甘美なる誘拐

本書『甘美なる誘拐』は、大森実氏による解説まで含めて、文庫本で407頁にもなる長編の誘拐ミステリー小説です。

さすがに第19回『このミステリーがすごい!』文庫グランプリ大賞を受賞した作品だと思いますが、しかし私の好みとは微妙に異なる作品でした。

 

甘美なる誘拐』の簡単なあらすじ

 

ヤクザの下っ端、真二と悠人。人使いの荒い兄貴分にこき使われる彼らの冴えない日常は、ある他殺体を見つけてから変わり始める。同じ頃、調布で部品店を営む植草父娘は、地上げ屋の嫌がらせで廃業に追い込まれかけていた。一方、脱法行為で金を稼ぐ宗教団体・ニルヴァーナでは、教祖の孫娘・春香が誘拐されー。様々な事件が、衝撃のラストにどうやって帰結する!?誘拐ミステリーの新機軸!第19回『このミステリーがすごい!』大賞、文庫グランプリ受賞作。(「BOOK」データベースより)

 

真二と悠人の2人は、広域暴力団北斗連合会の下部組織である麦山組のフロント企業、新明興業の社員として幹部の荒木田にこき使われていたが、ある日訪れた訪問先で殺人事件に巻き込まれてしまう。

一方、調布で零細自動車部品販売会社を営む植草浩一とその娘菜々美は、持ちかけられた地上げの話を断ったためヤクザからの嫌がらせに困っていた。

また、神奈川県桐ヶ谷市にある宗教法人ニルヴァーナでは、警護の萩尾ナオミが少しだけ目を話した隙に、教祖の孫娘の長尾春香が誘拐される事件が発生していた。

そして、物語はこれらの流れが一つにまとまり、意外な結末へと向かうのだった。

 

甘美なる誘拐』の感想

 

本書『甘美なる誘拐』の大森実氏の解説によると、本書は「このミステリーがすごい!」大賞受賞作の『元彼の遺言状』と最後まで争った末に、文庫グランプリ大賞に落ち着いた作品だそうです。

 

 

確かに、独特な構成と、最終的に意外性をもって展開されるストーリーは「このミステリーがすごい!」大賞を争うにふさわしい作品だと思います。

ですが、いくつかの点で私の好みとは異なった作品でもありました。

その一つ目は、冒頭から100頁を過ぎてもなかなか物語の展開がよく分からない点です。

本書は評判が高いのだから面白くなるのだろうと思いつつの読書であり、実際100頁過ぎまでタイトルになっている「誘拐」は影も形もありません。

誘拐がなかなか始まらないこと自体は何も問題はないのですが、それまでが物語として面白さがないのです。本題に入るまでに何の仕掛もなく、ただ平板な流れを読んでいるだけです。

読み終えてみると、この平板な流れの中にも伏線が張ってあり、それなりの意味があると分かるのですが、それは読了後のことであり、読んでいる途中は端的に言って退屈さを感じていました。

本書が「このミステリーがすごい!」文庫グランプリ大賞受賞作だという前提がなければ読むのをやめたかもしれないほどです。

 

不満点の二つ目は、主人公と思われる市岡真二草塩悠人の二人を始め、二人をこき使う荒木田や、途中から登場する荒木田の兄弟分(?)のケンこと石村堅志などそれなりに重要な人物たちの人間像があまりにあっさりとした描写であって、人物像がはっきりしません。

それは、他の登場人物にしても同様です。

誘拐される長尾春香も普通の女子中学生というだけですし、そのボディガードの萩尾ナオミに至っては、その存在感は何もありません。

 

そしてもう一点。これは私の読み込み不足と言われれば反論のしようがないのですが、クライマックスの種明かしが理解できない箇所があります。

ネタバレになるのであまり詳しくは書けませんが、宝くじの当選番号の発表時期と荒木田の事務所が荒らされた時期がはっきりしません。

この点はわざとあいまいにしてあるのでしょうが、ちょっとぼかし方が微妙です。

 

以上、不満点ばかりを書いてきましたが、これらの点を置いて考えると、ミステリーとしての仕掛けは面白く読んだ作品でした。

最終的に明かされるどんでん返しも意外性に満ちていましたし、誘拐という言葉をタイトルに持ってきているにもかかわらずなかなか誘拐事案がおきないところなど、面白い構成だと思います。

軽いユーモアを持った文章も嫌いではありません。

そうしたことを考えると、やはり人物の書き込みと物語の冗長性はとてももったいなく思うのです。

とはいえ、「このミステリーがすごい!」文庫グランプリ大賞受賞作だという事実は重く、その道のプロの方たちが高く評価している事実は忘れてはならないでしょう。

その意味では、本書は面白いのだと最初に言われているようで、読み手の私が批判的な読み方になっているのかもしれません。