残月記

残月記』とは

 

本書『残月記』は2021年11月に出版された、新刊書で381頁の中編のファンタジー小説です。

ファンタジーとはいっても「月」をモチーフとしたホラーの香りのする物語集であり、独特の言葉遣いと共に妙な魅力を持った、私の好みの範疇ではありながらも若干の冗長さをも感じる作品でした。

 

残月記』の簡単なあらすじ

 

「俺は突然わけもわからないうちに何もかもを失って、一人になった!」不遇な半生を送ってきた男がようやく手にした、家族というささやかな幸福。だが赤い満月のかかったある夜、男は突如として現実からはじき出される(「そして月がふりかえる」)。「顔じゅうが濡れている。夢を見ながら泣きじゃくっていたのだ」早逝した叔母の形見である、月の風景が表面に浮かぶ石。生前、叔母は言った。石を枕の下に入れて眠ると月に行ける。でも、ものすごく「悪い夢」を見る、と…(「月景石」)。「満月はいつだって俺たちに言う。命を懸けろと」近未来の日本、人々を震撼させている感染症・月昂に冒された若者。カリスマ暴君の歪んだ願望に運命を翻弄されながら、抗い続けてゆく。愛する女のために(「残月記」)。ダークファンタジー×愛×ディストピア。息を呑む感動のエンターテインメント!(「BOOK」データベースより)

 

そして月がふりかえる
大槻高志は妻の詩織と長男泰介、長女美緒の三人を連れてレストランへやってきた。そこのトイレの窓から見た満月に違和感を感じながらテーブルへと戻ると、レストランにいた全員が月に魅入られていた。月は回転を始め、見せたことのない裏側をさらして停止すると、テーブルには他人を見るような目で待つ三人がいた。

月景石
わたしが九歳の時に他界した伯母の桂子は石を蒐集していたが、その中に「月景石」と呼んでいた石があった。桂子は枕の下に月景石をおいて眠ると悪夢を見るから絶対にしては駄目だと言っていた。しかし、同棲相手の斎藤から言われて枕の下に石を置いて眠ると、胸に石を抱いたイシダキという月に生きる種族として生きているのだった。

残月記
2030年代には全国で七万人を超えたとされる月昂者2064年には三千人以下にまで抑え込まれ、新たな発症者も年間住人如何にまで押さえこまれたという。およそ60年にも及ぶ救国党による一党独裁政権時代に生きた宇野冬芽という月昂者の物語です。

 

残月記』の感想

 

本書『残月記』は、改行の少ない、詩情を感じさせる文章でありながら、実はこっそりと心の裏側に忍び込んでくるような不気味さを感じます。

文章は改行が少ないうえに、その場の状況や人物の心象を、一歩間違えば冗長と感じかねないほどに緻密に描写してあります。

そのため本書の分量は新刊書で381頁だとは言っても、文字数から言えば500頁位もあったと言われても納得できてしまう印象があります。

でありながら、情感に満ちているためかその緻密さがあまり気になりません。ただ、さすがに冗長と感じるところがない、と言い切ることができないのも事実であり、そこらは微妙なところです。

 

微妙な心のゆらぎを文章化した作品が好きなのであれば、本書はかなり好ましく受け入れられるのではないかと思います。

本来、そうした繊細な思いを表現した作品はあまり私の好むところではありません。

しかし、本書『残月記』は緻密に描き出してはあるけれども、その文章は魅力的だということに何のためらいもありませんし、その発想も素晴らしく物語としても私の好むところです。

ただ優しさだけに絡めとられたような物語は作品世界に没入できないのですが、本書はそうではありませんでした。

 

本書『残月記』の著者である小田雅久仁は、人間各々の心のあり方、心の状況をそのまま感覚で捉え、文章化して提示することが得意な作家だと思えます。

本書には三篇の中編が収められていますが、これまで私が読んだことのある作家の中で言えば、乙一に近いと言えるのでしょうか。

とは言っても『平面いぬ。』しか読んだことがないので断言することはできませんし、似てるとはいっても普通とは異なる世界観であり、心の裏側をそっとくすぐられるような不気味さを持った物語という程度のことです。

 

 

三作品とも「月」を共通のテーマとしています。そして、月の世界と主人公の地球での生活とがリンクし、いつの間にか月世界での生活へと変移していきます。

第一話は月がいつもとは異なる顔を見せたときに起きた怪異の話であり、第二話は月と地球と樹が描かれているように見える月景石と呼ばれる10センチメートルほどの石と異世界の話です。

そして第三話ですが、この物語は本書の半分ほどを占める長編と言っても良さそうな長さを持っています。

二十二世紀のいつかの時点から月昂という感染症が流行った二十一世紀を振り返り、書き手は不明なままに語られる、宇野冬芽という人物の評伝です。

視点の主は不明なまま、ときには冬芽の主観で語られるこの物語は、「月昂」という感染症の存在や、文中に登場する白岩剛夫や片山蓮、古屋宏海などの名前もその存在は当然の事実として語られていきます。

その上で、宇野冬芽の一人の女性に対する思いを貫く生き方が描き出されていくのです。

 

本書『残月記』はSF小説というだけの科学的な根拠は示されてはいない物語のため、ファンタジーと呼ぶべきだと思いますが、なんとも不思議な魅力を持った作品でした。