つばき

つばきは、深川に移り住み、浅草で繁盛していた一膳飯屋「だいこん」を開業した。評判は上々だが、「出る杭は打たれる」とばかりに、商売繁盛を快く思わない者もいた。廻漕問屋「木島屋」から、弁当を百個こしらえてほしいという大口の注文を受けたのだが…。浅草とは仕来りの違う深川に馴染もうと、つばきは奮闘する。祭の興奮と職人たちの気概あふれる深川繁盛記。(「BOOK」データベースより)

 

山本一力著『だいこん』の続編の、人情時代小説です。

 

 

前作で、浅草という土地で一膳飯屋「だいこん」を繁盛させた主人公の’つばき’が、深川で新たな店を出すところで終わったのですが、その後のつばきの更なる苦労が描かれています。

 

浅草で苦労した末に、江戸でも独特な気風を持つ深川という町で新しく一膳飯屋「だいこん」を開店したつばきでした。そこに、大店である佐賀町の木島屋から、上棟式のときの弁当という大口の注文が舞い込みます。

新しい土地での幸先のいい仕事に、精いっぱいの心意気で客先の体面をも考えた弁当をこしらえるつばきでしたが・・・。

 

主人公が、困難に直面しながらも、ひたすらに人としての正道を貫き、周りの人の助けを得て、商売の心得を学びながら成長していく、一つのパターンの物語ではあるのです。そうした定番ものではあるのですが、魅力的な登場人物や、巻き起こるトラブルへの、さまざまな人たちの助力を得ながらも主人公の必死な、それでいて真摯に対処していく物語の筋立てが実に魅力的です。

 

山本一力という作家には同様の設定の作品も多く、千葉の菜種農家生まれの主人公が深川の油問屋の養女になり、数々の障害を乗り越え生きていく『菜種晴れ』、絵師である親の才能を受け継いだ娘が襲いかかる数々の困難を乗り越えていく成長物語『ほうき星』などがあります。

他の作家でいうと、一人の女料理人である少女の成長期でもある高田郁の『みをつくし料理帖シリーズ』は爽やかな読後感をもたらしてくれる作品です。

 

 

また、私がかつて読んだ本で忘れられない作品に、ふた昔も前の作品ですが、金も力も無い一青年が相場の世界でのし上がっていく物語として獅子文六の小説「大番」があります。この作品は胸躍らせて読んだものです。

 

 

山本一力の文章は決して美しい文章ではありませんが、好きなブログの一つである「独り読む書の記」の管理人のkosoegawaさんが書いておられるように、私には「この物語は、一膳飯屋を営む娘の成功物語では決してなく、苦労物語で」あり、人間の誠実さを全力で肯定しているところが好ましいのだと思えます。

他の作品にしても同様です。正直であること、誠実であること、努力すること、なかなかに難しいそれらのことを骨子としながら、読み物として面白い作品を多数書かれているのです。この作家のもう一つの傾向である「漢(おとこ)」を描いた作品でも、結局は同様に’誠実さ’が描かれているのです。

ほうき星

天保6年、76年に一度現れるほうき星が江戸の空に輝いた夜、気鋭の絵師・黄泉と、日本橋の鰹節問屋の娘・さくら夫婦の間に、さちは生まれた。深川に隠居所を構えた祖母・こよりも加わり、家族の愛情をいっぱいに受け、下町の人情に包まれて育つさちを、思いがけない不幸が襲う。両親の突然の死、そして、慈しんでくれた祖母の死。しかしやがて、絵師としての天分を発揮してゆく。苦難を乗り越え、凛として生きた娘の感動長編。( 上巻 : 「BOOK」データベースより)

亡き父・黄泉から受け継いだ天分を発揮し、さちは絵師としての才能を見せる。しかし、祖母・こよりに託された珊瑚商いへの思いも捨てきれない。そんな揺れる心に、いつしか幼馴染みの幹太郎への思いが高まっていく。自分の進むべき道、選ぶべき人生とは?自分の迷いに答えを出すため、さちはこよりの故郷、土佐の地を踏む。ほうき星の運命を背負い、人生を切り拓いていった娘の物語、感動の結末へ。著者初の、江戸人情大河小説。( 下巻 : 「BOOK」データベースより)

 

日本橋に生まれた一人の娘さちの絵師として生きる姿を描く、長編の人情時代小説です。

 

本書での主人公の職業は「絵師」です。

親の才能を受け継いだ娘が襲いかかる数々の困難を乗り越えていく成長物語です。

 

こう書いてしまえば簡単ですが、やはりその読後感は爽やかな感動をもたらしてくれました。

漢(おとこ)ではなく女が主人公ですが、やはりこの人の本ははずれは少ないです。お勧めです。

いかずち切り

巨大な騙りにまんまと引っかかった札差に泣きつかれ五万両の奪還に乗りだしたのは、江戸の裏金融界でその名を知られた「いかずちの弦蔵」。「一番大事なことは、カネをどう受け取るかの段取りだ」―江戸と大坂を股にかけ、弦蔵と騙りの一味が智恵と度胸の大勝負!迫力と興奮のノンストップ傑作時代小説。(「BOOK」データベースより)

