女優になったが結婚してすぐに引退し、主婦となった正子。夫とは同じ敷地内の別々の場所で暮らし、もう4年ほど口を利いていない。ところが、75歳を目前に再デビューを果たし、「日本のおばあちゃんの顔」となる。しかし、夫の突然の死によって仮面夫婦であることが世間にバレ、一気に国民は正子に背を向ける。さらに夫には2000万の借金があり、家を売ろうにも解体には1000万の費用がかかると判明、様々な事情を抱えた仲間と共に、メルカリで家の不用品を売り、自宅をお化け屋敷のテーマパークにすることを考えつくが―。「理想のおばあちゃん」から脱皮した、したたかに生きる正子の姿を痛快に描き切る極上エンターテインメント!(「BOOK」データベースより)
女優経験のある一人のお婆ちゃんの奇想天外な行動を追っかけた長編のユーモア小説で、第161回直木賞の候補作となった作品です。
ユーモア小説と言いきっていいか疑念はありますが、少なくともユーモアを交えた小説であることには間違いありません。しかしながら、私の好みからは少し外れた物語でした。
本書のタイトル『マジカルグランマ』とは、「マジカルニグロ」という言葉から来てるそうです。
ここに「マジカルニグロ」とは「特にアメリカ映画において白人の主人公を助けに現れるストックキャラクター的な黒人のこと
」だそうです( ウィキペディア : 参照 )。
そして、そこで言う「ストックキャラクター」とは「文化的類型(またはステレオタイプ)に強い基盤を持った個性、しゃべり方、その他の特徴を持つ、架空の人格
」を言います( ウィキペディア : 参照 )。
特にハリウッド映画のそれに関しては、
を参照してください。
この「マジカルニグロ」という言葉から、本書の主人公の正子が演じていた人気お婆ちゃん像の「日本のおばあちゃんの顔」が「差別する側、強い側にとって都合のよいキャラクター
」であったことに気付き、自由奔放な本来の主人公として生きていく姿が描かれています。
私たちは、私たちの日常生活の中で、無意識なうちに他人の眼を意識し、他人の定義に沿った生き方を選んでいるのではないか。それはまた、他者に対して自分の定義を示しているということでもあるのではないか。
そうした問題提起を投げかけていると思われ、正子の息子の同性愛という現実に対しても自分らしくあればいいという正子は、一つの答えを見出しているようです。
そういうと、正子が人間が出来ているかのように思えますが、本来の正子が、じつに我儘であり、自己顕示欲の強い人間であるか、それは読んでみればすぐにわかります。
ところが、単に自己顕示欲が強いというだけでなく、行動力もすごいのです。
自分の持ち物を何もかもメルカリを通じて売り払い、更には自分の屋敷をお化け屋敷として改造し人儲けをたくらむ、その姿は小気味よくさえあります。
ただ、私の心に響くものがあまり感じられなかった、ということです。
本書の作者の柚木麻子という作家さんは、『伊藤くん A to E』で第150回の、『本屋さんのダイアナ』で第151回、『ナイルパーチの女子会』で第153回、『BUTTER』という作品で第157回の直木賞候補となり、そして本書『マジカルグランマ』で第161回の直木賞候補となった作家さんです。
それだけ評価の高い作家さんであることは間違いのない事実です。
当然のことながら、これだけの作家さんなので、バイタリティにあふれたお婆ちゃんの姿の描き方は素晴らしく、特に正子の屋敷の庭の描写は見事です。
例えば、雑草を刈った庭の雰囲気を「草の切り口に生暖かい汁が滲み、目には見えない湯気を立てているように思えた。」などと表わしています。
また、同じ庭を、夜中に家に帰った時に見た正子の印象として、「庭の緑は水気を吸って、闇をもったりと重くしていた。」などという描写は、正子の心象をも示していて、前後の文脈と合わせてすごいとしか言いようがないのです。
ただ、物語の良し悪しと個人的な好みは別です。例えば第157回の直木賞候補作となったこの柚木麻子という作者の『BUTTER』という作品は、とうとう最後まで読み通せずに投げ出した記憶があります。
そこでは、人物の心象の詳細な描写があり、加えて料理についてしつこく描いてあったと思います。それこそ、辟易としてしまった印象しかなく、内容があまり記憶にないほどです。
本書はそこまではありませんが、登場人物それぞれが、それこそ主人公の正子や、居候として重要な役割を果たしている田村杏奈、それに仲のいいご近所さんの間島明美、またごみ屋敷の主で亡くなった正子の旦那の幼馴染でもあった野口さんなど、今一つ存在感が薄いのです。
物語自体が私の好みと異なるために、話の進み方などについてもハードルを高くしてしまい、登場人物の存在感を感じにくいものとしている可能性も確かにあります。しかし、好みですので仕方ありません。
現実に直木賞の候補にまでなっている作品であるし、多くの人は高く評価しているようなので、本稿は私の主観が特に強い文章になっていると思われます。
レビューとしては失格でしょうが、そのつもりで読んでいただければと思います。