渦 妹背山婦女庭訓 魂結び

浄瑠璃作者・近松半二の生涯を描いた比類なき名作。虚実の渦を作り出したもう一人の近松がいた。(「BOOK」データベースより)

 

本書は、大坂道頓堀の竹本座で活躍した人形浄瑠璃作者の近松半二の生涯を描いた、第161回直木三十五賞を受賞した長編小説です。

 
目次

硯 | 廻り舞台 | あをによし | 人形遣い | 雪月花 | 渦 | 妹背山 | 婦女庭訓 | 三千世界

 
人形浄瑠璃については、「人形浄瑠璃街道」に以下のように書いてありました。

「三味線」の伴奏で「太夫」が物語を語る、日本の伝統的な芸能が「浄瑠璃」です。
15世紀中頃に生まれ、その後広く流行した牛若丸と浄瑠璃姫の恋物語の主人公の名前にちなんで「浄瑠璃」と呼ばれるようになりました。
浄瑠璃に合わせて人形を操るのが「人形浄瑠璃」で、太夫、三味線、人形遣いの「三業」が息を合わせて表現する総合芸術です。( 人形浄瑠璃街道 : 参照 )

 

もともと、語り物音楽であった「浄瑠璃」と「人形」とが結びつき、その「語り」の中でも大阪の竹本義太夫の「義太夫節」が人気となったそうです。

そして、上記解説の中の「物語を語る」役割を担うのが「太夫」であり、それに合わせて人形を操るのが「人形遣い」ということになります。

 

本書の主人公の近松半二は本名を穂積成章といいますが、高名な近松門左衛門に私淑し、浄瑠璃の作者になろうとして勝手に近松の名を貰い、近松半二と名乗っています。

この近松半二に、物語を書いてみろと進めたのが「人形遣い」の吉田文三郎でした。この吉田文三郎も実在の人物で、大阪道頓堀の竹本座の人形遣いの親玉でした。

この竹本座は初代竹本義太夫が人形浄瑠璃の小屋として開いたもので、近松門左衛門と組んで大当たりをとりました。そのあとを継いだのが本書にも登場する竹田出雲です( 竹本座 – 大阪市 : 参照 )。

当時竹本座と張り合ったのが豊竹座であり、両座の競い合いにより浄瑠璃は更なる隆盛を極めることになります( 竹本座と豊竹座の競合 – 文化デジタルライブラリー : 参照 )。

また本書の中で繰り返し出てくる単語の一つに「詞章」という言葉がありますが、これは「謡曲・浄瑠璃など音楽的要素のある演劇作品の文章。」を言うそうです( コトバンク : 参照 )。

半二は父の以寛から硯を譲り受け、本書にある「半二が硯を持っていたのは史実。」だそうで、この硯で数々の傑作を世に送り出したそうです(文藝春秋Books : 参照)。そのさまを描いたのが本書ということになります。

 

本書の特徴として感じたことを挙げると、地の文、会話文、人物の心象を表現する文、その全部を平文で書き流してある箇所が多くあるということです。

地の文、会話文をきちんと振り分けた一般的な文章がもちろん多いのですが、いつの間にか、地の文に会話が溶け込み、その分文章のリズムが平板に感じました。

主人公の独白か、会話なのか、よくわからないままに読み進め、応答があれば、ああ、これは会話の中の言葉なのだと、応答がなければこれは独白なのだと気づくのです。

そのこと自体にはあまり違和感は感じないのですが、物語全体として一つの語り物を聞いているような印象になっており、作者はそれを狙っていたのかなどと思ったものです。

文章の全部が大阪弁で流れていくこともそうした印象につながっているのでしょうか。

 

本書のもう一つの印象として、“粋”を感じなかったということがあります。

だから面白くないということではなく、浄瑠璃という芸事をテーマとした小説にしては“粋”を感じなかったというだけであり、小説としての出来不出来とは関係はありません。

つまり、これまでの歌舞伎や浄瑠璃を描いた作品は、例えば 松井今朝子の『道絶えずば、また』や 田牧大和の『とうざい』のように、作品として“粋”や“洒落”といった雰囲気が醸し出されていたように思います。

 

 

ところが本作品にはそういう“粋”はあまり感じられません。それは江戸の舞台と本書の関西の舞台との差異かと思っていました。

しかし、どうもそうではなく、他の作品では対象となる浄瑠璃や歌舞伎の演目自体の解説があったり、舞台裏の解説などを見せ、その作品自体の流れに粋を感じていたようです。

ところが本書の場合、演目自体の説明、解説は殆どと言っていいほどに無く、対象となる演目の周りで呻吟する作者、つまりは近松半二や並木正三らの苦悩をあまり苦悩と感じさせずに描写してあります。そこに、“粋”を感じる余地はないように思えるのです。

 

本書は、以上のように普通の小説とは若干ですが、その構成を異にしています。

しかしながら、浄瑠璃という特殊な世界の、浄瑠璃作者という特殊な人材についての物語であるにしてはわりと読みやすく、大阪弁のやさしい雰囲気とも相まって、物語世界に自然に入っていけたと思います。

私個人の好みに合致しているかといえばそうではありませんが、こういう物語が好きな人にはたまらなく魅力的な小説だろう、と思わせられるだけのインパクトを持った小説ではありました。