襷がけの二人

襷がけの二人』とは

 

本書『襷がけの二人』は、2023年9月に368頁のハードカバーで文藝春秋から刊行された長編小説です。

二人の女性の、大正から昭和そして戦後の時代にわたる交流を描いた第170回直木賞候補となった作品で、読みごたえを感じた作品でした。

 

襷がけの二人』の簡単なあらすじ

 

裕福な家に嫁いだ千代と、その家の女中頭の初衣。
「家」から、そして「普通」から逸れてもそれぞれの道を行く。

「千代。お前、山田の茂一郎君のとこへ行くんでいいね」
親が定めた縁談で、製缶工場を営む山田家に嫁ぐことになった十九歳の千代。
実家よりも裕福な山田家には女中が二人おり、若奥様という立場に。
夫とはいまひとつ上手く関係を築けない千代だったが、
元芸者の女中頭、初衣との間には、仲間のような師弟のような絆が芽生える。

やがて戦火によって離れ離れになった二人だったが、
不思議な縁で、ふたたび巡りあうことに……

幸田文、有吉佐和子の流れを汲む、女の生き方を描いた感動作! 
第170回直木賞候補にノミネート。
再会 昭和二十四年(一九四九年)
嫁入 大正十五年(一九二六年)
噂話 昭和四年(一九二九年)
秘密 昭和七年(一九三二年)
身体 昭和八年(一九三三年)
戦禍 昭和十六年(一九四一年)
自立 昭和二十四年(一九四九年)
明日 昭和二十五年(一九五〇年)(内容紹介(出版社より))

 

襷がけの二人』の感想

 

本書『襷がけの二人』は、大正から昭和、そして戦後を生き抜いた二人の女性を描いた大河小説で、第170回直木賞の候補となった作品です。

上記の出版社の「内容紹介」を読むと「幸田文、有吉佐和子の流れを汲む、女の生き方を描いた」作品だとの説明があります。

幸田文も有吉佐和子も読んだことがない身には、その「流れ」と言われてもよく分からないのですが、「幸田文」に関しては本書の著者嶋津輝が自分と「幸田文」との関係について記した一文がありました( 本の話 : 参照 )。

『おとうと』などの作品で有名な「幸田文」は、父親である明治の文豪幸田露伴に家事をきびしく躾けられたそうで、柳橋の芸者置屋に住み込み女中として働いた際には近所で噂になるほどの有能さだったと言います。

 

 

一方、「有吉佐和子」については『華岡青洲の妻』や社会派と言われる『複合汚染』などの作品を残された方というほどの認識はありました。

ただ作家としてではなく、タモリの「笑っていいとも」というお昼のバラエティ番組の冒頭のコーナーに出た有吉佐和子が、「最後まで全部のコーナーをぶち壊して、1人でしゃべって帰っていった。」事件は衝撃的でよく覚えています。

 

 

結局のところ、文章が上手くてストーリーテラーとしての才能があった有吉佐和子と、「格調高くて目が離せない味わいがある」幸田文ということができるのかもしれません。

 

本書の時代背景が大正時代であることや、主人公が女中さんであることから思い出したのでしょうか、思い出したのが中島京子の『小さいおうち』という作品です。

この『小さいおうち』という作品もまた、まだ大正時代の香りを残していた時代を背景としていて、本書と同じく一人の女中さんの視点で語られる物語だったのす。

 

 

本書『襷がけの二人』を読んだ当初の印象としては、優しく品のある文章だということ、そして「粋」ということでした。

「粋」という印象は、主人公の女性が奉公することになった相手が三味線のお師匠さんであるところから来たのでしょう。

しかしながら、本書冒頭の「再会」の章で感じた本書に対する「粋」という印象は、次の「嫁入り」の章から修正されていきます。

本書で描かれているのは、「粋」とはかけ離れた「家」を第一義と考える当時の価値観のもとでの夫こそ絶対であり、嫁はその下で奉公人と共に家に尽くす存在であった嫁の姿です。

その上で、主人公の悩み、夫婦の障害が予想外のものだった、ところから印象が変化していったものと思われます。

 

私の印象はさておき本書では、大正時代から昭和へと時代は変わるなか、千代の嫁ぎ先である山田家での千代と女中頭のお初こと初衣、それに女中のお芳との楽し気な暮らしが描かれます。

このあたりの描き方は楽しげであり、読んでいてもほほ笑ましく感じたものです。

新郎の茂一郎は寡黙で何を考えているか分からない夫であり、何もわからない千代はただ、新しい環境になじむことだけを考えていたこともあり、初衣とお芳との暮しはそれは楽しいとも言えるものだったのです。

一方、茂一郎は初衣を嫌い抜いており、千代はそのことが不思議でならなかったのですが、その理由はゆっくりと明らかにされていきます。

また、茂一郎と初枝の生活は、夫婦の営みがうまくいかないこともあって次第に破綻に向かい、茂一郎は家に帰ることもなくなり、まさに千代、初枝、お芳らとの暮らしがあったのです。

 

その後主人公の千代と初衣との暮らしは開戦により一変し、戦時下で三人は離ればなれになっていくのです。

千代はそんな変化にもめげずにたくましく生きていくのですが、こうした女性の強さ、たくましさをあまり重くならないタッチで描き出しているところが幸田文や有吉佐和子の姿が見られるのでしょうか。

そうした影響の点はともかく、本書の千代の姿は読んでいてほほ笑ましい箇所もあり、また強さを見せつけられる面もあって、惹き込まれていきました。

昭和初期から戦後にかけて女性が一人で生きていくことがどれほど大変だったことか、男の私でもその一端は窺い知ることができます。

同時に、中心となる女性二人それぞれについて、性的な事柄をあっさりと語らせながらも物語展開の重要な出来事としているのには驚き、そんな性的な事柄を重要なポイントとする必要があったのかと疑問に思ったのも事実です。

しかし、そうした点は読後に色々な文章で高く評価してあり、疑問に思うことが逆におかしい気にもさせられました。

 

作者の文章自体に感じたのが優しさ、品のある美しさです。女性がたくましく生きていく姿が、格調ある文章で綴られている本書はそれだけでも読む価値があります。

残念ながら直木賞を受賞することはできませんでしたが、候補となるに十分な理由がある作品だと思いました。