競争の番人

競争の番人』とは

 

本書『競争の番人』は2022年5月に刊行された長編のお仕事小説です。

公正取引委員会の職員を主人公とする物語で大変期待して読んだ作品だったのですが、期待が高すぎたためか今一つ乗り切れない読書となってしまいました。

 

競争の番人』の簡単なあらすじ

 

弱くても戦え! 『元彼の遺言状』著者、注目の新鋭が放つ面白さ最高の「公取委」ミステリー。

ウェディング業界を巣食う談合、下請けいじめ、立入検査拒否。市場の独り占めを取り締まる公正取引委員会を舞台に、凸凹バディが悪を成敗する!

公正取引委員会の審査官、白熊楓は、聴取対象者が自殺した責任を問われ、部署異動に。東大首席・ハーバード大留学帰りのエリート審査官・小勝負勉と同じチームで働くことになった。二人は反発しあいながらも、ウェディング業界の価格カルテル調査に乗り出す。数々の妨害を越えて、市場を支配する巨悪を打ち倒せるか。ノンストップ・エンターテインメント・ミステリー!

「デビュー2年目の勝負作です。わくわくドキドキ、ちょっぴり身につまされ、不思議と力が湧いてくる。理屈抜きで面白い王道エンターテインメントを目指して書きました。エンタメの幕の内弁当、どうぞ召し上がれ!」-新川帆立(内容紹介(出版社より))

 

 

競争の番人』の感想

 

本書『競争の番人』は、これまで少なくとも私は読んだことのない公正取引委員会の職員を主人公とする物語で、大変期待して読んだ作品でした。

公正取引委員会とは「独占禁止法を運用するために設置された機関」( 公正取引委員会 : 参照 )であり、「自由な経済活動が公正に行われるように、企業の違反行為に目を光らせ、消費者の利益を守ってい」る機関だそうです( 公正取引委員会とは : 参照 )。

ニュースなどではよく聞く名称であり、独占禁止法を遵守させるための機関だということは何となく知っていましたが、その実態については何も知らないと言ってよく、本書はそうした知的好奇心を満たす意味でも期待が持てるものだったのです。

 

本書『競争の番人』を読むにあたり期待していた点は二点ありました。

一つは今述べた公正取引委員会というその職務をよく知らない機関が舞台であることであり、もう一点はホテル業界の裏も知ることができるという点です。

実際本書を読み、公正取引委員会の立入検査に警察権のような強制力がないことや、拒否された場合の罰則規定が発動されたことがないなど、驚かされることが少なからずありました。

もう一つのホテル業界の慣習などの側面も少しではあっても描いてありました。

直接的には栃木県S市の三つのホテルを舞台とするウェディング費用値上げ幅の合意が疑われる、いわゆるカルテルの問題点を取り上げてあるのですが、ほかにも納入業者いじめの話や業者間の新規参入阻止のはなしなどが取り上げられています。

そうした実際は話には聞いたことがあるものの、その状況はよく知らないことばかりであり、新たな側面を教えられた気がします。

 

ただ、そのことは本書『競争の番人』の弱点にもつながると思えます。つまり、ウエディング業界のカルテルなどの慣習についての描き方が今一つ浅く、物足りなさを感じたことです。

法的な側面を深く掘り下げてもエンターテイメント作品としての面白さを削ぐと思われたのかもしれませんが、単純に大物のボスの一言ですべてが決まるというだけではカルテルの実態がよく分かりません。

納入業者の新規参入阻止の問題にしても、結局は大物のボスの責任に帰着するように描かれていて、どうにも中途半端です。

勿論、物語の面白さとしてそれなりに楽しませてくれたとは思うのですが、そちらの不満が残ります。

 

登場人物にしても白熊楓という警察官になりたかった女性と、東大法学部を首席で卒業し、国家公務員試験も一位で合格したという超エリートの小勝負勉というコンビが中心になっていますが、それほどに魅力を感じられず今一つでした。

ほかに、案件ごとに組まれる今回の組のキャップが風見であり、他に桃園という女性がいます。

また、敵役として登場するホテル天沢Sのオーナーである天沢雲海も、その性格設定が単純だと感じてしまったのも残念でした。

 

次いで、公正取引委員会の職務が今一つ分かりにくいとも感じました。

職務の対象となる「独占禁止法」という法律のことをよく分かっていないのですから、それも仕方のないことかもしれません。

警察や検察との職務の重なりなど、最低限のことは説明してあるのでそれでいい筈なのですが、それでもどうにも主人公たちの職務の内容が漠然としています。

読み手である私の能力の問題もあるでしょうが、そればかりとも言えない気もします。

 

ともあれ、本書『競争の番人』は物語が小気味よく展開するのはいいのですが、内容に感情移入するということがなかったのは残念でした。

 

ちなみに、本書『競争の番人』を原作とするテレビドラマが、2022年7月期にフジテレビ系で放送中です。

元彼の遺言状

元彼の遺言状』とは

 

本書『元彼の遺言状』は2021年1月に刊行され2021年10月に文庫化された、文庫本で352頁の長編の推理小説です。

「このミステリーがすごい!大賞 」大賞を受賞した作品で、主人公の女性弁護士のキャラクターがユニークと言えばユニークなのですが、個人的には今一つの作品でした。

 

元彼の遺言状』の簡単なあらすじ

 

「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」。元彼の森川栄治が残した奇妙な遺言状に導かれ、弁護士の剣持麗子は「犯人選考会」に代理人として参加することになった。数百億円ともいわれる遺産の分け前を勝ち取るべく、麗子は自らの依頼人を犯人に仕立て上げようと奔走する。ところが、件の遺言状が保管されていた金庫が盗まれ、さらには栄治の顧問弁護士が何者かによって殺害され…。(「BOOK」データベースより)

