月蝕楽園

『月蝕楽園』という作品は様々な愛の形を描いた、5編のホラーと言ってよい短編からなる小説集です。本の帯には「直木賞作家が描く究極の愛。至上の恋愛小説集。」とありました。しかし、普通の恋愛小説だと思うと、裏切られます。

「みつばち心中」 とある会社のお局様の立場にいる女性が、同僚女性の指に恋をしてしまう、若干のホラーの雰囲気を漂わせたお話です。単なるフェティシズムの話で終わらないところが朱川湊人という作家の魅力です。本書の中では一番の好みでした。

「噛む金魚」 「他の女性よりも多くのものを持っている自分が、肝心のものを持っていない」ことは、女として欠けているのではないかと考え、ある行動に出る主人公だったが・・・。

「夢見た蜥蜴」 少々グロテスクですがこの作品集の中では一番ホラー小説らしく、また物語としては意外性もあって引き込まれました。

「眠れない猿」 自分に自信をもてない男と、その恋人。そしてその恋人の過去を知る男達の物語。自分の容姿にコンプレックスを持つ男の意外な行動は、私の好みからは外れた物語でした。

「孔雀墜落」 性同一性障害に苦しむ一人の男の苦悩を、その姉の視点で描き出す物語。

朱川湊人の小説といえば『かたみ歌』などのようなノスタルジックホラーの印象が強いようです。しかし、本書はホラーではあるものの、ノスタルジー感は無く、ノスタルジックな雰囲気を期待する読者にはかなり期待外れになると思われます。

本書『月蝕楽園』について作者の朱川湊人氏は「ボタンを掛け違った中でも何とか幸せを探す人」の「彼らなりの幸せや居場所を書いておきたかった」と言っておられます。でも、本書の各作品が、本当に「ボタンを掛け違っ」てしまった人達の居場所を作ることになるのか、よく分かりませんでした。

最初の2編を除いては、決して私の好みの物語ではありません。やはりこの作家は『かたみ歌』の、どことなく感傷が入っているあの世界観の物語がいい、と思い、そうした作品を読みたいと思ってしまいました。

かたみ歌

不思議なことが起きる、東京の下町アカシア商店街。殺人事件が起きたラーメン屋の様子を窺っていた若い男の正体が、古本屋の店主と話すうちに次第に明らかになる「紫陽花のころ」。古本に挟んだ栞にメッセージを託した邦子の恋が、時空を超えた結末を迎える「栞の恋」など、昭和という時代が残した“かたみ”の歌が、慎ましやかな人生を優しく包む。7つの奇蹟を描いた連作短編集。(「BOOK」データベースより)

 

日常の中に紛れ込む非日常、と言うか「不可解」と言って良い出来事について、丁度管理人である私が青春を過ごしたその時期を時代背景として、当時の音楽を忍び込ませながら描いている連作の短編小説集です。

そうした、私の時代との一致があるからかもしれませんが、最初は通常のホラーチックな物語と思っていたその物語なのですが、読み進めるうちに何とも心地よい世界に変貌していました。

特別に文章がうまいという印象がないまま、通常の生活の中に人情を絡めて不可思議な出来事を描くその語り口は、見事というほかないと思います。

ホラーというとスプラッターに結びついて残虐なイメージがありますが、そのホラーという言葉には捉われない方が良いと思います。ノスタルジックな世界も良いと思われる方には是非お勧めです。