アリアドネの声

アリアドネの声』とは

 

本書『アリアドネの声』は、2023年6月に304頁のソフトカバーで幻冬舎から刊行された、王様のブランチのランキングでも紹介された長編のサスペンス小説です。

緊急災害救助の様子を描いたサスペンス小説ですが、救助対象が三重苦の女性であり、救助方法もドローンを使用するというこれまでにない視点の作品で、惹き込まれて読みました。

 

アリアドネの声』の簡単なあらすじ

 

事故で、救えるはずだった兄を亡くした青年・ハルオは、贖罪の気持ちから災害救助用ドローンを扱うベンチャー企業に就職する。業務の一環で訪れた、障がい者支援都市「WANOKUNI」で、巨大地震に遭遇。ほとんどの人間が避難する中、一人の女性が地下の危険地帯に取り残されてしまう。それは「見えない、聞こえない、話せない」という三つの障がいを抱え、街のアイドル(象徴)として活動する中川博美だったー。崩落と浸水で救助隊の進入は不可能。およそ6時間後には安全地帯への経路も断たれてしまう。ハルオは一台のドローンを使って、目も耳も利かない中川をシェルターへ誘導するという前代未聞のミッションに挑む。無音の闇を彷徨う要救助者の女性と、過去に囚われた青年。二人の暗闇に光は射すのかー。(「BOOK」データベースより)

 

アリアドネの声』の感想

 

本書『アリアドネの声』は、一人の要救助者を制限時間が迫りくるなか、いかにして助け出すかというサスペンス感満載の作品です。

そして、その救助対象者や事故現場環境などに合わせた救助活動がユニークであり、かなり惹き込まれて読んだ作品です。

 

そのユニークさとは、第一に救助を必要とする人物が「見えない、聞こえない、話せない」という三つの障がいを抱えた人物とされていることです。

第二に、要救助者が現在いる場所が、「WANOKUNI」という障がい者支援都市の地下都市だということです。

この地下都市が地震のために壊滅状態になったなか、要救助者は「WANOKUNI」の地下五階に取り残されてしまったのです。

そして第三に、彼女を救助するための手段として選ばれたのがドローンだということです。

崩落した「WANOKUNI」内部に救助隊が入ることも難しく、要救助者本人が歩いて地下三階にあるシェルターまで誘導するしかないのです。

ここに、助けられる者は三重障害を負った人物であり、救助手段はドローンという現代最先端の技術の粋を生かした機械だという設定ができています。

 

本書の魅力についてさらに言えば、作者は上記の仕掛けによりもたらされるサスペンス感に加えて、三重の障害を負っている救助対象者の中川博美が、もしかしたら三重の障害はないのではないか、という疑惑を用意しています。

この疑惑を抱えての救助作業であり、その救助作業の中で感じる違和感がミステリアスな印象をもたらしてくれているのです。

 

上記のような見どころに加え、本書では物語が展開していくなかでさらに細かな仕掛けが追加されていくことで一段と面白さが増しています。

「WANOKUNI」という建物の設定は、火災や電気、ガス、各種の機械などの障害物の存在が設定でき、物語の緊迫感はいやがうえにも増すことになります。

また、救済手段のドローンはその実際を知らない人がほとんどだと思うのですが、本書ではその関心をある程度満たしてくれます。

つまりはお仕事小説的にトリビア的なドローンに関する情報をもたらしてくれる作品でもあるのです。

 

登場人物は、救助チームとしては、主人公の高木春生が一等無人航空機操縦士の有資格者として直接ドローンを操縦するメインパイロットとなり、高木が勤める株式会社「タラリア」の先輩我聞庸一が情報分析などのサポートを担当しています。

そして、高木が教えるドローン教室の受講生でもある消防士長の火野誠がサブパイロットとカメラなどの周辺機器操作担当し、火野の直属の上司でWANOKUNI出張所の副所長でもある長井禎治消防司令が作戦全体を指揮しています。 

さらに、進捗報告およびその他の雑務係を消防士の佐伯茉莉が担当しています。

そして、「見えない、聞こえない、話せない」の三重苦を乗り越えた令和のヘレン・ケラーと呼ばれる三十路半ばの中川博美が要救助者であり、彼女の通訳兼介助者の女性が伝田志穂です。

そのほかに、高木の高校の同級生で失声症の妹を持つ韮沢粟緒や、迷惑系のユーチューバーが登場してきています。

 

本書のような限定状況からの脱出といえば、私らの年代では、小説ではなく映画で思い出す作品があります。それは、ジーン・ハックマンが主演していた「ポセイドン・アドベンチャー」という作品です。

転覆した豪華客船ポセイドンから脱出しようとする客たちとそれを率いる神父さんの姿が描かれたパニック作品の名作です。

 

 

何といっても、本書の特徴はギリシャ神話から来ている「何か困難な状況に陥った際、解決の道しるべとなるもの」を意味する「アリアドネ」というタイトルが意味する、道しるべとなるドローンの存在にあります。

このドローンは「光学ズームカメラ」や「赤外線サーモグラフィー」などの高性能で多種多様なセンサーシステムを搭載した、災害救助用ドローンの中でも特に遭難者の発見に注力した機体なのです。

この機体を高木一人ではなく、救助チーム全員が力を合わせて駆使し、様々な困難を乗り越えていく姿は読みごたえがあります。

 

若干のミステリー要素も加わり、サスペンス感に満ちた本作品はその読みやすさもあって面白く読んだ作品でした。