 

本書『元彼の遺言状』の主人公の剣崎麗子は大手弁護士事務所に勤務する二十八歳になる女性弁護士だが、お金こそすべてという考えの持ち主だった。

その彼女のもとに、かつての彼氏である製薬会社の御曹司の森川栄治が「自分を殺した者に自分の全財産を譲る」という遺言を残して亡くなったという知らせが届いた。

麗子の大学の先輩の篠田に連絡を取ると、インフルエンザで亡くなった森川栄治を殺したのは、インフルエンザの治りたてであるにもかかわらず栄治に会った自分であり、遺産を貰うことはできないかと聞いてきた。

一旦は断ったが、報酬が百億円をも超える巨額になると見込んだ麗子は篠田の依頼を受任し、遺言の条件である三人の男の面接に向かうのだった。

 

『元彼の遺言状』の感想

 

本書『元彼の遺言状』は、まずは主人公剣崎麗子のキャラクターが光っています。

この主人公はお金こそすべてであり、約四十万円の婚約指輪を持ってきた今の彼氏に対し、自分は平均的な金額の女ではなく、百二十万円の価値がある女だと言い切ってその男を振ってしまう女性です。

彼女の考えはある意味潔く、それはそれとして小気味よくも感じます。でも実際にこのような女性が身近にいたら、多分自然と離れていくことになるとは思いますが。

 

それはともかく、本書『元彼の遺言状』の導入部で指定される遺言は下記のとおりです。

一、僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る。
一、犯人の特定方法については、別途、村山弁護士に託した第二遺言書に従うこと。
一、死後、三ヶ月以内に犯人が特定できない場合、僕の遺産はすべて国庫に帰属させる。
一、僕が何者かの作為によらず死に至った場合も、僕の遺産はすべて国庫に帰属させる。

というものです。

このほかに、指示された第二遺言書の中身がまた、森川製薬の幹部三人の認定をもって犯人とし、この犯人を警察に通報しないことや、栄治の元カノたちや栄治が世話になった者たちに一定の財産を譲るなどのさらに奇妙なものでした。

主人公である女性弁護士の麗子が、この奇妙な遺言をもとに、認定員である三人の男に対して依頼者を栄治を殺した人物として主張するというのですから、導入自体は面白そうなものです。

また、依頼者を栄治殺しの犯人と認定させ、かつての彼女の一人になっている麗子自身が財産分与を受けることになっているなど、よく考えられている物語だとも思えます。

でも、その後に繰り広げられる遺族、および利害関係人の間の物語の展開は私の好みとするところではありませんでした。

 

本書『元彼の遺言状』は、新たに謎解きのために考えられた舞台設定のもとでの物語であり、私があまり好まない本格派の探偵ものの推理小説と同じ構造です。

先に述べた奇妙な遺言状自体がそうですし、遺言書を描いた人物も含めて国内有数の製薬会社の経営者一族が登場人物であることなど、まさに本格派の謎解きのための物語です。

つまりは、こうした謎ときの作品を好む読者にとってはかなり面白い作品ではないかと思います。

 

ここで本書『元彼の遺言状』の主な登場人物を挙げると、まずは遺言を描いた森川栄治という人物がいます。この男が本書の主人公麗子の元カレであり、栄所の書いた遺言書を巡って本書での事件が巻き起こるのです。

森川一族としては、栄治の父親の森川製薬の代表取締役である森川金治、母親の恵子、栄治の兄の富治、栄治の伯母で金治の姉の森川真梨子、取締役専務で真梨子の婿の定之、真理子の娘の紗英、紗英の兄の拓未、拓未の妻の雪乃、栄治の叔父で金治の弟の森川銀治らがいます。

このほかに、森川製薬立て直しのために送り込まれた副社長の平井真人、栄治の顧問弁護士の村山弁護士、栄治の看護師で元カノの原口朝陽などが登場しています。

これらの少なくない登場人物たちが栄治の森川製薬の株を含む巨額の財産、ひいては森川製薬の経営にもかかわる知的財産権などの遺産騒動に振り回されます。

そのうちに、今度は殺人事件が起き、麗子も依頼者から委任を解除されたりと、物語の展開は二転三転するのです。

 

作者の新川帆立という人は小説家になるために弁護士になったという人で、本書『元彼の遺言状』がデビュー作だそうです。

たしかに、デビュー作にしてはプロットもよく練られており、法律のプロとしての知識も駆使した描写もあり、とても新人とは思えない構成力だと思います。

本書『元彼の遺言状』の巻末に載せられている大森実氏を始めとする「このミステリーがすごい!大賞」の選評を見ても本書を絶賛する声ばかりであり、プロの眼から見ても素晴らしい小説だという評価は既に出ているのです。

 

しかしながら、個人的な好みとしてはやはり人間が丁寧に書き込まれている物語をこそ好みますし、もう少し情緒面での描写も欲しいのです。

何も情景描写をふんだんに織り込んだり、心象風景をゆっくりと書き込んでもらいたいなどと言っているわけではありません。

ただ、単に主人公のキャラクターを立たせるだけではなく、登場人物たちの人間像にもう少し厚みがあれば、感情移入がしやすいと思うだけです。

さらに言うならば、本書『元彼の遺言状』の途中で挟まれる競争的贈与(ポトラッチ)という概念もその必要性が分かりません。この言葉を用いなくても話は進むのではないでしょうか。

 

こうして「このミステリーがすごい!大賞」の大賞受賞作品として一般的にはいい物語ではあるかもしれないけれど、私の好みの物語ではないと言うしかないのです。