社会現象となった『長いお別れ』新訳版、文庫に登場。
私立探偵のフィリップ・マーロウは、億万長者の娘シルヴィアの夫テリー・レノックスと知り合う。
あり余る富に囲まれていながら、男はどこか暗い蔭を宿していた。
何度か会って杯を重ねるうち、互いに友情を覚えはじめた二人。
しかし、やがてレノックスは妻殺しの容疑をかけられ自殺を遂げてしまう。
が、その裏には悲しくも奥深い真相が隠されていた……(「内容紹介」より)
ハードボイルドの名作中の名作と言われる、長編のハードボイルド小説です。
今回、村上春樹氏の新訳が出ているということで、二十代に読んでいる筈のこの本を再読しました。
やはり面白い小説ではありました。
しかしながら、情景描写が緻密に過ぎ、登場人物の台詞回し、特に主人公のフィリップ・マーロウの台詞の内容が少々冗長に感じられ、更にマーロウはしゃべりすぎではないかと感じてしまいました。
しかし、これらの不満こそ逆にチャンドラーの特徴と言えるのかもしれません。
極端にまで心理描写を排し、客観的に記すことでリアリティーを追求する、その文体こそハードボイルドと称される手法の特徴らしいのですから。
20代に読んだときはそのようなことは思わずに、あのハンフリー・ボガードのようなイメージでマーロウを読み、惹かれた筈なのです。
近年は軽く楽しく読めるいわゆる軽い小説を中心に読んでいたので、この本のように濃密に書き込まれていると疲れるのかもしれません。
ただ、村上春樹の「訳者あとがき」に、『「できることなら完全な翻訳を読みたい」と考えるか、あるいは「多少削ってあっても愉しく読めればいい」と考えるかは、ひとえに個々の読者の選択にまかされている。
』という文章があるところをみると、私の感想もあながち外れてはいないのかもしれないと思ってしまいました。
この点については、「多少削って」あり楽しいと感じることをそのままに受け入れるか、またはもう一度かつての清水俊二氏の訳したものを読んでみて確かめるしかないのでしょう。
とはいえ、この作品を読み終えてあらためて思うことは、多少の不満はありながらも、やはり名作と言われるものはそれだけの価値がある、ということです。
二転三転する筋立てと、主人公の台詞回しには結局引き込まれてしまうのです。
更に言えば、R・チャンドラーの頁での雑感にも書いたように、この本はじっくりと一行一行を味わいながら読み込むということが要求されるのでしょう。
村上春樹によれば、私が冗長に感じた点もまた作品の雰囲気作りに貢献しているのであり、一見無関係そうに見えてもその個所を読むのがまた楽しいそうなのですから。