ある男

彼女の夫は「大祐」ではなかった。夫であったはずの男は、まったく違う人物であった…。平成の終わりに世に問う、衝撃の長編小説。(「BOOK」データベースより)

 

一人の人間の過去を追う弁護士の姿を描き、人間の在りようを追及する長編小説で、2019年本屋大賞の候補となった作品です。

 

本書は今の私が好む、楽に読めるエンターテイメント小説ではなく、読むことに努力を必要とする文学性の香り豊かな作品であり、私の好みからは外れた作品でした。

しかし、今の私にとっては好みの対象からは外れるとしても、本書のような作品が本屋大賞の候補作品になるということはとても素晴らしいことだと思います。

というのも、本書が「良い本」であることは間違いがなく、歳をとった私にとっては読むだけの体力がないだけのことだからです。事実私は読み終えるのに相当体力を消耗しました。

 

本書は、亡くなった夫は自分が聞いていた名前、過去を持つ人物とは全く別人だった、という妻からの夫は何者だったのか調べてほしいとの依頼を請けた弁護士の調査の記録です。

調査の過程で、その弁護士は一人の人間の持つ個人の歴史の持つ意味についての考察を余儀なくされ、更には自身の過去、出自への考察へと辿ることになります。

 

そうした本書のテーマとして「愛するということ」が挙げられます。

平野啓一郎公式サイト」では「愛にとって、過去とは何だろう?」という言葉が掲げられています。愛した人の過去が全くの別人のものだったとして、それでもなおその人を愛し続けることができるか、と問うています。

こうしたテーマを持つ書籍はやはり簡単には読めないものです。紡がれている言葉の持つ意味をきちんと捉え、吟味していかなければ作者の意図は読み取れません。

そういう意味で、本書は読むのに体力が要求されるのです。

 

本書は上記のようなかなり深いテーマを持つ作品でしたが、更には文章自体がかなり難しい作品でもありました。普段“ひらがな”でしか考えない私にとって、難解な“漢字”で考えている本書は文章の理解に苦しむ作品でした。

本書が持つテーマだけではなく、本書で使われている言葉の難しさという点でも、本書は読むのに体力が要求される作品でした。

 

それでも、亡くなった男の過去を調べるという弁護士の調査の過程はミステリアスでもあり、物語としての関心を持ちうるものでもありました。

ただ、亡くなった「X」と呼ばれる男の過去を調べる行為とは別に、調査を依頼された弁護士の城戸という男の生い立ちもまた在日韓国人三世として自分の出自への考察を強いるものだったのです。

さらに、問題を抱えた夫婦や、息子を抱えた家庭の問題もあり、城戸の人生もまた考察の対象になっています。

 

本書の導入自体が、城戸を当初は別人として知り合った一人の作者の独白から始まるユニークなものであり、この物語の方向性を暗示するものでもありました。

そうした仕掛けもまた楽しめはしましたが、やはり今の私には少々負担が大きかったようです。

ただ、若い頃であれば多分他の作品をも読もうとしたと思います。今の若い人にはぜひ読んでもらいたい作品ではありました。