ある男

ある男』とは

 

本書『ある男』は2018年9月に刊行されて2021年9月に384頁で文庫化された、長編の推理小説です。

一人の人間の過去を追う弁護士の姿を描き、人間の在りようを追及する長編小説で、2019年本屋大賞の候補となった作品です。

 

ある男』の簡単なあらすじ

 

愛したはずの夫は、まったくの別人であったーー。
「マチネの終わりに」の平野啓一郎による、傑作長編。

弁護士の城戸は、かつての依頼者である里枝から、「ある男」についての奇妙な相談を受ける。
宮崎に住んでいる里枝には、2歳の次男を脳腫瘍で失って、夫と別れた過去があった。長男を引き取って14年ぶりに故郷に戻ったあと、「大祐」と再婚して、新しく生まれた女の子と4人で幸せな家庭を築いていた。
ところがある日突然、「大祐」は、事故で命を落とす。悲しみにうちひしがれた一家に、「大祐」が全くの別人だという衝撃の事実がもたらされる……。

愛にとって過去とは何か? 幼少期に深い傷を負っても、人は愛にたどりつけるのか?
「ある男」を探るうちに、過去を変えて生きる男たちの姿が浮かびあがる。
(内容紹介(出版社より))

 

ある男』の感想

本書『ある男』は、今の私が好む楽に読めるエンターテイメント小説ではなく、読むことに努力を必要とする文学性の香り豊かな作品であり、2019年本屋大賞の候補となった作品です。私の好みからは外れた作品でした。

しかし、今の私にとっては好みの対象からは外れるとしても、本書のような作品が本屋大賞の候補作品になるということはとても素晴らしいことだと思います。

というのも、本書が「良い本」であることは間違いがなく、歳をとった私にとっては読むだけの体力がないだけのことだからです。事実私は読み終えるのに相当体力を消耗しました。

 

本書は、亡くなった夫は自分が聞いていた名前、過去を持つ人物とは全く別人だった、という妻からの夫は何者だったのか調べてほしいとの依頼を請けた弁護士の調査の記録です。

調査の過程で、その弁護士は一人の人間の持つ個人の歴史の持つ意味についての考察を余儀なくされ、更には自身の過去、出自への考察へと辿ることになります。

 

そうした本書『ある男』のテーマとして「愛するということ」が挙げられます。

「平野啓一郎公式サイト」では「愛にとって、過去とは何だろう?」という言葉が掲げられていて、愛した人の過去が全くの別人のものだったとして、それでもなおその人を愛し続けることができるか、と問うています。

こうしたテーマを持つ書籍はやはり簡単には読めないものです。紡がれている言葉の持つ意味をきちんと捉え、吟味していかなければ作者の意図は読み取れません。

そういう意味で、本書は読むのに体力が要求されるのです。

 

本書『ある男』は上記のようなかなり深いテーマを持つ作品ですが、さらには文章自体がかなり難しい作品でもありました。

普段“ひらがな”でしか考えない私にとって、難解な“漢字”で考えている本書は文章の理解に苦しむ作品だったのです。

本書が持つテーマだけではなく、本書で使われている言葉の難しさという意味でも読むのに体力が要求される作品でした。

 

それでも、亡くなった男の過去を調べるという弁護士の調査の過程はミステリアスでもあり、物語としての関心を持ちうるものでもありました。

ただ、亡くなった「X」と呼ばれる男の過去を調べる行為とは別に、調査を依頼された弁護士の城戸という男の生い立ちもまた在日韓国人三世として自分の出自への考察を強いるものだったのです。

加えて、問題を抱えた夫婦や、息子に関する家庭の問題もあり、城戸の人生もまた考察の対象になっています。

 

本書『ある男』は、そのの導入自体が城戸という人物を当初は別人として知った一人の作者の独白から始まるユニークなものであり、この物語の方向性を暗示するものでもあります。

そうした仕掛けもまた楽しめはしましたが、やはり今の私には少々負担が大きかったようです。

ただ、若い頃であれば多分他の作品をも読もうとしたと思いますが、若い人にはぜひ読んでもらいたい作品ではありました。

 

ちにみに、本書は弁護士の城戸章良を妻夫木聡、谷口里枝を安藤サクラ、大祐を窪田正孝がそれぞれ演じて映画化されています。