を入れるのはおかしいのです。

また、後に八年も前の写真を見せられて、その一個所が違うことを指摘する場面が出てきますが、八年も前のスナップ写真を見て細かな違いを指摘できるか、という疑問もあります。

 

しかしながら、そうした瑕疵を越えて本書『六人の噓つきな大学生』には惹き込まれました。

それは、まずは先に述べた嶌衣織の下戸に関する件も含めて後で一気に解消されるという展開が一番驚きであり、面白く感じた点です。

そして、本書の意外性に富んだ展開もさることながら、展開の仕方が、読者の予想を裏切りつつも心地よい方向へと切り替えられ、爽快感さえ覚える読後感になっていることは驚きであり、魅力でした。

こうしたことを書くのはネタバレの一種かもしれないので書くべきか迷いましたが、これくらいであればギリ許される限度かと思い、書くことにしました。

 

こうした作風がこの作者浅倉秋成の持ち味なのかどうか、他の作品をまだ読んでないので何とも言えません。

しかし、『告白』の湊かなえの作品ような「いやミス」と呼ばれる「嫌な気分」になる読後感よりは私の好みに合致します。

やはり読後が嫌な気持ちになる作品はあまり読みたくないのです。

ちなみに、この頃の湊かなえの作品はそうでもないようです。

 

 

それにしても本書『六人の噓つきな大学生』は、浅倉秋成という作家の他の作品も読んでみたいと思わせられる作品でした。