本書『銀花の蔵』は、田舎の醤油蔵を舞台にした一人の少女の成長の様子を記した長編の家族小説です。
殆ど全編が哀しみに彩られた、しかし希望だけは失われてはいない物語ですが、私の好みとは異なる作品でした。
絵描きの父と料理上手の母と暮らす銀花は、一家で父親の実家へ移り住むことに。そこは、座敷童が出るという言い伝えの残る、歴史ある醤油蔵だった。家族を襲う数々の苦難と一族の秘められた過去に対峙しながら、昭和から平成へ、少女は自分の道を歩き出す。実力派として注目の著者が描く、圧巻の家族小説。(「BOOK」データベースより)
絵描きで食べていくことを夢見る父親の山尾尚孝は、父親の実家である奈良の雀醤油という醤油蔵のあとを継ぐために、妻美乃里と本書の主人公である娘銀花とを連れて転居することになります。
実家には、醤油蔵を守ってきた母親の多鶴子と、尚孝の年の離れた妹の桜子がおり、また醤油づくりの杜氏である大原がいました。
本書『銀花の蔵』では全編を通して繰り返して哀しみに満ちた事態が銀花を襲います。そのさまがあまりに過酷に思え、物語とはいえ感情移入しにくく感じたものです。
しかし。直木賞候補作となるほどの作品である以上はそれだけの魅力がある作品である筈であり、このままで終わるはずはないのだからと自分に言い聞かせながら読んたものです。それほどに暗い印象でした。
そんな物語ではありますが、本書『銀花の蔵』では小道具の使い方に心惹かれました。さまざまな小道具が効果的に使われているのです。
最初に例を挙げるとすれば「座敷童」でしょう。
尚孝の実家である雀醤油の醤油蔵には山尾家の当主だけが見えるという「座敷童」がいると伝えられています。この「座敷童」が全編を貫くキーワードとなって、さまざまな場面で登場します。
また、そのほかにもロシア民謡の「ポーリュシカ・ポーレ」や「蛍」その他の小道具がが場面を変え、繰り返し登場して銀花の心象を思いやります。
あまり登場場面はないのですが、個人的には「ふくら雀」という土鈴の存在が読書中ずっと心に残っていました。「ころん。ころん。」とふくらみ転がる銀花のイメージが離れないのです。
話が進むにつれ、銀花が思っていた単純に絵を描くことだけを夢見ていた父親の尚孝や、料理のことだけを思っていた母親美乃里の心の中など、隠されていた事柄が明らかにされます。
そうして本書が単純に主人公銀花の生きる姿を描くだけではないことが分かってくるのです。
本書『銀花の蔵』は、人はそれぞれにその人の人生の主役なのであり、家族は互いに家族を思いやって生きているのだということを秘めた物語でありました。
本書『銀花の蔵』のように、「家族」というもののありようを描いた作品として第155回直木賞を受賞した荻原浩の『海の見える理髪店』という作品があります。
この作品はいろいろな家族の在り方を描いた全六編からなる短編集です。表題作の「海の見える理髪店」は、この物語が予想外の展開を見せるなかで、何気ない言葉の端々から汲み取れる想いは、美しい文章とともに心に残るものでした。
また、瀬尾まいこの『そして、バトンは渡された』という、「家族」というものを正面から問いかけた作品もありました。
主人公の高校三年生森宮優子こと「私」には、父親が三人、母親が二人いて、家族の形態は十七年間で七回も変わっています。そうした異常な状況にいる「私」ですが「自分は全然不幸ではない」というのです。
この作品もまた私の好みではありませんでしたが、2019の年本屋大賞を受賞した作品であり、一般には高評価を受けています。
本書『銀花の蔵』の構成をみると、お婆ちゃんとなっている銀花が、騒ぐ双子を相手に叱る場面から始まります。そこから銀花の回想が始まります。
つまりは、現在の銀花は倖せのただなかで暮らしていることが冒頭に示されているのです。同時に、その場面は本書を貫く一つの謎を読者に提示することにもなっています。
こうして、読み進める途中では銀花や銀花の周りの人々を襲う哀しみの連鎖に読むのが嫌になることもあるのだけれど、最終的な場面が示されていることを頼りに読み進めることになります。
その上で、クライマックスでは伏線が回収された上に、愛情に満ちた世界が展開され、ちょっとした感動に包まれます。