鳴かずのカッコウ

鳴かずのカッコウ』とは

 

本書『鳴かずのカッコウ』は、2021年2月に304頁のハードカバーで刊行された長編のインテリジェンス小説です。

 

鳴かずのカッコウ』の簡単なあらすじ

 

インテリジェンス後進国ニッポンに突如降臨

公安調査庁は、警察や防衛省の情報機関と比べて、ヒトもカネも乏しく、武器すら持たない。そんな最小で最弱の組織に入庁してしまったマンガオタク青年の梶壮太は、戸惑いながらもインテリジェンスの世界に誘われていく。

ある日のジョギング中、ふと目にした看板から中国・北朝鮮・ウクライナの組織が入り乱れた国際諜報戦線に足を踏み入れることにーー。

<初対面の相手に堂々と身分を名乗れず、所属する組織名を記した名刺も切れないーー。公安調査官となって何より戸惑ったのはこのことだった>–『ウルトラ・ダラー』『スギハラ・サバイバル』に続く著者11年振りの新作小説。
プロローグ
第一章 ジェームス山
第二章 蜘蛛の巣
第三章 千三ツ屋永辰
第四章 偽装開始
第五章 彷徨える空母
第六章 守護聖人
第七章 「鍛冶屋」作戦
第八章 諜報界の仮面劇
エピローグ(内容紹介(出版社より))

 

鳴かずのカッコウ』の感想

 

本書『鳴かずのカッコウ』はインテリジェンス小説ではありますが、他の作品のようなサスペンス感を持った作品ではありません。

本書の主人公梶壮太は安定志向を持つ人物で、地元採用枠のある一般職を狙い、何も知らないままに一般の行政職よりも初任給で二万五千円も高い点に惹かれて公安調査庁に入った人物です。

仕事の内容も分からないままに入庁して初めて、「自分が何者であるか、公にできない職業」であることを知るくらいだったのです。

梶壮太は、そんなとても諜報活動には向いていないであろう人物だったのですが、一度見たものは忘れないという能力を有していました。

 

本書では、梶壮太がその能力を生かして、一般に公開されている情報(オシント)や人間を介した情報(ヒューミント)から日本という国にとって重要な情報を見つける姿が描かれます。

ただ、その活動は地味です。公開されている情報からその情報に隠された意味を掘り起こすという作業自体、派手さはありません。

また狙いを定めた人物から情報を引き出す作業は、公開情報の意味を探ることよりも比較的派手かもしれませんが、それにしてもたかが知れています。

しかし、そうした地味な情報収集、そして分析作業が日本という国の存在のために役に立っているのだ、ということを著者は言いたいのでしょう。

 

インテリジェンス小説と言えば、まずは麻生幾の『ZERO』(幻冬舎文庫全三巻)や公安出身である著者濱嘉之の『警視庁情報官シリーズ』などが思い出されます。

 

 

しかし、本書はそうした作品のようなインパクトはありません。

ただただ、地味な調査活動が主な作業であり、たまに何らかの会合やパーティーなどへ行き、知己を作ったり、普通に交わされる会話の中から有用な情報を拾い出す、などの作業をこなす毎日です。

さらには、本書の主人公たちは警察の公安調査官ではなく、警察庁の公安課所属の調査官です。組織としてはかなり小さな弱小の組織、だと紹介してありました。

 

ここで、日本の情報機関としては内閣情報調査室や警察庁警備局(公安警察)などがあるそうですが、本書の「公安調査庁」とは法務省の外局です( ウィキペディア : 参照 )。

正直なところ、上記のような各種の情報機関が存在すると言われても一般素人にはその区別はつきません。

単純に、複数の情報機関が存在する理由も各種機関の機能の差もよく分からないのです。

ただ、本書からは、本書で登場する公安調査庁なる機関が、地道に情報収集をしているということがよく読み取れるということだけです。

 

本書の最大の魅力は、NHKのアメリカからの生中継でよく顔を見ていたワシントン支局長であった人物が著者であり、その経験豊富な知識をもとにして書かれた作品だということです。

ただ、もともと小説家であったわけではない、という点も同時に現れていて、インテリジェンスの側面の描写は見事であっても、ストーリー展開の面で今ひとつという印象ではあります。

それは多分、新米調査員である主人公の動向を描くうえでメリハリがないということにも表れています。

本書には、各国の思惑の実際をよく知る著者ならではの細かな具体的事実が詰め込まれていますが、その全部が平板であり、どこにポイントがあるのか読んでいてわからなくなることがあるからではないでしょうか。

 

そうした、小説としての面白さに若干欠けるところがあるとは思うのですが、やはり本書で挙げられている各種の事実は驚異的でもあります。

中国の航空母艦がウクライナで作られたものであることの適示など、その最たるものではないでしょうか。

北朝鮮の船舶の追跡が、それにとどまらず国際的な思惑の一端に過ぎないことなど、全くのフィクションでもなさそうな展開は、それなりに面白く読めた作品でした。