 

本作での職業は「証文買い」。その証文買いの稲妻屋の貸元、いかずちの弦蔵等5人衆の物語です。

 

「騙りにはまった礼差の依頼を請け、騙り屋一味から5万両を取り戻す。ヤクザな家業ではあってもその中に漢(おとこ)を見出し、物語を紡ぎだしていく作者一流のコンゲーム。」とは読んだ当時のメモですが、私はこんなにうまくはまとめることは出来ないのでどこからかコピーしてきたのでしょう。

でも、面白いです。お勧めです。

夢曳き船

材木商の陣左衛門は途方に暮れていた。請け負った熊野杉が時化で流され、熱田湊にある残りも先払いがないと動かせない。事情を知った壊し屋稼業の晋平は話を渡世人のあやめの恒吉につなぐ。先払いの四千両を恒吉が持ち、杉を江戸に廻漕できれば四千両の見返り。しくじれば丸損。恒吉は代貸の暁朗に一切を任せて熱田湊に送り込む。商人の矜持に渡世人気質が助っ人して乾坤一擲の大勝負。(「BOOK」データベースより)

 

一人の渡世人が畑違いの熊野杉の取引に乗り出す姿を描く、長編の人情時代小説です。

 

主題の職業は何かといえば、侠客、ということになるのでしょうか。山本一力が一番その力を発揮する漢(おとこ)の世界です。

山本一力の「晋平の矢立」という作品の登場人物である伊豆晋平が考えた儲け話に、貸元あやめの恒吉が乗っかり、その代貸暁朗が全責任を負って杉を江戸に運ぶことになったのです。四千両という大金のかかった大仕事。海の男との軋轢や嵐を乗り越え、暁朗は無事杉を運びこむことができるのかというお話です。

 

 

話は単純で、その単純な中に人と人との繋がりが描かれていきます。山本一力の一番の魅力が出た作品ではないでしょうか。面白さは言うまでもなく、お勧めです。

菜種晴れ

安房勝山の菜種農家の末娘・二三は、五歳にして江戸深川の油問屋に養女として貰い受けられる。生家の母親譲りのてんぷらの腕、持ち前の気丈さで、江戸の町に馴染んでゆく。やがて、大店の跡取りとして逞しく成長した二三を、新たな苦難が見舞う。いくつもの悲しみを乗り越えた先に、二三が見たものとは―。涙の後に爽快な、人情時代小説。(「BOOK」データベースより)

 

油問屋の養女となった一人の女の生涯を描く、長編の人情時代小説です。

 

本書の職業は油問屋です。

千葉の菜種農家生まれの主人公が深川の油問屋の養女になり、数々の障害を乗り越え生きていく姿が心を打ちます。特に、これでもかという困難が襲いかかるくだりは圧巻です。

 

この作者は漢(おとこ)の描写がうまいと思っていたのですが、「ほうき星」の“さち”同様、強さを持った女性を描かせてもさすがにうまいものだと納得させられました。

ストーリー展開の面白さは言うまでも無く、読後感も爽やかな感動をもたらしてくれます。お勧めです。

あかね空 特別版 [DVD]

内野聖陽と中谷美紀共演、若々しい夫婦から予測不可能な運命に直面する熟年夫婦までを演じた人情時代劇。江戸で豆腐屋を営む永吉とおふみの姿を江戸情緒たっぷりに描く。映画監督業からの引退を宣言した篠田正浩が企画・脚本を担当。(「キネマ旬報社」データベースより)

あかね空

希望を胸に身一つで上方から江戸へ下った豆腐職人の永吉。己の技量一筋に生きる永吉を支えるおふみ。やがて夫婦となった二人は、京と江戸との味覚の違いに悩みながらもやっと表通りに店を構える。彼らを引き継いだ三人の子らの有為転変を、親子二代にわたって描いた第126回直木賞受賞の傑作人情時代小説。(「BOOK」データベースより)

第126回直木賞を受賞した、長編の人情時代小説です。

本作品は豆腐屋が対象となる職業で、永吉とおふみという夫婦、そして二人の長男栄太郎の二代の物語です。山本一力作品はどの作品もそうなのだけれど、特に本作品は「家族」に焦点が当てられています。その「家族」が数々の困難を耐え、乗り越えていく(?)物語で、どちらかというと、奥さんのおふみに焦点が当てられています

山本一力作品のエッセンスが詰まっているといっても良い気がします。主人公に与えられる困難、周りの人たちの助力、侠客の登場、更なる試練、それに立ち向かう主人公(本書ではそれが家族)というすべてがそろっています。

小説も人情物は特に読者に癒しをもたらすという話を聞いたことがありますが、この本は丁度いいのではないでしょうか。お勧めです。