元彼の遺言状

本書『元彼の遺言状』は、女性弁護士を主人公とする、新刊書で322頁の長編の『このミステリーがすごい!』大賞のミステリー小説です。

主人公の女性弁護士のキャラクターがユニークと言えばユニークなのですが、個人的には今一つの作品でした。

 

『元彼の遺言状』の簡単なあらすじ

 

「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」奇妙な遺言状を残して、大手製薬会社の御曹司・森川栄治が亡くなった。学生時代に彼と三ヶ月だけ交際していた弁護士の剣持麗子は、犯人候補に名乗り出た栄治の友人の代理人として、森川家主催の「犯人選考会」に参加することとなった。数百億円ともいわれる遺産の分け前を獲得すべく、麗子は自らの依頼人を犯人に仕立て上げようと奔走する。
他方で、彼女は元カノの一人としても軽井沢の屋敷を譲り受けることになっていた。ところが、軽井沢を訪れて手続きを行ったその晩、くだんの遺書が保管されていた金庫が盗まれ、栄治の顧問弁護士であった町弁が何者かによって殺害されてしまう……。(ブクログ「作品紹介」より)
引用元:元彼の遺言状|新川 帆立|宝島社

 

本書『元彼の遺言状』の主人公の剣崎麗子は大手弁護士事務所に勤務する二十八歳になる女性弁護士だが、お金こそすべてという考えの持ち主だった。

その彼女のもとに、かつての彼氏である製薬会社の御曹司の森川栄治が「自分を殺した者に自分の全財産を譲る」という遺言を残して亡くなったという知らせが届いた。

麗子の大学の先輩の篠田に連絡を取ると、インフルエンザで亡くなった森川栄治を殺したのは、インフルエンザの治りたてであるにもかかわらず栄治に会った自分であり、遺産を貰うことはできないかと聞いてきた。

一旦は断ったが、報酬が百億円をも超える巨額になると見込んだ麗子は篠田の依頼を受任し、遺言の条件である三人の男の面接に向かうのだった。

 

『元彼の遺言状』の感想

 

本書『元彼の遺言状』は、まずは主人公剣崎麗子のキャラクターが光っています。

この主人公はお金こそすべてであり、約四十万円の婚約指輪を持ってきた今の彼氏に対し、自分は平均的な金額の女ではなく、百二十万円の価値がある女だと言い切ってその男を振ってしまう女性です。

彼女の考えはある意味潔く、それはそれとして小気味よくも感じます。でも実際にこのような女性が身近にいたら、多分自然と離れていくことになるとは思いますが。

 

それはともかく、本書『元彼の遺言状』の導入部で指定される遺言は下記のとおりです。

一、僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る。
一、犯人の特定方法については、別途、村山弁護士に託した第二遺言書に従うこと。
一、死後、三ヶ月以内に犯人が特定できない場合、僕の遺産はすべて国庫に帰属させる。
一、僕が何者かの作為によらず死に至った場合も、僕の遺産はすべて国庫に帰属させる。

というものです。

このほかに、指示された第二遺言書の中身がまた、森川製薬の幹部三人の認定をもって犯人とし、この犯人を警察に通報しないことや、栄治の元カノたちや栄治が世話になった者たちに一定の財産を譲るなどのさらに奇妙なものでした。

主人公である女性弁護士の麗子が、この奇妙な遺言をもとに、認定員である三人の男に対して依頼者を栄治を殺した人物として主張するというのですから、導入自体は面白そうなものです。

また、依頼者を栄治殺しの犯人と認定させ、かつての彼女の一人になっている麗子自身が財産分与を受けることになっているなど、よく考えられている物語だとも思えます。

でも、その後に繰り広げられる遺族、および利害関係人の間の物語の展開は私の好みとするところではありませんでした。

 

本書『元彼の遺言状』は、新たに謎解きのために考えられた舞台設定のもとでの物語であり、私があまり好まない本格派の探偵ものの推理小説と同じ構造です。

先に述べた奇妙な遺言状自体がそうですし、遺言書を描いた人物も含めて国内有数の製薬会社の経営者一族が登場人物であることなど、まさに本格派の謎解きのための物語です。

つまりは、こうした謎ときの作品を好む読者にとってはかなり面白い作品ではないかと思います。

 

ここで本書『元彼の遺言状』の主な登場人物を挙げると、まずは遺言を描いた森川栄治という人物がいます。この男が本書の主人公麗子の元カレであり、栄所の書いた遺言書を巡って本書での事件が巻き起こるのです。

森川一族としては、栄治の父親の森川製薬の代表取締役である森川金治、母親の恵子、栄治の兄の富治、栄治の伯母で金治の姉の森川真梨子、取締役専務で真梨子の婿の定之、真理子の娘の紗英、紗英の兄の拓未、拓未の妻の雪乃、栄治の叔父で金治の弟の森川銀治らがいます。

このほかに、森川製薬立て直しのために送り込まれた副社長の平井真人、栄治の顧問弁護士の村山弁護士、栄治の看護師で元カノの原口朝陽などが登場しています。

これらの少なくない登場人物たちが栄治の森川製薬の株を含む巨額の財産、ひいては森川製薬の経営にもかかわる知的財産権などの遺産騒動に振り回されます。

そのうちに、今度は殺人事件が起き、麗子も依頼者から委任を解除されたりと、物語の展開は二転三転するのです。

 

作者の新川帆立という人は小説家になるために弁護士になったという人で、本書『元彼の遺言状』がデビュー作だそうです。

たしかに、デビュー作にしてはプロットもよく練られており、法律のプロとしての知識も駆使した描写もあり、とても新人とは思えない構成力だと思います。

本書『元彼の遺言状』の巻末に載せられている大森実氏を始めとする「このミステリーがすごい!」大賞の選評を見ても本書を絶賛する声ばかりであり、プロの眼から見ても素晴らしい小説だという評価は既に出ているのです。

 

しかしながら、個人的な好みとしてはやはり人間が丁寧に書き込まれている物語をこそ好みますし、もう少し情緒面での描写も欲しいのです。

何も情景描写をふんだんに織り込んだり、心象風景をゆっくりと書き込んでもらいたいなどと言っているわけではありません。

ただ、単に主人公のキャラクターを立たせるだけではなく、登場人物たちの人間像にもう少し厚みがあれば、感情移入がしやすいと思うだけです。

さらに言うならば、本書『元彼の遺言状』の途中で挟まれる競争的贈与(ポトラッチ)という概念もその必要性が分かりません。この言葉を用いなくても話は進むのではないでしょうか。

 

こうして「このミステリーがすごい!」大賞の受賞作品として一般的にはいい物語ではあるかもしれないけれど、私の好みの物語ではないと言うしかないのです。